最後のお別れ…熱海へ行く

 5月19日午前11時出棺。
 見送りをするなら、この時しかないという。父は熱海へも行けないし、母もあまり調子よくなくて、葬式もしないんだったら、家にいてその時刻に手を合わせるだけだ、とあきらめていた。
 しかし私はあきらめきれずにいた。このまま何もしないで終わってしまうのは…。何の関わりも持てずに終わってしまうのは耐えられない。
 1月からずーっと後悔が続いているのだ。最後のお別れにも行かなかったら、私は一生後悔しつづけるに違いない。

 18日の夕方、実家に電話。ところがこいうときに限って受話器がはずれているらしく、何度かけても通じない。Faxを送っても気づかないらしい。その間にも七海の英会話教室の送り迎えやら、あちこち出かけていたのだが、2時間半過ぎてもまだ通じないので、実家の近くの親戚へ連絡した。すぐに実家へ知らせてくれて、ようやく受話器はずしは解決。

 父も母も、私がまさか熱海にまでひとりで行く気で」いるとは考えもしなかったようだ。一度も会ったことのない「あっちゃん」に対して、そこまでの気持ちでいるなどとは。
 母が東京や熱海へ電話して、出棺の時刻を確認してくれた。

 熱海の自宅マンションには、亡くなった日から篤人さんゆかりの人たちが訪れていて、部屋の中はきれいな花でいっぱいだという。
 公にはしないで、篤人さんの遺言状に名前が書かれていた人たちに連絡が取られたらしい。10人ほどの名前が書き連ねられていて、その中で身内は東京に住むいとこの「利ちゃん」だけだった。その利ちゃんもあまり具合が良くないと言うことで、隣に赤い字で「奥様」と書き加えられていたそうだ。父のところへは、としちゃんのところから連絡がきたのだった。


 人が亡くなれば、普通はすぐに親族が集まって、その中で一切のことがとり行われるのに、篤人さんの場合は離婚していて子どももなく、職業も職業だし、遺言状も書かれていたので、本人の遺志を尊重して私たちの常識からはかなりかけ離れた形式が取られることになってしまった。(お線香だってあげてない、と。)

 朝9時すぎに家を出て、静岡から新幹線に乗り、熱海の駅に着いたのは10時20分だった。1時間半もかからない。こんなに近いところに住んでいたのか、と思うと、それまで交流がなかったことがあらためて残念に思われる。

 タクシーに乗り、山の上にある火葬場までは約15分。
 まがりくねった急な坂道を、客を乗せてるとは思えないスピードでとばしていく。カーブのたびに座席にだーっと横になってしまうくらいだった。「箱根峠」という看板もあったりして、こんなに遠いところ?と少し不安になった。
 10時40分頃火葬場に着く。篤人さんの関係の人は、まだひとりも来ていなくてひっそり。山の上なので空気もひんやりとしている。
 しばらくしてタクシーが一台。女性がふたり降りてきた。篤人さんの親戚?――ということは、私の親戚なのだろうが、誰だかわからない。

 11時をまわると、急にドキドキしてきた。もうじき間違いなく到着する。
 15分頃だったろうか、バスが一台やってきた。篤人さんの棺を乗せたバスだ。そして、車がもう一台。その車から降りてきたのは、なんと俳優の長塚京三さんだった。
 目の前を、長塚さんが会釈しながら歩いていった。そして、バスから降りてきたひとりの女性が私に声をかけてくださった。
 「失礼ですが…」――父の従弟の利ちゃんの奥さんだった。
 「このたびは…」と言いかけて、私はそのあとなんて言ったらいいのか、はたと困ってしまったが、それにかまわず利ちゃんの奥さんは話を続けてくださるのだった。そして、父の従妹のまち子さんを紹介してくださった。さきほど、タクシーでやってきた女性が、まち子さんとその妹さんだった。

 まち子さんの名前だけは、ずっと前から知っている。小さい頃会った、という記憶もおぼろげに残っている。でも、ほとんど初対面のような感じ。まち子さんは「昔いなかへ行ったとき、あなたこ〜んなに小さかったのよ。おすべり台で遊んでいてねー。」なんて話してくださる。
 利ちゃん(私が利ちゃんなんて呼ぶのは失礼だが)には何度かお会いしたことがあるので、すぐにわかった。全然変わってないけど、髪の毛が真っ白になっていたのには驚いた。「遠いところから、ありがとうございました。」と私などにも丁寧に挨拶してくださる。そして、「このあと『偲ぶ会』があるから、それにも出席してくださいね。」とおっしゃるのだ。私などが、邪魔ではないかしら?と思ったが、「ちゃんと席を用意してあるから。」とのこと。考えてみれば、父の代理で行ったわけだから、同席する資格はあるわけか。
 

 篤人さんの棺は火葬される扉の前まではこばれている。そして写真が…。
 篤人さんの写真と面と向かったのもこれが初めてだと気づき、私は愕然となってしまった。少し笑みを浮かべた、すてきなおじさまという感じの人だった。 

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