第9章へ第11章へ いつ終えるとも知れぬこの旅路に何と名前をつけようか─ 10章─旅立ち ─ 再会 ふわりと、クッション材が弾む。 久々の感覚で、我を忘れてしまいそうになるほど、コミューンの頭の中は真っ白だった。 何も考えられない。 ただ残るのは、先の戦闘で負った傷の痛みと、アテート状態を長く続けたことによる身体の芯からの激痛。 本来ならば呻き声でも上げるところだが、そんな気力すら失せた状態。 カルナとの戦闘は、それはそれは激しいものだった。 リスクからの援護射撃が無ければ致命の一打を受けていた可能性も否定できない。 眠ろう─ そして再び目覚めたら、リスクに礼を言おう。 そして─ コミューンは、まどろみの中、静かに深く深く眠りについた。 カーテンから差し込む光。簡素なインスタントコーヒーの香り。 その香りに中てられながら、リミテはその身体を湯雨に預ける。 所々にある擦り傷に沁みる湯雨の粒。 髪を洗いながら、ふぅ、と溜息をつく。 シャンプーを洗い流し、桃のリンスでトリートメントをし、静かに壁に手をつく。 黙り込み、流れ落ちる湯雨に祈りを捧げる。 多くの命の上に立っていた身であり、今はその同列だった人間を、それはそれはたくさん殺した。 許されることではない。 そんなことはわかっていた。 かつての上司─ ハイド長官の命を一瞬にして奪った後のことは、殆ど何も思い出せない。 ただ、セガイラの屍を抱きながら歩いていたことだけは覚えている。 仲間の命さえも、奪ってしまった。 様々なものを得、そして失った戦いだった。 「神様─ 私をどうか・・・許し給うこと無く─」 罪を負う覚悟。 一通り祈り終えると、リミテはリンスを濯ぎ落とす。 同時に、コーヒーの香りと桃華の香りが入り混じる。 媚薬にでも中てられたような不思議な香りのハーモニーが、その場を彩る。 湯を髪から切り払い、バスローブに身を包む。 部屋に戻り、インスタントコーヒーを静かにカップに注ぎ込む。 簡素なその香りを二嗅ぎ程すると、熱いその湯面に口をつけ、啜る。 ほろ苦いその味に、段々と覚醒する。 やがてコーヒーを1杯飲み終えると、ショーツを手に取り、ゆっくりと穿く。 ショーツがぴったり肌に触れると、バスローブを脱ぎ捨てる。 ライノラ帝郷区で再購入した白のトレーナーと青のジーンズを着合わせ、鏡の前で後ろ髪を縛る。 ポニーテール状となった後ろ髪を、右へ左へと振ってみせる。 お気に入りのスタイルといったところだ。 当たり前のように引き出しを開け、中を探ると同時に、リミテは思い出した。 『それ、私のお気に入り─ 貸しておいてあげる。また数日後に必ず返してね。』 お気に入りの首飾りは、そういえばコミューンに貸したままだった。 コミューンは─ ? もう戻って来たのだろうか? 当初の予定通りに事が運んでいれば、リミテの就寝中に戻って来たことになる。 そう気付くと、いてもたってもいられず、残りのコーヒーを急いで一気に飲み干す。 黒のジャケットを羽織り、部屋を後にする。 コミューンが目を開けると、そこは白く包まれた空間だった。 白い天井、白い壁、白いドア。集中治療室のようだ。 ぽつりと、そんな白い空間にうずくまる赤い髪。 「─ パシア・・・」 その一声に、はっと目を覚ますパシア。 「コミューン!! 目が覚めたの!? 良かった、良かった─ !!」 3日ぶりの再会─ 涙ぐむパシアの髪を、そっと撫でる。 起き上がって抱きしめてやりたい気持ちに駆られるが、身体の倦怠感が抜け切らず、髪を撫でるところにとどまる。 壁越しに、リミテはその様子を聞き取る。 コン、コン─ と、ドアから音が響く。 コミューンは少し考えた後、答える。 「─ リミテか? 入って来いよ。」 少し驚いたような雰囲気が、ドア越しにコミューンに伝わる。 かちゃり─ と、静かに音を立ててドアが開く。 「なんだか─ 数年ぶりにでも逢ったような気分ね、コミューン。」 優しく笑いながら、コミューンは切り返す。 「俺も不思議とそんな気分だ─ 永い、永い眠りにでもついてたみたいだな。」 その発言に、パシアは少し怒ったように切り出す。 「もうっ!! ホントに長く寝てたんだからっ!! 冗談抜きだよ!?」 困ったように笑いながら、コミューン。 「はは、どれくらい寝てたんだ─ 帰りの船で寝ちまったから、まるまる24時間くらいか。」 時計を確認しながらコミューンは呟く。 「そうだ─ リューハは?どうなってる? 相当な怪我を負ってたはずだが─」 その言葉を発端に、辺りの空気が少し静まり返る。 「怪我とかいうレベルを超えてるって聞いたわ─ 今はもっと大規模な集中治療室にいるみたい。 何度も血を吐いて─ ヒナさんが付きっ切りだって言ってた。」 そうだ─ リューハはアーク・エインとの戦いで、クシュターゼの力であるアテートの次の段階である リンクを使ったと聞いている。何度もの吐血は、単に負ったダメージ量だけでなくその副作用によるところもあるだろう。 覚悟の質、量自体が、カルナやコミューンとは丸っきり違うというわけか─ 何とも言えぬ歯痒さが残る。 はっとして、コミューンは寝た姿勢のまま首の裏を弄る。 「ああ、そうだそうだ─ 返さないといけない物が、あったな。」 美しい十字架を象った首飾り。 金属の塗装と宝石がきらりと輝く。 「金色がパシアで、銀色がリミテ─ だったよな?」 それぞれの首飾りを手渡す。 「確かに─ 返したぞ。 何だよ、そんな複雑そうな顔して。」 複雑な顔─ そう、コミューンもまた、生きるか死ぬかの瀬戸際の戦いにいたことは確かだ。 「仕方ないから、今受け取ってあげる─ 本当なら、もっと元気になってから貰いたかったんだけど。」 複雑そうで、今触ったら泣き出してしまいそうな顔で、リミテとパシアはそれを受け取る。 まるでガラスの像のように、リミテとパシアは、それぞれの首飾りをその身に着ける。 「そうね─ 今は安静にしてることが一番だけど、その前に─」 待ちわびた言葉。 「─ おかえりなさい。コミューン。」 「リミテさんも、おかえりなさい。」 運命に絡め取られたように、3人は再会した。 ─ 痛み コミューンは久々に自室へ戻ると、古びたアルバムに手を伸ばす。 妹のティルと一緒に撮った数限りある写真の1つ1つを指でなぞり、静かに感慨に浸る。 『Till with Commune 〜 Commune with Till』そう書かれた裏生地をさすると、遠い日の記憶が甦る。 「お兄ちゃんっ!!」 コミューンの背中越しに発育途上の胸の感触が触れるのがわかる。 『つーかまえたっ。 もう離さないんだからー。』 コミューンは必死に振り向こうとするが、思いの外力がなかなか強く、しがみつかれたその体勢から逃れられない。 『こ、こらっ─ 悪ふざけするんじゃない!!』 『こうしたいからこうしてるだけだもん─ にひひっ。』 必死に抗うコミューンも、次第にその仕草を弱めていく。 『わかった─ わかったから、1回手を離せ。』 少女は静かにその腕の束縛を解いていく。 やがてコミューンは身体を反転させるのに充分な解放を得る。 そして振り向きざまに─ 『─ んっ─ 。』 重なる唇と唇。 今まで背中に触れていたものとはまったく別な柔らかさを持ったそれは、互いの旋律を掻き乱していく。 『─ ぷはっ。』 耐え切れず、息継ぎをする少女。 ティルのそんな仕草にあてられながら、コミューンはくすっと笑う。 『これで─ 満足か? ははっ。』 ブラコンの妹に、シスコンの兄─ いや・・・否定までは出来ないところをみると、結局どっちもどっちというわけか。 愛しい、愛しい存在だった。 「ティル─ 終わったよ、全部。」 そっと写真を撫で終えると、アルバムを閉じ、書棚にしまう─ そうしようとした瞬間、とんでもない違和感に気付く。 発育途上の胸の感触が、背中越しに伝わる。 「もうっ─ コミューンってば、じっとしたままじゃつまんないよー!! お兄ちゃんって呼んだからって動揺し・す・ぎ。」 いつからだろうか─ 最初の兄呼ばわりのときからか。 コミューンはパシアにしがみつかれながら、しばらく静止していたことになる。 パシアの言うように、パシアの言葉に動揺したわけではない。 ただ─ そう、ただ、コミューンの回想への入り出しが見事に重なったからに他ならない。 押し付ける胸の感触も、コミューンを締め上げるその腕も、回想と重なっていた。 ただ1つだけ救いなのは、振り向きざまにうっかりキスまではしなかったことだろうか。 もし本当に回想通りにキスしてしまっていたら、パシアはどんな気持ちだろう。 パシアはコミューンを締め付ける一方だったので、コミューンには振り向く余地は無い。 パシアはコミューンの意図したところを理解し、そっとその手を緩める。 コミューンはゆっくりとパシアの方に振り向くと、静かに口を開く。 「─ すまない。考え事─ してた。」 パシアはじっとコミューンの顔を見つめる。 「良いの─ コミューンが元気になってくれたもん。 どうしてもって言うなら、抱っこして。ぎゅーって。」 パシアの好意─ その好意が、どういった方向性を持った好意なのかはコミューンは判断しかねたが、 ただ、パシアの言われるままに─ ぐっ と、パシアの小さな身体を抱き締める。 割れて散ってしまいそうなほど繊細な身体を、自分の身体に押し当てるように。 もぞもぞっと、パシアがその顔をコミューンの胸にうずめる。 「これで─ 満足か? ははっ。」 コミューンは先の無反応を棚上げし、からかうようにパシアに話す。 「んーん。 こんなんじゃ、ダメっ。」 精一杯背伸びをして、その唇がコミューンの唇を掴む。 「─ んっ─ 。」 やっとのことで届いたコミューンの顔に、すり寄せるかのように。 コミューンはその柔らかな感触を、じっくりと感じ取ることが出来た。 伸びた背を少しずつ力を解いて静かに降ろしていくパシア。 「─ ん。 これで満足っ。 にひひっ。」 コミューンは妹、ティルの姿を投影せずにはいられなかった。 顔立ちといい、仕草といい、セリフといい─ とても、赤の他人とは思えなかった。 「あたしに、ティルさんの姿、投影してる─ ?」 ぎくりと図星を突かれたコミューンは、目のやり場に困る。 「ははーん、やっぱり。 ─ でも、良いの。コミューンが私に好きだって気持ちを持ってくれてるなら。」 好き─ 確かにそうだ。 好きでもない相手に高価な贈り物をしたり、こうして抱き締めるなどしはしない。 でも─ 「でも、違うんだ、俺はパシアのこと、確かに好きだ。でも、その好きっていうのは─」 「ただの幻影でも、likeでも良いの。」 パシアはそう言いながらにこやかに笑うと、その場を後にする。 「2階、借りてるから。 着替えるから覗きにとか来ないでよー。」 無邪気─ いや、そろそろ大人の邪気が混じってきた頃合の年頃のパシア。 「覗かないよ、わざわざそんな・・・」 パシアは、あっとしたような顔で。 「あーっ!! 馬鹿にしたー!! ふーんだ、ホントに来なくて良いもん。」 ずかずかと階段を登っていくパシア。 ボリボリと頭を掻いてやいやいといった表情のコミューン。 パシアはそれを見てか見ずか、くすっと笑いながら上へと登る。 正直なところ、パシアの裸に興味がまったく無いわけではない。 愛しい人の、面影をところどころに魅せるパシア。クシュターゼもその身に宿している。 一体彼女はどこから来て、自身にとってどんな存在となり得るのか。 コミューンはベッドに座り込むと、熟考を始めた。 ぎいっと、静かに音を立てて開くドア。 パシアには気付かれない程度の、コミューンの耳元だけに届く木の軋む音。 その先に垣間見える裸のパシア。 コミューンの見るべきは、その背にあった。 着実に進行しつつある、癌細胞の印。 パシアの背中には、龍を象った黒い紋章がくっきりと浮かび上がっていた。 『紋章は、癌細胞の進行の度合いを示すものだ。大きくなるほど死に近くなる。力の発動への反動は、 この紋章が一時的に大きくなるための副作用だ。』 ヘルスティンの言葉を思い返す。 パシアのそれは、コミューンの何倍も大きく、直径にして20cmはあろうかというものだ。 裸になったパシアは、服を着るでもなく、しばらく静止していた。 しばらくすると、自分の背中を触り始める。いや、触るというよりは掻きむしると言った方が正しいかもしれない。 「痛いよ・・・痛いよ・・・お兄ちゃん・・・コミューン・・・リミテさん・・・助けてよっ・・・」 パシアの悲痛な呟きに、コミューンは隠れるのを止め、パシアの許へと走る。 「っ!! コミューンっ!?」 ただ、他に何も思いつかなかった。 改めて、パシアのその小さな身体を抱き締める。 「コミューン・・・破廉恥だよ・・・」 そう言いながらも、パシアはぎゅうっと、コミューンの懐に潜り込んでくる。 「大丈夫─ 大丈夫だから・・・な? パシア。」 慰めの言葉にも、パシアの痛みは決して消えることは無い。 「痛い・・・痛いよ・・・ コミューン。 どうしたら良いの? うぐっ─」 泣きじゃくるパシアの姿に、いても立ってもいられない。 「ヘルスティン─ 聞こえてるか? 俺も多少だが痛みはある─ パシアの痛みをどうにかしてやりたい。 何か手立ては無いのか??」 「コミューン・・・」 辺りはしんとする。 しばらくして、ヘルスティンの声がコミューンたちの元に届く。 『一度憑依した我々刻神、クシュターゼの癌細胞は取り除くことは出来ない。 どうしてもと言うのなら一時しのぎの処置は 出来ないことも無いが─ 取り去りたい者のクシュターゼの名前はわかるか?』 「一時しのぎでも何でも良い。彼女のクシュターゼはハルテシオン、悲哀の翼を持つハルテシオン・クシュターゼだ。」 またしばらく、辺りはしんとする。 『彼女の同意を取りたい・・・彼女から私ヘルスティンの憑依体、コミューンへの癌細胞の転移のな。』 転移─ ? 少しの疑問が残ったまま、コミューンは即座に応える。 「早速頼む。 ─ パシア、ハルテシオンに呼びかけられるか?」 パシアは急な要請にあたふたする。 「転移? え? ─ え? ハ、ハルテシオンッ!?」 パシアがその名を呼ぶと、また2人の元に届く声。 『話はヘルスティンから聞いた。転移を行なって良いのだな─ ?』 「て、転移って何?? ハルテシオン。」 当然の疑問が、ここでようやく言葉になって顕れる。 ごく当然のように、ハルテシオンとヘルスティンの声が2人の耳に響く。 『”転移”は、憑依したクシュターゼによって侵食が始まり、徐々に侵攻していく癌細胞を─ 』 『同じくクシュターゼが憑依した検体─ コミューンに移し変えることだ。』 肥大化したパシアの癌細胞を、コミューンに移し変えるという意味か。 ならば─ 「じゃあ─ !!」 コミューンとパシア、2人の言葉が揃う。 あたかもそれを想定していたかのように、2人のクシュターゼはすぐに切り返す。 『ただし─ 完全に転移させることは不可能だ。転移させられるのは、憑依してから新たに増殖した分だけだ。』 一時しのぎ─ そういうことか。転移させても、また新たに癌細胞はパシアを蝕み始める。 癌細胞の発する痛みを、死への階段を登る恐怖を完全に彼方へ誘うことなど出来はしないということだ。 コミューンは1通り理解したところで、パシアに告げる。 「パシア─ 憑依されたばかりの俺にとってもかなり痛い。 パシアのそれは相当なものなんだろう。 我慢できないくらいの痛さになる前に、必ず俺に言え。」 それを聞いて、パシアの表情が哀しい色に染まる。 「コミューン・・・」 そっと、パシアの髪を撫でるコミューン。 「そんな哀しそうな顔をしないでくれよ─ 代わりに、なってあげられるんだ。良いよな?ヘルスティン、ハルテシオン。」 2人とも暫くの間黙った後、その旨に同意する。 『転移開始─ 検体パシアより検体コミューンへ─ 接続問題無し─ 』 じわりじわりと、その痛みがコミューンを蝕んでいく。 逆にパシアからは、その痛みが浄化されていく。 『コミューン・・・1つ言っておくが、何度でも簡単に出来るとは─ 思わないことだ。 ─ 転移完了。』 静かに、転移完了の旨が2人に告げられる。 「── ・・・ っ!!」 今までパシアを蝕んでいた痛みが、コミューンの身体を駆け巡る。 アテート状態を解除したときに発生する痛みよりは劣るものの、それは相当な痛みとなってコミューンに襲い掛かる。 「パシア─ こんなの、我慢してたんだな・・・ははっ。」 思わず苦笑いが零れる。 「コミューン・・・ごめん、ごめんなさい・・・」 泣きつくようにしてコミューンに許しを請うパシア。 「おいおい・・・泣きつくなって。 受け入れた俺が恥ずかしくなるだろ? ほら、服を着て─」 クローゼットの中から適当にパシアに合うものを見繕い、急いで身に付けさせる。 垣間見えるクシュターゼの紋様は、直径5cm弱ほどの大きさになっていた。 これ以上見ていると、パシアの裸体にあてられそうになる。 ちょうど合う丈の白衣をパシアに着せ終えると、ふぅと1つ、ため息をつくコミューン。 「ありがと─ で、なんであたしサイズの服があるわけ?」 鋭く的を射抜くようなパシアの科白。 「んん〜〜・・・」 やいやいといった様子で頭を掻くコミューン。 その様子を見ていたパシアははっと気が付く。 「あ・・・そっか、ごめん・・・」 パシアもさすがに気付いたようだった。 「いや、別に良いよ。サイズもティルとぴったり一緒で良かった。」 にこっと、パシアをなだめるように笑いかけると、コミューンはうずくまった姿勢から立ち上がる。 「さて─ リミテ、覗き見は感心しないな。」 ちらっと扉の方を一瞥するコミューン。 程なくして、きいっと音を立てて開かれるドア。 パシアも少し驚いた様子だった。 開け放たれたドアの向こうには、確かにリミテの姿。 少し複雑そうな表情をその顔に浮かべて。 「ごめんなさい─ 覗くつもりで来たんじゃないんだけど・・・」 リミテの顔は哀しそうだ。 「それよりも、そのクシュターゼの刻印? どこまで大きくなるものなの? それが大きくなるとどうなるの─ ?」 この場合、パシアとのやり取りを一部始終見られていたと推察するのが正しいだろう。 コミューンは、自分が知り得たクシュターゼに関する知識を余すところ無くリミテに話した。 こつん─ と、手に持ったドッグ・タグが零れ落ち、辺りはしんとする。 コミューンはそれを拾い上げて読み上げる。 「セガイラ・アーキテクト・・・ セガイラのドッグ・タグか。 何故君が─ ?」 リミテは打ち震えていた。 「渡してって─ 頼まれたの。─ 死に際にね。伝えてほしいことがあるって─ 」 辺りは一段と静まり返る。 「リミテさん─ 泣いてるの?」 「セガイラ─ そうか、死んだんだったな・・・」 リミテはぐすっと鼻を啜ると、続けた。 「ずっと─ ずっと好きだったって。 そう伝えてって、頼まれたの。」 気まずいタイミングでその事実を受け止めるコミューン。その表情はしばらくの間、硬直した。 やや時を置いてコミューンから切り出す。 「そうか・・・ そんな気は─ してた。」 ぎりっと、リミテが歯を食いしばる音が聞こえた。 「だったら─ だったらなんで、あなたはこんなにも自分の命を─ !!!」 咎められるのは、わかっていた。 わかってはいたが、いざ咎められると非常に重く感じた。 「─ すまない。」 謝るコミューンに、さらに拍車をかけたようにリミテは続ける。 「大体無茶な作戦に応じるわ、たった2人で管制区の武装兵団を相手にするわ─ 裏切り者をあっさり信用するわ、 挙句の果てにパシアちゃんの痛みを吸い出して自分の寿命を縮めて─ 私やセガイラさんの身にもなってよ!!!」 パシアもその矛先になってしまったかのように、びくっと怯える。 「ごっ、ごめんなさい─ !!」 リミテははっと気がついて正気を取り戻したようにパシアの方に向き直る。 「あっ─ パシアちゃん・・・ ご、ごめん─ 私つい─ パシアちゃんも、本当はコミューンだって何も悪くないのに─ 八つ当たりしちゃった─ かな。」 今度はリミテの方が気まずくなった様子だ。 再度コミューンを見つめ、しばらくすると目を逸らす。 「ごめんなさい、私─ 」 そんなリミテの肩を、ぽんと叩くコミューン。 「良いさ─ 君の言ってることは、正しい。俺は大馬鹿野郎だ。」 リミテは目を逸らしたまま、コミューンの方を向き直ろうとしない。 頭をボリボリ掻いてやいやいといった調子のコミューン。 そんな中、突然の提案が訪れた。 「ね、ねえ─ それよりも、リューハさんのお見舞いに行かない?コミューン。 リ、リミテさんもさ─」 静かに、時が過ぎた。 ─ それから PM2:30、213号専用集中治療室─ リューハの病室に、3人は訪れていた。 ピコンピコンと鳴り響く心電装置を見る限りでは、容態は若干落ち着いたものと思われた。 ただ、リューハの意識はまだ戻っていないようで、従属のヒナ・ブロンダがリューハの手を握り締めて祈っていた。 「入室を許可してくれて済まないな─ で、容態は?」 ヒナはその問い掛けに決して振り返らず、リューハを見つめたまま。 「3時間ほど前から特にこれといった変化は─ あとはリューハ様の─」 残存体力次第─ といったところか。 「血を吐いたのは─ 胸に入った攻撃のせいじゃ、無いわね・・・ 内臓までは達してないから。なら血を吐いたのは─」 そう言いながら、リミテはコミューンの方を窺い見る。 ─ リミテには、すべて話した。クシュターゼに関すること─ その力の行使による副作用のこと。 ならば、悟られても仕方の無いことか。 「プラネット・クシュターゼの副作用に苦しんでおられるのです─」 ヒナは本来動揺しているのが自然だが、至って冷静だ。 コミューンが用意した答えを先に言い、すべて悟ったかとでもいうような雰囲気を醸し出している。 「それは少し違います、コミューン。」 コミューンはその言葉に、思い切り動揺した。 心の内をそのまま読み取られた気分だった。 「私はただ、神に問うているだけなのです─ 呪われた神に─」 呪われた、神。 コミューンは立て掛けてあった椅子を下ろし、そこに座り込む。 「ヒナ─ 教えてくれ、君が知っていて、俺が知らないこと─ クシュターゼの力のこと。」 ヒナは、その言葉にようやくコミューンに向き直る。 祈りを捧げる手は、そのままリューハの許にあったが。 ゆっくりと、ゆっくりと口を開けた。 「刻神─ クシュターゼは、キャンサーとエイ・・・」 「私から─ 話そう。」 突然ヒナの言葉を遮ったそれは、悠然と。 「リュ・・・リューハ様─ っ!!」 胸元で素早く十字を切ると、途端にリューハに抱きつくヒナ。 「ヒナ─ 重いわけだが・・・」 冷静に、寝たままの姿勢で告げるリューハ。 「血が、足りないな─ しばらくは、動けそうにない。」 ふぅ、と溜息をつくと、リューハは静かに目を閉じた。 しばらくの間、辺りはしんと静止する。 「ああ、クシュターゼについての話、だったな。」 再び切り出しに戻ると、リューハは目を開ける。 「ヒナの続きから話そうか。刻神─ クシュターゼは、キャンサーとエイン、双方の象徴だ。」 互いが、その装束に施している装飾は、クシュターゼのものだ。コミューンは知っていた。 リューハは続けた。 「この世界を司る罪と徳のバランスを保つため、常に2人の人間に憑依する。それがキャンサーとエインだ。 キャンサーとエインはそれぞれ、所定の儀式を執り行なってクシュターゼをその身に宿す。そこから、クシュターゼ・アテートや クシュターゼ・リンクなどの力が使えるようになるわけだ。大勢の人間を導くための絶対的な力が─ な。」 ふと、疑問が残る。 「なるほど─ クシュターゼとのどういう取り決めによるものか知らないが、世界には常に2人クシュターゼの憑依を受けた者が いるというわけか。なら─ 何故クシュターゼは1人にのみ宿って人を導かない?絶対的な力なら、尚更─ 」 くすっと笑って、コミューンの疑問をあたかも想定していたかのように振舞うリューハ。 「選ばせているのさ─ 人間たちに。」 人間。 それは絶えず選択、失敗、成功を繰り返してきた。 「罪と徳の─ どちらかを選ぶ。 そしてキャンサーとエインは、争う運命にある。それらは繰り返されてきたことだ。」 繰り返されてきたこと─ つまり、今回は罪を負う者、キャンサーが勝利を収めた。 ではこの先、どうなるのか。 「この先世界はどうなるのか─ と言いたげだな。それは、私にもわからない─」 わからない?何故─ 「通常のキャンサーとエインの決着であれば、世界は勝った方の思想の通りに進む。」 「じゃあ何故─ !?」 思わずコミューンは口に出して疑問を顕にする。 にこりと笑い返すリューハ。 リミテとパシアは言葉すら発せられず─ 否、事を理解するのに全神経を集中していた。 「君たち帝神の─ 存在だよ。」 帝神─ コミューンとカルナ。 「俺たちの存在が─ ?」 ふっと笑ったように、リューハは続ける。 「この星では、遥か昔からキャンサーとエインが生まれ、出会い、戦ってきた。長い、長い歴史だ。 歴史に名を刻んだ者はそういないが─ 多くの歴史を引っ張ってきた。その歴史の中に─ 人が滅びたと呼んでも 過言ではない出来事が何度かあったらしい。」 「滅び─ ?」 コミューンは口に出して質問する。 「本来、クシュターゼをその身に宿すのはキャンサーとエイン、その2人だけだ。 だが、それには例外がある。 クシュターゼがただならぬ世界の危機を感じ悟ったとき、その例外は訪れる。」 世界の、危機。 「滅亡の歴史と、クシュターゼ憑依者の増殖・・・それは─」 コミューンが切り出すと、リューハは得意そうな表情から一変、強張りのようなものを見せる。 「それらは、時期が一致するんだ。あくまで記録上の話だが。」 世界は、核戦争の影響ですっかり荒みきっていると言って良いだろう。 そして、大きな節目の戦いが、先の日に終わった。 「じゃあ、この先俺たち人間は─」 ふぅ、と溜息をつくリューハ。 「滅びる─ かも知れないな。」 「かも知れないだと!? ふざけるなっ!!」 コミューンは怒りとともにその焦りを顕にする。 リミテが、今にも襲い掛からんばかりのコミューンを必死に静止する。 「滅び─ それは私たち人間にとって、避けられないものなのですか? キャンサー・リューハ。」 ふぅ、とまた溜息をつくリューハ。 「だから─ わからないんだ。世界が滅びた史実と、クシュターゼ憑依者の増殖は、どう結びついているのか、 そこについては一切の記録が無い。つまりここから先は─ 」 ここから先は。 「自分たちで見て確かめる以外に、道は無い─ ということか。」 黙って頷くリューハに、どこか力抜けした。 「推測することすら─ 出来ないのか?」 リューハほど観察能力に優れる人間ならば、そのくらいは出来て当然と言えそうなものだが。 或いは甘い妄想か。 「もっともらしい推察をするならば、キャンサーとエインが主たる争いで命を落とし、その後残った憑依者たちが 独自の思想の元に覇権を争った挙句の果てに、最終戦争が勃発─ 人は死に絶える、といったところか。」 どこか、ほっとしたような、更なる絶望を覚えたような、奇妙な感覚だった。 「少なくとも俺やパシアには、一国を率いてどうこうしようという考えは─ 無いぞ?」 リューハは頷く。 「─ だろうな。 だから、わからないのさ。」 暫くの間の、静止。 「─ で、ただの見舞いってわけでもないんだろう? これから君─ 君たちは、どうするつもりなんだ?」 しんとした空気に終止符を打ったのは、場をの空気を止めた自分自身、リューハだった。 正直なところ、パシアの言葉に連れられるがままに、見舞いに来ただけなのだが。 そういう意味合いでは、リューハの推察は大きく外れていた─ が。 リューハの言った事柄を、まったく考えていなかったというわけでもない。 そう、これからのこと。 「残念ながら、ただの見舞いだ。これからのことについては、あんたが全快してからと思ったんだが─ 」 ふっ、と笑うリューハ。 「別に構わないよ、今話してもらっても。 ─ で、これから君たちはどうするつもりなのかな?」 コミューンは、パシアとリミテを窺い見る。 パシアは、呆然としつつ、どこか期待しているような雰囲気だ。 リミテは、どこか残念そうに微笑みながら頷く。 コミューンもまた頷くと、リューハに向き直る。 「しばらく─ 3人で旅に出ようかと思う。 ティルとの約束なんだ─ 世界を、この目で見て回る。」 灯りを取り戻したその右目に、誓う。 リューハはにこりと笑う。 「好きにすると良い─ 君にやってもらうべき重要な仕事はもう終わっているからな。」 リューハは快く承諾してくれた。あとは─ 「ああ、そうそう、足は─ どうするつもりだ? まさか徒歩でとは言うまい?」 出た。推察力の塊とでも言うべきリューハの先を見た言葉。 「本当に何でもお見通しなわけだな・・・」 皮肉を交えたコミューンの言葉に、リューハは応える。 「私の回復期間を除いて1週間ほど待ってもらえれば、手配はしよう。待ってもらえれば、の話だがね。」 またとない提案に、3人共に承諾の意思を顕にする。 「ふ・・・それは話に乗ってくれたということで解釈して良いかな? ごふっ、ごほっ─」 得意げに笑った直後、咳き込むリューハ。 「リューハ様、それ以上はお体に障ります。今日はもうお休みに─」 慌ててリューハに毛布を掛けるヒナ。ちらりとコミューンたちを一瞥する。 その意を汲み取ったコミューンは、一言述べて部屋の出口へと向かう。 「悪い、邪魔したな。 またリューハが回復したときにでも。」 コミューンが出口の取っ手を握ろうとした瞬間、思い掛けないことにヒナがコミューンたちを呼び止める。 「コミューン、パシアさん─ 1つだけ忠告しておきます。リューハ様のように所定の儀式を執り行なってクシュターゼを 憑依させた人間とは違い、あなた方の寿命は非常に短いのです。お忘れにならぬよう─ 」 儀式によってクシュターゼを憑依させた人間の方が長寿命なのは初めて知ったが─ 「ある程度解ってるつもりだ。ご忠告ありがとう。」 リミテはどこか少し複雑そうだ。 黙ってヒナに向かってお辞儀をすると、リミテはコミューンの後について部屋を後にした。 ─ 再来 AM11:00、コミューンは荷造りに追われていた。 即席食料や医薬品、衣服などをスーツケースの中に押し込むと、残った小物類の整理に追われる。 写真立てとアルバムは─ このままでも別段問題ないか。部屋が消えて失せるわけでもないし、 見たくなったときにまた戻れば良い。 ティルと一緒に写ったロケットペンダントは─ 今までも肌身離さず持っていたものだ。確認してから懐にしまう。 弾薬と銃器類に迷うが、とりあえずはレヴィニーとハーヴェンタだけ持っていれば間に合わせには充分過ぎる威力を持ち合わせている。 グレネードや手榴弾の類は使うことも無いだろう。もっとも、レヴィニーとハーヴェンタについても同様であって欲しいのだが。 そんなことを思いながら、レヴィニーとハーヴェンタをホルスターに収める。 ティルとの別れ際に受け取った、龍を象った鍵のような置物は、どうするか。 形見の品といっても過言ではないし、さほど大きな荷物になるわけでもない。 コミューンは黙ってスーツケースのサイドポケットにそれを押し込む。 衣類は普段着と、迷彩服の2通りを入れた。大方、荷物としてはこんなところだろうか。 装飾戦闘服を身に纏うと、コミューンは部屋を施錠し、スーツケースを4つを引きずって外に出た。 一方のリミテとパシアは、元々の荷物が多くなかったため、その殆どをスーツケースに押し込み、コミューンを待つ形となっていた。 やがて見えるコミューンの姿に、2人が放った言葉は同じ。 「遅い!」 「遅〜い!!」 むくれた表情の2人に、頭を下げるコミューン。 「済まない、本っ当に、済まない。長く待たせちまったな・・・」 静かに頭を上げて2人の様子を窺い見ると、それを待ってましたと言わんばかりに。 こつんと、でこぴんを1発リミテから喰らう。 「─ さ、行きましょうか、パシアちゃんも。」 「はーいっ。」 背を見せるその瞬間、2人の胸元に光る金属の輝き。 十字架を象った金と銀の首飾り─ 2人とも、お気に入りとしてくれたようだ。 その瞬間、コミューンは感動じみたものを覚えた。 頬を伝うものが、何処から来るのかわからない。 それを必死に拭っていると、リミテが急かす。 「何してるの?コミューン。 早く、行くわよ。」 「あ、ああ─ 今行く。」 『ティル─ 見てるか? これが今の俺と、俺の仲間だ。 見に行くよ─ この世界を、君の目で。』 コミューンは、静かに誓い、歩いた。 コミューンたちは、リューハに指示されたとおりに、飛行場の5番ドックで待機した。 やがて見えてくる影に、3人は驚きを隠せなかった。 漆黒の胴体が輝き、その脇には異形の前進翼が際立つ。 バックパックの形をしたそれは、幾重もの推進装置を纏う。 推進装置の形もまた、前進翼の形状をし、その傍らには50mm機関砲を備える。 「やあやあ!待ったかい!? どうだいコイツは─ 」 先日とはうって変わって─ 否、あんなに清清しいリューハは見たことが無い。 「君たちが持ってきたコレは、なかなか弄り甲斐があったぞ。幻の戦闘機とまで言われていたスホーイ47ベルクートの 2期型モデル!1期型には無いサブコックピットを完備、前進翼と独特のカナードからなる─ 」 リューハの絶賛は、5分ほど続いた。 大体の説明─ オタクトークを聞いたところで、具体的な機体の改造についての説明に聞き入る。 「まず変わったのが、コックピットの乗員数。最大4名まで搭乗出来る。今までは2名が限度だったから、これは大きな違いだ。 次に変わったのが、このバックパック部分にある貨物室だ。ここにスーツケース10個はゆうに収まる。燃料タンクの増設も兼ねている。 そしてこっちが目玉だ。メインエンジンに加えて、方位可変式の推進エンジン搭載。つまりは、滑走路やカタパルト無しで発進出来る。 オマケで50mm機関砲も装備してみた。 ─ どうかな?ご感想は。」 圧巻としか言いようが無いその独特のフォルム。 「あの旧式機体をここまで変貌させるとは・・・正に圧巻だな。1つだけ良いか?」 得意気に笑ってリューハは応える。 「何かな? ひょっとしてこいつの─」 「名前だ。」 リューハは既にその質問を推察していたようだ。 リミテも、興味津々といった感じで聞き入る。 そう、尋常ではない改造をされたその機体は、正確にはベルクートではない。ベルクートを基軸とした全く新しい機体。 「そうだな─ 鷹とイヌワシの混成とでもいうべきか─ むしろ、図体は巨大なサメとも言えんでもない・・・ ああそうだ、 こういうのはどうかな? シュルドホーク。 シュルドホーク・ベルクートだ。」 シュルドホーク・ベルクート。 イヌワシには無い、独特過ぎる翼と推進力、禍々しい牙を併せ持つ。 「シュルド・・・ ホーク。 格好良いなぁ─」 リミテはそっと機体に触れる。 鋼鉄で覆われた美しいフォルムのシュルドホーク。 「気に入ってもらえたかな? 機長殿。」 ─ 機長。シュルドホークの操縦者。 リミテを置いて他にはいない。 リミテもその意を理解したようで、コミューンを置いて受け応える。 「はい─ 垂直離陸式の方をメインで訓練していたので、行けると思います─ まさかあの旧型機をベースにここまで凄くなるなんて、 俄かには信じられません。とても良いです─ けど、どうしてわざわざ旧式の機体改造を?」 もう1歩、追加の質問があったが、リミテは敢えてそれを口に出さなかった。 ─ 既存の機体にわざわざ手間暇かけて改造を施さずとも、最新鋭の機体や貨物航空機はいくらでもあるだろうに─ という、率直の疑問。 「ああ、既存の機体が良ければそちらの方にしてくれても構わない。ただ、リミテ君はこの機体を結構気に入ってるようだったからね。 それに、最新鋭の機体でもこの独特の形状はまずあり得ない。良いサンプリング材料になる。 ─というわけで、使ってくれるかな?」 「そういうことですね─ わかりました。 ・・・って、サンプリング!?」 サンプリング・・・ つまりは、機体のデータを収集するという意味。 管制区間であれば機体の飛行データを分析することも、ライノラ帝郷区の技術を持ってすれば容易だろう。 ─ が、コミューンたちが飛び回るのは世界中あちこちだ。とてもサンプリングなど出来はしない。 「─ サンプリングの方法を気にするのも良いが、燃料補給はどうするつもりかね?」 燃料─ そう。各地を転々とすることになるであろうこの旅には、かなりの航空燃料が必要となる。 改造によって燃料タンクの容量は増えたものの、それでも全然足りない。 そう─ 旅の途中での燃料補給が必要不可欠になる。医薬品などと交換で地上─ 下方区から補給を受けるつもりでいた。 だがそれは不確かなもので、行った場所にそういった資源があるとは限らない。 「燃料が危なくなったら、いつでも戻ってくると良い。ブラックボックスの分析も出来るし、そちらの方が好都合だ。」 ─ つまり。 コミューンたちはリューハに旅の支援をしてもらう。リューハはコミューンたちから、飛行データを受け取る。 「とても理にかなっていて公平だとは思わないか?」 リューハが言葉で後押しする。 リミテはすかさずそれに応える。 「本当に─ 良いんですか? こんな─ 帝郷区に甘えてしまうような形で。」 「構わんさ。 どうせ戦う相手ももういないわけだし─ おそらくな。 その代わりといっては何だが、いろいろな飛行を試してみてくれたまえ。」 リミテは少しだけ複雑な表情を見せると、スーツケースに手を伸ばす。 「お言葉に─ 甘えさせていただきます。 ね、コミューン。」 コミューンは、急に振られる形となった。 「えっ? あ、ああ─ 済まない、リューハ。」 コミューンとパシアも、リミテに続いてスーツケースに手を伸ばす。 せっせと荷物を貨物室に詰め込むリミテに続き、コミューンたちもスーツケースをそこに預ける。 リミテはお気に入りのスタイル、白トレーナーに青のジーンズ、黒いジャケットをその身に羽織る。 パシアは赤を基調としたタンクトップにプリーツスカート、白いドレスジャケットに身を包む。 コミューンはといえば、迷彩柄のズボンに黒いトレーニングシャツ、同じく黒いジャケットを羽織る。 リューハの療養中、リミテに進められるがままに買った黒ジャケット。防寒性能に優れている。 リミテは勢い良く跳躍すると、コックピットに1人乗り込む。 「練気は─ 完全にモノにしたみたいだな。教えた甲斐があったよ。」 コミューンはリミテの様子を見て褒め言葉を送る。 「─ ふふ。 でしょ? まあ、もっと速く跳べるんだけど、覚えたきっかけが、ね─ 」 リミテは少し苦笑いすると、コミューンたちを呼ぶ。 「さあ、出発するわよ。 2人とも早く乗って!」 貨物室の扉を閉めると、コミューンはパシアの身体を抱いて持ち上げる。 「えっ? えっ、えっ!?」 パシアは顔をやや赤く染め、ぐっと身を縮める。 「迅っ!」 風に乗るように宙を舞う2人。 パシアが気付いたとき、もうそこはコックピットだった。コミューンが後ろの座席でにっこりと笑う。 「あのな・・・ 一応、普通な人間用に梯子があるんだが─ 」 パシアの座るコックピットの脇から、折り畳み式の梯子が伸びる。 「まあ、2人がいれば使わなくても乗れるだろうが─ 」 それを聞くなり、パシアは奇声をあげる。 「あぁぁぁぁぁぁぁっ!! もう、コミューンってば!! 驚かさないでよっ!!」 やいやいと頭を掻くコミューン。 「ま、まあ─ そういうこともあるさ。 ちょっと調子に乗ってみた。」 その存在だけ説明すると、リューハは静かに梯子を折り畳んで収納する。 「─ と、いうわけだ。 あとはただ行って来るだけだ。ご健勝を祈るよ。 燃料は今のところ満タンで、30000kmは 航続出来るはずだ。 では、あとは任せるよ、機長殿。」 リミテは、リューハのサインに従ってコックピット閉鎖する操作をする。 閉まっていくコックピット越しに、リューハが敬礼をして3人を見送る。 シュルドホークの吸気に巻き込まれないよう、リューハが遠ざかる。 遠ざかった先に、ヒナ・ブロンダの姿が見られた。何も無いときは2人いつも一緒というわけか。 コミューンが2人に向かって少し微笑むと、2人は手を振る。 ガコン!! キィィィィィィィィィィ!! シュルドホークのエンジンが起動し、凄まじい吸気音を立てる。 「2人とも!! シートベルトは良い!? 行くわよ─ 」 ズガァァッ!!! 凄まじいGが、3人を包む。 シュルドホークは華麗に、宙を舞った。 「何、このスピード!! 頭おかしいんじゃないのリューハ総統!!」 リミテが大絶賛の声を上げる。とても楽しそうだ。 シュルドホークはライノラ帝郷区を遠ざかり、遥か彼方へと飛んでいった。 しばらく飛んだところで、3人の会話も少し行き詰る。 リミテが、はっと気づいたように口を開ける。 「あ─ ところでコミューン、行き先まだ決めてないんだけど─ 」 気まずい沈黙。 「ははっ、そういえば考えてなかったな─」 「ちょちょちょちょちょ、ちょっとぉ、コミューンっ!! リミテさんも!!」 「ぷっ、あはっ、あはははははははっ!! 出だしからトラブるなんてお約束ね。」 「まあ、適当で良いんじゃないか─ 」 コミューンは本当に、適当に言って誤魔化す。 「ちゃんと行き先くらい決めてよぉ!! 2人とも!!」 シュルドホークは、天高らかに、舞った。 Byerkut returned ...「旅立ち」HUMAN of humans'' created by Wiz's 第9章へ第11章へ