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人は死ぬ。いつか必ず、死ぬ─


 13章─願い途切れて

      ─  死別


 夢であってくれと、何度願ったことか。覚めない夢に、絶望はあまりに大きすぎて。
そこから先、5分程度の記憶はコミューンには無い。
リミテが、即座に剣を抜き、カルナに斬りかかる。
「やああああああっ!!!」
ガキィン!! キィン!!
リミテの練気が、カルナの剣を翻弄しながら追い立てていく。
「よくもっ、よくもパシアちゃんを─ !!」
リミテの跳躍は、怒りに練気を上乗せして、とてもとても早く剣を振るう。
一方のカルナは、クシュターゼの力─ アテートを使い、集中して迫り来る刃を打ち払う。
キン、キン、キキキキンッ!!!
右肩斬り払い─ ギリギリのところを打ち払われる。
切り返して首を薙ぎ払う─ 低い姿勢になってかわされる。
リミテはこの練気による攻撃方法を習得してから日が浅い。
日が浅いためか、こんなにもことごとく攻撃を回避されるのは未経験だ。
殺意を持って、その1つ1つの剣撃に力を込める。 ─ が、当たらない。
逆にカルナは、その1つ1つの攻撃をしっかりと見つめ、確実に回避する。
「うあああああああああっ!!!」
しびれを切らし、リミテは思い切り力を込めて横薙ぎ一閃に剣を振るう。
ヒュァァァァッ─
カルナにとって、その大振りは格好の餌食だった。
「・・・死ね。」
構えたエルテ・サヴァーティの一撃が、リミテの心臓目掛けて放たれる。
その様子を、コミューンは遠い意識の中で、しっかりと見ていた。
─ 誰だ。 パシアをこんな目に遭わせて、リミテまでもその毒牙にかけようとしているのは。
─ ヘルスティンの名前を呼んだかもしれないが、その記憶は意識の遠く彼方へ。
実際は、コミューンの心と身体は合理的に、確実にその灯を憎悪と悲しみに組み立てられていた。
「うぁ・・・!! ああ・・・ あああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
大気が震え、爆発した。
爆発した大気にあてられて、剣が一瞬止まる。
「・・・っ!! はあっ!!」
ガキィィン!!
すんでのところで、カルナの剣を弾くリミテ。
「コミューン─ ・・・っ!!」
リミテが見たコミューンの顔は、例えるのも恐ろしい表情になっていた。
憎悪と悲しみが交錯し、深い深い闇が、コミューンの顔を覆っていた。
「ヘルスティン─ リンク!!」
コミューンの首元から頬にかけて、黒い紋様が侵食を始める。
そして背中からは、黒い霧状の翼が生え揃う。
コミューンは飛んだ。飛翔して、カルナの元へと一直線に飛ぶ。
レヴィニーとハーヴェンタ両方が共鳴し、不協和音を奏であげる。
「来たな・・・ コミューン!! クリムゾン─ リンク!!」
カルナもまた、黒い紋様にその身を包ませ、背中から黒い霧の翼を生やす。
対峙する2人。
カルナは手に持ったエルテ・サヴァーティに、コミューンはレヴィニーとハーヴェンタの弾丸に、それぞれ身体に巡る
エネルギーを込めていく。
「死ね・・・」
「・・・唸れ。」
ズドキュァィァァァァァァァァン!!!
ほぼ同時、レヴィニーとハーヴェンタが咆哮を挙げる。
カルナから見て、その弾丸は確かに速かったが、弾き飛ばせるちょうど良いタイミングで飛来する。
それを弾き飛ばすついでに、カルナも技を繰り出す。
「斬鉄の─ 龍撃り・・・ ぐっ!?」
ハーヴェンタの弾丸が、カルナの腹部を直撃する。
何だ、何が起こった・・・?
コミューンが、レヴィニーとハーヴェンタを交差させて構える。
「クレスト・オブ・・・ クルツ!!」
ズドキュァキュキュァアアアアアアン!!!
大口径のハーヴェンタの弾丸が先に迫り来る─ これは打ち払うことが十分に可能な速さ。
その後から迫り来るレヴィニーの弾丸は、見えはするが恐ろしく速い。避けることで精一杯な速さだ。
そのレヴィニーの弾丸が、先に飛んでいるハーヴェンタの弾丸を直撃─ ハーヴェンタの23mm弾が加速する。
なるほど、そういうことか。
カルナはこのからくりを理解したが、時既に遅し。
クレスト・オブ・クルツによって迫り来る弾丸の数は、ハーヴェンタのものだけで8発。
腹部に直撃を受けた状態で避けきれるものではなかった。
ドガッ、ビシッ、ガシュッ、ドグッ、グチャッ─
カルナの身体は、見るも無残に引き裂かれた。
2人の対峙は、この短い一瞬で決着がついた。

コミューンの目が平常の色に戻ると、コミューンはすぐにパシアとリミテのことが気掛かりになった。
「・・・!! パシアッ!!」
リミテがいち早くパシアの元に参じていた。
破ったトレーナーの切れ端で、止血をする─ が、傷は心臓に近い動脈に達していて、出血量が酷い。
「パシアちゃん・・・!! パシアちゃん、しっかり!!」
コミューンも気が気ではない。
パシアはぐったりして、目も閉じている。意識があるのかどうかもわからなかった。
「パシア!! パシアァァァ!!!」
コミューンの声が届いたのか、パシアがゆっくりと目を開ける。
「コミューン─ お兄・・・ちゃん・・・」
「パシア、しゃべるな、もう良い!!」
「うん・・・ 良いの、もう自分で解る・・・助からないって・・・ えへへ、やっとお兄ちゃんって呼べた。 ごぶっ・・・」
おびただしい量の吐血で、口元が赤く染まる。
「あのね・・・お兄ちゃん、リミテさん、あたし・・・ ぐっ・・・ い、一緒にいて、楽しかった。」
「パシアちゃん・・・ わかったから、もう喋るのを止めて!!」
泣きながらリミテが制する─ が、パシアは渾身の力を振り絞って言葉を発し続ける。
「・・・ありがとう。 お兄ちゃん・・・だ・・・ 大好き、だよ・・・ ごめ・・・ な・・・ さ・・・」
パシアの目から、生気が消える。 顔からは、血の気がさっと引いていく。
信じたくなかった─ こんな結末。
「パシア・・・? パシア・・・!?」
まだ昼には少し早い午前9時頃のこと。パシアは静かに息を引き取った。
リミテが、黙ってパシアの目を閉じさせ、両の手を組ませる。
「・・・ パシアちゃん・・・」
大粒の涙が、ポタリポタリと零れ落ちる。
「パシアァァァァァァァァァアアアアア!!!」
コミューンは立ち上がり、倒れ伏していたカルナの元へ一直線に駆けていく。
手には赤い宝剣、エルテ・メルシリー。
「貴様ぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
弾丸に撃ち引き裂かれていたカルナにとって、もはやそれを止める手段は残されていなかった。
ザシュッ、グシュッ─ !!
「もう遅い─ 」
カルナのその科白に、コミューンが動きを止める。
「ああ、遅いとも!! もう手遅れだ!!」
コミューンは怒りを言葉で顕にする。
「カウント、5だ─ ”運命の輪”は動き出す・・・」
カルナが何を言っているのか、解らなかった。


      ─  運命の輪


 カルナは、コミューンに聞き慣れない言葉を発した。
「”運命の輪”が、何を意味するか知らない─ といった顔だな・・・ ぐっ!!」
痛みに耐えかねて言葉が詰まる─ が、どういうわけか丁寧に説明を続ける。
「兄貴に教わらなかったのか─ まあ良い、ここまで来たらもう引き返すことは出来ない。教えてやる─ 」
コミューンは怒りに震えながらも、耐えてその説明に聞き入る。
「”運命の輪”は、クシュターゼをその身に宿した者が5人死ぬことで動き出す。人間たちの思考に作用する思念体だ。」
「人間たちの思考に作用する思念体─ だと?」
ふっ、と小笑いにするかのようにカルナは続ける。
「死んだクシュターゼ憑依体の人間は”運命の輪”に魂ごと取り込まれる。まあ、俺が死んで5人目だから、まだギリギリ
 動き出してはいないが─ 実際に自分の目で見て確かめるが良い。 人間たちは滅びに向かって最終戦争に身を投じる。」
─ 最終戦争。
クシュターゼ憑依体の人間がキャンサーとエイン以外に現れた時代、世界は滅びたという。
その原因が、”運命の輪”が動き出したことによる最終戦争─ ということなのか。
コミューンはまだ半分ほどしか理解していなかったが、カルナに質問する。
「お前が言うように、”運命の輪”というのが存在していて、それが人間たちを狂気に駆り立てる─ とすれば、
 それを防ぐ手立てはあるのか? もっとも、お前が教えてくれるとは微塵も思ってはいないが。」
カルナは笑う。
「くっくっく─ それもそうだな、賢いな、お前は─ 世界なんてこのまま滅びれば良い。そんなものだ。
 まあ、どうしても世界の滅亡を防ぎたい─ というならば、運命の輪を打ち砕け。憑依体の人間の魂ごとな。
 それが出来れば苦労はしないだろうがな。 はっはっはっはっ・・・ぐっ!! 俺もそろそろか─ 」
カルナが何を意味することを言っていたのか、このときはまだやはり半分─ 実際は殆どわかっていなかった。

重体のカルナを放置して、パシアのために花を摘んで来た。
パシアは安眠しているかのように笑った顔で、静かに横たわっていた。
リミテはコミューンの指示通り、ティルの墓のすぐ横に穴を掘ってパシアを迎え入れる準備を終える。
死後硬直すらしていないその身体はとてもちっぽけで、コミューンが抱きかかえると、まるで眠り姫を抱いているかのよう。
そっと、パシアを穴に寝かせる。
充分過ぎるほど別れを惜しんだ。だが、いくら惜しんだところでパシアはもう帰って来ない。
痛くないように、静かに上から土をかけていく。
次第にパシアの身体が土に隠れ、最後には顔だけが見えるところまで来た。
「パシア─ さよならだな、俺たちも楽しかった。 ─ お前と一緒にいられて。」
涙はもう枯れ果て、目がかなり乾いていた。
それでも溢れてくる滴は、何なんだろう。
「パシアちゃん─ さよなら。 ありがとう・・・おやすみなさい─ 」
パシアの顔を、土で覆うと、可愛いその顔が見えなくなった。
墓石に良さそうな平らな石を置いた頃、カルナもちょうど絶命を迎えようとしていた。
「くくく・・・ 止められるかな、コミューン。 ”運命の輪”の力に絶望するが良い。 くっくっ・・・ぐふっ─
 リューカ姉さん・・・ 今・・・行く・・・」
カルナも最後は静かに、その命の灯火を消した。
ズゥン!!!!
重々しい轟音とともに、辺りが夜のように静まり返り、暗くなる。
「・・・!?」
コミューンもリミテも、何が起こったのかわからず、混乱しかかる。
「何・・・これ?」
リミテの疑問に答えるだけの材料は、コミューンは持ち合わせていない。こっちが聞きたいくらいだ。
ズッ─
墓石の方に何か尋常ではない気配を感じ、振り向くと、そこには信じられない光景が広がる。
今さっき埋めたはずのパシアが、墓から立ち上がるように出てくる。半身は土の中のままだ。
・・・妙だ。パシアが出てきたのなら、土が掻き分けられるように盛り上がるはずだが、そんな様子は無い。
「!!」
コミューンは見た。 このパシアの姿は、透けている。
─ ということは何か?
「パシアの─ 魂・・・」
ズッ─ ズズッ─
今度は何ということだろう、ティルの墓からも、見慣れた少女の姿─ 年恰好は死んだ時のまま、パシアと瓜2つ。
倒れ伏したカルナの身体からも、カルナの魂らしいものが浮いて出る。
『くくく・・・』
カルナの魂が、こちらを見て笑う。
ティルとパシアの方は─ ?
『お兄ちゃん─ 』
そう、聞こえた。確かにコミューンとリミテは、それを聞き取った。
『助けて・・・』
確かに、ティルとパシア2人ともが、そう言った。
そんな科白を残すと、ティルとパシア、そしてカルナの魂が天高く舞う。
舞い飛んだその先に見えるもの─ 装飾が施された、眩しい大きな輪。
よくよく見れば、リミテが斬り伏せたカーディル管制区のハイド長官と、リューハが斬り伏せたアーク・エインの姿もあった。
5人の魂が輪に取り込まれる。
─ ”運命の輪”。 カルナが言っていたそれか。
『運命の輪を打ち砕け。』
カルナの科白が頭を過ぎる。
『助け─ 助けて、助けてお兄ちゃん・・・!!』
言葉で言うと簡単だが、それは耳を劈くような、それはそれは悲痛な叫びだった。
『あぐぅっ!!!』
取り込まれる際に痛みがあるのだろうか、悲鳴が轟く。
2人の表情は苦痛に歪み、歪みが飽和していったとき、2人の表情はニタリと不気味な笑みを持つ。
『お兄ちゃん・・・』
天からコミューンに向けられた言葉、それは─
『くきゃきゃきゃきゃけらけらけら・・・きゃーっはっはっはっはっ!!!』
壊れたように笑うティルとパシア。2人の声が重なる。
『お兄ちゃん、私ね、おかしいの。お兄ちゃんを─ 殺したくて殺したくてたまらないの。お兄ちゃんを切り裂いて、
 引きちぎって、苛めて苛めぬいて─ 止められないよ。ねえ・・・ティル(パシア)を見て、お兄ちゃん。お兄ちゃん─』
ティルとパシアが、音を立てて壊れた。
「ティル・・・パシア─ 」
コミューンは、どう表情を作って良いのかわからなかった。
最愛の2人が、コミューンを殺したいと言った。
そしてその”運命の輪”は、動き出した。
キュィィィィィィィ─ !!
輪の中心部分に光が集まり、熱線となってコミューンとリミテに向かって照射される。
「リミテっ!!!」
思い切りリミテを突き飛ばす。
ズガァァァァン!!!
地面が大きく抉れる。リミテはコミューンに突き飛ばされたおかげでなんとかその難から逃れる。
『もう─ ダメじゃないカルナ。あたしはお兄ちゃんの心臓をこの手で抉り出したいの。』
夢なら、覚めてくれと何度か願った。しかし夢から覚めることは無く。
”運命の輪”が、急降下してコミューンに猛スピードで接近する。
ティルとパシアの手には、大きな鉤爪。
ブォン!!!
すんでのところで、コミューンは攻撃をかわす。
だが、今回避できたのはものすごい偶然だった。たまたま身体の重心が左方向にずれていたため、その力を使って回避した。
猛スピードで飛来するそれは、通常の状態では回避し続けるには少しばかりきつい。
「何だってんだ・・・ どうしちまったんだ、ティル、パシア・・・ ヘルスティン・アテート!!」
アテートの防護幕が鈍く光り、コミューンの身体を包んでいく。
銃は、まだ構えることが出来ない。
『キャハッ!!』
無邪気な風に笑うと、邪気をこれでもかというくらい含んでコミューンに向かって突進する”運命の輪”。
「─ くっ!!」
またしても、すんでのところで回避する。
─ 馬鹿な。先ほどより格段に速くなっている。
アテートの状態で見る視界でさえ、その動きが機敏に感じ取られる。
『きゃはははははっ、お兄ちゃぁぁぁぁぁん!!! 助けキャキャキャキャキャッハァ!!!』
キィィィィィン!!!
レヴィニーとハーヴェンタで、その禍々しい鉤爪を受け止める。
コミューンの中で、何かが弾ける。
嘲笑うかのような声の中に、確かに、”助けて”─ と聞こえた。コミューンはしっかりと聞き取った。
「何故─ ティルとパシアをこんな目に遭わせる・・・」
コミューンの目が、金色に輝く。それは、本来コミューンが持っていた瞳。
怒りと哀しみに震え、今その輝きを取り戻す。
「ヘルスティン─ !! リンク!!!」
湧き上がる憎悪は黒き翼へ、流れゆく哀しみは頬を蝕む紋様へ。 それぞれが昇華される。
コミューンは、飛んだ。暗雲立ち込める漆黒の空へ─
カルナは、打ち砕けと言った。
ティルとパシアは、おそらく相当の痛みで支配されているのだろう、何度も助けを求める声が聞こえた。
その”運命の輪”を破壊するしか、術は無いのか─ コミューンにはそれ以外思いつかない。
リューハに聞いてみるのが良さそうだが、そんな余裕はなさそうだ。
ならば─ その”運命の輪”を破壊しないまでも、ティルとパシアの魂だけを引き剥がす─
どうやれば良いのかまったくもって解らないが、コミューンの体は自然と動く。
戦いに擦り切れた指先が、暗雲の向こうの光に、わずかに照らされる。
思考の端に、ティルとパシアの亡骸を想う。

そう、それは神と魔人の戦い。
協会のステンドグラスにでも飾られそうなその光景を、リミテは見つめていた。
空を舞い、壮絶なドッグファイトを見せるコミューンと”運命の輪”。
コミューンの方が若干押しているか─ 放たれる銃弾が、”運命の輪”の所々に命中する。
ガカカカカカカンッ!!! キュァ、キュァィン!!!
ある程度距離を取って、レヴィニーで狙い撃つ。
ズガッ!!!
レヴィニーの9mm撤甲弾が命中すると、一瞬だけ”運命の輪”は動きを止める。
そこを、ハーヴェンタの一撃で狙い撃つ。
ズドァァァァァァァァン!!!!
おそらく有効な戦法に、確かに相手を穿ったという感触。
─ だが、妙だ。先ほどから”運命の輪”に取り込まれた2人からの反応は無い。
痛い─ とでも言いそうなものだが。もっとも、痛めつけるつもりなどまったく無いのだが─
そんなことを考えていると、やっと2人は反応する。
『うふふ・・・ お兄ちゃんったら、そんな玩具で遊んでぇ─ !! あたしも欲しーい!!』
ティルとパシアの顔が、大きく歪む。
ボコッ、ボココッ─
ティルとパシアの額から、泡立つように形成されていくそれは─ 見るも禍々しい、大砲だった。
『きゃはっ!!』
ズドァァァァァァァン!!!
その方向が聞こえたときには、もう遅かった。
ズッ─ コミューンの体にめり込む砲弾。 コミューンの体深くに突き刺さり、炸裂する。
ガアアアアアアアアアアアン!!!!!
「コミューーーーン!!!!」
リミテが絶叫をあげると同時、コミューンの体は爆炎に包まれる。
それは、直系にして100mはあろうかという炎の球体となって、四方八方へと散る。
「ああ・・・ コミューン・・・ コミューーーーーン!!! いやああああああああああああああ!!!!」
空しく空に手を伸ばす。

『くすくすくす・・・ あとはぁー♪』
ティルとパシアが、リミテを見る。
ぞっ─
背筋が凍りついてしまうようだった。わけもわからず到来した絶望─ リミテは恐怖に震える。
”運命の輪”が、そっとリミテに近づく。
「あ、うあ、ああ・・・ 」
何も言葉が出ない。
そして”運命の輪”は、リミテの眼前に迫る。
ティルとパシアの姿をしていたそれは、もはや見る影も無い。
かろうじて顔の部分で判別がつくが、それ以外の部分は別の生き物のように蠢く化け物そのものだ。
パシアの舌が、にゅるりと変形してリミテの首筋に向かう。
ペトッ─
「ひいっ・・・!!」
駄目だ、力が入らない。リミテは静かに絶望していく。
そういえば、どうしてそれがパシアだと気づいたのだろう─ そうか、髪だ。
ティルとパシアを同時に見たときの違和感─ ティルの方が、3cmほど髪が長いのだ。
走馬灯の中で、リミテはそんなことを考えていた。
『やっぱり、やーめたっ。』
!? 聞き間違いだろうか。やめた、と聞こえた。
突如”運命の輪”は方向転換し、北西の空へ向かって遠ざかる。
助かった─ のか? しかしリミテの心は晴れゆくことは無い。この空のように。
暗雲とどうしようもない恐怖だけを残したまま、気づけば昼過ぎの風が吹いていた。


      ─  滅びゆく戦い


 どれだけの時間が経っただろう。頼りのコミューンがいなくなってから、1人ぼーっと海岸沿いを歩いていた。
心はどこかに置き忘れてしまっただろうか、さざなみの音が空しく辺りに響く。

人は死ぬ─ いつか必ず死ぬ
人は死に哀しみを知る 人は死に怒りを知る
人とのしがらみに囚われ 生き永らえる

イノ・クレセント・・・大いなる大地と意思。その綴りを思い浮かべながら、リミテはただ歩く。
哀しみも怒りも、どこへ行ってしまったのだろう。胸にぽかんと大穴が開いたような感覚。
それからしばらく歩いても、やはり涙は出ない。
・・・行こう。
─ 何処へ?
その答えを知る者はいない。
ただ、その足は自然とシュルドホークに向かっていた。
リミテがコックピットに手を掛けると、一陣の風が吹きつける。
「コミューンっ!?」
リミテは思わず振り返る。
だが、そこにコミューンの姿は無く。
やはり行こう─ そう思い、再びコックピットに手を掛けると、リミテの耳に妙な音が届く。
ゴゴゴゴゴゴゴ─
地鳴り・・・? 誰も住まないはずのこの島で。
再びリミテが振り返ると、そこには何千人もの人、人、人。
その中には、武器を持っている者も多い。一体何が起こったというのだ?
リミテは目を凝らす。
信じがたい、光景だった。
その人の波は、互いが互いに攻撃し合いながらリミテに向かって一直線に進む。
ドパタタタタタタッ─ !!
タタタンッ、タンッ!! ドガッ、バキッ─ !!
─ 殺し合いだ。人間たちが、狂気にとり憑かれ、殺し合いながらこちらに向かってくる。
リミテはじっと、ただじっとその様子を見守る。
どれくらいその様子を見守っただろう、ついに銃口がこちらを向く。
「くっ─ !!」
リミテは練気爆発させて横に飛ぶ。
ガカカカカカカカカンッ!! チュチュチュィン!!
先ほどまでリミテがいた場所が穿たれる。
「何、何何何何っ!? どうしたっていうの!?」
暴徒はリミテの疑問など棚上げにして再度襲い掛かる。
今度は鈍器─ 鉄パイプを持った女性がリミテに襲い掛かる。
ガンッ─
リミテは剣で鉄パイプを受け止める。
ギギギギィィィィィィィ─ ッ !!
「はあっ!!」
力を込めて剣を上へ振り抜き、鉄パイプを切断する。
それでもなお突進を続ける見知らぬ女性。 おかしい─ 明らかに戦いに来るような服装ではない。普段着だ。
「待って、あなたたち!! 私の話を聞いてっ!!」
リミテはそう呼びかけるが、そんな言葉など始めから無かったように突進を続ける暴徒。
1人、また1人と、殺し合いで人が倒れていく。
「くっ─ !! 滅びるって、こういうことなの!?」
コミューンとカルナの会話を盗み聞きした内容が、頭を過ぎる。
リミテは飛来する銃弾を避け、殴りかかられれば剣で受け止めた。
キィン!! ガキィン!!
1人、また1人と、それぞれの持つ武器を破壊して回るリミテ。
タタタタタタタンッ─ !!
ザザッ─ !!
リミテの練気爆発は、通常のCGWのそれを遥かに凌駕する。
滅多やたらなことではリミテを捉えることはできない。そう、滅多やたらなことでは。
その万に1つとは、例えば─
例えばこのように、四面楚歌─ 四方八方を囲まれてしまった場合など。
「くっ─ !!」
全部の攻撃を受け止めることなど出来はしない。
リミテは、向けられた武器のうち殺傷能力の高い順に優先順位をつけ、それを弾き飛ばす。
ドガッ、ドガガガガッ!! ゴシャッ─ !!
「痛っ─ うあっ!! ああっ!!」
それでも、四方八方から取り囲んでの一斉攻撃は、リミテの戦意を喪失させるには十分だった。
「ううっ─ ・・・」
倒れ伏すリミテ。
体の各部を打たれ、痛みで身動きが取れない。
再度襲い掛かる暴徒の群れ。 ─ 今度は何も止められない。
これまでか─
「コミューン・・・」
僅かに助けを求める声だけが漏れる。そして、凶器は振り下ろされた。

ガガガガガガガガガガァン!!!

不思議と、痛くはなかった。ほとんど何も感じない。
ああ、これで私もコミューンの後を追うのだ─ と、静かに想う。
だが、迎えの天使はいくら待っても来ない。様子が変だ。
リミテはそう思って顔を上げる。
そこには、天使ではなく、黒い翼を纏った悪魔の姿。
金色と深紅の瞳、そして手に持った銃の銃身だけが輝く。
「コ・・・」
静かに舞い降りた悪魔は、思い切りその翼を振る。
巻き上がった陣風が、人をゴミのように吹き飛ばす。
「コミューンッ!!」
ああ、やっとだ。やっと涙がこぼれてきた。
そうか、涙はこのときを待っていたからずっとこぼれなかったのだ。
「リミテにこれ以上指一本でも触れてみろ、ゴミ共・・・ 触れようとした奴から順に殺す!!」
物凄い殺気と気迫で、壁が出来たように空気の層が重くなる。
ふと、舞い戻ったコミューンがリミテの耳元に口をつける。
「済まない─ 心配させた。 ─ 大丈夫、俺がリミテを守るから。」
さらにこぼれ出る大粒の涙は、痛みからか、己の情けなさからか、それとも嬉しさからか。
わからない。
「人が─ 滅びゆく戦い、か。 なんとなく、カルナとリューハが言っていたことが解った気がするよ。」
コミューンは、レヴィニーとハーヴェンタをホルスターに収める。
「”運命の輪”の影響か─ まるで意思を持たない操り人形って感じだ。」
そして、暴徒は再度コミューンたちに襲い掛かる。
シュバァッ─ !!
一閃。
虚空に輝いたのは、銀色の輝きが眩しいレヴィニーでも、妖しく光る黒いハーヴェンタでもない。
澄み渡った赤い宝石剣が、そこに煌めく。
「悼める民に、安らかな眠りを─ 」
エルテ・メルシリー。 慈愛の名前。
今の一瞬で、20人ほどが倒れる。それでもなお襲い掛かってくる狂気の暴徒たち。
ザシュッ、ガガガシュッ、ドバッ─ !!
コミューンは斬った。 斬って斬って斬って斬って、斬り続けた。
クシュターゼをリンクしたコミューンにとって、それは赤子の手を捻るような作業の連続だった。
それでもコミューンは、その一撃一撃に、祈りを込める。どうか安らかに。
10人、また10人と、暴徒たちが倒れ伏していく。

気がつけば、辺りは一段と暗くなり、もう時が夕刻を回ったのだと知らされる。
「うがあああっ!!!」
最後の1人が、コミューンに斬りかかる。
ドンッ─
コミューンの身体に、もはや普通の人間の腕力で振り下ろす鈍器は通じない。
ザシュッ!! ─ ドサッ
最後の1人が、倒れ伏した。
斬り上げたエルテ・メルシリーがいやに重い。
辺りには、死体の山。滅びと名づける戦いにはふさわしい。
その剣を下ろすと、コミューンは静かにヘルスティン・リンクの状態から解放される。
駄目だ、”運命の輪”の砲撃と、今までの長い戦いで、身体にガタが来ている。
「リミテ─ 悪い、家まで運んでく・・・」
ふわっ。
リミテも満身創痍だったが、コミューンが倒れこむことを予測して、しっかりと受け止める。
「リミテ・・・」
コミューンが力無く声を発する。
「うん?」
リミテはコミューンを抱えて歩き出す。
「前にも思ったけど、お前・・・ 胸大きいな。」
途端にリミテの顔が赤くなる。
「も、もうっ!! 馬鹿っ、コミューンのエッチ!!」
「はは─ ぐっ、ごぶっ─」
コミューンが笑い始めた瞬間だった。
大量の吐血。辺りの草が赤く染まる。
「コ、コミューン!? ちょっと─ !!」
気がつけば、辺りはすっかり暗くなっていた。


      ─  解説


熱い─ 寝苦しいというレベルを通り越して熱い。
頭が直接シェイクされているような感覚。正直自分がどちらを向いて寝ているのか掴めない。
そんなところに、ふっとわずかに頭が軽くなる。 ─ 額が冷たい。
コミューンが目を開けると、そこにはリミテの姿。
視界の上端に、タオルが見えた。 濡れている。
ああ、そうか─ リミテが看病をしてくれているのだ。
「コミューン、気がついた?」
「・・・」
口を動かしてみるが、声が出ない。
わずかに血の味がした。 そうか、血が少し口の中に広がっているのだ。
よく見ると、リミテの口周りは赤かった。 ・・・
「んっ─ 」
そんなことを考えているうちに、リミテがコミューンの唇に自分の唇を当てる。
きゅうううううう─
リミテはコミューンの口から血を吸い出すと、横に置いた桶に血を吐き出す。
「頭がぐらぐらする・・・」
「シュルドホークに積んであった輸血パックをありったけ使ったけど、それでもギリギリよ。今は動かないで。」
リミテは真剣な面持ちだ。とりあえず今すぐ動ける風ではないし、言われる通りにしておこう。

しばらく時が経ち、辺りは静寂。
リミテはコミューンからずっと目を離さない─ が、目元がおぼつかない。
当然だ。コミューンは結果的にぐっすり寝ることが出来たが、リミテはずっと看病しっぱなしだ。
「リミテ─ もう口の中も血の味がしなくなったし、大丈夫だ。いい加減寝ておけ─ 」
目を薄めながら、リミテがこちらを見る。
「ねえコミューン・・・」
「ん?」
「私─ なんだか怖い。このまま世界が滅んでいくんだって考えると・・・」
正直、コミューンも怖かった。
「・・・大丈夫、なんとかなるさ。 それに、何があってもお前だけは─ 守る。」
くすっと、リミテが笑う。
「優しいね、コミューンは。 うん・・・少し寝るね。何かあったらすぐ起こして。」
リミテは、ベッドに倒れこむと、すぐにすーすーと寝息をたて始める。よほど疲れていたのだ。
コミューンも、リミテの寝顔を眺めていると次第に気持ちが和み、眠りに落ちてしまった。

リミテが気づくと、窓から雲に遮られながらもうっすらと日の光が差し込んでいた。
「いけないっ! コミューンっ!!」
隣のベッドを見ると、そこに寝ていたはずのコミューンの姿は無い。
代わりに、美味しそうなコーンスープの匂いが厨房から漂ってくる。
「・・・起きたか? リミテ。 ちょうど良かった、メシにしよう。」
リミテはその様子にびっくりする。
「ちょ・・・ちょっと、コミューン─ 身体の方は大丈夫なの?」
コミューンはにっこりと笑う。
「ああ─ 痛みは殆ど引いたよ。あとは血が少し足りないかな─ 食って直すしかないな、そこは。」
ふぅ、と溜息が漏れる。
「あーあ、せっかく1個だけ取っておいたのに。」
徐に取り出したそれは、正真正銘最後の輸血パック。
「おお─ まだあったんだな。じゃあ、後で使わせてもらうか。 とりあえずスープがもう出来てるから食おう。」
リミテはしょうがないなと笑う。
「じゃあ行きましょうか、ねっ、パシアちゃ─ 」
言いかけて止まる。 何だろう、急に涙がこぼれてくる。

口に入れたスープは質素だったが、それでいてとても美味しかった。
こんな時が時なだけに、嬉しい。 その嬉しさからか、いないパシアのことを思い出してか、涙が流れてくる。
「パシアは、もういないんだな─ やっぱり少し寂しいな。」
コミューンの方はパシアのことを思い出していたらしい。
「このコーンスープな、俺がまだ小さい頃にフィリア─ 母さんがよく作ってくれたんだ。簡単に出来るけど、美味いだろ?」
確かに、スープの素、トウモロコシを入れて、最後に卵を落としてかき混ぜるだけだろう。
でも、そんな簡単な料理がすごく美味しい。
─ 食べ終わる頃には、涙は引いていた。
「ごちそうさまっ。 そ、れ、じゃあ─ 」
リミテはいそいそと輸血パックを用意し始める。
コミューンもその様子を見て、いそいそと食器を流しに片付けた。

輸血が終わると、コミューンは上着を着て何か支度を始める。
「リミテ─ ちょっとシュルドホークのところに行って来る。」
リミテは、どうしてシュルドホークまで行くのか大体解っていた。
「パシアちゃんのことと、あの”運命の輪”と滅びの関係、リューハ総統に聞くんでしょう? 私も行くわ。」
リミテも同じことを考えていたからこそその言葉がすんなり出てきたのだろう。
「ああ、わかった─ 」
2人は、シュルドホークへと向かった。

無線交信は、意外と簡単にリューハの許へと繋がった。
「ザザッ─ そうか、そちらでも人間たちが暴れていたか。 君の予想通り、こちらでも民衆が急に暴れだして大騒ぎだ。
 今は隔壁で遮断して帝郷区への侵入を防いでいる。」
「ヒナや─ 他のCGWたちは大丈夫なのか?」
コミューンの指摘に、一瞬リューハの言葉が詰まる。
「ヒナは常に私の傍にいたからな。リミテ君もその辺は大丈夫なんだろう? クシュターゼの波動を近くで与えられていた
 者に対しては”運命の輪”の支配は及んでいない。」
”運命の輪”の支配。
「やはり、あの”運命の輪”が皆の意識を支配しているのか?」
「その通りだ。その様子だと、直接対峙したようだな。」
「あれは─ 一体、何なんだ?」
もっともな疑問。クシュターゼという不思議な力があったかと思えば、あんな神がかった存在に出会った。
「君がアレと対峙したということは、君の近くでクシュターゼ憑依者が死んだだろう?」
「パシアと─ カルナが死んだ。」
「・・・なるほどな。では、君の妹も含め、彼女たちの魂を見たな?」
「そうだ! あれは何なんだ? そしてあの民衆の狂気─ 」
「民衆の暴走は、”運命の輪”を破壊しなければ止められない。そして、過去の”運命の輪”との戦いに赴いた戦士たちは・・・」
おおよそ察しはつく。過去には何度も人間が完全ではないにしろ滅びていった。
「敗れた─ か。 ”運命の輪”の強さは尋常じゃなかった。 それより、質問に答えていないな?」
コミューンがぐっと押しに入る。
「そうだったな─ ”運命の輪”についてか。一言で言うならば、神に近い存在なのかもしれない。
 クシュターゼ憑依者が5人死ぬとその姿を現す。その名の通り、大きな輪のような形をしている。その輪の部分に
 5人の魂を取り込み、人間たちの意識に干渉する電磁波のようなものを出してあのような混乱状況に陥れるんだ。
 さながら世界の滅びを導く神のように。」
その説明だと、ティルにもクシュターゼが憑依していたということになる。コミューンはそこから少しの間熟考する。
「止める方法は─ 破壊しかないといったな。カルナもそんなことを言っていた。つまりは、あいつらの魂を苦しみから
 解放する方法も─ 」
「破壊するしかない。」
なんとなく、わかっていた。それはつまり、彼女たちの魂を浄化するということ。
わかってはいたが、コミューンは確認した。
「そして、それが出来るのは─ 」
「同じクシュターゼ憑依者だけだ。」
その言葉を境に、時間だけが静かに流れていった。


      ─  束の間の憩い


 リューハからの解説でわかったことは、実際に”運命の輪”の力によって今世界は滅びに向かっているということ。
それを防ぐため、取り込まれた者の魂を救済するためには”運命の輪”を破壊しなければならないこと。そして─
「機密の記録によれば、”運命の輪”は、戦いに際して空間転移を使用できる。つまり、”運命の輪”と戦うことが
 出来るのは、1人だけだ。」
「それで、世界に今残っているクシュターゼ憑依者は─ ?」
なんとなく、気付いてはいたが─ リミテも、ちらりと心配そうにコミューンを見る。
「君と、私─ この2人だけしか確認されていない。」
ふぅ、とコミューンとリミテが同時に溜息をつく。
「あんたは─ どうするつもりなんだ?」
リューハがどう動きたいと思っているか、それも大きな問題の1つだ。
無線の先で、リューハが少し溜息をついたように感じた。
「”運命の輪”の破壊に向かうつもりだ。カルナも取り込まれているということだし、何よりこのまま世界の崩壊を
 黙って見ているわけにもいかない。 で、逆に聞くが─ 君たちはどうするつもりだ?」
最早、選ぶ道など2つしか無かった。
クシュターゼの力によって精神の暴走を食い止められるということなら、リミテはまず安心だろう。
リミテと一緒に静かに暮らすか─ 危険を冒して”運命の輪”と戦うか。
戦いに赴いたら、二度と戻って来れないかもしれない。その先リミテと平穏に暮らせる可能性も低い。
だが─ 戦いを拒絶したら、ティルとパシアの魂はどうなる? 浄化されることも無く長い年月を苦しみに費やすことになる。
「わかった─ 俺も行こう。 リミテ・・・済まない。」
リミテは、少し震えながら口を開く。
「パシアちゃんの魂、救ってあげなきゃ─ だよね。 わかった─ 私も行くわ。」
コミューンは少し申し訳なさそうな顔になる。
「本当に済まない─ で、リューハ・・・ それにあたって、最後に聞いておかなければならないが─ 
 待ち合わせる場所と、時間はどうする? というか、”運命の輪”には何処に行けば遭えるんだ?」
ふぅ─ と無線の向こうで気持ちを落ち着かせるような息遣いが聞こえた。
そう、言うなればこれは運命に逆らう聖なる禁断の戦い。
禁断の戦いの舞台として相応しいのは─ まさか。
「明日の正午─ ヴェルヘンクークだ。」
ヴェルヘンクーク。何も無い荒野が広がっていて、中心部に小高い丘がある。
丘の向こうは、禁断の鉱物、ウランで埋め尽くされた平地が広がっているらしい。
核兵器が禁じられてから、一切の人間の侵入を国際協定で禁じた場所。
「誰もあそこには入ってはいけない─ 違ったか?」
「誰が止めるんだ? 今この状態の世界で。 それに、行かなければ皆が死ぬのを黙って見ていることになるんだぞ─ 」
一言で、納得した。
「わかった─ 明日の正午、ヴェルヘンクークだな。 ・・・もう1つ聞きたい。イノ・クレセントの歌ってのは・・・」
イノ・クレセントに関する書物はいくらかある。
人間たちの真理についてつらつらと綴った書物として有名で、その中に、1つ謎めいた歌がある。
「おそらく、今─ 世界が滅びようとしているこの状況を歌ったものだな。まあ、正直まだわからないことは山積みだ・・・
 ガシャァァァン!!! うがああああああっ!!! ザザッ─ ザーーーーーーーー・・・」
「おいリューハ!? 応答しろ!何があった!?」
無線はそれ以降、何も返しては来なかった。

「・・・どうする?」
無線が何も反応しなくなってから1時間弱、2人はもう、リューハと話すことは諦めていた。
「んー・・・ といっても、明日までは何もすることが無いんだよね?」
リューハが無事だったとすれば─ いや、無事であると願いたい。リューハは待ち合わせに指定して場所へ向かうだろう。
そうなれば、コミューンたちもそこへ向かうのが道理というものだろう。
「そうだな─ 」
リミテは、口に指を当てて少し考える。
「ねえ─ もう1回釣りしない? 今度はマンツーマンで教えてよ。」
コミューンは拍子抜けした様子でリミテを見る。
「そんなんで─ 良いのか? ああ、そうか・・・ リミテは釣りなんてしたことなかったんだよな。
 よし、いいぜ─ 今日はいくらでも付き合ってやる。」

ティルとパシアの墓に花を手向けた後、コミューンとリミテは釣竿を持って崖下の岩場へと向かった。
辺りの空は暗かったが、辺り一面何も見えないというほどではない。
リミテは釣竿を海へと向かって思い切り振る─ が、餌をつけた針はへろへろと力無く岸に近いところへと落ちる。
「コミューンー・・・」
ふてくされたような顔で、リミテはコミューンを見る。
「ったく─ 良いか?途中までは剣と同じなんだ。 ある一定のところまでしっかり振り切るために引き手と押し手を
 使い分けてやれば上手くいく。」
リミテは、良く理解したようだが、なかなか投げようとしない。
コミューンがもう1度リミテを見てみると、リミテが何かを求めるようにこちらをちらりと窺い見る。
「・・・」
リミテは何も言ってこなかった─ が、仕方ない。
「やれやれ─ 剣のようにって言ってもな、右手と左手をこんなに近くしないで・・・」
コミューンがリミテの竿に手を出す。
「うん─ 」
リミテは笑顔だ。最初から、コミューンと2人でこうしていたかったのだ。
そして、2人で竿を握ったままだったので少しぎこちなかったが、振りかぶる。
「─ えいっ!」
2人の放った仕掛けは、空を突き抜けるように、大きく、大きく飛んでいった。
こんな時間が、また続けば良いのに。2人ともそう思った。



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