ウトナピシュティム

 粘土板は、ほぼ月本昭男訳


                                      

1.
 私たちは、死んであの世に還るとき、三途の川を渡る。その三途の川の川底には、川を渡った人たちが落としていった財布やら、生きていたときに属していた会社の名刺やら、不動産の権利証やら、貯金通帳やら宝石やらが落ちている。三途の川は、生きていたときの行いによって、川幅が広くなったり狭くなったり、浅くなったり深くなったり人それぞれだ。時には橋が架かったり、船頭さんが舟で迎えに来てくれたり、天女の羽衣を着たように空を飛んで彼岸にわたることもあるようだ。
やっとの思いで川を渡り終えると、そこにはおじいさんとおばあさんがいて、ご親切にも濡れた衣服を傍らの木の枝に掛けて干してくれる。あまり濡れていないと、おじいさんはにっこり笑って「こちらにお行きなさい」と道を示してくれる。
川が深くて、衣服がずぶ濡れで、濡れた衣服を掛けた木の枝が大きくしなると、おじいさんはにったり笑って「あんたはこっちの道じゃよ。気をつけてなぁ」と別の道を示してくれる。
三途の川の川底に落ちているのは、生きていたときの執着だ。
この三途の川にあたる話は、世界に充ち満ちていて、シュメール神話のなかでは、ウトナピシュティムとその奥さんが死の川の番人だ。

2.
 1872年大英博物館の一職員ジョージ・スミスは、アッシリアのニネヴェから出土した粘土板の楔形文字の補修の仕事を10年にわたって続け、ある日その粘土板の破片が、旧約聖書の創世記に出てくる洪水伝説と、同じ事柄が記されていることに気がついた。
「ニネヴェをはじめとする古代メソポタミアの諸都市の廃墟から、おそらく聖書にまつわる数々の秘密を解き明かすような楔形文字板がつぎつぎと発見されるだろう」と、ロンドンの「聖書考古学協会」で、スミスは語っている。
やがてアメリカで、大洪水伝説がシュメールに起源を持つことが文献によって立証されることになる。1914年ペンシルヴァニア大学博物館のニップル調査団が発掘した蒐集品を研究していたアルノ・ペーベルは、6つに分かれた楔形文字板の一番下の部分が、バビロニア、ヘブライ両伝説の前身となるものであることをつきとめた。その文字板から大洪水や方舟、そしてシュメールのノアとも言うべきジウスドラ王(ウトナピシュティム)に関する記述を読みとることができた。


3.
 ギルガメシュは一人になりました。恐ろしい考えがギルガメシュの魂を衰弱させます。エンキドゥの死によって、ギルガメシュははじめて、人間は死ぬものだということを意識します。しかし、ただ一人、はるか西方に不死のままにとどまっているウトナピシュティムのことを、ギルガメシュは聞きます。
【この西に向かう道は、洪水によって海中に没するまえのアトランティスの秘密に向かう道にほかなりません。「世界史の秘密」シュタイナーより】

荒野の旅は、危険に満ちていた。夜には、ライオンを見て怖れた。ギルガメシュは頭を上げシン(月の神)に祈った。「わが旅を安全ならしめたまえ」と。彼は横たわり、朝には生きていることを喜んだ。
(ギルガメシュはとても心細げだが、サーカスの綱渡りや手品で最初にわざと失敗し、いかに大変な仕業かを観客に見せ、実際は苦もなくやりとげ喝采を浴びる手法で、古代のシュメール人は物語を語り始めている。)

 ギルガメシュは、それからそびえ立つ山にたどり着いた。山の名前はマーシュ。マーシュの頂は天に、すそ野は冥界に達していた。山には門があり、蠍人間達がその門を見張っていた。彼らの怖ろしさといったら身の毛がよだつほどで、その形相は死そのものだった。彼らの発する畏怖の輝きが山をとりまいていた。
蠍人間達は、日の出と日の入りの太陽を見張っていた。ギルガメシュはこれらを見ると、怖れとおののきで顔が青ざめた。だが彼は意を決して、彼らの前で会釈した。

4.
一人の蠍人間が彼の妻に叫んだ。「おい、こちらにやってくる者がいるぞ。あの身体は神々の肉体だ」。
蠍人間の妻は応えた。「ええ、その3分の2は神で、その3分の1は人間の身体です。」
蠍人間の男は叫んだ。「おーい、お前は、遠い道をなぜやってきたのだ。この山は通り抜けることは難しいぞ。誰も通ることは出来ないのだ。何の目的でやってきたのか、わしは知りたいものだ。」

ギルガメシュが答える。
「われらが父ウトナピシュティムのもとに私は行きたい。彼は神々の集会に立ち、不死の生命を見出した方だ。私は死と生の秘密を彼から聞きたいのだ。」

蠍人間は彼に言った。
「なぜ、お前の頬はやせこけ、顔は落ち込んでいるのか。なぜ、お前の心は憔悴し、消沈しているのか。お前はまだ若いのに、悲嘆がお前の胸に押し寄せ、お前は遠い道のりを行く者のようだ。お前の顔はまるで土人のように暑さと寒さで焼けついている。なぜ、お前はライオンの毛皮をまとって、荒野をさまようのだ。」

5.
ギルガメシュは蠍人間に語った。
「わたしの頬がやせこけ、顔が落ち込まずにいれようか。わたしの心が憔悴し、悲嘆がわたしの胸に押し寄せずにいれようか。わたしの顔が遠い道を行く者のようでなくいられようか。わたしの顔が暑さ寒さで焼けつかずにおられようか。ライオンの毛皮をまとって荒野を彷徨わずにいられようか。わたしの友エンキドゥは狩られた野生騾馬、山の驢馬、荒野の豹、わたしたちは力を合わせて山に登った。天牛を捕らえて、これを撃ちたおした。香柏の森に住むフンババを滅ぼし、山の麓でライオンどもを殺した。わたしが愛し、労苦を共にした友、わたしが愛し、労苦を共にしたエンキドゥ、彼を人間の運命が襲ったのだ。六日、七晩と、わたしは彼のために泣いた。蛆虫が彼の鼻からぽろぽろ落ちこぼれた。
エンキドゥの言葉は、わたしに重くのしかかり、わたしは遠い道を旅した。わたしはライオンの毛皮をまとって荒野をさまよった。わたしはどうして黙し、沈黙を保てようか。わたしが愛した友は粘土になってしまった。わたしも彼のように死の床に横たわるのであろうか。わたしも永遠に起きあがらないのだろうか」
ギルガメシュは、闇をさまよう旅人のようだ。

6.
蠍人間はギルガメシュに言った。
「ギルガメシュよ、彼のもとに行く道はない。この山を行こうとしても誰も通り抜けられないのだ。そのなかは12ベールも闇が続く。暗黒は厚くたちこめ光はない。マーシュの山を越えたのは太陽神シャマシュただ一人だ。しかし今はシャマシュとてこの山を越えることは出来まい。日の出と日の入りには、我々が太陽を見張っているからだ。お前は暗闇の中で、同じ所を行っては戻る、ただその繰り返しだ。」
ギルガメシュは何度も嘆願し、蠍人間は何度も首を振った。
しかし、熱意はいつか岩をも動かすものだ。何が蠍人間の心に響いたのだろう。

「行きなさい。ギルガメシュ、マーシュの山に」
蠍人間が重い口を開いて語り、シャマシュの進んだ道の秘密を明かしてくれた。

ギルガメシュは蠍人間の語った言葉に従い、シャマシュの道を進んだ。

7.
1ベールに達したとき「シャマシュよ、光を与えたまえ!」彼は叫んだ。
暗黒が厚くたちこめ、光はなかった。彼に前も後ろも見ることを許さなかった。
2ベールに達したとき「シャマシュよ、光を与えたまえ!」彼は叫んだ。
暗黒が厚くたちこめ、光はなかった。彼に前も後ろも見ることを許さなかった。 
3ベールに達したとき「シャマシュよ、光を与えたまえ!」彼は叫んだ。
暗黒が厚くたちこめ、光はなかった。彼に前も後ろも見ることを許さなかった。
4ベールに達したとき「シャマシュよ、光を与えたまえ!」彼は叫んだ。
暗黒が厚くたちこめ、光はなかった。彼に前も後ろも見ることを許さなかった。
5ベールに達したとき「シャマシュよ、光を与えたまえ!」彼は叫んだ。
暗黒が厚くたちこめ、光はなかった。彼に前も後ろも見ることを許さなかった。
6ベールに達したとき「シャマシュよ、光を与えたまえ!」彼は叫んだ。
暗黒が厚くたちこめ、光はなかった。彼に前も後ろも見ることを許さなかった。
7ベールに達したとき「シャマシュよ、光を与えたまえ!」彼は叫んだ。
暗黒が厚くたちこめ、光はなかった。彼に前も後ろも見ることを許さなかった。
8ベールに達したとき「シャマシュよ、光を与えたまえ!」彼は叫んだ。
暗黒が厚くたちこめ、光はなかった。彼に前も後ろも見ることを許さなかった。
9ベールに達したとき、北風が起こり彼の前を吹き荒れた。
暗黒が厚くたちこめ光はなかった。彼に前も後ろも見ることを許さなかった。
11ベールに達したとき、彼は太陽神シャマシュの前に出た。
シャマシュは空の高いところから、声の主の姿を見た。

8.
12ベールに達したとき、明るさがもたらされた。
刺草や棘藪や茨のある草原が見えるようになると、それらは紅玉随の実をつけ太陽の光を浴びて輝いていた。葡萄の房はたわわに実り、葉といったらラピス・ラズリで出来ていた。激しく吹き荒れていた北風は、柔らかい風となり心地よく草原をわたった。

やがて海辺に出た。海は穏やかにうねり輝き、波間に魚が飛び跳ねた。
ギルガメシュが海辺を歩いていたとき、酒場の女主人シドゥリと出会う。
彼女は眼を上げて、遠くの彼を眺めた。彼はライオンの毛皮をまとい、神の身体を有していたが、その胸には悲嘆があった。顔は遠い道のりを行く者のようだった。酌婦は遠くに彼を認めて心に思いめぐらした。
「この者は、あるいは殺人者かもしれない。どこからやって来て、どこに行こうとしているのか」
シドゥリは、ギルガメシュを見て門を閉ざした。門を閉ざし閂をかけた。
ギルガメシュは酌婦に注意を向け、顎を上げて彼女に呼びかけた。
「酌婦よ、あなたは何を見てあなたの門を閉ざすのです。返答なくば、私は門を打ち壊し、閂を砕きましょうぞ」
酌婦シドゥリはギルガメシュに言います。「わたしの門に近づいてはなりません。あなたはライオンの毛皮をまとい、その顔は暗く嘆きに満ちています。あなたの荒々しい波動が場を汚すのです」

9.
ギルガメシュは酌婦シドゥリに向かって言う。
「わたしは香柏の森でフンババを打ち倒し、山でライオンどもを殺したものだ」

酌婦はギルガメシュに言う。
「おまえはあの名に聞こえたギルガメシュか。ならばギルガメシュよ、もしおまえが香柏の森に住むフンババを滅ぼし、山の麓でライオンどもを殺し、天から下った天牛を捕らえてこれを打ち倒したのなら、なぜ、おまえの頬はやせこけ、顔は落ち込んでいるのです。なぜ、おまえの心は憔悴し、消沈しているのです。悲嘆がおまえの胸に押し寄せ、おまえは遠い道のりを行く者のようです。おまえの顔は暑さと寒さで焼けついている。なぜ、おまえはライオンの毛皮をまとって荒野をさまようのです。」

ギルガメシュは酌婦シドゥリに語った。
「わたしの頬がやせこけ、顔が落ち込まずにいれようか。わたしの心が憔悴し、悲嘆がわたしの胸に押し寄せずにいれようか。わたしの顔が遠い道を行く者のようでなくいられようか。わたしの顔が暑さ寒さで焼けつかずにおられようか。ライオンの毛皮をまとって荒野を彷徨わずにいられようか。わたしの友エンキドゥは狩られた野生騾馬、山の驢馬、荒野の豹、わたしたちは力を合わせて山に登った。天牛を捕らえて、これを撃ちたおした。香柏の森に住むフンババを滅ぼし、山の麓でライオンどもを殺した。わたしが愛し、労苦を共にした友、わたしが愛し、労苦を共にしたエンキドゥ、彼を人間の運命が襲ったのだ。六日、七晩と、わたしは彼のために泣いた。蛆虫が彼の鼻からぽろぽろ落ちこぼれた。
エンキドゥの言葉は、わたしに重くのしかかり、わたしは遠い道を旅した。わたしはライオンの毛皮をまとって荒野をさまよった。わたしはどうして黙し、沈黙を保てようか。わたしが愛した友は粘土になってしまった。わたしも彼のように死の床に横たわるのであろうか。わたしも永遠に起きあがらないのだろうか」
ギルガメシュはいまも、心の闇をさまよう旅人のようだった。

10.
ギルガメシュはシドゥリに言った。
「さあ、酌婦よ。ウトナピシュティムへの道はどこか教えてくれ。その道しるべをわたしに与えてくれ。もしその方がよいとおまえが言うならば、わたしは大洋をも渡ろう。もしよくないとおまえが言うならば、再び荒野をさまようだろう」

酌婦はギルガメシュに言う。
「ギルガメシュよ、決してそこに入る術はない。いにしえより、誰もその海を渡らなかった。その海を渡るのは英雄シャマシュのみだ。シャマシュの他には誰も渡らなかった。渡航は困難をきわめ、そこに至る道はさらに困難だ。その間には死の水があり、その前方を遮っている。その海のどこを、ギルガメシュよ、渡りおおせると言うのです。死の水に達したら、おまえに何ができるというのです。
ただ、ギルガメシュよ、ウトナピシュティムの舟師ウルシャナビがいる。彼の傍らには<石物>があり、森の中からひこばえ(小さな香柏)を伐りだしている。さあ、行きなさい。彼がおまえに会えますように。もしウルシャナビが案内してくれるとなったならば、彼と共に渡りなさい。もしウルシャナビの案内が得られないならば引き返しなさい。それがおまえの運命なのだから。」

11.
ギルガメシュはこれを聞くと、シドゥリの住む海辺から森へと出かけた。

森にたどり着くとギルガメシュは自分の斧を取り上げた。それから大太刀を抜き、森からひこばえを伐りだした。森の中に大きく音が響きわたった。
ウルシャナビは、ギルガメシュを見出さざるを得ないだろう。

ウルシャナビは遠くに木を伐りだす音を聞いた。
「誰がやってきたのだ。誰が森で育てた俺のひこばえを伐採したのか!」
ウルシャナビは斧の音を聞いて走った。

ウルシャナビはギルガメシュをその目に捉えた。
ウルシャナビが見ると、ギルガメシュは威光に包まれていた。
「おまえは何者だ。おまえは誰の許しを得て、俺が育てた大事なひこばえを伐りだすのだ。」

ギルガメシュが答える。
「わたしは香柏の森に住むフンババを滅ぼし、山の麓でライオンどもを殺し、天から下った天牛を捕らえてこれを打ち倒したものだ。わたしはウトナピシュティムのもとへ行きたい。死と生の秘密を父ウトナピシュティムから聞きたいのだ。」

ウルシャナビは言う。
「たとえおまえが香柏の森に住むフンババを滅ぼし、山の麓でライオンどもを殺し、天から下った天牛を捕らえてこれを打ち倒したのだとしても、俺のひこばえを無断で伐りだして良いはずはなかろう。」
「おまえにウトナピシュティムへの道の案内を頼みたいのだ。」
「断る!」
「断ると言われたら、おまえの舟を力づくでも奪い取るまでだ。」

12.
彼らはもみあった。
怪力ギルガメシュはウルシャナビの頭を叩き、彼の腕をしばりあげた。それから彼をしばった縄を釘で固定した。これでウルシャナビは動けまい。
「おまえは俺の舟を動かすことはできんぞ。」
「なぜだ。」
「この俺と<石物>がなければ、死の水を渡ることは出来ないからだ。」
それからウルシャナビは頑として口を閉ざした。

仕方なくギルガメシュは、舟を動かすに必要らしい<石物>を積み、広い海に漕ぎだした。順調だった。しかし死の水に達したとき、彼は舟を止めざるを得なかった。
死の水は暗く、ひこばえで出来た櫂は、死の水に触れると腐って役に立たなかった。
このためにあったのだと、<石物>をあれこれ試してみるが、奪い取った<石物>は、うんともすんとも言わない。役に立たない<石物>に腹を立てたギルガメシュは、<石物>をたたき壊した。
しかし舟は、舟師ウルシャナビと<石物>がなければ死の水を渡ることはできなかったのだ。

13.
ギルガメシュは岸辺へ戻り、しばりあげた舟師の縄目を解き、ウルシャナビに謝る。
「ウルシャナビよ、わたしはかの国に入りたい。あなたに案内をお願いしたい」

ウルシャナビは答える。
「おまえが香柏の森に住むフンババを滅ぼし、山の麓でライオンどもを殺し、天から下った天牛を捕らえてこれを打ち倒したあのギルガメシュならば、なぜおまえの頬はやせこけ顔は落ち込んでいるのか。
なぜ、おまえの心は憔悴し、消沈しているのか。悲嘆がおまえの胸に押し寄せ、おまえは遠い道のりを行く者のようだ。おまえの顔は暑さと寒さで焼けついている。なぜ、おまえはライオンの毛皮をまとって荒野をさまようのだ。」

ギルガメシュは言った。
「わたしの頬がやせこけ、顔が落ち込まずにいれようか。わたしの心が憔悴し、悲嘆がわたしの胸に押し寄せずにいれようか。わたしの顔が遠い道を行く者のようでなくいられようか。わたしの顔が暑さ寒さで焼けつかずにおられようか。ライオンの毛皮をまとって荒野を彷徨わずにいられようか。わたしの友エンキドゥは狩られた野生騾馬、山の驢馬、荒野の豹、わたしたちは力を合わせて山に登った。天牛を捕らえて、これを撃ちたおした。香柏の森に住むフンババを滅ぼし、山の麓でライオンどもを殺した。わたしが愛し、労苦を共にした友、わたしが愛し、労苦を共にしたエンキドゥ、彼を人間の運命が襲ったのだ。六日、七晩と、わたしは彼のために泣いた。蛆虫が彼の鼻からぽろぽろ落ちこぼれた。
エンキドゥの言葉は、わたしに重くのしかかり、わたしは遠い道を旅した。わたしはライオンの毛皮をまとって荒野をさまよった。わたしはどうして黙し、沈黙を保てようか。わたしが愛した友は粘土になってしまった。わたしも彼のように死の床に横たわるのであろうか。わたしも永遠に起きあがらないのだろうか」


14.
ギルガメシュは、ウルシャナビに語った。
「さあ、ウルシャナビよ、ウトナピシュティムへの道はどこか。その道しるべをわたしに与えてくれ。もしあなたが案内してくれるならば、あなたと共にこの大洋を渡ろう。もしあなたの案内が得られないならばわたしは荒野を再びさまようだろう。それがわたしの運命ならば、この身に受けるしかあるまい。」

ウルシャナビは、ギルガメシュをとがめる。
「ギルガメシュよ、あなたの手が舟を止めたのだ。あなたは<石物>を壊し、ひこばえを伐りだした。死の川を渡るには<石物>が必要なのだ。<石物>がなければ死の川を渡ることはできない。この川を渡った者は、英雄シャマシュのみだ。」
【なんと無謀な男だ。しかし、よくぞ遙かな死の川まで達したものだ。・・・して、わたしは舟師だ】

15.
ウルシャナビは、ギルガメシュを奮い立たせる大きな声をあげた。
「ギルガメシュよ、斧を取り上げよ。森にくだり、5ニンダ(1ニンダは約6メートル)の櫂を120本伐り出せ。皮を剥ぎ、水かきを付けよ。そして舟にそれを運べ」
ギルガメシュはこれを聞くと、喜び勇んで斧を取り上げた。そして大太刀を抜いた。彼は森にくだり、5ニンダの櫂を伐りだした。皮を剥ぎ、水かきを付け、舟に運んだ。ギルガメシュとウルシャナビは舟に乗った。彼らはマギル舟を出航させた。1ヶ月と15日の海路は3日ですんだ。
ウルシャナビは死の水に達した。

ウルシャナビはギルガメシュに語る。
「遠ざかれ、ギルガメシュよ。静かに櫂を取れ。おまえは死の水に触れぬようにな。
第2、第3、第4の櫂を取れ。第5、第6、第7の櫂を取れ。第8、第9、第10の櫂を取れ。第11、第12の櫂を取れ」
そしてギルガメシュは、120本の櫂を使い尽くしてしまった。
仕方なくギルガメシュは帯を解き、自分の衣を脱ぎ舟柱にくくりつけた。その腕で舟柱を高く掲げ、風に運を託した。

16.
ウトナピシュティムは、遠くからマギル舟を眺め、思いめぐらした。
「なぜ、舟の<石物>は壊されているのだ。その舟主でない者が乗り、櫂を取っている。
やって来る者は、わが従者ではない。右側にわが従者ウルシャナビがいるようだ。
わたしが眺めるところ、彼は神ではない。
わたしが眺めるところ、彼は人間でもない。
わたしが眺めるところ、彼は3分の2が神、3分の1が人間のようだ」

17.
ウトナピシュティムは、近づいたギルガメシュに語りかけた。
「客人よ、なぜあなたの頬はやせこけ、顔は落ち込んでいるのか。なぜ、あなたの心は憔悴し、姿は消沈しているのか。悲嘆があなたの胸に押し寄せ、あなたは遠い道のりを行く者のようだ。あなたの顔は暑さと寒さで焼けついている。なぜ、あなたはライオンの毛皮をまとって荒野をさまようのか」

ギルガメシュはウトナピシュティムに語った。
「わたしの頬がやせこけ、顔が落ち込まずにいれようか。わたしの心が憔悴し、悲嘆がわたしの胸に押し寄せずにいれようか。わたしの顔が遠い道を行く者のようでなくいられようか。わたしの顔が暑さ寒さで焼けつかずにおられようか。ライオンの毛皮をまとって荒野を彷徨わずにいられようか。わたしの友エンキドゥは狩られた野生騾馬、山の驢馬、荒野の豹、わたしたちは力を合わせて山に登った。天牛を捕らえて、これを撃ちたおした。香柏の森に住むフンババを滅ぼし、山の麓でライオンどもを殺した。わたしが愛し、労苦を共にした友、わたしが愛し、労苦を共にしたエンキドゥ、彼を人間の運命が襲ったのだ。六日、七晩と、わたしは彼のために泣いた。蛆虫が彼の鼻からぽろぽろ落ちこぼれた。
エンキドゥの言葉は、わたしに重くのしかかり、わたしは遠い道を旅した。わたしはライオンの毛皮をまとって荒野をさまよった。わたしはどうして黙し、沈黙を保てようか。わたしが愛した友は粘土になってしまった。わたしも彼のように死の床に横たわるのであろうか。わたしも永遠に起きあがらないのだろうか」


18.
ギルガメシュは、ウトナピシュティムに語った。
「わたしはマーシュの山を登り、死の川を渡って、人々が語り伝える遙かなウトナピシュティムに会いたく思いました。
すべての国々を歩き回り、困難な山々を越え、すべての海を渡り、わたしはよき眠りに満たされることはなかったのです。
わたしは眠れぬまま、不安を抱き、悲嘆がわが身をさいなみました。長い放浪生活で、酌婦のもとにたどり着く前に、わが衣服は破れはてました。
わたしは熊、ハイエナ、ライオン、豹、虎、大鹿、野生山羊など、荒野の動物たちを殺し、それらの肉を食べ、それらの破れた毛皮を着ています。悲嘆の門はアスファルトと瀝青をもって閉ざされたらいいのに、悲嘆はわたしを弄ぶ。」

「ギルガメシュよ、あなたはいつまで悲嘆にくれているのだ。あなたは神々と人間との肉をもって造られた。あなたの父と母のように、神々はあなたを造ったのだ。それなのに、いつそんな愚か者になったのだ。
あなたは眠らずに自分を疲れさせ、自らの身体を悲嘆で満たしている。そして、愚かにもあなたの死という遠い日を近づけている。

人間の名前は葦原の葦のようにへし折られる。美しい若者も美しい娘も等しく死にへし折られるのだ。誰も死を見ることは出来ない。誰も死の声を聞くことは出来ない。死は怒りのなかで人間をへし折るのだ。

いつかはわれわれは家を建て、巣造りをする。いつかは兄弟たちがそれを分配してしまう。いつかは憎しみが生じ、いつかは川が氾濫し、洪水をもたらす。蜻蛉たちも川に流される。この葦を手にとっても、たちまち風が奪い去っていくのだ。
顔は太陽を見つめて生きようとしても、すぐさま何もかも消え失せてしまう。眠る者と死ぬ者は等しい。人々は死の姿を心に描けないのだ。

19.
 そのときわたしはまだ若者だった。わたしに対する祝福が告げられたとき、偉大な神々アヌンナキは集い、マミートゥム〔出産・誕生・特に人類創造に関わる女神、あるいは冥界と関わりを持ち、ネルガル神あるいはエラ神の配偶神・・ということは、アルルの女主人エレシュキガル〕が天命を定め、アヌンナキと共にわたしの天命を決めたのだった。彼らがわたしの死と生の定めを確立したのだ。ただ、死の日を印づけず、生のそれも印づけなかった。」
ウトナピシュティムは彼方を見、遠い日に思いを馳せるように語った。

ギルガメシュは彼、遙かなウトナピシュティムに語った。
「わたしはあなたを見つめます。あなたの身体は別に変わっていません。あなたはわたしと同様です。あなたは別に変わっていません。わたしの心はあなたに注がれています。わたしの腕はあなたに向かって伸ばされています。わたしは知りたいのです。わたしにお話ください。あなたがどのようにして神々の集いに立ち、不死の生命を探し当てたのか」

ウトナピシュティムはギルガメシュの懇願を受け入れ、語ります。

「ギルガメシュよ、隠された事柄をお前に明かそう。神々の秘密をお前に語ろう。
シュリッパクはお前が知っている町、ユーフラテス川の岸辺にある町だ。その町は古く、偉大な神々は心をはたらかせ、洪水を起こそうとされた。

そこにおられたのは彼らの父アヌ、彼らの顧問官エンリル、彼らの式部官ニヌルタ、彼らの運河監督官エンヌギ、ニンシクであるエア〔エンキ:エンキはニビル王アヌとその側室イドとの間に生まれた第1子だ。一方、エンリルはアヌと異母妹アントゥムとの間に生まれた第2子だ。エンキは王の第1子だが、正当な「王とその異母妹との間に生まれた子」のエンリルのために第1王位継承権を失った〕も彼らと共に誓った。だが彼(エア:エンキ)は、彼らの言葉を葦屋に向かって繰り返した。

20.
『葦屋よ、葦屋よ。壁よ、壁よ。葦屋よ、聞け。壁よ、悟れ。
シュルッパクの人、ウバル・トゥトゥの息子よ、家を壊し、方舟を造れ。
持ち物を放棄し、生命を求めよ。財産を厭い、生命を生かせ。
生命あるもののあらゆる種を方舟に導き入れよ。
あなたが造る方舟は、その寸法が測られるように、その長さと幅とが等しいように。
アプスーのようにそれを屋根で覆え。』

わたしはこれを知って、わが主なるエアに語った。
「わが主よ、あなたがわたしに告げてくださった命令を、私は守り行います。でも、どのように町の人々や職人や長老たちに答えたらよいのでしょう」

エアは語り、僕であるわたしに告げた。
「あなたは若者だから、彼らに次のように言ったらよい。『エンリルがおそらく私を嫌われるのです。わたしはもはやあなた方の町には住めません。もはやエンリルの地に足をおくことは出来ません。わたしはアプスー(深淵)に降り、わが主であるエアと共に住むのです。あなた方の上に彼は豊かさを雨と降らせましょう。鳥の豊猟と魚の秘密とを、豊富な収穫をあなた方に下されましょう。朝にはクック(パン)を、夕には小麦の雨をあなた方のために降らせましょう。」

21.
「暁がかすかに輝きはじめたとき、私のところに国の人々が集まってきた。大工は舟柱を運んだ。石工は石を運んだ。富者はアスファルトを運んだ。貧者はすべての必需品を持ち込んだ。5日目にわたしはその方舟を設計した。その面積は1イクー(約3600u)、側面の高さは10ニンダ(1ニンダは約6m)、上面の縁も等しく10ニンダであった。
わたしはその構造を設計し、それを描いた。それに6つの床面を加え、全体を7つの階に分け、その内部を9つに分けた。その中央には水杭を取り付けた。わたしは櫂を吟味し、必需品を整えた。
3シャル(1シャルは約1万800リットル)の瀝青を溶炉に注ぎ、3シャルのアスファルトで小舟の内部を張り巡らした。また1万800人の籠を運ぶ労働者群が油を持ち込んだ。それ以外に、1シャルの油を彼らは消費し、2シャルの油を舟乗りが取りのけた。
わたしは働く者たちのために数々の雄牛を屠った。日毎、数々の雄羊を殺した。シラシュ・ビール、クルンヌ・ビール、油、ぶどう酒、吸物を川の水のように彼らは飲んだ。
アキトウ祭の日のように彼らは祝祭を催した。太陽が昇るころ、わたしは塗油に手を置いた。太陽が沈むころ、方舟は完成した。

積み荷の搬入は難しかった。彼らは舟底板を上下に一致させた。彼らはその3分の2を生き物たちのために分けた。そこにあるものすべてをわたしは方舟に積み込んだ。そこにあるすべての銀を方舟に積み込んだ。そこにあるすべての金を方舟に積み込んだ。そこにある生き物の種すべてを方舟に積み込んだ。わたしはわが家族、わが親族を方舟に乗せた。荒野の獣、荒野の生きもの、すべての技術者を方舟に乗せた。シャマシュはわがために時を定めて言った。
『朝にはクックを、夕には小麦を雨と降らせよう。さあ、方舟の中に入り、お前の戸を閉じよ』

22.
その時がやってきた。
彼は、朝にはクックを、夕には小麦を雨と降らせた。わたしは嵐の模様を見た。嵐は恐怖を覚えるほどだった。わたしは方舟の中に入り、わが戸を閉じた。
方舟を閉じるために、舟師プズル・アムルに、わたしはわが宮殿を、そしてその付属品までも与えてしまった。
暁がかすかに輝きはじめたとき、天の基底部から黒雲が上がってきた。アダド(嵐、雷鳴、降雨を司る天候神)はその雲のなかから吼えた。先触れの神シャラシュとハニシュが前を進みゆく、式部官として山々国々を進みゆく。エルラガルが方舟の留め柱を引き抜く。ニヌルタは進みゆき、堰を切った。アヌンナキ(シュメール語で「天より地に降り来たりし者」の意)は松明を掲げて、その火をもって大地を燃やそうとした。

アダドの沈黙が天を走り、すべての光が暗黒に変わったかと思うと、その雄叫びで大地は壺のように壊れた。

終日、暴風が吹き荒れ、洪水が大地を襲った。
戦のように、人々の上に破滅が走った。神々さえも大洪水を怖れ、引きこもってアヌの天に上ってしまった。
神々は、犬のように身体を丸め、外でうずくまった。

23.
イシュタルは、子を生む女のように絶叫した。
甘い声の方、神々の女君は嘆き声を上げた。
『いにしえの日々が、実際に粘土と化してしまったとは・・・。
わたしが神々の集いで禍事を口にしたからなのか。
あぁ・・あの神々の集いで、どうして禍事を口にしてしまったのだろう。
人間どもを滅ぼすために、いったい誰が戦争を命じてしまったというのだ。
わたしが生んだ、わが人間たちが、たゆたう稚魚のように海を満たすのだ』

アヌンナキの神々も彼女と共に泣いた。

神々は頭を垂れ、涙ながらに座していた。
彼らの唇は乾いたが飲み物を手にする者はいなかった。
彼らは空腹を覚えたが調理した食物に触れる者はいなかった。

6日、7夜、
嵐が吹き、暴風と大洪水は戦いを終わらせた。
それらは陣痛にのたうつ女性のように自らを打ちのめした。
太陽は鎮まり、悪風はおさまり、大洪水は退いた。

24.
わたしが嵐を見やると、沈黙が支配していた。そして、人類は粘土に戻ってしまっていた。
草地は、粘土の屋根のようになっていた。

わたしが窓を開けると、光がわたしの頬に落ちてきた。
わたしはひざまずき、座って泣いた。涙が頬をとめどなく落ちた。

わたしが四方世界を、また海の果てを眺めると、12ベールのかなたに領地が立ち現れた。
方舟はニムシュの山に漂着した。

その山ニムシュは方舟を掴んで、動かさなかった。
1日、2日と、ニムシュの山は方舟を掴んで、動かさなかった。
3日、4日と、ニムシュの山は方舟を掴んで、動かさなかった。
5日、6日と、ニムシュの山は方舟を掴んで、動かさなかった。
7日目になって、わたしは鳩を放った。

鳩は飛んでいったが、舞い戻ってきた。休み場所が見あたらずに、引き返してきたのだった。
わたしは燕を連れ出し、放った。
燕は飛んでいったが、舞い戻ってきた。休み場所が見あたらずに、引き返してきたのだった。
わたしは烏を連れ出し、放った。
烏は飛んでゆき、水が退いたのを見て、ついばみ、身繕いをし、尾羽を高く掲げて、引き返しては来なかった。
わたしは鳥たちを四方の風の中に出て行かせ、供犠を捧げた。
山の頂を前にしてスルキンヌ(麦などの供物)を供えた。
七つまた七つと、薫香用の器を立て、それらの皿に香り葦、香柏、ミルトス(和名ギンバイカ)をちりばめた。

神々はその香りをかいだ。神々はその芳しい香りをかいだ。
神々は、五月蠅のように、供犠の主のところに集まってきた。
マハ(マハ:女神ベーレト・イリー、神々の女君、イシュタル)は到着するやいなやすぐに、アヌがその飾りに造ったしめ縄を掲げた。

25.
彼女イシュタルは語った。
『神々よ、わたしはわが項(うなじ)のこのラピス・ラズリを決して忘れまい。
わたしはこれらの日々を心に留め、永久に忘れまい。
神々はスルキンヌのところに来るように。
だがエンリルは、スルキンヌのところに来てはならぬ。
彼は熟慮もせずに、大洪水をもたらし、わが人間たちを破局に引き渡したがゆえに』

エンリルは到着するやいなや、すぐに方舟に眼を留めた。
エンリルは憤り(いきどおり)、イギギ(監視する者)の神々に対する怒りに満ちた。
『なんらかの生命が大洪水を免れたのだな。人間は誰も破局を生き延びてはならなかったのに』

ニヌルタ(農耕、植物神、雨神、戦神そして「大地の主人」)は、エンリルに告げた。
『エア(エンキ)以外に、誰がこのようなことをするだろう。エアこそはすべての業をわきまえているのだから』

エアは、エンリルに告げた。
『あなたは英雄、神々の賢者ではないか。熟慮もせずに、どうして洪水をもたらしたのか。
罪人にはその罪を負わせよ。咎ある人にはその咎を負わせよ。それで赦せ。彼とて抹消されてはならぬ。それで我慢せよ。彼とて殺されてはならぬ。
洪水をもたらす代わりに、ライオンを起こして、人々を減少させたらよかったのだ。
洪水をもたらす代わりに、狼を起こして、人々を減少させたらよかったのだ。
洪水をもたらす代わりに、飢饉を起こして、大地をやせ細らせたらよかったのだ。
洪水をもたらすかわりに、エラ(疫病をもたらす神)を起こして、人間を撲滅させたらよかったのだ。
わたしが偉大な神々の秘密を明かしたのではない。アトラ・ハシース(ウトナピシュティム)に夢を見させたら、彼が神々の秘密を聞き取ったのだ。
さあ・・
いまや、あなた自ら彼について決定を下すがよい。』

26.
そこでエンリルはわが手を取って、わたしを引き上げた。彼はわが妻をも引き上げ、わが傍らにひざまつかせた。
わが額に触れ、われらの間に立って、われらを祝福して言った。
『これまで、ウトナピシュティムは人間であったが、いまやウトナピシュティムと彼の妻とは、われわれ神々のようになる。
ウトナピシュティムは遙か遠くの河口に住め』


こうして彼らはわたしを連れて行き、遙か遠くの河口に住まわせたのだ。
ギルガメシュよ、おまえが探し求める生命を見だすために、いまは誰が神々を集わせてくださるだろう。さあ、六日、七晩、眠らずにいてごらん」

ウトナピシュティムは、六日と七夜、眠りに陥ることがなければ、不死の意識にいたることができると言い、ギルガメシュはこの試練を受けるのです。
しかし、ギルガメシュがウトナピシュティムの足下に座している間、眠りが霧のように彼の上を吹きわたった。
ウトナピシュティムは、妻に語った。
「生命を求めるこの若者をごらん。彼の上には眠りが霧のように吹きわたる」
眠りと死の垣根は低く、ギルガメシュは冥界の霧に捕らえられた。

27.
彼の妻は、ウトナピシュティムに語った。
「彼にお触れなさいな。この者が目を覚ましますように。彼が自分の来た道をやすらかに帰れますように。彼が出てきた門を通って、自分の国に帰れますように。」

ウトナピシュティムは、語った。
「人間はよこしまなものだぞ。彼はお前にもよこしまをはたらこうぞ。
さあ、彼のためにパンを焼き、彼の頭のところに置きなさい。」

彼女はギルガメシュのためにパンを焼き、彼の頭に乗せた。そして彼の眠った日数を壁に記しておいた。
彼の最初の日のパンは乾いてしまった。
第二日のパンはいたみ、第三日のパンはべたつき、第四日の焼き菓子は白くなってしまった。第五日のパンは灰色になり、第六日のパンは焼かれた。第七の日のパンが焼かれたところで、ウトナピシュティムが彼に触れると、ギルガメシュは眼を覚ました。

目覚めたばかりのギルガメシュは、言う。
「眠りがこの身に注がれるやいなや、すぐさま、わたしに触れ、わたしを起こしてくれたのはあなたですね。」

【このあたりの出来事は、「世界史の秘密」シュタイナーでこのように述べられています。
・・西方に向けてのギルガメシュの航海と彷徨は、霊の高みに昇って、魂がまだ霊視的に霊的世界を観照できたアトランティス時代に、何が自分の周囲にあったかを知覚するという、内的な秘技参入の道を描写するものです。それゆえ、ギルガメシュはこの霊的な道をアトランティスの偉大な導師であるウトナピシュティムとともに歩んだ、と述べられているのです。ウトナピシュティムはある高次の霊的存在で、アトランティス時代に人間界にあり、その後、人類から離れて、存在の高次の領域に生きています。ギルガメシュは、このウトナピシュティムという人物を知ることによって、霊的世界を見るために、魂が必要とするものを得ます。こうして、アトランティス時代にまで遡行していくことで、ギルガメシュは再び霊的な領域に入っていきます。七夜と六日眠らずにいるという記述によって、
このような霊的領域に参入するために魂が果たすべき行が示されています。

そして、ギルガメシュがこの行を果たせなかったということは、彼が過酷な秘儀の入口にいたりながらも、時代の状況から、秘儀の門を通過して霊的な秘密の深みの全てを体験することができなかった、ということをあらわしています。・・】

ウトナピシュティムは、語る。
「さあ、ギルガメシュ、あなたのパンを数えてみよ。眠っていた日数がお前にわかろうというもの。お前の最初のパンは乾いてしまった。第二日のパンはいたみ、第三日のパンはべたつき、第四日の焼き菓子は白くなってしまった。第五日のパンは灰色になり、第六日のパンは焼かれた。
第七日のパンが焼かれたところで、お前は眼を覚ましたのだ。」

 最初の日に焼いた乾いたパン、第二日に焼いたのいたんだパン、第三日のべたついたパン、第四日の白くなったパン、第五日の灰色のパン、第六日に焼かれたパン、第七日に焼かれたパン、これらのパンを食べることによって、六日と七夜かけて獲得されるものが得られたはずでした。

ギルガメシュは、言う。
「ああ何ということだ。不覚にも眠ってしまったのか。
ウトナピシュティムよ。わたしはどのようにして、どこへ行ったらよいのです。
略奪する者たちが、この身体をしかとつかまえてしまったのです。わたしの寝室には死が腰をおろしています。わたしがどこに顔を向けようと、そこにはただ死があるのみです。」
ギルガメシュは斑点としみの浮き出た、変わり果てた自分の身体を見出したのだった。

28.
ウトナピシュティムは、舟師ウルシャナビに言う。
「ウルシャナビよ。舟着き場がお前を軽んじ、出入り口がお前を嫌うように。
その岸辺を往き来する者よ。その岸辺から離れていけ」

「お前が先導した者の身体には、汚れた髪が巻き付いてしまった。皮膚がその美しい肉体を損なってしまった。ウルシャナビよ、彼を案内し、水場に連れて行け。水でその汚れた髪を雪のように清く洗わせよ。その皮膚を脱ぎ捨て、大洋がそれを持ち去るように。彼の良き肉体が潤うように。彼の頭巾が新調されるように。彼が衣装を、彼の活力の衣を、身に纏うように。彼が自分の町に行けるまで、彼の道に達するまで、その衣装は汚れず、真新しくあるように」


ウトナピシュティムは、ウルシャナビに舟師としての任を解いたのだ。
ウルシャナビは彼、ギルガメシュを案内し、水場に連れて行った。
ギルガメシュは、水場でその汚れた髪を雪のように清く洗った。ギルガメシュがその皮膚を脱ぎ捨てると、海がそれを持ち去った。
彼の良き肉体は潤った。彼は自分の頭巾を新調した。彼は衣装を、彼の活力の衣を身に纏った。
そしてギルガメシュが自分の町に行けるまで、彼の道に達するまで、その衣装は汚れず、真新しくあり得たのだった。

ギルガメシュとウルシャナビは舟に乗った。彼らはマギル舟を出航させ、ウルクへの航海に出ようとしていた。

29.
その時、彼の妻は、ウトナピシュティムに語った。
「あの若者は荒野を旅してここまでやって来ました。彼は疲れ切り、体力も消耗しています。だけど、あなたが死と生の秘密の〈回答〉を与えたので、彼は自分の国に帰るのですか。」

ギルガメシュは櫂を持ち上げ、舟を岸辺から遠ざけようとしていた。

ウトナピシュティムは、ギルガメシュをじっと見、やがて彼を呼び止めた。

「ギルガメシュよ、お前はここまでやって来て、疲れ切り、体力も消耗している。
わしがお前に死と生の秘密の〈回答〉を与えてもいないのに、あきらめてお前は帰ろうとするのか。
死んだ人間以外でここまで来れたのは、神々のみだった。おまえは3分の2が神、3分の1が人間の身体だ。そのおまえが今ここまで来れたということは、おそらく意味のあることに違いない。

ギルガメシュよ、わしは隠された事柄を明かそう。
生命の秘密をお前に語ろうぞ。
その根が刺藪のような草がある。その刺は野バラのようにお前の手を刺す。もし、この草を手に入れることができるなら、お前は不死の生命を見出すだろう。

その草は深淵のなかにある。その深淵の底までたどり着けるなら、おまえは老いたる者が若返る、死と生命の秘密を手に入れることが出来るだろう。しかしギルガメシュよ、何があっても決して口をきいてはいけない。何も喋ってはいけない。言葉を発するとおまえは深淵に捕らえられ、二度と戻ってくることはあるまい。」

30.
ギルガメシュはこれを聞いて、喜んだ。
ギルガメシュは深淵に通ずる溝を開け、重い石を足に縛り付けた。
その石が彼を深淵に引き込んだ。

ギルガメシュは、いつ終わるとも知れない深い深淵を沈んでいった。
深淵は下るほどに一層闇が深くなった。ギルガメシュの傍らを何かが通り過ぎる。怪物の息づかいが聞こえる。

「おまえは何者だ。」
ギルガメシュは答えない。
「おまえは何者だ。答えなければ生きては帰さん。」
ギルガメシュは答えない。
「返答なくば、力づくでここに留めおこう」
ギルガメシュは強い力に捕らえられた。強い力に締め上げられた。
しかしギルガメシュの3分の2は神々の身体だ。深淵の怪物は引き下がらざるを得なかった。

再び別の力がギルガメシュを襲った。
「おまえは何者だ。」
ギルガメシュは、またも答えない。
「おまえは何者だ。答えなければ生きては帰さん。」
ギルガメシュはまたも答えない。
「返答なくば、やむをえんな。」
ギルガメシュを捕らえた力は、前以上に強い力だったが、深淵の怪物は引き下がらざるを得なかった。

こうしてギルガメシュは深淵の底にたどり着いた。
漆黒の闇の中にあって一カ所光るものがあった。
闇を照らす蝋燭にも似て、それはそれ自身が光を放っていた。

31.
そこにかの草があったのだ。
彼がその草を取ると、刺藪の根が彼の手を刺した。
ギルガメシュが重い石を足からはずすと、彼は泡のように上へと昇っていった。
深淵の海は、彼を岸辺に投げ出した。

ギルガメシュは彼、ウルシャナビに語った。
「ウルシャナビよ、この草は危機を超えるための草だ。それによって人は生命を得るのだ。
わたしはこれを囲いの町ウルクに持ち帰り、老人にそれを、試してみよう。その草の名は『老いたる人が若返る』わたしもそれを試し、若き時代に戻ろう」

20ベール行って、彼らはパンを割いた。
30ベール行って、夕べの休息をとった。
そこには冷たい水をたたえる泉があった。ギルガメシュは泉を見て、シャマシュに供犠を捧げようと下って行き、水で身体を清めていた。

一匹の蛇がその草の香りを嗅いで、音もなく忍び寄った。蛇はギルガメシュが深淵から持ち帰った草を取り去った。
蛇は戻って行くとき、古い皮を脱ぎ捨てた。

長い旅の末に得たもの「老いたるものが若返る」草は、消えてしまった。
その日、ギルガメシュは腰を落として泣いた。
頬をつたって涙が流れ落ちた。

32.
ギルガメシュは語った。
「舟師ウルシャナビよ、わたしの言葉を退けないで欲しい。
何のために、わが腕は疲れ切ったのか。何のために、わが心臓の血は失せ去るのか。わたしは自分のために、よきことを企てたのではなかったか。大地のライオン(蛇のこと)にも、わたしはよきことを行ったのに、いまや20ベールも流れはかの草を運んでしまう。

いつのことだったのだろう。深淵の溝を開けたことがあった。深淵の溝を開けたとき、わたしは道具(プックとメック)を落としてしまったのだ。あの時はエンキドゥが、わたしの代わりに道具を探しに行ってくれた。わたしが戻るべきであったのか。そして舟を岸辺に置いておくべきだったのか」
小波のような後悔が、何度もギルガメシュに押し寄せた。

「老いたるものが若返る草は、求めるとなお遠ざかり、人間の名前は葦原の葦のようにへし折られる。美しい若者も美しい娘も等しく死にへし折られるのだ。誰も死を見ることは出来ない。誰も死の声を聞くことは出来ない。死は怒りのなかで人間をへし折るのだ。
いつかはわれわれは家を建て、巣造りをする。いつかは兄弟たちがそれを分配してしまう。いつかは憎しみが生じ、いつかは川が氾濫し、洪水をもたらす。蜻蛉たちも川に流される。顔は太陽を見つめて生きようとしても、すぐさま何もかも失せてしまう。眠る者と死ぬ者は等しい。人々は死の姿を心に描けない。」
ウトナピシュティムの語った言葉がギルガメシュの心に甦った。

33.
20ベール行って、彼らはパンを割いた。
30ベール行って、夕べの休息をとった。
彼らは囲いの町ウルクの町中に着いた。

ギルガメシュは彼、ウルシャナビに語った。
「ウルシャナビよ、ウルクの城壁に上り、往き来してみよ。
礎石をしらべ、煉瓦を吟味してみよ。その煉瓦が焼成煉瓦でないかどうか。その基礎は七賢者が据えたのではなかったかどうか。
ウルクの町は1シャル、果樹園は1シャル、粘土をとる低地が1シャル、それにイシュタル神殿の未耕作地。
すなわち、ウルクは3シャルとさらに未耕作地からなっている」

ギルガメシュは指さす。彼が遠く旅した、遙かな地の果てを指さす。
「ウルシャナビよ、麦を作ろう。わたしが旅した国々で、新しい麦を見た。一つの穂に多くの実をつける麦を見た。あの麦をウルクでも作ろう。
わたしが旅した国々で、珍しいものや美しいものを見た。スーサでラピスラズリや紅玉髄を見た。アナトリヤでは、金や銀、レバノン杉、トルコ石、それから銅だ。わたしは再び、訪れた地へ交易のため訪ねよう。偉大なるわが父シャマシュのために、このウルクに輝ける神殿を建設するのだ」

ギルガメシュとウルシャナビは、城壁の上で遠く地平を眺めた。
この地平の、また遙か先の地平へと、ギルガメシュの思いは馳せた
「わたしは再び旅をしよう。シャマシュの道は、遙かな地平のまたその先まで続くのだ。この地の果てるところまで、わたしは旅をしよう。この先に何があるのか知りたいのだ。」

ギルガメシュは、長い旅をして得た知識でもって、多くの国々と交易をした。そして偉大なる太陽神シャマシュのために、素晴らしいジグラッドを建設した。それは、この世に二つとない程の素晴らしさだった。

34.
 やがて、ギルガメシュに終わりの時が来た。
ギルガメシュは床に伏していた。3分の2が神、3分の1が人間の身体のギルガメシュにも終わりの時が来た。身体は弱ってはいたが、毎日決まった時間になると、従者たちの持つ御車に担がれて、川の水で身体を清め供犠を捧げていた。しかし、その日ギルガメシュは起きあがらなかった。

香柏の森に住むフンババを滅ぼし、山の麓でライオンどもを殺し、天から下った天牛を捕らえて打ち倒した勇者ギルガメシュの最後は、まるで眠りにつく人のようだった。
眠りと死との垣根は低く、ギルガメシュは、ゆっくりと低い垣根を越えて、かの地へ渡った。
 粘土板[ギルガメシュ叙事詩]の当時の書名は、「すべてのものを国の果てまで見たという人」というものだったそうだ。


 


宇宙