第11章へ第13章へ 君に輝け、この世界─ 12章─旅路2 ─ ライド1 ライノラ帝郷区でハンス国王を降ろし、シュルドホークのブラックボックス解析のついでに3人は少しの間、休息を取った。 ブラックボックスの解析には丸1日かかり、コミューンたちは久しぶりに自室へと戻ることが出来た。 リミテとパシアは、カフェテラスで少しくつろいでから部屋に来るらしい。 お目当てはパシアのお気に入り、ピーチパフェだろう。リミテもいつの間にかその味にハマったらしい。 コミューンはそっとアルバムに触れる。ゆっくり開いたページには、やはりティルとコミューンの姿。 「まだ少しだけど─ また行って来たよ、世界を見に。」 写真のティルが、少し微笑んだように見えた。 コミューンはくすっと笑いながら、アルバムを閉じた。 数時間後、リミテとパシアが部屋に戻ってきた。 2人とも、口元に生クリームが付いている。 「ぷっ・・・」 コミューンは思わず噴いてしまった。 きょとんとした表情で、2人はコミューンを見る。 「お、お前ら─ ここまで1回も顔合わせずに来たのかよ。 笑わせるなっ・・・か、鏡、鏡っ!! ぷっ、くく・・・」 そこでようやく2人は顔を見合わせる。 「あ・・・」 「あーっ!!」 やっと気付いた2人は、慌てて口をポケットタオルで拭う。 「ぷっ・・・」 リミテが少し噴出すと、パシアも釣られて笑い出す。 「あはっ、あはははははははっ!」 笑いも納まったところで、コミューンは地図を広げてベッドの上に敷く。 「さて・・・落ち着いたところで次の目的地を決めようか。」 コミューンの広げた地図は真新しく、50cm四方くらいの大きさのシートになっている。 中央やや左寄りに君臨するかのように大きく身構える大陸─ ドルガザラン大陸が一際目立つ。 大きな生物─ 龍というか、鳥のようにも見える形をした大陸だ。 ドルガザラン大陸には、ラドミール第1居住区、カーディル管制区、ライノラ帝郷区などが存在する。 小さく丸が打たれているのがその拠点地だ。こうして見ると、カーディル地区がもっとも大きな地区だと言える。 なるほど、こうも巨大な組織であれば良からぬことも考えたくなるのかもしれない。 そのドルガザラン大陸を囲むように、小さな大陸や島が点在している。 エスイ島にインスト島、エイン島、ラドミリア大陸にライド大陸─ 右端の方に、ラタリナ島もある。 「わあ─ 世界地図なんて久しぶりに見るなあ。下方区の地形まで正確に載ったものは珍しいわね。」 リミテは歓喜の声を上げると、パシアと一緒に地図に見入る。 「いろんな国があるんだね─ やっぱり。 ・・・あれ?ここの暗く塗りつぶしてある大陸って何??川がいっぱいあるー。」 やはり、突っ込みどころは予め消しておいた方が良かったか。 リミテが気を利かせて割って入り、フォローを入れてくれる。 「ここはね─ 立ち入り禁止区域なの。 だから黒く塗りつぶされてるのよ─ だからここ以外で行きたいところがあれば 言って? シュルドホークの燃料タンクならおおよそのところは行けるはずだから・・・」 パシアは指で地図をなぞるように地図のあちらこちらを見渡す。 「えっと・・・今あたしたちがいるのが─ 」 コミューンが指で示す。 ドルガザラン大陸の右上、鳥の頭のような形をしたその嘴の部分に丸印が打ってある。 「ここがライノラ帝郷区の管理地区─ つまり今、この場所だ。」 パシアは少し考え込むと、また指をなぞらせる。 「じゃあ、じゃあ─ このおっきな三日月みたいなところ。ここは?」 パシアが指差したのは地図の右下、パシアの言うとおり、大きな三日月のような形をしている陸地。 「ここは─ ライドだな。 元エイン帝郷区の加盟国だから多少風当たりが強いかも知れんが─ 」 パシアはうんうんと聞いている。何か興味深そうだ。 「おんなじ人間だもん、そんなの関係ないよ! ─ で、食べ物とかは?何が有名??」 食い気ばかりだと太るぞ─ と、言うのはやめておこう。 「そうだな─ 敵対してたから俺も行ったことは無いが・・・ 南国系の果物があると聞いたことがある。」 パシアは興味津々そのものだ。 「え、例えば?例えば?」 リミテがその辺りに関しては博識だ。 「そうね─ 例えば、バナナとかパイナップルっていう果物なんだけど、知ってる? 私は食べたことが無いけど─ 」 パシアはそこもしっかりと反応する。 「あ、調べたことある! 黄色くて長いのと、なんか周りがゴツゴツした果物だよね!? 食べてみたーい。」 文献で何を調べているんだろうか、この少女は。 「じゃあ、ライドで良いんだな?」 コミューンが確認を取る。 「私は構わないわよ。 あそこ以外ならどこへでも。」 あそこ─ 立ち入り禁止区域のこと。 パシアにもいずれ教える時が来るだろうが、今はまだ保留としておこう。 とりあえず、これで決が取れたようだ。 3人はブラックボックス解析を待って、ライドへの旅支度を進めた。 暑い。陽が直接照りつけるようなことは無く、雲に覆われた天気は過去も今も変わらず。 かえって、その雲がこの熱気を閉じ込めているかのような錯覚さえ覚える。 とにかく暑い。ライドの気候は年中こんな感じだ。 リエッタは暑い中、作業を進める。居住塔の清浄な空気より、むしろこちらの空気の方がなんとなく馴染みやすい。 リエッタはそう思いながら手に取ったバナナを手バサミで切り取り、それを籠の中へと放り込んでいく。 今年は豊作の方だが、今の汚染された大気の示す気候のパターンというのは正に千変万化そのもので、 来年はどうなるかわかったものじゃない。 昔は今の風を読むことで来年の作物の状態をおおよそ把握できたらしいが、今はそれは通じない。 せっせと熟れ始めの作物を見繕って籠の中へと次々に放り込んでいると、人の気配を感じ取る。 「─ っ!?」 リエッタが振り向くと、そこには中くらいの背丈の男性と、2人の女性の姿─ 片方は女の子と言った方が良いか。 「すいません、バナナ狩りはここで良いんですかね?」 男性がリエッタに声を掛けてくる。 ─ バナナ狩り? 「えっ─ ? あ! あ、ああ─ そうですよ、ここで間違いありません!」 そういえば、誰も来はしない辺境地だが、どうせならと思ってお遊び気分で上に登録していたのをすっかり忘れていた。 そうすると、上層階の客人─ 旅行者だろうか?戦争が終わりを見せた矢先でそんな輩が出てもおかしくは無いが─ 「お察しの通り、旅行者ですよ。 まあ、普通の旅行とはちょっと違うのかもしれないけれど。」 今度は金髪の美しい女性が口を開く。 リエッタは心を読まれたのかと、驚きの表情を隠せない。 「表情の感じから適当に考えてそうなことを言ったんだろ─ 気にしなくて良いですよ。」 「あ、ああ─ そうなんですね。 それにしても珍しいですね、こんなところに旅行だなんて。 あ、バナナ狩りとパイナップル狩りがありまして、どちらか片方だとお1人様2時間で50ライン、バナナとパイナップル 両方できるのがお1人様70ラインです。ちょっとお高いかもしれませんけど、どうなさいます?」 収穫籠を隅に寄せながらリエッタは話す。 まあ、客もロクに来ないところで観光用のお遊びというのだから、多少高いのは仕方が無い。 「パシア、両方食べられるやつがあるみたいだけど・・・ どうする?」 コミューンは言ってから気が付いたが、愚問だった。 パシアが目を輝かせながらこちらを見ている。 「じゃあ─ 両方のやつ3人で。 210ライン─ タグ振込みで良いですか?」 「あ、はい─ じゃあ、このタグにお願いします。」 リエッタはいそいそとポケットからカードを取り出し、紐を使って首にそれをかける。 [Conductor]と書かれたカードだ。 なるほど、一応簡単な身分証代わりにもなる。 「はい、確かに210ライン頂戴しました。 果物が取りやすそうな木は私、リエッタ・ペンドルトンが案内致ししますので、 よろしくお願いします。」 収穫籠が放置されているのが目に留まる。 「あれ、あなたの収穫作業の方は良いんですか?」 金髪の女性─ リミテが少し気遣いを入れる。 「あ、それは良いんです。 どうしても急ぎで運ばなければいけないわけでもないですし。」 そう言うと、リエッタはとことこと歩き出す。 「2時間は目安程度で良いので、そんなにキッチリ守らなくても大丈夫ですよ。 あ、これなんか良さそうですね。」 リエッタの指差すゴワゴワした木の幹の辺りに、黄色くカーブした形状の実が生っている。 「初めて見ます? あ、そうですよね─ 基本的に外部への輸出はしていないらしいですから。 この付け根の部分から取れますよ。やってみてください、どうぞ。」 パシアはコミューンとリミテの方を振り返る。 2人とも笑ってこちらを見ている。 「じゃあ、あたし─ !!」 パシアはリエッタに支えられながら、その黄色い実の根元を掴み、力を入れる。 バキッ─ と、根元の部分で折れる音がした。 カーブした形状の実がいくつか連なっている。 「うわあ─ これがバナナっていうんだ??」 パシアは目を輝かせている。幸せたっぷりといった感じだ。 リミテもコミューンも、その様子を温かく見守る。 「なんだか、私たち─ 本当の家族みたいね。」 リミテはしみじみとした感じで、そう呟く。 コミューンは思い出す。 母フィリアと過ごした大切な時間、妹ティルと過ごした夢のような時間─ 遠い日の出来事なのに、それはまるで昨日のことのよう。 そしてコミューンは呟く。 「ああ─ そうだな。」 ─ ライド2 パシアの食欲は、留まるところを知らない。 パシア1人で食べたバナナは軽く20本を超え、硬い皮を剥いたパイナップルもまるごと2個ほどたいらげている。 まあ確かにバナナの方は皮を剥くと柔らかな果肉が出てきて、すんなり腹に収まる感じだ。 いくらでも─ ということはないが、それなりに数は食べられる。 といっても、まだコミューンもリミテもせいぜい5本といったところだ。 パイナップルは皮剥きにナイフを使い、手間と時間が掛かり、パシアはそれを待っているので、ほとんどがパシアの腹の中だ。 「パイナップルってちょっとすっぱいね─ でも美味しい。えへへっ。」 パシアはまだ食べる。そのあまりの量に、リエッタも驚いているようだ。 「すごいですね・・・」 口をやや開けながら、リエッタはそう呟く。 「好物はピーチパフェらしいけど、ここの果物はどうかな、少なくとも気に入ってはいるみたいで安心したよ。」 わざとらしい敬語だったコミューンも、いつの間にかタメ口に戻っている。 要するに、緊張していたわけだが。 「それにしても─ 本当に珍しいですね、ご旅行なんて。 どちらからお越しになったんですか?」 リエッタの質問に、場が少し固まる。 ライドから見れば、我々の方は敵方。敵とはいっても、今はあまり関係ないのかもしれないが。 「あ、ライノラ帝郷区っていうところから来ました!」 場の空気を読まずにパシアが堂々と答える。 しかし、リエッタの反応は陽気なものだった。 「あら、ライノラ帝郷区─ そうですかー、戦争終わりましたからね。こうやって旅行できるようになったってことは 良いことだと思いますよ。対立関係でしたからね、私ライノラ帝郷区のこと、あまり知らないんですよ、良かったら 教えていただけます?」 意外な反応に、意外そうな表情で返すコミューンとリミテ。 2人は顔を見合わせ、少しの間互いの目を見つめ合う。ふぅ、と溜息が同時にこぼれる。 「いや─ はは、警戒してたのはこっちだったってわけだ。 心配して損したな、本当。 観光ツアーを案内された時から そんな気はしてたんだが・・・ ああ、ライノラ帝郷区についてだったか。 基本的にはエイン帝郷区と変わらないよ。」 コミューンとリミテ、そしてリエッタは、しばらくライノラ帝郷区について語った。 パシアは食べることに夢中で、仕舞いには自分でナイフを使ってパイナップルを剥いて食べていた。 リエッタとはいろいろ話した。 ライノラ帝郷区の暮らしぶりや、栽培している作物─ 果物では桃やリンゴ、梨などについて。 統治者であるキャンサー・リューハの風貌や趣向など。 エイン帝郷区との違いとして、その統治姿勢を少しうんちく気味に語る。 「自由より社会的統治─ ですか、確かにこんなに荒んだ世の中ですから、そっちの方が良いのかも知れませんね・・・ まあ実際私たち自由主義の国は負けちゃったんですからそうなっていくんでしょうね─ 」 こうやって柔軟に対応してくれる人ばかりだと非常に効率的なのだが。 そんなことを思っていると、リエッタは突然話を変えた。 「あ、桃といえば、ライノラ帝郷区のピーチパフェは有名ですよね。私も1度だけ食べたことがありますよ。 あんなに美味しいものを作れる国があるんだなあって感心してましたよ。 ははっ。」 ライノラ帝郷区とエイン帝郷区は直接物の交易をすることは無かったが、他の統治区同士なら若干はあったようだ。 おそらくその流れの恩恵を受けたのだろう。 「まあ、それなりに偉いポジションにはいるから、こうして旅を出来るんだが─ 皮肉なものだな、まだまだ貧困に 苦しんでいる人は大勢いる。 他国との交流が無いために病気を治療できなかったり─ 」 エスイの下方区とインスト自治区の医療の話。 「それにしても、驚きました。 ライドの下方区がこんなに大きな農園になっていたなんて。」 リミテはライド地区に賞賛の言葉を述べる。 「ええ、このライド地区はドルガザラン大陸の大気汚染に比べると放射能の影響も少ないですし、こうして作物を栽培して いるところが多いですね。 管制塔に近くて他との交流も無いことは無いので、ちょっとした遊び気分で果物狩りを 始めてみたんですよ。 あ、ちなみにあなた方でちょうど10組目ですね。」 後ろで果物をかじる音が絶えず聞こえてくるが、ここは無視しておこう。 「10組─ いつからのカウントかによって印象も違って来るんだが・・・」 「あ、ははっ─ ・・・」 リエッタはどこか気まずそうだ。 「実は─ 2年ほど・・・」 聞いてはいけない質問だったようだ。数を数えられるということはそういうことか。 「ま、良いんじゃないか? こうしていろいろ話す機会がたまにあるってだけでも。小遣い稼ぎにもなってるんだろ?」 図星。 「あ、あは─ バレちゃいました?」 「年に数回だとしたら上納金にはなり得ないし、採算を考えての緻密な計算だとしたら高すぎるしな。 あ、これはこれで楽しいから金のことは別に良いんだけど─ 」 そう、楽しい。 3人でこうして旅をして、いろいろなものを見て回る。 面白い発見をすることだってある。誰かの異常な食欲を見てみぬ振りすることだってある。 心から、笑っていられる。そんな気がした。 「行ってしまわれるんですね、楽しい時間だったので、とても残念ですよ─ 」 リエッタは困ったように笑いながらコミューンたちに別れの言葉を述べる。 「ええ、とても楽しかったです。 あの後もいろいろ案内させちゃってごめんなさい─ 」 そう、果物狩りで盛り上がった後、リエッタは一度収穫した作物を物流班に受け渡してから案内役としてついてきた。 もちろんこちらから依頼して案内料を払ったのだが。 ライド居住地区は、今までに回ったところでは無かった中層区というものが存在しており、そこではフルーツ園を中心に した農場が広がっていた。若干の大気汚染の影響が残るが、それでも下方区よりは幾分か良いらしい。 果物狩りをしていたのは中層区の中でも少し高台にあるところだった。 なるほど、いろいろな仕組みを考えるものだと感心した。 リエッタは下方区に降りることも別にさほど気にしてはいなかった。そこには、穀物を中心とした農場が広がっており、 自国だけでなくエイン帝郷区の食糧供給もしているほどだという。 作業をする人々も、活気があって健康的な国だと感じるところがあった。 「まあ、技術的なことやその他困りごとがあったらライノラ帝郷区に言ってくれ。もう敵同士ってわけでもない。」 コミューンがそう言うと、リエッタはまた困ったように笑う。 「本当─ もう争いの世の中ではないですから、皆で協力していければ良いですね、私に何が出来るかはわかりませんけど、 とりあえず精一杯生きてみようと思います。 本当に楽しかったです─ ありがとうございました!」 コミューンとリミテはパシアの様子を見る。ご機嫌そのもののようだ。満面の笑顔。 「まあ、また気が向いたら来るよ。 パシアも結構気に入ったみたいだしな。」 くるくると髪の毛を指に巻いてリエッタは答える。 「バナナ50本にパイナップル5個─ それだけ食べられると流石に─ あはは。 お待ちしてます。」 くすっと笑うと、リミテはパイロットメットを取り出す。 「さて─ それじゃあ、行きましょうか。」 シュルドホークが、待ちくたびれましたと言わんばかりにその姿を悠々と誇っている。 「それじゃあ─ また。」 「またねっ!」 「お世話になりました。」 3人はそれぞれの思いを胸に、シュルドホークに乗り込んだ。 ─ ラドミール 夜明けの来光が、宝石のように輝く。上層区にいて良かったと思える瞬間の1つが、これだ。 キラキラと輝く日差しが雲海に反射して幻想的な光景を作り出している。 「うん─ 美味いコーヒーだ。 原産地はラドミールか?」 コミューンは来光を見ながらコーヒーを啜る。 「ええ、間違いないわ。 ラドミール産のアフェンダ・コーヒーね。 うふふ。」 リミテはライノラ帝郷区のピーチパフェやその他スイーツも気に入っていたが、根は苦いコーヒー好きだ。 パシアはブラックは飲めないので、ミルクとシロップを大量に入れて飲む。 「眠いぃ・・・」 パシアがあくびをする。 「あはは、ゴメンゴメン、起こしちゃって。 でも、綺麗でしょ?」 高層階から見た景色─ それは宝石箱を開けたときのようで。 「うん─ すごくキレイだった。」 ずずっ、と熱いコーヒーを啜る音。 「やっぱりお砂糖入れてもちょっと苦い─ 」 文句を言いながら、パシアはコーヒーを飲む。 「ラドミール第2居住区の方はコーヒーの産地だからな、出てくる飲み物はコーヒーばっかだぞ。」 「えーっ!?」 パシアはあまりよろしくない気持ちのようだ。 「まあまあ、パシアちゃん─ ちゃんとした製法で甘くしたコーヒーもあるから、パシアちゃんでも飲めるわよ。」 リミテの行きたい地区ナンバーワンは、なんといってもコーヒー豆の産地であるラドミール第2居住区だった。 というわけで、リミテの方はご機嫌そのものだ。 もっとも、パシアの機嫌を取るために必死ではあるが。 「さて─ 良いスポットで来光も見れたし、コーヒー飲み歩きでもしますか!」 「ふぁぁ・・・」 パシアは依然として眠そうだ。 ラドミール地区にまた戻ってきたことになるのだが、ここは第2居住区ということで、爆破された第1居住区とは異なる。 戦争が1段落したこともあり、こちらにはスパイとして訓練していたパシアもいた。 ラドミール居住区の受け入れ側は、黙って我々の入区を認めてくれた。 やや強引な入り方をしたが、結果としてこの地区を見て回ることができそうなので、良しとしよう。 「リミテ─ 後で合流しても良いか? パシアを寝かしつけてからにしようと思うんだが。」 リミテは背中を見せて大きく伸びをする。 白のトレーナーとジーンズの隙間から、リミテの腰がちらりと見える。 「ん・・・ごほん。」 コミューンは咳払いをして誤魔化す。 くすっと、リミテは笑うと、黒のジャケットを羽織り、後ろ髪をまとめてポニーテールを作る。 「良いわよ─ じゃ、悪いけど、先に行ってるわね。」 リミテは部屋のドアを開けて、1人カフェテラスへと向かった。 パシアとコミューンは、小さく手を振ってリミテを送り出す。 「さて・・・ と、実は俺も眠いんだ。 パシア、一緒に寝るか?」 目をゴシゴシと擦りながら、パシアはおぼろげに答える。 「え・・・ 良いの? うん、じゃあ一緒に寝るー。」 そう言うと、パシアはコミューンの袖を引っ張りながらベッドへと向かう。 もぞもぞと毛布の中に入り込むと、くい、くいっとコミューンの袖を引く。 「じゃあ、入るぞ─」 コミューンもおもむろに毛布の中へと潜り込む。 「リミテと約束しちまったから、途中で抜けるけどな・・・ あ、そうだ、腕枕ってしてもらったことあるか?」 「アンリお兄ちゃんにしてもらったことなら、ある─ コミューンにしてもらって良いの?」 コミューンはにこっとパシアに笑いかける。 「じゃあ、してやろう─ ほら。」 コミューンが腕をパシアの顔の下に通して腕枕の体勢にすると、パシアはコミューンの腕に頬を摺り寄せる。 「えへへ─ あったかい。」 コミューンは想い出す。亡きティルもこんな風に頬を摺り寄せてきたものだ。 パシアの寝顔に、そんなティルの面影を重ねながら、コミューンは静か、心安らいだ。 「ふぅ・・・ これも美味しいな。 お、レインボーマウンテンなんていうのがあるんだ? 次はあれね。」 リミテは早10種類を超えるコーヒーを飲んでその香りと味を楽しんでいた。 「さて、コミューンに言おうかどうしようか・・・」 「俺がどうかしたか?」 リミテの後ろから、ぬっと出てきて声を掛ける。 「きゃあっ!! コッ、ココ・・・コミューン! もう、驚かさないでよ!!」 コミューンは買って来たモカ・ブレンドを手に、リミテの相席に腰掛ける。 「ん・・・これ美味いな。 あ、メニュー借りるな。 へえ─ レインボーマウンテンなんてのがあるのか─ 次はこれだな。」 「あ、それそれ。私もこれ飲んだらそれ頼もうかと思ってたの。」 リミテが食いついてくる。 「じゃあ、今飲んでるそれは?」 「あ、これはモカ・ブレンド。美味しいわよ、コミューンも飲んでみる?」 コミューンは笑った。 「あっはっは、俺が今飲んでるのがそうだよ。」 「え!? 同じやつなんだ─ 本当、偶然ね─ コミューンと私、気が合うのかしら。」 リミテも笑いながら話す。 「あ、パシアちゃんはちゃんと眠った?」 起こさないようにパシアの枕にしていた腕を、起こさないように引っこ抜くのに多少手間取ったが。 「ああ、ぐっすりだ。 移動してる間もそんなに寝てないはずだから、多分お昼くらいまでは起きないんじゃないかな。」 くすっと、リミテは笑う。 「ふふ─ そうなのね。」 コミューンとリミテは、2人揃ってコーヒーを啜る。 「ところで・・・」 「えっ・・・ な、何!?」 リミテは先ほどコミューンが声を掛けたときから動揺気味だ。 「俺に話したいことが、あるんじゃないのか?」 「あ・・・」 リミテは固まる。その様子に、コミューンも少し困ったような表情になる。 「まあ─ 笑ったり怒ったりはしないから、言ってみろよ、な?」 リミテはコミューンから視線を逸らして何とか誤魔化そうと必死だ。 ときおり、視線をゆっくりコミューンに戻そうとするが、何度もそれを断念する。 ずずっ、とモカ・ブレンドの残りを啜ると、コーヒーカップを置く。 「レインボーマウンテンもらってくるけど─ コミューンも飲むでしょ?」 「あ、ああ─ 」 コミューンも急ぎ目に手元のコーヒーを啜ると、カップをリミテに預ける。 しばらくして、リミテはコーヒーカップを2つ持ってコミューンのいた席に戻る。 「ああ、すまない─ いただくよ。」 コミューンとリミテは同時に新しいコーヒーを啜り始める。 「あ─ これ、美味しいわね。」 リミテは気に入ったようだ。コミューンも割りと好きな味だ。 ふと、リミテはメニューを見る。レインボーマウンテンの備考欄に、遊び書きのようなことが記されている。 『走り出せないあなたに、一欠片の勇気を分けてくれる香り。』 ああ、そうか─ まるで今の自分にぴったりだ。 「あのね、コミューン─ 」 リミテは思い切って切り出す。 「コミューンは、私のこと─ 好き?」 コミューンはその科白に、きょとんとする。 「ああ、好きだよ。」 深く考えることなくコミューンは返す。 「ち、違うの─ そういう軽い”好き”じゃなくて、その─ 」 「だから、好きだよ─ 隠したって意味が無い。 そうじゃなきゃ、キスなんてしない─ だろ?」 少し照れくさそうに、頭をボリボリと掻いて誤魔化すコミューン。 「話って、それのことか?」 リミテは少し呆けている。 「あっ、あの─ じゃあ、もし、もし良かったらなんだけど・・・」 「─ ん?」 時が一瞬、固まる。ほんの一瞬だったはずだが、それはとてもとても長い間に感じられて。 「私たち─ 結婚しない?」 再び、時が止まる。コミューンの思考回路の方が特に深刻だ。 「コミューン・・・? おーい・・・」 リミテがコミューンの目の前に手をかざして振ってみるが、コミューンの反応は無い。 「お・・・ 俺なんかで良いのか?」 コミューンはそう呟く。 「うん─ というか、コミューンしかいないかな─ って。 もちろん、パシアちゃんも一緒に暮らすの。」 リミテが話すと、コミューンは顔に手を当てて暫く考え込む。 「少し─ 考えさせてくれ。 嫌って言うわけじゃないんだ・・・」 リミテはその言葉を聞くと、少し間を置いてから笑う。 「ふふ─ 良いわ、待ってあげる。 できれば、そうね─ 私があんまり老けちゃう前に返事をもらえると助かるけど。」 リミテは確か21歳─ もうすぐ22になるらしいが。老けるというのは、20代後半からのことだろう。 「そんなにしばらく待たせる気は無いさ─ 良い返事になると良いが。」 リミテは言うだけ言って、内心少しほっとしていた。 ようやく、言おうと思っていてずっと言えなかったことがコミューンに言えた。今はそれだけで十分だ。 ─ しかし。 「─ じゃあ、私がコミューンを予約したってことで、証拠をいただいちゃおっかな。」 リミテはレインボーマウンテンをぐいっと一気に飲み干すと立ち上がり、コミューンの袖を引く。 コミューンも急かされるようにレインボーマウンテンを飲み干すと、リミテに連れられるまま歩いた。 「─ お、おい、リミテッ!!」 柔らかな唇が、コミューンの唇に触れる。 有料の休憩室の中で、リミテはいそいそと着ていたトレーナーを脱ぎ始める。 トレーナーを脱ぎ捨てると、リミテの豊満な胸がその姿を現す。下着はつけていなかったらしい─ と、そんなことを考えている場合ではない。これは流石に─ だが、妖艶なリミテの抱擁から逃れる術を、コミューンは見つけられない。 リミテはコミューンの服を剥ぎ取りながら、自身も着々と服を脱ぎ捨てていく。 「リミテ─ ダメだ、そんな─ 」 ちゅっ、とコミューンの身体に押し当てられるリミテの唇。 柔らかな感触とともに、湿った感覚─ リミテの唾液が、いやらしくコミューンの胸に滴る。 リミテはもう全部脱ぎ終わって、あとはコミューンの下半身を裸にするだけだ。 ズボンを一生懸命脱がそうとするリミテに、必死に抗うコミューン。 バサッ─ と、コミューンのズボンが脱げ落ちる。 リミテがコミューンの股に手を伸ばそうとした時、コミューンはリミテの手を掴み取る。 「あっ、あのな─ リミテ!! お前、もっと自分を大切にしろ─ な?」 落ち着くように仕向けるコミューン。 リミテは、強引に絡めていた腕を放す。 「そっか─ ごめん、イヤなんだ・・・?」 リミテは途端に暗くなる。まずい─ 「い、イヤってわけじゃないさ、リミテは綺麗で魅力的だし、俺だって惹かれる─ 」 くすっ、とリミテが笑う。 「ありがとう─ やっぱりコミューンって優しいね・・・」 リミテが先ほどまでの強引なやり方とは違い、そっと、怯えるように優しくコミューンの唇に自身の唇を当てる。 リミテの唾液が滴り落ち、コミューンの舌に自分の舌を絡める。 「リミテ─ 」 リミテは頬を赤らめ、コミューンの胸に指をそっと当てて撫でる。 「お願い─ 優しく、して─ 」 グサリ、とコミューンの心臓を貫く何か。 駄目だ、もう止められない。リミテの恥じらう言葉に、深く深く引きずり込まれる。 コミューンとリミテは、静かに、深い深いまどろみの中に落ちていった。 ─ ラタリナ オアシスブルーに輝く宝石のような色をした海が、眼下に広がる。 減速して降下していくシュルドホークのコックピットからは、放射能汚染など微塵も感じさせないほど透き通った大気の 層が感じ取れる。暗雲が広がっていた他の地区からは想像もできない光景だ。 「サファイア・オーシャンって言ってな─ 浅瀬がずっと続いているんだ。 綺麗だろう?」 リミテとパシアは、その絶景に完全に意識を奪われていた。 「すごい・・・キレイ─」 「ラタリナの環境が良いのは知ってたけど、まさかここまでとはね─ 」 青。どこまでも広がる、青褪めた海。その名の通り、サファイアのように輝く─ キィィィィ─ ザシュゥ・・・ 海岸線を少し離れ、何も無い牧草地帯にシュルドホークは着陸した。 「ねえ、コミューン─ 」 コックピットから3人とも降りた後、リミテが話しかける。 パシアは両の手を空に向かって大きく広げてくるくる回っている。 ・・・何がしたいのだろうか? 観察していて飽きは来ないが。─ と、リミテが声を掛けてきていたのだ。 「あ、ああ─ どうした? リミテ。」 どうもいけない、コミューンはリミテの顔を正視できない。 リミテはその様子に、少し困ったように笑う。 「特に何も突っ込まなかったけれど、ラタリナって何も無いのよね─ どこで寝泊りする? 廃墟になった町ならもう少し先に─ 」 リミテが問題視するのもわかる。ラタリナは、滅びた国だ。人など住んではいない。 「あ、ああ・・・それなら心配ない。 俺の家が残ってるはずだ。」 コミューンが見たのは、草原が広がるその先。 「とりあえず、俺はパシアと歩いていくから、申し訳ないんだけどシュルドホークをもう少し移動してくれるか?」 リミテは、やれやれといった表情で─ 「アイアイサー・・・あっちの方角で良いのね?」 コミューンは確かに北の方を指差す。 「小高い丘があって、そのてっぺん辺りに小さな家がある。 そこがそうだ。」 コミューンは未だくるくると回っているパシアの肩を取り、一緒に歩き出す。 「えっ・・・ ふわぁっ!?」 コミューンがパシアの髪をくしゃくしゃに撫で回す。 「ほら─ 行くぞパシア、この先だ。」 2人は歩き出した。 それはまるで連れ添って歩く兄妹のように。 もう30分ほど歩いただろうか。シュルドホークはかなり前に丘の方に飛んでいった。 見渡す風景は、先ほどの綺麗な海とうって変わって、瓦礫が山積みになった廃墟。 かつて戦乱によって破壊された街は、かつての面影を見せることは無い。 パシアが少し怯えたようにコミューンの袖を引っ張る。 「ねえ、コミューン・・・」 パシアは少し真剣な面持ちでコミューンに話しかける。 「ん? 何だ、パシア?」 パシアの目は、廃墟を見渡す。 「どうして、こんなに綺麗な国が滅びちゃったの?」 もっともな疑問。戦乱とは無関係に見える小さな島国。平穏無事がお似合いのはずだ。 コミューンは、少し昔話から始めることにした。 「ラタリナはな、核戦争に参加しなかったんだ。 ただ、平穏に暮らしたかったこの国は、何を欲張るでもなく、 ただその悲惨な戦争をじっと見ていた。 ─ おかげで、今もこの国は大気汚染とはほぼ無関係なんだよ。」 パシアの疑問はますますつのる。 「え・・・それじゃあ、ますますこの国が滅びる理由がなくなるよ!?」 「ああ、そうだな─ 強いて言うなら、この国が綺麗だったからさ。」 人間の、妬み。 「全世界のほとんどが放射能汚染されている中で、平穏に暮らせるこの国は、世界中の標的にされたんだ。」 パシアが顔をしかめる。 「え・・・だってだって、そんなの核戦争をした自分たちが悪いんじゃない!なんで・・・?なんでそんな─ 」 いけない、これ以上言うとパシアは泣きそうだ。 「核戦争を終えて人々に残ったのは、どうしようもない絶望感と、哀しみ、憎悪だ。それが人をおかしくしてしまったんだな。 以来、ここラタリナには誰も住まなくなった。誰かが住めば周囲がこぞって攻撃する。」 美しいからこそ、呪われてしまった土地。 「じゃ、じゃあ─ この国には長くはいられないってこと?」 コミューンは考えていた。大きな戦争が終結した今でも─ 「ああ、そうなるな─ もっとも、大きな戦争が終わった今だ、そんなにすぐには襲撃されないだろうが・・・ まあ、せっかくラタリナまで来たんだ、草原を見渡して気持ちもさっぱりすると良い。」 2人は荒れた道から丘に向かって歩き続けた。 さらに1時間ほど歩いた。 見渡す限り草原の続く場所で、風が優しく薙いでいた。 見えたのは、小さな家。住む人を失って、どこか寂しそうにそびえ立つ。 見たところ、家はそれほど傷んでいないようだ。 そのさらに向こうには、シュルドホークの機体があった。 リミテが丘の上から、青い空を眺めて立っていた。 「綺麗な空だね─ コミューン。」 リミテはこちらに気付いていた。こちらを振り向いて優しい笑顔を見せる。 その優しい顔を直視しないなど、そんな勿体無いことを何故、しているのだろう。 ─ 馬鹿らしくなった。 「リミテ! 釣り道具あっただろ!? 持ってきてくれないか!?」 リミテは、面と向かって声を掛けてきたコミューンに、安心したようだ。 リミテはシュルドホークの貨物室を漁る。 「あ・・・あった! これでしょう!?」 リミテが釣竿を3本手に持ってこちらに見せる。 「よし・・・釣りに行くぞ!」 静かな昼日中、崖に波打つ音だけが響く。 「わっ、コミューン!! 掛かった掛かった!! 早く来てーっ!!」 パシアがはしゃいで飛び回る。 「おい、無理に引くな!! 待ってろ─ 」 コミューンがすぐさま駆けつけると、魚はパシアの小さな力を嘲笑うかのように強く強く海底に釣り糸を引き込む。 「良いか、まず強く引かれてるときは竿を動かさない─ そして、耐え切れずに進む方向を切り返すと─ リールを巻け!!」 パシアが大慌てで手元のリールを巻き戻す。 「わっ、すごい─ 巻けた巻けたぁ!!」 巻いているうちに、また引きが強くなる。パシアは息を止めるように竿をぴたりと止める。 引きにしなる竿、パシアと魚との我慢比べ。 「うぐぐぐぐぐ・・・ あっ、あーっ!!あーっ!! 今魚が水面に見えたぁ!!」 パシアははしゃぎながらも、一生懸命竿を握る。 コミューンが急いでタモを用意する。 「─ よし! 竿を上げろ!!」 パシアが思い切り竿を引き上げると、釣り針に掛かった魚が宙を舞った。 コミューンはすかさず魚をタモで捕らえる。 「ほら、見ろ─ やったぞ!!」 50cmはあろうかという魚の姿を見て、パシアが思い切りはしゃぐ。 リミテが優しくこちらの光景を見つめているのがわかる。 「おっ─ とぉ!! コッ、ココ、コミューン!! こっちにも来たわ、私にも教えてーっ!!」 初めて経験するその感覚に、リミテは途端に慌てふためく。 「おっと、待ってろリミテ─ 竿を放すなよ!!」 コミューンはバケツにパシアの釣った魚を放り込むと、すぐさまリミテのもとへ走る。 パシアも、リミテも、そしてコミューンも、笑って釣りに興じた。 ─ 旅路の果てに コミューンの持つ鍵を扉の鍵口に挿し込んで回すと、ガチャリ─ と錠が外れる音がした。 なるほど、コミューンの家というのは間違いないようだ。 扉を開けると、中は薄暗かった。日もだいぶ落ちてきたので、灯りが必要だ。 コミューンは徐にライターを取り出すと、所々に置いてあった蝋燭に火を灯す。 部屋の中は少し明るくなり、中に何が置いてあるのか見渡すことが出来た。 リミテとパシアは周囲をぐるりと見渡す。特に見るべきものは、食事用のテーブルに、調理場─ 奥の方にベッドが3つ。 「一番手前のベッドが俺が使っていたやつだから、リミテとパシアは奥の2つで寝ると良い。さて─ そろそろ腹も減って きたし、釣った魚を料理するか!」 パシアはそれを聞くなり、食器類を棚から取り出しにかかる。 「あ、何年も放置してあるから一応拭いておいてくれよ。」 「はーい。」 さて、料理の方だが─ リミテは魚を目の前にして、固まる。どうやら捌けないようだ。 「やれやれ─ 切り身にしないとわからないか。どれ、かしてみろ。」 コミューンは魚にナイフを入れ、3枚におろして骨の部分を取り除く。 リミテも、ここからならなんとかわかるようだ。 コミューンがふと見てみると、釣った魚の中にスズキが入っていた。 「これは良いな─ 炙りにしよう。」 そんなこんなで、やや遅くはあるが、着々と魚を料理していった。 「いっただっきまーす!」 「いただきます。」 「いただきます。」 3人でテーブルを囲み、魚料理を一斉に食べ始める。 釣ったばかりの魚など、普通に暮らしていてはまず食べることがない。 それだけに─ とても美味しかった。 「炙りって─ 私、初めて食べたけど・・・ 魚じゃないみたい。凄く美味しい。」 「はむはむはむはむ、んっ─ はぐはぐ・・・」 パシアの方は言葉になっていない。食べる端から呻き声のようなものを発している。 「はは、久しぶりにラタリナの魚を食べたな─ やっぱり美味いな。」 コミューンも満足するほどの食卓は、時間をかけて楽しまれた。 蝋燭の明かりを順に消し、寝床の明かりだけを僅かに残す。 パシアは既にすやすやと寝息を立ててぐっすり眠っている。 「リミテ─ 」 ベッドに座っていたリミテがコミューンの言葉に反応する。 「俺は少し、行きたいところがあるんだ。 先に、寝ててくれるか?」 リミテは少し考えると、ベッドの裏に手を伸ばす。 「わかった─ はい、これ。」 リミテに手渡されたのは、百合の花をメインに彩った花束。 「シュルドホークに積んであったのを、持って来ちゃった。 ─ そのために入れたんでしょう?」 コミューンはパシアを起こさないよう、そっとその花束を受け取る。 「済まない─ ありがとう、リミテ。」 出て行こうとしたコミューンの手を、リミテは握って引き止める。 「・・・ん?」 リミテは、何かを求めるような目をすると、そっぽを向いて顔を赤らめる。 「─ おいおい。」 コミューンとリミテの唇が、そっと触れた。 「おやすみ─ リミテ。」 「おやすみなさい、コミューン。 あまり夜更かししないでね。」 ─ 夜は、更けていった。 何時間ここにいただろう。 花を供えてから1人酒をし、墓石にも酒を注いだ。 その後、「済まない」を連呼して泣いてしまった。 泣き始めてどれくらいの時間が経ったか忘れてしまった。 ─ 眠ってしまっていただろうか、気がつけば、辺りの空は白み始めていて。 周囲をよくよく見てみれば、リミテとパシアの姿があった。 見られていたか─ さて、どうしよう。 「コミューン─ これ・・・」 パシアが、重厚な赤い箱をコミューンに差し出す。 「・・・?」 コミューンには、そんなものに見覚えは無かった。シュルドホークに積んでいた荷物だろうか? 「蝋燭に火をつけると出てくる文字だったみたい。 ティルさんからの遺言だよ。 この箱の中身、あげるって─」 コミューンはその赤い箱を受け取る。 「ティルが死んでからは─ この家にはずっと入ってなかったからな。 ・・・ん?鍵が掛かってる・・・」 箱の鍵は、文字盤が5つ並んだ暗証鍵だ。 コミューンに向けられた遺言である以上、ティルとコミューンに共通する言葉が鍵となるはずだが・・・ コミューンは、過去のティルとの会話を想い出す。 『お兄ちゃん、人はなんで争うんだろうね?』 『人は、愛を知ったとき、憎しみと罪のリスクを負う─ そう本に書いてあったな。』 『本のことじゃな、く、て。 あたしは、信じてる。 人は、きっと愛で満たされる。HUMAN Humans believe。』 『横文字で格好つけたいだけだろ、それ─』 『えーっ、ひどーい!!』 コミューンは文字盤を操作する。 「にんげん・・・h、u、m、a、n ─ 」 ガチャリと、箱の鍵が解き放たれる。 ゆっくりと箱を開けると、中には淡く輝く宝石─ 否、短剣だ。 赤い宝石でできたその剣を、握り締め、天へとかざす。 [ElteMercyrie] エルテ・メルシリー。旧語で”最愛の人に安らかなる眠りを”という意味だ。 刻まれた文字を読むと、突然カルナのことを思い出す。 確か、そうだ─ カルナの持っていた剣はその名をエルテ・サヴァーティといった。 悪夢の苦しみを─ だとかそんな意味合いの名前だった。 だとすれば何か? あの剣と対になる剣ということか。 何故そんなものをティルが持っていた? 疑問は尽きない。 「エルテ・メルシリー・・・って読むの?これ。」 パシアがそう呟く。 「そうだな、そう読める。」 コミューンは見たとおり、パシアに答える。 「あたし、この剣知ってる─ なんで・・・? なんで?」 パシアがコミューンに差し出したのは、銀のハモニカ。 よく見てみると、表面に彫り込みがあり、このエルテ・メルシリーの形が刻まれている。 そこには、はっきりと[ElteMercyrie]と書かれていた。 「・・・っ、そうだ! おい待て、そうすると─」 コミューンの中で、何かが繋がった。 「パシア─ お前、引き取られる前にお姉さんとかいたか覚えてるか?」 パシアは少しの間考える。 「いた─ ってことだけは聞かされてるよ。 ・・・えっ? そういえば─ 名前が似てる、ティルさんと。」 「・・・ ティリエ。 ティリエ・レンヘスタ─ 違うか?」 糸が、絡み合った糸が、解ける。 「─ っ!!」 傍から見ていたリミテもさすがに気付いたようだ。 何より驚きを隠せないのは、パシアだが。 「えっ─ えっ、えっ? ティリエお姉ちゃんはコミューンの妹で、あたしはティリエお姉ちゃんの妹で─ コミューンはあたしの─ 」 頭をボリボリと掻きはじめるコミューン。 「ティルは養子で、そのティルってのは愛称だ。」 生き写しのように似ているわけだ。 「そうなんだ・・・」 しばらく、時が止まる。 こうしてめぐり逢えた奇跡を、2人は静かに噛み締める。この喜びをどこにぶつけたら良いだろう。 リミテが、優しく見守る。 時が経ち、2人は見つめ合う。 「ねえ、コミューン・・・」 パシアが、妙にかしこまる。 「・・・なんだ?パシア。」 「─ お、お兄ちゃんって、呼んでも─ 良い?」 コミューンの表情はかつてないほど穏やかで。 「・・・ああ、呼んでくれ。」 コミューンもそれを望んでいた。悲しみの淵から喜びに代えて。 「お兄ち・・・ っ ─!!!」 何故パシアの言葉が止まったのか、わからなかった。 見えたのは、パシアの小さな胸から突き出る剣先。 時が止まったまま、動き出さなければ良かったのに。そう思ったのは少し後のこと。 滴り落ちる血の滴。 何故、気付けなかったのだろう。心が穏やかになりすぎてしまっていたからか。 いの一番に気付いたのは、リミテだった。 崩れ落ちるパシアの後ろに、見覚えのある男の姿。 カルナ・エレメフが、そこに立っていた。 身体から剣を抜かれたパシアが、静かにその身を牧草の絨毯に委ねる。 コミューンの中で、大事なものが瓦解した。 Pascia's life ended ...「旅路2」HUMAN of humans'' created by Wiz's 第11章へ第13章へ