〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


 夕日が西の丘陵に重なりはじめ、辺り一面をその真紅の色彩に染めつつある夕暮れ時。
 トレボー城塞の外周外れに位置する、迷宮入口に集う者たちがいた。
 各々が己の戦闘スタイルに適した装備に身を堅め、来るべき激闘に気を昂ぶらせているかの様に感じられた。
 この迷宮を訪れる冒険者パーティは数多いが、今ここに集う者達は多少その趣きが異なるようだ。
 まず、その人数が5人であるということ。
 しかしながら、これは彼等が迷宮に早々と潜らないところを見ると、恐らくはいま1人の仲間と待ち合わせをしているのだろう。
 余談になるが、迷宮探索に最も適したパーティ人数は6人とされている。
 この事実は、以前この迷宮に挑み無残にも全滅していったトレボー親衛隊が証明していた。
 すなわち、迷宮という閉鎖された空間では軍隊特有の集団戦闘よりも、役割分担を徹底した冒険者パーティの戦闘スタイルの方が適していたということである。
 この辺の人数は微妙ではあるが、統計的にも6人制パーティの生存率が最も高いことを示していた。
 さて、前述の冒険者達に話を戻そう。
 いま1つの気にかかる点。それは、彼等が非常に軽装であるという事だ。
 通常、前衛に立つ戦士系職業の者は重装の板金鎧などを装備するのであるが、それらしき職業の者は革鎧や胸甲といった比較的軽装なものしか身に付けていない。
 それどころか、楯や兜すらも無装備である。
 余程の場慣れをしたベテランか、それとも迷宮の常識すら知らぬ素人なのか。
 しかし、そのような事を心配する者などここには存在しなかった。

「遅ぉ〜い、なにやってんのよ! ヨセフ様は」
 到着して1分と経たずに、イルミナは怒声を漏らした。
「まあ、アイツが時間通りに来た事なんて、今までに一度たりともなかったけどね」
「……アンタら、よくそれで今までやってこれたな」
 シオンの平然とした台詞に、デュオは思わず聞き返す。
「だって、仕方ないじゃん。ヨセフなんだから……」
「リーダーがそんな甘い事を言ってるから、ヨセフ様が付け上がるんだわ。きっと」
「おや? 今日はやけにキツイじゃねぇか、イルミナ?」
 それまで、夕日の沈み行く地平線を見つめていたユダヤが、イルミナを振り返った。
「だって、久しぶりにみんな集まったっていうのに、あの人って相変わらず自分勝手なんだもん」
 朝の事を未だに根に持っているのか、頬を膨らませて憤りを見せるイルミナを横目にユダヤはふっと微笑した。
「あっ、ユダヤさん。なんで笑うんですかぁ〜」
 ユダヤはそんなイルミナの髪をくしゃくしゃに撫でると、仲間の方に向き直った。
「みんな、聞いてくれ。さっきシオンとも話し合ったんだが、今日の前衛はデュオとイルミナ、そしてヨセフ司祭でいく。人数の問題だがな、俺は後衛に下がってシオンとシキのお守りってとこだ」
「お守りってなんだよ、ユダヤ!」
「宜しくお願いしますわ、ユダヤ君」
 ユダヤの言葉に対照的な反応を見せるシオンとシキ。
 そんな様子に、イルミナは思わずにこりと口を綻ばせた。
「……一つ聞いていいか? 俺とイルミナが前衛に出るのはわかるんだが、なぜヨセフ司祭が?」
 それまで沈黙を守っていたデュオが疑問を口にした。
「あれ? 言ってなかったっけ? ヨセフは司祭のなりはしているけど、ロードだったりするから」
「ヤツは昔、司祭をやっていたからな。もっとも、今でも身なりは変わらないってのもおかしな話だが」
「まあ、どのみちとんでもない聖職者様よね。ヨセフ様は」
 本人がいないのをいいことに、イルミナが茶々を入れる。
「確かその転職理由も剣を使いたかったとかいう、しょうもない理由よね?」
「そうか……イルミナは知らなかったな、あの話は」
 気のせいか、少しユダヤの表情に影が落ちたような気がする。
「シキには前に話したんだが……この機会に話しておくか?」
 同意を求めるユダヤに、シオンは無言で頷いた。
 その表情は、ユダヤ同様に悲痛な面持ちに見えた。
 


第7話 『裏切りの追憶』


「あれは、3年ほど前の話になるか……今のパーティとはメンバーも半分は違っていたな。当時のリーダーの名は、レオン・バートランド。北の聖騎士とかって呼ばれてたから、名前ぐらいは聞いた事があるかもな」
 ユダヤは近くの瓦礫に腰を下ろすと、夕日の方向を見つめながら話し始めた。
「あとの2人が、ファルナ・ブリジットと……ルシフェル・ミューロホーク。ルシフェルは別名…」
「”魔人”だよな? その筋では名の知れた暗殺者だったはず」
 思わぬ反応を見せたデュオに、ユダヤは一瞬だけ視線を合わせると再び話し始める。
「そうだ。そして奴は3年前に死んだ。いや…殺したんだ、この手で」
 その声に負の感情を感じ取ったイルミナは、ユダヤの表情をそっと覗った。
 ユダヤは怒りとも悲壮とも取れぬ表情で、唇を強くかみ締めていた。
 やがて、その唇の端から夕日色に溶け込んだ血が流れ落ちた。
「ユダヤさん……」
「あの頃は、その6人で各地の迷宮によく挑んでいたな。当時はまだ未熟で全滅しかける事も頻繁にあったが、それでも持ち前のチームワークでなんとか乗り切ってきたさ。そして、着実に実力をつけてきたある日、北の小さな城塞都市で事件がおきたのさ」
 イルミナはユダヤの側にしゃがみ込むと、話の続きを待った。
「城砦の近くの炭鉱から旧時代の地下迷宮が発見された。とはいえ、その規模は小さく徘徊する怪物の絶対数も大した事はなかったんだがな。俺たちは他のパーティに先駆けて探索を開始した。そして、最下層を守護していたガーディアンとの戦闘で、レオンを庇ったファルナが負傷したものの、なんとか無事に探索は終了した。そう、探索はな……」
「代わろうか? ユダヤ?」
「いや、続けさせてくれ。探索が終わった後、あの忌々しい事件は起きたんだ。ガーディアンの守っていた祭壇には、不気味な表情を浮かべた白仮面が安置されていた。それを調べるために俺とシオンが奴から目を離した時だ。奴が、ルシフェルが、油断しきっていたレオンに不意打ちをかけやがったんだ。その一撃で重傷を負ったレオンに、奴はとどめを刺すべく腕を振り下ろした……」
 当時の記憶が揺り起こされたのか、ユダヤの手は怒りと悲しみに打ち震えていた。
 イルミナはその手をそっと握り締めると、手にしたハンカチで唇から流れ落ちる血を拭おうとしたが、ユダヤはその手を制止して話を続けた。
「俺はそれを止めようと必死に駆け出した。駆け出したが……俺の目に飛び込んできたのは、レオンを庇い崩れ落ちるファルナの姿だった。俺はそのまま奴の首を切り落としてやったさ。だが、奴は笑っていやがった。無論、即死だったが……笑っていたんだ」
「ユダヤさん……」
 紅く輝く夕日は、既に丘陵の彼方に消え去ろうとしていた。
 沈黙に向かいつつあるその場をシオンが継いだ。
「幸い、レオンもファルナも命に別状はなかったんだ。だけど、レオンは2度と剣を持てない身体に、ファルナに至ってはその光を失った……つまり、両目とも失明しちゃったんだよね。結局、2人ともパーティから抜けて、北にあるレオンの故郷に連れ立って帰っていったんだ」
「……それでパーティが半数になったと?」
「ああ、そうさ。その後、戦力的にも精神的にもパーティはガタガタで、一時は解散の話しさえ出ていたんだけどね。そんなある日、突然ヨセフがロードに転職したのさ。司祭として順調だったって時に、何の相談もなく、勝手にね。なんでかわかるかい?」
「前衛戦力の補充か」
「それもあったんだろうけどさ。どんな困難にあっても、いつもパーティを支えてくれていたレオンの代わりになろうと思ったんだよ。全然、らしくないだろ? その所為でアイツ、家を追い出されちゃったんだぜ……ホントに、バカだよな……」
 そう言うと、シオンは俯いて黙り込んでしまった。
「ルシフェルはなんで裏切ったんだ?」
「その理由は今となっては知る由もないな。奴の遺体も咎人として教会に埋葬されちまったしよ」
 そして、辺りはすっかりと闇に包まれてしまった。
 日が暮れた東の空にはうっすらとした月が昇っていた。
「まっ、昔話さ……」

 その時、街の方から向かってくる人影が見えた。
 近づくにつれ、だんだんとその姿は明らかになっていく。ヨセフだ。
「悪ぃ、遅くなっちまった」
「遅すぎよ、バカっ!」
 抗議の拳を振り上げたイルミナの頬に、ヨセフはなにか光るものを見た。
「お、おい。遅れたぐらいで泣くんじゃねぇって。悪かったよ……」
「バ、バカ! 誰が泣いているですって?」
 イルミナのストレートを軽くいなすと、ヨセフはシオンに問い掛ける。
「で、どうするんだ、今日は?」
「ああ、取り敢えずは上層を中心に様子見のつもりだよ」
 それからまもなく、辺りは再び静寂を取り戻した。
 迷宮前のプレートには、”狂王”を指す殴り書きが未だに残されていた。

 

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