第13章へ第15章へ ゼーレの言葉とともに、世界は今静かに終えゆく 14章─運命 ─ フォラウスティンの海 「荷物はこれだけで良いの? 保存食糧と弾薬類ばかりだけど─ と言っても、これくらいしか使わない─ か。」 コミューンは、レヴィニーとハーヴェンタの機関部をチェックし終えると、ホルスターにそれぞれの銃を仕舞う。 手に握ったのは、赤い宝石剣、エルテ・メルシリー。これも持っていくべきか。 あの箱の中には、剣の鞘も入っていた。どういうわけか、短剣と長剣の2本が入るタイプだ。 このうちの短剣の鞘には、エルテ・メルシリーがすっぽりちょうど良く納まった。 長剣用の鞘は─ そんなことを考えてか考えずか、視界の端、すぐ10mほど先に横たわる死骸が目についた。 カルナの死骸が、1人寂しく放置されている。 はっきり言って、こいつに対する憎しみはまったく晴れていないと自信を持って言える。 だが、そんな意思とは裏腹に、気付けば横たわるカルナの横にスコップで穴を掘っていた。 リミテもそれを察し、コミューンと一緒にスコップで穴を掘る。 人大の大きさの穴を掘るのに、それほど時間はかからなかった。 「なんでかな─ お前のことはこの先ずっと許さないだろうに。 おせっかいが過ぎるな、俺も。」 カルナの死骸を蹴り飛ばすようにして、作った墓穴にやや乱暴に納める。 粗雑に土をかけていくと、すぐにカルナの身体は見えなくなった。 仕上げに墓石が欲しいところだが、そんなものをカルナのために探してやるのが面倒だった。 ふと、さらに目につくものがあった。カルナの使っていた宝剣、エルテ・サヴァーティが、煌めきを放つ。 青く輝くそれは、エルテ・メルシリーと同じくして美しい。 コミューンはその宝剣を手に取り、呟く。 「これで─ 良いよな、お前の墓標は。」 ざくり─ と、盛られた土に剣を突き立てる。 柄についた飾り布が、風に煽られてゆらゆらと揺れる。 「行こう─ リミテ。」 コミューンが墓標に背を向けると、突如突風が吹きつけた。 思わず後ろを振り向くと、エルテ・サヴァーティが異様な輝きを示す。 まるで剣自身から光が生じているような眩しさ。 『持って行け─ 』 そう、カルナが言っているような気がした。 コミューンはエルテ・サヴァーティを手に取る。 ─ 重い。先ほど運んだときには感じなかったが、異常なまでの重さをコミューンは感じた。 ゆっくりと剣を抜くと、その眩しい輝きがようやく収まる。 輝きが収まると同時に、剣が本来の重さに戻った。これも不思議な剣だ。 「お前の墓標は、無くて良いんだな。 ─ そうだな、それがお前にはお似合いかも知れない。」 エルテ・サヴァーティは、余った方の鞘に入れることにした。 どういうわけか、するりと容易に剣は納まり、剣のサイズと鞘のサイズはぴったりだった。 エルテ・メルシリーとエルテ・サヴァーティ。名前の似ているこの2つの剣は、2つで初めて1対の剣になるのかも知れない。 レヴィニーとハーヴェンタが対であるように。 「─ 良い?」 リミテがコミューンに確認する。 「ああ、出発しよう。」 コックピットに乗り込むと、すぐに吸気が始まった。 「・・・?」 リミテは少しの間静止する。 その様子を、コミューンは少し疑問に思ったが、リミテはすぐに操縦桿を握って発進した。 ラタリナと、ヴェルヘンクークは近い。 ラタリナを出ると、すぐにヴェルヘンクークを取り囲むサファイアブルーの海、通称フォラウスティンだ。 厳密には、このフォラウスティン区域からが立ち入り禁止区域だ。その領海を、今2人は侵したのだ。 青ざめた海が、とても美しい。今この世界が様々な汚染で苦しんでいるとは想像もつかないくらい。 「ヴェルヘンクークの丘の向こう、漆黒の翼が舞い降りて─ 」 コミューンが歌い始めると、リミテも一緒に口ずさむ。 「人が人たる理由を連れ攫い、願いの羽根は今高らかに天を覆う、ゼーレの言葉とともに、世界は今静かに終えゆく─ 」 リミテも、この歌を知っていた。 遥か昔に作られた歌ながら、空しさが漂う歌だ。文献に載っている歌には、一部欠けがあって最後までは記されていない。 フォラウスティンの海の向こう─ ヴェルヘンクークが小さく見えてくる。 よくよく見れば、ヴェルヘンクークの上空だけ雲が無い─ やはりあそこにいるのか、”運命の輪”が。 ピピー、ピー、ピー!! そんなときだった。シュルドホークの計器類が一斉にアラームを鳴らす。 「っ!! そんな─ !!」 リミテが急に焦る。 「どうした、リミテ!!」 リミテはコミューンの言葉ですぐに落ち着きを取り戻す。 「・・・これは、電磁波ね。 ヴェルヘンクークに着く前に墜ちちゃうわ、このままだと─ 」 電磁波? なぜこんなときに。 そうこうコミューンが考えていると、リミテは操縦桿を強く握り締める。 「仕方ないわ、近くの島に不時着する。」 不時着。ヴェルヘンクークの周囲にはいくつも無人島が点在しているので、それは可能だ。 シュルドホークはみるみる高度を下げていき、諸島の1つに近づく。 木々が生い茂る何の変哲も無い島。広い砂浜が見える。 リミテの腕の甲斐あってか、シュルドホークは静かに不時着した。 砂浜からすぐ先は木々が生い茂る森だった。 シュルドホークの不調に関しては、しばらくシステムダウンさせて様子を見るしかないので、コミューンとリミテは なんとなく森に向かって歩き出した。念のため、武器弾薬類は一通り揃えて荷物にする。 「─ この森、人の手がまったくつけられてないって感じ。 道らしい道も何も無いし。」 少し歩いたところで、リミテが口走る。 コミューンは、足で地面をこすりながら観察していると、四角い形をした石を見つけた。 さらに足でガサガサと探っていると、同じようなものがいくつも出てくる。 「いや、意外と人の手は加わっているのかもしれないぞ─ ほら。」 地面に転がっていた石のうち1つを手にとってリミテに見せる。 手に取った石には、文字のようなものが刻まれている。 「なるほど、ね─ 人がいたと言っても、遥か昔─ 太古のことみたいね。」 2人はさらに歩き進んだ。 歩いているうちに、足元は石畳がはっきりと現れてくる。 やがて、2人は開けた場所に出た。綺麗に並べられた石畳が、異様な空気を放っている。 その中央に、大きな石碑が祀ってある。 コミューンとリミテは石碑に向かって静かに歩き出す。 石碑には古代文字が綴ってあった。リミテが、そっと石碑に手を触れて読み始める。 「─ 我、人より出でて人の外に踏み出す者。 人は死ぬ、いつか必ず死ぬ。 最愛なる者を失い、人は死に哀しみを知る。 人は死に怒りを知る。 死せる華、愛でること無く、悠久のときを生きて、汝、心を背負い何処にか導かれん。」 そうだ、俺は今から何処へ行くのだろう。パシアとティルを失い、哀しみを背負って。 「リミテ。」 真剣に読んでいたリミテはぱっと振り向く。 「はいっ!?」 「人間って一体・・・ 何なんだろうな。」 空しく問い掛けだけがその場に残る。 「わからないよ─ ただ、コミューンも私も、人間。それは間違いない。 ─ 大丈夫?」 コミューンはしばらくうつむいていたが、気を持ち直して前を向く。 「そっか─ そうだな。悩んでも仕方が無い。 行こう、ヴェルヘンクークに。」 シュンッ─ 突如、辺りは見慣れぬ大きな大きな荒野。 足元には石版、振り向いてみれば、先ほどの石碑。 ─ 何処だ、ここは? ごう、と強い風が吹きつける。ピリピリと、神経が勝手に研ぎ澄まされていくような感覚。 空を見上げれば、そこは真っ青に輝く空。外れの方には暗雲が広がっている。 「ヴェルヘン・・・クークなのか?」 小高い丘に向かって吹き抜ける風が、コミューンたちを導く。 あの石版は、遥か昔に作られた時空転送装置─ なのか?過去にそこまで発達した文明があったなど、コミューンたちは知らない。 横を見れば、リミテが頷く。武器弾薬は都合良く殆ど持ってきた。 「─ 行こう。」 ─ 選ばれた生贄 歌にあったような、ヴェルヘンクークの小高い丘の向こうが目的地だ。 風に押されるようにして歩き、1歩、また1歩とそこへ近づく。 小高い丘を登りきると、そこには不思議な雰囲気が漂う。辺り一面、透き通った緑色の宝石箱のようだ。 天然ウランの鉱石が、これでもかというくらいに敷き詰められている。 「すごく綺麗─ まるでこの世じゃないみたい。」 一通りその景色を眺めると、コミューンたちは丘を下って中心部に向かって歩き出した。 ジャリ、ジャリとウランを踏みしめる足音。 歩いているうちに、その足音が大きく─ 否、多くなる。 ふと横を見れば、そこにはリューハとヒナの姿。 「やあ。無事到着出来たようで何よりだな。」 4人は歩調を合わせる。 「リミテが、電磁波が出てると言っていた。何なんだ?」 リューハの答えを待たずとも、その原因はなんとなくわかってはいたが。 「おそらく運命の輪が発しているものだろう。我々の航空機もやられた。シュルドホークもそうなっただろう? 我々は何とか海岸ギリギリに不時着できたがね。君らも近くに不時着したのか─ 」 コミューンとリミテは、自分たちの使った不思議な転移装置について簡単に説明した。 「なるほど─ 前の世代で使われていたものだろうな。世界中、掘り起こしてみれば案外色々と出てくるのかもしれないな。」 そこから色々話した。取り留めの無い話ばかりだ。 話しながら歩いているうちに、ヴェルヘンクークの中心部に到着した。 ウラン鉱石が地面から連なって、高く高く天を貫くように大きく突き立っている。 その頂上─ いた。”運命の輪”だ。 「・・・」 「・・・」 ヒナとリミテの様子が変わったことに、コミューンとリューハは気が付いた。 悟られないように隠してはいるが、2人とも微かに震えている。”運命の輪”に怯えているというわけでは無さそうだ。 いつからだろう─ そういえば、シュルドホークの発進直前にも、リミテは震えていたのかもしれない。 「わかってる─ コミューンがヘルスティン・リンクの状態で戦ったとき、コミューンはただ”運命の輪”に弄ばれた だけだった。 これからする戦いは─ 」 「当然、リンクの上の段階の力をお使いになるのでしょう? リンクの副作用が吐血を伴う全身機能の麻痺であれば・・・」 そう、わかっていたことだ。 「・・・ 死ぬな、俺かリューハのどちらかが。最初に選ばれた方が負ければ、自動的に2人とも。」 リミテとヒナの2人とも、とても悲しそうな顔になる。 「わかってた─ これが永い永い別れになるかもしれないって。 ・・・行っちゃうの?ホントに・・・」 リミテも、そんなことを言いながらもわかっていた。コミューンたちは行くしかない、と。 「済まない─ ここで、謝ろうと思ってた。 もし─ もし俺が生きてここに戻ったら・・・ 結婚してくれるか?」 コミューンの思いがけない返事。 「私─ あなたのこと、好き。大好きだよ。 だけど、あなただけは生きて戻ってなんて言えない。 だから、だから─ 2人とも生きて戻ってきて─ 」 別れの言葉を交わすよう。2度と逢うことは無いと。切なる願いを込めて届けよう。 「好きです─ リューハ様。許されないと解っています。けれど─ ・・・どうか、どうかご無事で。」 『別れは済んだかしら?』 ティルとパシアの声─ やはり、これだけ近づけば気付いていたか。 ”運命の輪”の認識がこちらへ完全に向いたとき、リューハの瞳が鋭さを増す。 ギラリ─ と見据えるように、鋭く、鋭く突き刺すように見る。 「行くぞ、コミューン。 ヒナとリミテ君は空間転移までの間、援護してくれ。」 リューハは青い突撃槍、プラネット・ホルクを取り出し、下を向く。 コミューンもレヴィニーとハーヴェンタを取り出し、初弾装填─ 同じく下を向く。 カチャキキキキキ─ リミテとヒナも、涙を拭って構える。リミテは剣を、ヒナは手槍をそれぞれ手に持つ。 「ヘルスティン─ 」 「プラネット─」 それが、戦闘開始の合図だった。 「リンク!!」 「迅っ!!」 4人は同時に跳んだ。リューハの後に、コミューン、リミテ、ヒナと続く。 速く、速くウランの塔を登り、眼前に”運命の輪”を捉える。 『兄貴か─ 無駄な足掻きとはこのことを言うのだな。』 カルナが口を開く。 「斬鉄─ 散月衝、蓮火!!」 炎を纏ったプラネット・ホルクが咆哮を上げる。 ガァァァァン!!! カルナ目掛けて打ち込んだはずなのに、人間の身体に打ち込んだ音ではない。 狙ったのはカルナの心臓だが、プラネット・ホルクは不思議な障壁によって阻まれる。 それでも、リューハは一切動じていなかった。 その意味をすぐさま感じ取ったコミューンは、レヴィニーとハーヴェンタを構える。 ズドキュァィァァァァァァン!!! 続け様に連撃。 「クレストオブクルツ!!」 ズドキュァキュキュァアアアアアアン!!! ビキキッ─ カシャァァァン!! 障壁の割れる音がした。 『何─ っ!?』 「続けえっ!!!!」 リューハとコミューンの怒声と同時に、リミテは剣を繰り出す。 タタン、タン、タン─ ヒュァッ!! 軽やかで、疾風のように速く、リミテが突進する。 「はあっ!!」 ザシュンッ!! 血の飛沫が上がる。続け様に、ヒナの手槍。 「シイッ!!」 ドガァァァァン!!! カルナの胸に大穴が開き、”運命の輪”の重心バランスが崩れる。 『ぐあっ─ 』 カルナの呻き声が漏れると、”運命の輪”は急浮上してコミューンたちから距離を取る。 『流石に憑依者2人とプラスアルファがいると厄介だな─ 』 今度はアークの声。 『っ!?』 コミューンたちは飛翔して遥か上空に逃れた”運命の輪”を追撃する。 漆黒の翼を纏ったそれは、悪魔のようで、それでいてどこか天から舞い降りた天使のような輝きを見せる。 リューハの背中にヒナ、コミューンの背中にリミテをそれぞれ乗せて、超速で飛来する。 『くっ!!』 キュィィィィ─ ”運命の輪”の中心部に、光が集まる。 「リミテ、急旋回するぞ!しっかり捕まってろ!!」 コミューンが怒鳴ると、リミテはコミューンの方にしっかりと捕まる。 ズガァァァァン!!! 光線が、空中で炸裂する。 「きゃあっ!!」 爆炎で、リューハたちの位置がわからなくなる。爆炎に巻き込まれたか、それとも─ コミューンは、呼びかけが無くとも信じていた。否、知っていた。 「クレストオブ・・・クルツ!!」 ズドキュァキュキュァアアアアアアン!!! カルナの部分の障壁に亀裂が入り、空薬莢が雨のようになって大地に降り注ぐ。 撃った直後、コミューンは超速で”運命の輪”に急接近する。 跳んでいる途中で、爆炎と”運命の輪”の間に槍が見えた。大丈夫─ リューハも同じ狙いだった。 ヒナの槍と併せて2つの槍が障壁を貫いてカルナに炸裂する。 ズガァァァァン!!! 「リミテ!! 斬れっ!!」 「はあああっ!!!!!」 ズシュン!!! 『ぐああああああっ!!!』 カルナが悲鳴を上げる。そこに、もう1度リューハが迫る。 「カルナ─ お前の魂は、私が持っていく。」 左掌を開いてカルナに狙いを定め、右手はプラネット・ホルクを握り、投擲の構え。 青い星の鐘が、鳴り響く。 「─ 大・星・鐘 !!」 キュァッ─ !! ─ 静寂。 プラネット・ホルクはカルナの胸に突き刺さり、周囲の肉を抉り散らしている。 『兄・・・貴─ 』 リューハが哀しそうな瞳でカルナを見る。 「カルナ─ 」 『夢を、見てたようだ。大殺戮で、楽しい夢だった。 ─ そうだろう?』 「地獄で、頭を冷やして来い。 馬鹿弟─ 」 リューハがプラネット・ホルクをカルナから抜くと同時、カルナの魂が静かに塵となって消えていく。 それは次第にカルナの全身に及び、カルナの姿は跡形も無く消えていった。 『セフィロトが・・・ くそっ、貴様等─ !!』 キュァィィィィィィィィィィィィィ─ !! アークが怒声を放つと、再び”運命の輪”の中心部に光が収束する。今度のはとてつもなく大きい。 まずい─ リューハとコミューンは、ともに”運命の輪”から離れて回避行動に移る。 カッ─ !!!! キュドン!!!! 大きな大きな空中爆発。まるで太陽を思わせるかのような爆炎の輝き。 コミューンとリューハは、安全圏まで離れると、ヒナとリミテをそれぞれ降ろす。 「リミテ─ どうやら君に援護してもらうのはここで終わりみたいだ。 行くよ─ とりあえず、ここでお別れだな。」 リミテはぐっと涙を堪える。 ふわり─ と、一瞬、リミテの唇がコミューンの唇に触れる。 「─ ありがとう、嬉しいよ。 じゃあ、行かなくちゃな。これは、ここまで世界を腐敗させた人間たちの罪なのかもしれない。」 「コミューン、あなたがその罪を負うって言うの?」 困ったように笑い返す。 「まあ─ 俺の魂で足りるなら、な。」 行こうとするコミューンを、リミテはもう1度引き止める。 「コミューン・・・最後に2つだけ、良い?」 2つ─ ?コミューンは少し頬をつままれたような顔で聞く。 「私のこと─ ずっと好きでいてくれる。もし─ もし、あなたが死んじゃっても。」 コミューンは心臓を絞られるような痛みを覚えた。済まない、本当に済まない。 「ああ─ ずっと、ずっと好きでいるさ。」 コミューンは頭をボリボリ掻いて次の言葉を待つ。 「じゃあ─ これはどうでも良いことかも知れないんだけど。」 どうでも良いこと─ だったら今こんな状況で聞くか? 「コミューンは、人の名前で、好きなのってある? 良いなあって思える名前。」 拍子抜けしたようになりながらも、コミューンは少し考える。 「ん・・・ ハルカ、かな。」 リューハの母国語からとったものだが、コミューンはなんとなくそれを思いついたまま口に出していた。 「ハルカ─ 良いね、ありがと。 ・・・じゃあ、これで最後。」 リミテはしゃんと背筋を伸ばして立ち上がる。 コミューンは半ば無理やり背中を向けさせられる。 「いってらっしゃい!」 ビシイッ!! 思い切りコミューンの背中を叩き、最後は送り出してくれた。 そんなに強がっても、コミューンは気付いていた。 背中を叩く手でさえ震えていた。 コミューンは後ろ手を振ってリミテに別れを告げた。 「─ 行って来る。」 リミテの頭にこのとき浮かんだ歌は、とても強かで、哀しくて。 出来れば歌うことなど無いと信じたかった。 リミテは、静かに微笑んで泣いた。 『お兄ーちゃーん、やっぱり来たね、あ、リューハさんも一緒だ。』 ティルとパシアがそう告げると、空間が歪み始める。 「来たか─ ここから先は、私か君のどちらかだけだ。 願わくば、また会おう。」 リューハはそう告げた。 平等な風に言っているが、コミューンはわかっていた。 キュァァァァァァ─ !! 眩しい閃光が辺り一面を照らしたとき、既にそこは異世界だった。 コミューンは周囲を見渡す。 果てない荒野。まるで永久に岩場が続いているかのようだ。 空は輝く星空。かなりの上空に、”運命の輪”の姿。 「妹が2人も取り込まれてるんだ─ 俺を選ぶって、わかっていたさ・・・なあ、ティル、パシア。」 そう、生贄に選ばれたのは紛れも無い、コミューンだった。 ─ 誇りのために どれくらい対峙していたのかわからない。しかし、時だけは確実に過ぎてゆき─ 『永久大地っていうの、ここ。すごいでしょ? 世界って、いろんなところに通じてて、ほら、お兄ちゃんの知らない 場所だってたくさんある。ああ、良い─ すごく良いよ、お兄ちゃん。ここでお兄ちゃんの心臓を抉れるなんて。』 なんだか、正常なティルとパシアの声を聞いているようだった。 コミューンは静かに”運命の輪”を見上げる。そう、ティルとパシアはそこにいる─ 『さあ、始めよう? 血塗られた宴を。』 右目に掛かった髪を巻き上げ、ヘアピンで留める。 ティルとパシアを見据える両の目が輝き始める。 次第に右目は淡い赤色から深紅へと変わり─ ゆらりと炎を灯す。 ティルの顔には、右目が無い。ぽっかりと空いている。 残った左目に、コミューンの目と同じく、炎が灯る。 そう─ ティルもまた、コミューンをじっと見つめる。 ただ、見上げている。その時が永久に来なければ良いのに。そう思いながら見つめ合っていた。 そしてまた時は流れる。 そして、コミューンは歩き始めた。 レヴィニーとハーヴェンタをしっかりと握り、”運命の輪”を見据えたまま歩く。 見つめ合う。飽きもせず。 次第に、声が届くようになる。 『お兄ちゃん─ 』 助けを求めるような声で。 『ティル、パシア─ 』 優しく撫でるように。 そして─ ぞわり、と頬に侵食した黒い模様がざわめく。 『良いのか?』 ヘルスティンの声が聞こえる。ずいぶん久しぶりに聞いた感じだ。 『ああ─ ティルとパシアを開放して、世界の暴走を止めるには、これしか無いんだろう?』 『・・・そうだな、それしか無い。』 『ずいぶん辛そうに物を言うんだな。俺にこうさせるために憑依したんじゃないのか?』 『・・・済まない。』 『ソレはもうリミテに言ってきた。 さて、行くぞ─ 』 ジャギン!! カチャキキキキキ─ レヴィニーとハーヴェンタに弾薬を装填する。 「ティル、パシア─ ・・・愛してる。」 強く、強く自身に念じかける呪文のように、コミューンは言葉を発す。 『あたしもだよ、お兄ちゃん─』 その言葉を皮切りに、コミューンの背中から頬までを覆う黒い霧が、ぶわっ─ と広がり、コミューンの体全体を包み込む。 頬を覆っていた黒いクシュターゼの紋様はコミューンの体全体を包み、輝く眼光のみが残る。 「ヘルスティン─ ドライヴ。」 ピシャァァァァン!!! ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・ 雷が、何処からともなく舞い落ちる。 コミューンの身体は変貌を遂げる。 体中の皮膚が硬化し、鱗のような質感へと変化する。手には大きな爪が出来、レヴィニーとハーヴェンタはコミューンの 身体と一体化する。黒い霧だった仮の翼は、大きく大きく禍々しい本物の翼に変わる。 憎悪で出来上がったその翼は、悪魔と例えるのがもっとも相応しいだろう。 コミューンは再び”運命の輪”を見据える。 なるほど、最早、人間と呼べる箇所はほぼ残っていない。 ドライヴを解いたら、死ぬというのも納得できる。 そうだ。これは自分自身と、ティル、そしてパシアの─ 誇りのために。 「もうこれ以上─ 苦しめたりはしない。・・・行くぞ。」 翼を大きく広げ、屈んで足に力を溜める。 バサァッ─ !! コミューンは、天高く、飛んだ。 キュィィィィィィ─ !! カッ─ !! ズガァァァァァァァァァァン!! 直径1kmほどの爆炎がコミューンを包み込む。 ブワッ─ !! コミューンはその爆炎の中から姿を現す。 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああ!!!」 咆哮とともに、手と一体化したレヴィニーとハーヴェンタを構える。 ズッ─ ドガアアアアアアアアアアアアアン!!!! 閃光が、弾ける。 アークの左腕部分が消し飛び、”運命の輪”が揺らぐ。 続け様に、レヴィニーとハーヴェンタを交差させ─ 「クレストオブ─ クルツ!!」 ズッ─ ドガキュキュァアアアアアアアアアアアアアン!!!! アークの魂が、跡形も無く消し飛び、浄化される。 『セフィロトが─ また・・・ このおっ!!』 キュァッ─ !! 今度は運命の輪から一閃、閃光が放たれる。 手と一体化していたレヴィニーとハーヴェンタが弾き飛ばされる。どのみち残弾はゼロだったが。 『ははっはっはあーーーーーーー!!』 今度はハイドの声で、笑い声。 キュキュキュァッ!! 続け様に放たれる閃光が、コミューンの身体のあちこちを貫く。 「ああああああああああああああああああああああああ!!!」 コミューンはなりふり構わずハイドに殴りかかる。 手には大きく禍々しい爪。 ザシュァ!! ドガッ!! グシャァッ!! ハイドの身体─ 魂が、細切れになって中空に消えていく。 『・・・!! 仕方ないわ─ 世界に滅びの言葉を・・・ ゼーレ!!』 ゼーレの言葉とともに、世界は今静かに終えゆく。 あの歌のくだりが思い浮かんだ。 突如、”運命の輪”が眩しい太陽のような光を放つ。 キュァッ!! キュキュキュキュキュキュキュキュキュキュキュキュキュキュキュァィン!! 光弾の雨が、辺り一面に降り注ぐ。 核攻撃に匹敵するような熱線で、辺りの岩が蒸発、融解する。 「があっ─ ぐぁはっ!!」 コミューンも身体の所々を貫かれ、青い血が体中から噴き出す。 「う・・・おおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああ!!」 傷の深さなど考えたのは一瞬で、次の瞬間には”運命の輪”に襲い掛かる。 ドガッ!! ガキッ、ギギギギギギィン!! 先ほどまでとは、手応えが違う。 『ゼーレを使っちゃったから、もうお兄ちゃんの爪は効かないもんねっ、きゃはっ、あはははははははっ!!』 キュァッ!! 熱線が、コミューンの身体を再度貫く。 駄目だ、ドライヴ状態になっても、もう攻撃が効かない。どうすれば─ コミューンは考えた。思考していた時間は一瞬だったが、クシュターゼの力は知覚領域の強化にまで及ぶ。 エルテ・サヴァーティ、憎悪の名前。エルテ・メルシリー、慈愛の名前。 背中に同化していた2つの宝石剣を引き抜く。 ブチブチブチッ!! 背中の肉が抉り取れるのがわかった。 2つの宝石剣は、そのいずれもが”運命の輪”に取り込まれた人間から譲り受けたものだ。 そう、憎悪と慈愛、2つの願いを託して─ 「はあああああああああああああああっ!!」 力任せに、振り抜いた。 ドガッ─ ガガガガガガガガッ、ドシャァッ!! 抉り切れ、弾け飛んだのは、パシアの身体─ 魂。 飛び散った血が、コミューンの頬を濡らす。 『きゃああああああああっ!! いやあああああああああ!!!』 ザシュッ、グシャッ、ドバッ、グジュッ、ビシャッ、ビキチッ─ !! 斬って斬って斬って、斬り続けた。 抉れる肉、飛び散る血飛沫、痛みに歪むいたいけな瞳、確かに感じ取ったパシアの温もり。どんどん冷たくなっていく。 そのすべてが、愛おしい─ そう思った。 「がああああああああああああああああああああああああっ!!!」 ザシュゥッ!! パシアの小さな顔が、宙を舞う。 エルテ・サヴァーティとエルテ・メルシリーは、死神が振るう大鋏のように、パシアの首を落とした。 パシアの魂が、静かに浄化されていく。 それは、儚く緑色の光の粒になって、静かに中空に消えていった。 ”運命の輪”は、残りのセフィロトがティルだけになるや否や、コミューンと距離を取る。 『まさかここまで・・・ もう、もう許してあげない。 ゼーレ・・・』 キュァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!! 光が、大きい。先ほどまでと比べても、比較にならないほど大きい。 これほどの攻撃ならば、今のコミューンも消し飛ばすだろう。 それを見るや否や、コミューンは剣を捨てる。 『あはっ、諦めたの? お利口さん─ でも、もう止められないよ?お兄ちゃん。』 コミューンは、両掌を器のようにして口元に添える。 「ティル─ これで、終わりだ。」 キュォォォォォォォォオオオオオオオオオオ!! コミューンの口元に、光が集まる。 『な・・・何よ、それ─ 』 光はコミューンの口一杯に広がる。 「罪を─ 負おう。 ・・・すべての罪を!!」 カァッ!!!!! 『ゼーレ・ブレス!!!!!!!!!!!』 「クシュターゼ・ブレス!!!!!!!!!!!!』 光と光がぶつかり変調屈折を繰り返すショーダウン。 交差する熱線はコミューンの身体とティルの身体を融解させていく。 『あはっ、楽しいよ─ お兄ちゃん。 あたし、なんだかすごく気持ち─ 良いっ、ああああっ!!!』 『俺もだよ、ティル─ 溶けていく・・・ ティル、ティル、ティル─ !!』 愛する者を、切り裂いて飛べ。 愛するゆえに、守れなかった罪を負う。 愛したからこそ、せめて安らかに眠って欲しい。 そう、願った。 ドグアガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!! あぁ、そうだった─ もう1度だけ言おう、届くかはわからないが。 『済まない、リミテ─ 』 コミューンの意識は、遠く、遠く離れていった。 Kshtezen driven ...「運命」HUMAN of humans'' created by Wiz's 第13章へ第15章へ