〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


「うわっ、本当に真っ暗だな……」
 回廊の終着点、警告文の向こう側に広がるダークゾーンを覗きながら、ヨセフはうんざりとした表情を浮かべた。
「なに言ってんだ。ダークゾーンなんて今日日、どこの迷宮にもあるじゃねぇか」
「それはそうだけどよぉ……なんか、好きになれないんだよな」
「へぇ〜、ヨセフ様って暗いのが苦手なんだ」
 ユダヤに突っつかれ、イルミナに馬鹿にされる。
 今日一日、散々皆に迷惑を掛けたにもかかわらず、ヨセフはこの仲間の反応に釈然としないものを感じていた。
 そんな騒がしい3人をよそに、デュオは不思議な面持ちで暗黒の回廊を見据えていた。
「デュオさんは、ダークゾーンは初めてでしょうか?」
「ん? ああ。なんだってここだけ、こんなに不自然に真っ暗なんだ?」
 その視線をちらとシキの方へと移す。
 シキは優しげに微笑むと、新たな仲間の疑問に答え始めた。
「今もかけていますが、僧侶系呪文の照明魔法は御存知ですね?」
「ああ、その程度なら……確かMILWAとか言ってたな」
「そのMILWAの永続版がLOMILWAです。そして、このダークゾーンはLOMILWAの効果を逆転させたものなのです。もちろん現在の魔法大系にはそのような術は存在しないのですが、古の時代に編纂されたいわゆる禁術の中にはそのようなものも書き記されていたのです」
 魔法知識に乏しいデュオにも理解し易いように、シキは努めて簡略に説明をした。
 その話に相槌を打ちながら、デュオはなにやら考え込んでいたが、ふと口を吐いて出る。
「その魔法ってなんていうんだ?」
「BAMILWAと言いますが……それがなにか?」
「……まんまなネーミングだな」
 その会話をいつの間にか聞いていたらしく、皆一斉に爆笑した。
 何がそんなに可笑しいのか、未だに理解できていないシキを除いて……
 


第9話 『ヴァルキリー・センチネル』


 先のアンデッド・コボルトとの戦闘後、この階層を一通り見てまわった結果、残るはこのダークゾーンの先のみとなっていた。
 その暗黒回廊の手前には、上帝の配下の者が設置したと思しき立て札が掲げられていた。
 役人仕事のご多分に漏れず、長々と書かれたその内容を要約すると次の通りだ。
 回廊はここで終わっているので引き返せ、と。
「うわぁ、これって絶対胡散臭いわね」
「ああ、まったくだ。俺の勘じゃ、この先にはきっと何かがあるに違いねぇ」
「ヨセフの勘だって? その勘の所為でここまでの旅費をみんな擦ったんじゃないか〜」
 トレボー城塞までの破天荒な旅程を思い出したのか、シオンがジト目で凝視する。
「うっ……ま、まあ、そんな事もあったかな」
「ふふ、本当に仕方のない方ね…ヨセフ君は」
 シキがそう呟くと、きまりが悪いのかヨセフは口笛を吹きながら、あさっての方向を向いてしまった。
「シオンさんよ。そんな事より進むのかを戻るのか決めてくれ」
「そうだな、この先って確か……」
 シオンは酒場で集めた情報を思い出していた。
 その時、暗闇の向こうから返事が返ってきた。
「偏屈な老人の住処と、昇降機があるのさ」

 突然の反応に一行は一斉に身構えた。
 はたして、その言葉の主はダークゾーンから悠然とその姿を現した。
「珍しく遅かったね、シオン君」
 暗黒の回廊からまず現れたのは、白銀の胸甲に鎖帷子を併せて着用した戦士風の男だった。
 その手にした楯や胸元にホーリーシンボルが刻まれているところから見て、おそらくはロードなのであろうか。
 そして、その後からは軽量鎧にスカートといういでたちの、若い女性達が現れた。
 彼女らの中にはエルフも混じっているようだが、皆一様に共通した身なりをしていた。
「あらら、今回は先を越されたか……久しぶり、カシュナ」
「前回は遅れを取ったからね、今回はそうはいかないさ」
「へっ、ハンデってやつさ。まあ、今回も笑うのは俺達だがな」
 ヨセフは両手を広げると、大袈裟な身振りをとった。
「クスクス、相変わらず口だけは達者ね。猊下は」
 カシュナの隣に立つ、長剣を提げた黒髪の少女が可笑しそうに訴えた。
「お? 言ってくれるじゃねぇか、クレアァ!」
「あっ、ヨセフ兄ちゃんてば、もしかして図星だったり? それって、かいしょうなしって言うんだって」
 クレアの後ろから、背の低いショートカットの女の子が飛び出てきた。
 悪意のない無邪気な一言は、ヨセフを完全に沈黙させるのに充分な威力を持っていた。
「こら、シャルム。ヨセフが石化しちゃったじゃないか」
 カシュナのこの一言に、その場にいたほぼ全員が笑い出した。
「で、お前さん達は何処まで降りたんだ?」
「とりあえず、昇降機の終点の地下4階までは降りてみたわ」
 ユダヤの問いにクレアは率直に答えた。
「4階? 思っていたより浅いのね、ここって」
「そう決め付けるのは早いな、イルミナ。案外、複数の昇降機が存在するのかも知れないぞ」
 ユダヤの発言に、カシュナとクレアは顔を見合わせた。
「いやぁ、流石だねユダヤは。その通り、地下4階には第二昇降機が設置されているのさ」
「でもねぇ……まぁ、行ってみてのお楽しみね。シャルムちゃん、何も知らないよ」
 絶対に何かがあるに違いない。
 シオンたち一行は、そう確信した。

「ところでさっきから気になったんだが、彼女らの揃いの衣装は一体?」
「おや、初めて見る顔かな?」
 迷宮に潜ってからというもの疑問続きのデュオが尋ねると、カシュナはカドルト教の挨拶の姿勢をとる。
「自己紹介が遅れたね。俺の名はカシュナ・アイバーン。シオン達とは長い付き合い……ライバルってやつかな。君は?」
「……デュオ・ハインラインだ。俗に言うところの新参者ってやつさ」
 カシュナの後ろに控えていた女性たちも、会釈をしつつ軽い自己紹介をはじめる。
 その最中も、デュオは彼女らの装備に目を通していた。
 身に纏う防具や衣装こそは似通った物だが、各々の得物は長剣から槍、槍斧に鞭とバリエーション豊かだ。
「戦乙女(ヴァルキリー)よ。御存知かしら?」
 クレアがウインクをして悪戯っぽく答える。
「人呼んでヴァルキリー・センチネル(戦隊)。冒険者の間では、なかなかに有名な連中さ」
「別名、カシュナのハーレム軍団ってか?」
 シオンの説明に、いつの間にか復活したヨセフが付け加える。
「そういう事になるのかな? まあ、今後ともヨロシク」
 と、カシュナは右手を差し出すと、デュオはその手を握り返す。
「……宜しく頼む」

 その後、多少の情報交換をしてから、カシュナ達のパーティと別れた。
 カシュナは別れ際にシキとイルミナを勧誘していたが、クレアに引き摺られて去っていった。
 かくして、ダークゾーンの手前の広間にはシオンたちが残されていた。
「で、どうする?」
 誰ともなく口にすると、以外にもそれに答えたのはシキであった。
「少し寄り道を致しませんか? この先にいる古い友人に挨拶をしたいのですが…よろしいかしら?」

 

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