〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


 時間を遡ること、数刻前──
 天高く鎮座する太陽は、南中高度よりもやや西へと傾きかけていた。
 トレボー城塞都市の外壁の外側、街外れにその大口をぽっかりと開けた地下迷宮の入り口より帰還する者たちの姿があった。
 その人数は通常のパーティと呼ぶには少々多い。
 自分の足で歩を進める者が10人、仲間の背に負われる者が2人。
 人数から察するに、おそらくは2つのパーティが共に行動していたのであろう。
 彼等は皆、一様に憔悴しきった表情を浮かべ声もない。
 誰の目にも、無事に探索を終えて帰還を果たしたようには見えなかった。
 そんな彼等に駆け寄った衛兵が、思わず驚きの声を上げる。
 その深い痛手を負ったパーティが城下に於いて、一、ニを争う実力と噂される、シオンとカシュナのパーティであったからだ。

 衛兵の手を借りなんとか城門まで辿り着いた彼等を待っていたのは、黒縁の眼鏡をかけた少女と、その後ろに控える2人の僧服を纏った男であった。
 少女は彼等の疲弊しきった様子、痛ましい姿と化した眠れる者の姿を確認するや、一目散に駆け寄っていった。
 その様子を2人の僧はただ黙って見つめている。
「一体どうしたの、ヨセフ君?」
 集団の先頭をカシュナと並んで歩くヨセフに、少女は慌てた口調で問い掛ける。
 冒険者集団に駆け寄る少女に不審な目を向けた衛兵も、一瞬後には直立不動の姿勢を取ると敬礼をし立ち尽くす。
「アレクト猊下! 何故、このような所に!?」
 思いもよらぬ所で思いもよらぬ人物に出くわし慄く衛兵を尻目に、アレクトはヨセフと、彼の仲間に目を配る。
「……急いだ方がいいわね?」
 そう囁くと、ヨセフが頷く。
「ああ、寺院の手配を頼めるか?」


第48話 『アレクト・ウィル・ザビロニア』


 アレクトと名乗るヨセフの知り合いらしい少女と合流した一行は、城塞内に入ったところで一度解散する事にした。
 ヨセフ、シオン、シキの3人は、魔人との戦いで生命を落としたユダヤの遺体をカント寺院へと。
 デュオとアレクトは、秘めし力の開放により意識を喪失したイルミナを治療するためにアレクトの宿泊施設へと。
 そして、カシュナ達パーティは宿へと帰っていった。

「なあ、聞いてもいいか?」
 イルミナを背に担ぎ、先を急ぐ黒帽子の剣士が隣を行く少女に問い掛ける。
「ん、何かしら?」
「イルミナは……どういう状態なんだ? 死んでいるわけじゃないよな」
 特に外傷を負っているわけでもなく、ただただ目を覚ます事のない少女の身を案じる。
 親衛隊との戦闘後、治癒呪文を施されたとはいえ、彼自身の方がよっぽど酷い有り様だというのに。
「あんまり詳しい事はわからないけど……異なるベクトルの魔力暴走によって生じる症状に酷似しているわね」
 小首を傾げ、申し訳無さそうにアレクトが答える。
「彼女が用いたという、その”奥義”が果たしてどんなモノかがわかればいいんだけど……」
 その答えにデュオもまた、渋々気な表情を浮かべる。
「俺もこのパーティには参加したばかりだから詳しい事は知らない。だが、ユダヤならばあるいは……」
「ふう、結局は寺院の蘇生待ちかなぁ? あたしの方も全力を尽くすけどね」
 行く先を見つめる少女の瞳に秘められたその意思は固い。
 その真摯な表情を横目に見たデュオが、ふと、ある疑問を投げかける。
「あのさ、こんな時に何なんだが……あんたは結構すごい身分の人間なんだろ?」
 突然の問いかけに、振り向いたアレクトの表情は何故か暗い。
 デュオは触れてはならない事に触れてしまったかと、少しだけ後悔をした。
「……うん、まあね。といっても、あたし自身がすごい訳でも何でもないよ」
 彼女の表情が翳るのに反応したのか、それまで終始後方で黙していた僧服の男がアレクトに気を配る。
 デュオに向けられる彼等の視線は、聖職者とは思えぬほどに剣呑な光を帯びていた。
「ううん、いいの。次期枢機卿なんて呼ばれてるけど、あたしはそんなの全然興味がないよ」
 男達を嗜めると、再びデュオに向き直り答える。
 その声は弱々しく消え入りそうであったが、どこか凛としたモノを感じさせる、そんな不思議な響きだった。
「それにね、この冒険が終わったら、ヨセフ君と一緒にどこか遠くに行こうって約束してるんだ」
「猊下!?」
 アレクトの言葉に驚きを隠せない男が声を上げる。
「止めても無駄ですよ。もう決めた事なんだから……と、到着しましたね」
 歩を止めると、そこは王城にほど近い場所であった。
 上流貴族や高司祭の屋敷が立ち並ぶその一画に、アレクトが宿泊している邸宅は存在した。
 彼女達がそこに近づくと、重い鉄柵を巡らした鉄の門扉が音もなく開門される。
 敷地内からは数人の使用人らしき者達が現れ、アレクトやデュオの荷物やイルミナの身体を引き取ると、一斉にその頭を下げ睥睨する。
「お帰りなさいませ、猊下」

 この異様とも思える光景を前に、デュオは改めて、隣に立つ少女が自分とは違う世界の人間であるのだと実感させられた。
 それと同時に、この身分を捨てヨセフと共に行くと言った彼女の”強さ”は、決して自分達が持つ者と変わりないものだとも感じていた。
 だが、今はそんな事よりも、イルミナの回復の方が先決なのだ。
 この若さにして次期枢機卿とまで言われる彼女の力量ならば、きっと何とかなるだろう。
 デュオはそう自分に言い聞かせ、仲間の少女をアレクトに委ねた。

 はたしてその結末は、過酷な現実を見せ付けられる事になろうとは、この時点では誰も知る由はなかった。

 

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