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人の心は移ろうものだ。
千にも万にも様々にその形を変える─


 6章─火蓋

      ─  対決


 AM10:00。コツコツと、靴音が響く。このような光景は、前にも何度か体験している。
大理石の床に響く靴音は、リミテのたてる靴音。
実際には、リミテの他にコミューンとリューハの2名が歩いているのだが。
リミテはリューハに対しては確信に近く、コミューンに対してはなんとなく─ わかっていた。
自分の足音だけが響くこの環境下で、気付かないでいろという方がおかしいのかもしれない。
リューハは相変わらずの白装束、コミューンとリミテは、演習用の軍服に身を包んでいた。
リミテはただまっすぐに、通路を歩く。
「リミテ─ すまない。」
コミューンが呟く。
リミテはコミューンを振り返ると、困ったように笑う。
「─ どうして? 謝る必要なんて無いじゃない。結果的に私は望んでいることなんだし。」
その言葉に、コミューンは苦笑いしか出てこない。
「君を連れてきたことによって、結局戦いの中に巻き込んでしまいそうだ。」
くすっと、鼻で笑ったように聞こえた。
「別に─ 戦うこと自体は何度も訓練したから慣れてるわ。 どうせなら私利私欲に関わらない戦いに身を投じたいって
 思ってるだけ。 それともコミューンたちの赴く戦いには、私利私欲にまみれてるとでも?」
コミューンはまた、苦笑いで返す。
「俺はそうじゃないって信じてるけどな─ リューハがどう考えているのか次第だ。」
いきなり振られたのにも関わらず、当のリューハは至って冷静だ。
「この戦争で得られる利益というものは無い。ただ、互いが互いの誇りを示すために、戦っているだけだ。
 己が信念に思い描いた世界を導くために、戦っている。その信念が、根本から違うんだ。」
それでもコミューンは、複雑そうな表情を変えることはない。
リミテは痺れを切らして、その身体ごとコミューンを振り向く。
「コミューンっ!!」
あまりの突然さに、コミューンは驚いた。
リミテがコミューンの両頬をつまんで、横に伸ばす。
そのままコミューンの瞳をじっと見つめ、にっこり笑う。
「私は何も気にしてないし、コミューンもそんなこと、うじうじ考えないの! わかった!?」
リミテの強引さに圧されて、コミューンはこくこくと頷く。
「よし!!」
リミテがコミューンの頬をつまんだまま、思い切り横に伸ばす。
頬がリミテの指から離れ、びたんと元に戻る。少しヒリヒリするのは気のせいではない。
「─こういうとき、どう安心させて良いのかわからないので、パシアちゃんの真似してみましたっ。」
リミテは小恥ずかしそうに前を向いて歩き出す。
「ははっ、はははははははっ」
コミューンは堪えられずに、笑い出す。
リミテは更に恥ずかしそうに歩調を速める。
─ が、目的地はすぐに訪れる。ライノラ第1軍事演習場。
緑地に木々が生い茂り、コンテナやプレハブ小屋が立ち並ぶ、本格的な演習場。
実弾訓練も行われることがある。
「じ・・・じゃあ、私、先に入ってるね。 私─ 病み上がりだし、お手柔らかにね。」
入ろうとするリミテを、リューハが引き止める。
「リミテ君・・・忘れ物だ。 ほら、しっかりしなさい。」
防護用ゴーグル。 ゴム弾による模擬演習とはいえ、目に当たりでもしたら事だ。
「はい─ 申し訳ありません。気を付けます。」
慌ててゴーグルを手に取るリミテ。
何か、先ほどからそわそわとした感じだ。
「CGWになって─ 緊張してるのか?」
コミューンが問うと、リミテがカチリと固まる。
「べべっ、別に─ だって、コミューンと訓練したいとは言ったけど、いきなりこんな形で実現するなんて思わなかったもの。」
コミューンとリューハは、揃ってくすっと笑う。
「まあ、頑張ろうな。 よろしく、リミテ。」
コミューンの言葉で、若干リミテの緊張がほぐれたようだった。
「うんっ─ 手加減は許さないからねっ。」
ゲートをくぐり、リミテは1人、演習場へと入っていった。

「さて─ 私は物見部屋で見させてもらうよ。 5分後に単独突入だ。 ─行けるな?」
リューハは静かに問う。
「ああ、不思議と緊張していないようだ。 ─1分持てば良いがな。」
くすっと笑いがこぼれるのを、コミューンは感じ取った。
「ご健闘を祈るよ。 ああ、それと─」
言葉を途中で切り、リューハはコミューンに1挺の銃を投げてよこす。
リボルバーオートマチック、矛盾が矛盾を呼ぶような特殊機構の銃。キャンサーモデル224レヴィニー。
「お前は2挺拳銃だからな。LM85だけじゃ何かと不便だろう? 装填は済ませてある。」
苦笑いでコミューンは返す。
「よりにもよってこの銃を渡すか─ クレストオブクルツの排莢の手間は省けるが・・・」
コミューンは左手にレヴィニーを握ると、隠してあった小型拳銃をリューハに投げる。
コミューンから小型拳銃を受け取ると、リューハは楽しそうに告げる。
「まあ、楽しんでやれ。」

時限式でセットされたゲートが、静かに開く。
辺り一面に、微弱ながら狙気が漂っている。己の持つ武器の気配を可能な限り潜めさせているのだろう。
コミューンは静かに歩を進める。
ゲートから演習場の土に、足を踏み入れた瞬間の出来事だった。
息を潜めていた獣と桃華の狙気が、コミューンを両端から襲う。
トンファーと、棍。 2つそれぞれが、空を斬る。
コミューンは、まさかとは思ったが、その予感が的中した。
近接武器を扱うリミテは、序盤で仕掛けてくる可能性がある─
端正な顔立ちのCGW、セガイラと、リミテが不意打ちに近い形で攻撃を仕掛ける。
瞬間の判断で地に伏せ、初撃をかわしたコミューンは、そのまま銃口を2人に向ける。
「クレストオブ─ クルツ!」
銃弾の雨が、2人を襲う。
キキンッ─ 1発、2発─ 駄目だ、捌き切れない。
セガイラの身体を、ゴム弾の雨が直撃する。
一方のリミテは、トンファーを高速回転させて銃弾のこと如くを弾き飛ばす。
まったく逆─ セガイラが10分の1くらいの確率で残り、リミテの方がデッドマーカーを付けられるような
場面を、コミューンは想定していた。その驚きはかなりのものだ。
なんとかコミューンの銃弾をうまく弾き飛ばせたが、トンファーの回転に気をとりすぎて体勢が崩れるリミテ。
コミューンは一瞬、抱き留めてやろうかと思ったが、そんな余裕は無いようだ。
蛇のような狙気がコミューンを捉える。
これは─ リスクの狙撃銃の気配。
かなり遠くからのものだったが、コミューンはそれを感じ取ることが出来た。
「ご所望の通り─ 1500mだ。 とくと見やがれコミューンっ。」
リスクの声は、当然コミューンの耳に届くことは無いが、おおよそリスクの思考が読んで取れる。
凄まじい風切り音が、弾丸の後を追う。
弾倉交換、次弾装填─ ジャキン! カチャキキキキ・・・ 乾いた金属音が響く。
「─ 迅っ!!」
ガキィィィン!!
コミューンはレヴィニーの峰で銃弾を弾き飛ばす。
衝撃音からコンマ数秒遅れて、風切りの辻風がコミューンを襲う。
「─っ!! これ・・・ゴム弾とか関係無く、当たるとこ当たったら死ぬだろ・・・ おいおい。」
コミューンが呆れた科白を放つのとほぼ同時に、身を潜めていた周辺の狙気が、一斉に牙を剥く。
サブマシンガンに、スローイングナイフ、散弾銃、グレネード・・・いろいろいる。
その標的は、いずれもコミューンで間違いない。
「─ 流石に、これは・・・」
一斉に解き放たれる銃弾、投擲ナイフ、炸裂弾・・・
演習用とは言っても、ケガを負わない保障はどうやら無さそうだ。
「ヘルスティン─ アテート!!」
コミューンの右目が淡紅から真紅にその色を染めてゆく。
瞬間、辺りの刻が停止したかのような錯覚に陥る。
6回目のアテートでも、やはりなかなか慣れるものではない。
飛来する様々な凶器の雨を、ゆったりと、速く、くぐり抜ける。
面白いことに、相手の取る仕草1つ1つ確認できる。
こちらは既に攻撃準備に入っているのに、相手はまだ攻撃がかわされたことすら認識できていない様子だ。
そのうちの1人─ マシンガンを連射し続けるCGW、エルクスにレヴィニーの模擬弾丸を撃ち込む。
相手の連射は、まだ5発目にも達していない。
向き直り、残りのCGWの位置を確認しようとしたところで、コミューンは思い留まる。
思い留まって、相手が万が一弾丸を回避した場合の回避先に撃ち込む。
再び向き直り、他のCGWに目をやる。
スローイングナイフを投擲してよこしたCGW、ヴェルザーが、先ほどまでコミューンのいた場所に向かって
走り出しているところだった。その手にはコンバット用のナイフが握られている。
今度はLM85をヴェルザーに向け、撃ち込む。
LM85のスライドオープンさえ、かなりゆっくり動作しているように認識できる。
排莢のタイミングはより掴みやすい。
クレスト・オブ・クルツの要領で、2発目を高速再装填、スライドを閉め、2発目を撃ち込む。
そこで、ようやく相手はコミューンが回避行動を取ったことを認識し始めたようだ。
その動きが、再度コミューン本来の位置に向けて変更される。
1秒も経っていないうちにそれを認識したということは、この上ない脳の回転の速さと神経伝達の成せる業だろう。
それでも、コミューンにとってはあまりに遅すぎた。
再度回避行動─ 否、今度は相手が再攻撃を仕掛ける前の行動─ つまりは先手を取る。
後は芋づる式だ。
エルクスとヴェルザーの呻き声が耳元に届いたのは、もうコンマ数秒後のことだった。
次々に高速移動と攻撃を繰り返すうちに、気付けば30余人をデッドマーカー付状態にしていた。
皆の唖然とした空気が漂う。
コミューンは一呼吸入れる。
その瞬間だった。数秒前には体勢を崩していたリミテが、コミューンの背後へと忍び寄っていた。
リミテは横薙ぎ一閃、コミューンの足元をすくうように、トンファーを振る。
コミューンは咄嗟の判断で中空へと跳躍する。
─ しまった。
リミテの狙いは、案の定コミューンを真上に追いやることにあった。
いくらその動作を速められるからといっても、中空にジャンプした場合、再び地に足を付くまでは
上下の動きは普通の人間並みに落ちてしまう。
そこを狙ったかのように、次々と浴びせられる銃弾の数々。
コミューンは軽く舌打ちをすると、とりあえず攻撃は諦めて、防御の型に徹する。
コミューンに向けられる狙気の数を落ち着いて確認する。
真正面からのもの、横からのもの、真後ろからのもの・・・その数は、足元の剣気も含めて14にのぼる。
迫り来る弾丸の1つ1つを、確認しながら銃の峰で弾き落とす。
ガン、ガガン─ ガンッ ガ、ガ、ガ、ガ、ガンッ─
順調に弾丸を弾き落としていく中、コミューンは2つの異変に気付く。
1つは足元─ リミテが、弾丸を弾き飛ばすコミューンに向けて剣─ トンファーを振り上げる。
リミテの本来使っている剣は両刃だから、素直に足で受け止めたりすればもちろんデッドマーキーングだ。
スローモーションで見ていても、リミテの動きは確かに1つの完成された技といえる。
どうやら、後半に残しておいて良い相手ではなかったようだ。
本当ならば、最初に体勢を崩したときにしっかりと仕留めておくべきだったと、コミューンはそう感じる。
今を逃せば、また予期せぬタイミングで襲ってくる可能性が高い。
リミテの持つトンファーの横っ腹を足で捉えると、思い切り横に蹴り飛ばして軌道を曲げる。
同時に、リミテの空いた右胸をLM85で穿つ。
柔らかに膨らんだその胸に、ゴム弾がめり込むのが見て取れる。
何はともあれ、これでリミテは演習からデッドマークで退場となる。
「リミテ─ すまない。」
少し複雑な気持ちで、残りの弾丸を打ち落とすのに集中する。
コミューンに直撃を予定していた弾丸の全てをなんとか打ち落としたところで、残りの異変に集中する。
蛇がとぐろを巻いていくような悪寒。
リスクがそのあらん限りの狙気を集中して、コミューンの着地の瞬間を狙っているのだ。
コミューンはそれを確認しながら、着地に向けて体勢を整える。
着地する前に弾倉も交換できそうだ─ そう思い、2挺の銃両方の弾倉を交換する。
ジャキン! カチャキキキキ・・・
リスクもそのタイミングをあえて狙うことはせず、その狙気を強めていく。
「来るか─」
コミューンは腕を交差させ、身体を縮める。
大腿部が膨れ、次の跳躍に向けて体勢を整えてゆく。
着地と同時─ 厳密には着地する0コンマ数秒前となるが─ リスクのライフルが咆哮を揚げる。
コミューンの着地と同時に、それは襲来する。
ジャイロ回転をした弾丸が、コミューンの頭へと着弾─ その直前すれすれのところで、LM85の峰で弾き飛ばす。
「─ 迅っ!!」
ガキィィィン!!
弾き飛ばした次の瞬間には、次の弾丸がコミューンを襲う。
狙撃銃の連射。
コミューンはすぐさま回避行動に移る。
回避したその先─ そこにもまた、弾丸。
コミューンの回避行動を読んでの連射。
一度計算され、完璧に組み上げられた戦略と呼ぶべきほどの技は、もはや回避し切ることは不可能に近い。
ならば・・・相手の計算外の動きをすれば良いことになるが─ リスクは頭が切れる。
裏をかいた回避先にも弾丸を放ってくるだろう。
ならば─ 現在の強化された筋力とスピードを生かした回避先に移ることが最も効果が高そうだ。
コミューンは練気をし、跳躍する。
リスクから見て、ちょうど真右に回避する形となる。
その跳躍距離は10mにも達した。
蹴った土が、勢いよく飛散する。
コミューンの目が、1500m先─ リスクの銃口をゆらりと見据える。
悪寒─ 近くにいたCGW全員が、そのときのコミューンに正体不明の恐怖を覚えた。
すぐさま、次のライフル弾がコミューンに襲来する。
コミューンはまた、横に飛ぶ。今度はやや前方─ 斜めに飛ぶ形となる。
リスクから見て、左に回避し、若干近づかれた状態となる。
次々に弾丸は飛来し、コミューンはそのことごとくを跳躍で回避する。
コミューンの激しい跳躍が続き、ジグザグに進む形でリスクへの距離を縮めていく。
コミューンのいた場所で、小規模爆破が連続で発生したかのように、土が飛散してゆく。
1000m、500m、300m、200m、100m─

1m。
銃口をリスクの顔に向けると、コミューンは静かにアテートを解いた。
「─ ビンゴ。」
リスクは、呆れ果てた表情になっていた。
「マジかよ─ 俺らとはまるで比較にならねえじゃねえか─」

他のCGWも、両手を上げてわらわらと出てくる。
皆、今の攻防を見てやる気を喪失したかのようだ。
コミューンは少し苦笑いをすると、手を振ってみせる。

そのときだった。
雄大な天空龍の狙気が、演習場全体を覆う。
次の瞬間、それは飛来した。
ズガァァァン!!!
コミューンとリスクの足元─ 2m程手前に、3m弱の槍が突き刺さる。
2人とも、開いた口がふさがらない。
この青い槍は、プラネット・ホルク。リューハの主武器だ。
ということは─ リスクが、ライフルスコープを覗いて確認する。
スコープを通さないコミューンにも、微かに見える。
リューハが、先ほど凄まじい攻防をコミューンが見せた辺りで手を振っている。
1500mの─ 槍の投擲? 俄かには信じがたい事実だが、実際コミューンたちの許へ槍は届いた。
コミューンは銃をしまい、プラネット・ホルクを手に持つと、リューハの許へと歩を進めた。
重い─ この槍は、果てしなく重い。悠に10kg以上はありそうだ。
コミューンはそんな槍を投擲してよこしたリューハに敬意を表する。

演習場の入り口付近で、リューハに統率され、CGW50名、帝神1名が整列する。
コミューンがプラネット・ホルクを静かに手渡すと、リューハは静かに告げる。
「皆・・・コミューンの昇格に異論は無いな? 異論のある者は前に出ろ。」
すると、前には出ないが、リスクが手を上げる。
「異論は無いが─ コミューンのあの機動力は尋常じゃない─ それはあんたにも言えることだが・・・
 あの力は一体何なんだ? 説明があっても良いかと思うんだが。」
リスクの言葉に、リミテも手を上げる。
「私も─ コミューンといたときからずっと感じていましたが─ 一体何なんでしょう?」
コミューンは頭をかいてリューハの方を見やる。
リューハは至って冷静ではあるが、やはりこの質問が飛んできたとばかりの様子だ。
一呼吸つくと、リューハは静かに口を開く。
「─ 本来、キャンサーにしか扱うことの出来ない力なんだがな。
 例外的にこの力を宿した者は、CGWから昇格し、帝神となる。名前を─ 何と言ったか・・・
 名前はまあこの際よしとして、第一に君らの肩当てにも刻まれている、クシュターゼと呼ばれる者の存在がある。
 人外の力を引き出すことのできるクシュターゼと力の契約をする。
 我々の力は、その段階を経てクシュターゼの持つ性能に近づき、おおよそ人のものではない筋力、スピード、
 知覚領域を持つことが可能となる。もちろん、力の発動には大きな反動があり、1日中発動していることはほぼ不可能だ。
 それを発動した身体は徐々に腫瘍に蝕まれ、いずれは自壊する。私─ キャンサーと呼ばれるのもそういった由縁だ。」
CGWは皆、リューハの説明に聞き入っていた。
クシュターゼの力は、要約すれば太古でいうところの魔術契約のようなものだと解釈できる。
人外の力を使うために、自らの肉体や魂といった類のものを差し出す。
もっとも、力を使えばその反動で体中が刻まれるような痛みに苛まれる。
それなりの回数、時間をこなせば、寿命は確実に縮まるだろう。
「─ 他に質問は?」
リューハの一声が場を掃う。
独特の凄みのある声で、まるで他に質問を受け付けさせまいとするかのようだ。
そんな空気を払い、声が上がる。
「私が─ 私たちが、コミューンたちと同等の力を得る─ その力に手を出すには? どうすれば良いのですか?」
リミテが問う。
その目には、覚悟と言って良いほどの信念の炎が宿っているかのようだった。
「宿られる側の人間がどう感じようと、その力を得る術は無きに等しい。
 コミューンのように向こう側からコンタクトしてくるか─ それが駄目ならキャンサーになり、憑依の儀式を行なうしか無い。」
リミテは、静かに手を下ろす。
「キャンサーに・・・なれば良いんですね。」
静かに、覚悟を秘めた言葉を胸に、リミテは立ち続けた。
「君はCGWになった─ それはキャンサーになるための第一歩と考えるのも自由だ。
 しかし、キャンサーになると一口に言っても、当然簡単なことではない。それは、わかるね?」
CGW一同、騒然とする。
「リミテが・・・キャンサーか、それも案外悪くないかもしれないな、ははっ。」
コミューンの一言が、場を逆に鎮めさせる。
「コミューン・・・ ありがとう。」

AM11:30、コミューンを正式にCGW特機─ 帝神に任命。


      ─  戦に向けて


 PM0:30、コミューンとリミテ、リスクの3人は、第1軍事演習場に居残っていた。
リスクに持ってきてもらった昼食のフライドチキンを頬張りながら、リミテは剣の型を復習する。
トンファー型の剣を緩やかに回し、地に伏せると同時に振り上げ、細い身体をゆっくりしならせて斬り上げる。
風切り音が、聞こえた気がした。
コミューンはただ、じっとリミテの動きを見守る。
しなる身体、舞う剣先─ どれを取っても優美なそれだが、いまひとつ勢いに欠ける。
コミューンは肉を飲み込むと、リミテの許へ向かう。
「リミテ─ それはそれで綺麗に完成された形なんだが、それは相手が受け止める動作をしなかった場合に限られる。
 もっとこう─最後まで振り抜く感じが欲しいな。」
「え、こ・・・こう?」
コミューンがリミテの腕をリードする。
腕を引っ張られる感じで、リミテがつんのめる。
「リミテ─ もっと腰を入れるんだ。」
コミューンの手が、リミテの腰を掴む。
「─ いやらしい。」
ふとしたリミテの言動に、コミューンは少し戸惑う。
「すっ、すまない─」
リミテはその様子にくすっと笑った。
「別に─ イヤとは言ってないわ、ふふ。 ─ で、剣どうするんだっけ?」
コミューンは安堵して再度リミテの身体に触れる。
「剣はこう─ 常に相手に斬り込んでいて、押し斬るようなつもりで振り抜け。」
リミテが腰を入れ、剣を振り上げる。
「力を入れて最後まで振り抜こうとすると、低い体勢から身体を持ち上げるとき、何か力のわだかまり
 のようなものを感じないか?」
リミテは頷く。
「うん・・・何かこう、無理して身体を押し上げるから、力になりきれない力をやたらに発散してしまってるような・・・」
コミューンは頷いて答える。
「そうだ、その感じ方が正しい。 その力になりきれない力を無理に発散せず、逆に溜め込むイメージでやってみろ。」
リミテは、一寸考えてから、言われたように動作を反復する。
「剣を地に這わせるように・・・足と背筋をしならせて、腰を入れる・・・この力を解放せずに・・・・・・あっ。」
コミューンがにこっと笑う。
「バネを押し縮めたように力が発散場所を求めてくるような感覚を・・・掴めるか?」
リミテはこくこくと2回頷く。
「これって・・・上方に突き上げるように?」
シュアッ─ !!
言ったと同時だった。
風切り音が、聞こえた。今度こそ、気のせいではなく。
リミテの剣は瞬時に舞い上がり、軽い辻風を引き起こした。
「本当にこの1回で感覚を掴むとは・・・なかなかやるな、リミテ。あとは、似た感覚に陥るような場面で応用していけば良い。
 力を溜め込む動作をした後に爆発させるのを、”迅”と呼ぶんだ。」
リミテは軽く息を切らして謝意を述べる。
「ありがとう─ これ、頻繁に使うと息が上がりそう。 なかなかやるって、とても嬉しいんだけど・・・」
ん?とコミューンは探りを入れる。
「なかなかじゃ、駄目なんだよね・・・ もっと磨いて、今のコミューンにも負けないくらいの力を持たないと。」
キャンサーになる、と口にしたリミテだったが、あのふざけた力をリミテが持つことを考えると、何か嫌な感じがした。
「まさか本気・・・なのか?」
コミューンは不安げな表情を浮かべ、リミテに問う。
「うん・・・本気。コミューンに守ってもらってばかりじゃ、何かイヤだし。 んぐっ。」
食べかけだったのか、リミテはフライドチキンの残りを飲み込む。
剣を軽く振り回し、
「こうしてコミューンにいろいろ教えてもらうのって、何だか良いな・・・約束してたけど。
 あ、あと・・・武器の気配を探る第7感っていうの? 後でそっちも教えてね。」
リミテは明るく振舞うと、剣舞の練習に戻った。
リスクは、狙撃練習を続けている。
1500m─ いや、もっと先、2000m級の距離を狙っている。
的は─ 髪を上げ、右目に意識を集中して見る。
案の定、的は外している─ が、わずか数cmの誤差だ。
使っているライフルも、対人ではなく、大口径の対物用大型ライフルだ。
それに─ おそろしく狙気が静かで、とても2000m先からは悟られそうに無いほどだ。
リスクもまた、今回の演習を経て、腕を磨くのにより一層必死になったようだ。
コミューンもまた、クシュターゼの力を使えるようになって日が浅い。
「せめて力に振り回されないようにしなきゃな・・・」
コミューンは静かに精神集中する。
先の演習での自分の機動をイメージする。
通常の知覚で見れば、連続して練気爆発させながらの移動を繰り返しているのだろう。
静かに足に練気を集中させ・・・
「─ 迅っ!!」
飛翔。
跳んだ先の地面に意識を集中─ 再練気。
着地。
「─ 迅っ!!」
再飛翔。少しバランスを崩した。しかし、次の着地点はすぐに訪れる。
「─ 迅っ!!」
大きな反動に、大きくバランスを崩す。
次の着地点。
「─ 迅っ!!」
飛翔にならない。大きくバランスを崩し、蹴った場所から数歩の場所にかろうじて着地する。
「─ やはり、アテートとは勝手が違いすぎるか─」
ト、トトッ─ ヒュアッ、ヒュイン─ !!
突如、コミューンの後ろから風切り音が聞こえる。
リミテの剣舞の音だが、こうも連続して風切り音を出せることなど聞いたことがない。
コミューンはリミテの方を見る。
リミテもまたこちらに気付き、手を振ってくる。
「あ、コミューン! ちょっと慣れてきたから応用してみたの・・・見てくれる?」
リミテの自信ありげな表情に、コミューンは頷いて返す。
リミテは静かに精神集中すると、大きく息を吸う。
同時に、周囲の木の葉が辻風の軌跡を描いてリミテの方に集まってゆく。
リミテはすっと背筋を伸ばし、背伸びをするような形で立っている。
あのような体勢で練気など─ コミューンがそう思った矢先だった。
リミテは大きく息を吐いて呟く。
「─ 迅。」
木の葉が、何かにあてられたように爆ぜて飛ぶ。
ト、トトッ─
一瞬の高速移動。リミテの身体が、まっすぐ立った姿勢のまま、右へ左へ瞬間移動したように舞う。
ヒュアッ、ヒュイン─ !!
対象は瞬き1つしたところで、いつの間にか眼前に迫った敵に斬り伏せられる。
正に、美しきこと舞う花の如く─ コミューンはそんな印象を持った。
「練気で溜めたエネルギーを、何回かに分けて使うような感じ。ちょっと応用してみたつもりなんだけど─ どうかな?」
コミューンは、練気を分けて使うなど思いつきもしなかった。
一瞬で溜めて、一瞬で使い切るもの─ そう、思っていた。
リミテは、才能がある─ それがまだ、開花しきっていないものだと、コミューンには実感できた。
「リミテ─ 案外、君の言っていたことは不可能じゃないかもしれないな。」
リミテは嬉しそうに表情を緩める。
「ホント─ ? じゃあ、もっともっと練習して強くならないとね。」
気丈な女性だ─ コミューンは確信して思った。

「あっ、リミテさんとコミューン、それとリスクさん、こんなところにいたー!!」
無邪気なこの声色は、パシア。
演習場の中からではなく、展望フロアからこちらを窺い見ている。
先の演習でリューハが戦いを見物していたところだ。
特殊な透明の板で仕切られたその部屋は、どういうわけか音声だけははっきり通す。
演習場にはタグが無いと入ることができない仕組みになっているから─
「─ どうする?リミテ。 入れて良いものかな?」
コミューンの問いかけに、戸惑うリミテ。
「わっ、私に聞かれても─ でも、危ないよね、こんなとこに入れたら。」
何を思ってか、パシアの服装は例の赤い戦闘服だ。
「良いじゃねーか、減るもんでもなし。」
リスクが、言葉と同時にゲートを開け、指でサインしてパシアを誘導する。
「おいリスク─」
コミューンが言葉を発したと同時に、手でその言葉を遮る。
「狙撃教えてもらえって言ったのはお前だろ? 良いよ、別に。相手してやらんこともない。」
リスクは追って、後ろ手を振る。

 パシアは、リスクの所持する対人ライフルで狙撃の練習に打ち込んでいた。
距離にして600m前後の辺りの的を狙っている。
「良いか─ ? 300mでは弾丸は直進軌道を曲げることはほぼ無いが、そこから先─特に500mを越えた辺りから
 狙撃の難度は急激に上がる。そこで、風見と呼ばれる目印が必要になるんだ。何m先で風がどう吹いているか予測する
 ことによって、弾丸の軌道を思い描いていくんだ。当然、1000mを越すと、その風の読み取りも困難だが─ 
 スコープの調整も、弾丸の落下に伴って下へずらさないといけないし、あとはライフリング回転の─」
パシアはリスクの言葉に聞き入っている。
リミテは先から変わらず、練気の練習をしている。振り回す剣の鋭さは増すばかりだ。
タァン!!
パシアの持ったライフルが火を噴く。
発射された弾丸は、大きな弧を描いて試射的へと誘導されてゆく。
双眼鏡を覗いていたリスクが、親指を立ててパシアにサインする。
600mの距離を当てたということか─ なかなかどうしてやるものだ。
コミューンも負けてはいられないといった様子で、もう1度高速機動の練習に入る。
姿勢を整え、練気を集中─ 何回かに分けて使えるよう、大きく溜めて─ 最初の跳躍。
ドンッ─ !! ─ 駄目だ。
うまく放出量を調整することができず、度を越えた跳躍になってしまう。
ガササッッ─
目的としていた着地点を何倍か越え、遠く離れた茂みの中へ飛び込む形になってしまう。
「思った以上に難度が高いな・・・ 何度かに分けて使うと言っても、リミテのやつ─」
リミテの技量は予想以上の速度で発達しているようだ。このまま負けているわけにはいかない。
「っ・・・ そうか、今の跳躍をアテートの状態でやれば─」
アテートの状態に慣れるという点でも良いし、おそらくコミューンとリューハにしかできない機動。
目を閉じ、静かに唱える。
「ヘルスティン・アテート─」
辺りの動作が緩慢になり、コミューンの目は淡紅から真紅へと色を変える。
自分という時間が別次元で流れる今の状態ならば、通常より大きな練気の余裕は十分にある。
「─迅っ!!」
大きく飛翔。着地点は先ほど飛びすぎた20mほど先に見据える。
次の着地点を見据え、姿勢を整える。 練気集中─
「迅っ!!」
身体を反転させ、右へ左へと機動を続けるコミューン。
その様子を、リミテとリスク、それにパシアが横目に見て唖然とする。
先の演習より激しく、速い機動力を見せつけられ、自身も鍛錬せねばという思いになる。
リミテは懸命に剣を振り続ける。
リスクは懸命に風と風の隙間を読み、ライフルを撃つ。
パシアもまた、風を読み、ライフルを撃つ。
各々が、来るべき戦いのために。


      ─  急襲


 翌日AM11:00、リミテを含むCGW50名とコミューン、リューハは会議の席についていた。
エイン帝郷区とカーディル管制区、それに加えラドミール居住区の不穏な動きへの対策会議といったところだ。
「さて・・・皆の分析と意見を聞きたい。時間と情報は充分に与えたはずだしな。」
CGWの誰一人として、即座に反応する者はいない。
リスクやコミューンはタメ口を聞いてはいるが、表立って意見したことなど数少ない。
今この場でリューハの考えにそぐわないかも知れない意見を述べる気力がわいてこないのかもしれない。
ただ単に、与えられた情報の分析を誰もしてはいないということなのか。
しばらく気まずい緊張感が漂った後、1人が手を挙げる。
「今まで発生した敵とのやり取り─ 戦闘を見る限りでは、カーディル管制区はすぐにでも制圧すべきと感じます。
 エイン帝郷区へはラドミール居住区への関与を質問状として即答を要求すべきです。ラドミール居住区は第2居
 住区塔を除き、その機能を発揮できていないため、即制圧に値しないと思います。即時発進可能なイグザネル・
 キャットを複数機─ 複数のCGWを派遣して強い監視下に置くのが良いかと思います。」
リミテが、毅然とした態度で述べる。新進気鋭のCGWがそういった発言をすることは珍しくは無いが・・・
だいぶ的を得ている内容の意見だ。コミューンはそう感じた。
「ふむ・・・コミューン、君はどう思う?」
不意にリューハがコミューンに質問する。
「私情を挟むなら─ エイン帝郷区にも即座に制圧行動を取ってもらいたい。他はリミテと同意見だな。」
ぷいとそっぽを向いたように座り直るコミューン。
「私情を─ 挟まないとしたら?」
リューハが追加で質問する。コミューンの回答は予想通りだと言わんばかりに。
「リミテと同意見だな。質問状は─ ? もう送ってあるんだろう?」
ふっと笑ったように、リューハは顔を正面─ 皆の方に向ける。
「エイン帝郷区への質問状は回答待ちだ。ラドミールへの対処はリミテの言ったそれが一番望ましいだろうな。
 あとはカーディル管制区への制圧行動だが─ リミテ、君は本当にそれで良いのか?顔見知りだっているだろう?」
リミテは少し考えた後、変わらず毅然とした態度で言い放つ。
「もう・・・迷いません。背信行為に同意した者は1人残らず潰すべきです。」
リューハも少し考えた後、リミテに言葉を投げる。
「そうか・・・ならば良いだろう。君をカーディル管制区への討伐隊員に入れておくとしよう。」
リミテの顔が、一瞬引きつる。
リューハはその様子を見てか見ないでか、おそらく前者であろうが、追加で述べる。
「君という存在を信頼してこその選抜だと思ってもらえれば良い。管制区の構造を熟知している者が一番適任だ。」
ぐっと、身が締まる思いがした。
リミテはそこに一種の感動を覚えた。背信行為を2度行ない、コミューンの、ライノラ帝郷区の側についた自分。
コミューンは信用してくれたかもしれない。しかし、他の者全員に信用しろというのには無理がある。
そう確信していた。なのに・・・
リューハという立場の人間から漏らされる、一滴の言の葉が、こんなにも嬉しい。
その瞳は静かに、無意識にコミューンを見つめる。
コミューンはその視線に気づいたらしい。
コミューンの顔は、リミテの方を向き直ると、優しくリミテに微笑んだ。
芯から温まり、かつてない安堵と歓喜に満ち溢れたかのように。
リミテは、心からこの瞬間が幸せだと感じた。
「制圧するといっても、戦闘機等による爆撃の類は行わない。出来うる限り白兵戦で行なう。中立立場になりうる人間の
 被害は最小限に抑えて戦─ ん?」
カーディル管制区制圧方法を述べている途中に、世話役の侍女らしき女性が会議室の扉を若干乱暴に開け放ち、
リューハの許に走り寄る。手にはなにやら封筒のようなものが握られている。
リューハは即座に封筒の中身を探ると、一枚の紙を取り出す。
一通り目をやると、リューハにしては珍しく、その表情をゆがめて見せる。
「ヒナ─ これは間違いの無い情報だな?」
「はい。急いでお伝えしようと思って・・・」
リューハの歪んだ表情が、元の冷静な表情へと戻る。
「コミューン・・・君の望み通りの作戦になりそうだよ。エイン帝郷区─ もとい、エスイ・カーディルを除く全世界からの
 宣戦布告状だ。各居住区も、密かに軍事設備を建造していたらしい・・・ 地上にな。エイン帝郷区からの正式回答書の内容だ。」
コミューンの目は、静かに、そして着実に、その色を憎悪に変えていった。
リミテとリスクは、密かにそして確実に、コミューンの纏う空気に悪寒を覚えた。
リスクは何度か体験していたので、多少は慣れたが、それでもやはり悪寒は止まることを知らない。
リミテはその悪寒に晒されつつも、おそるおそるコミューンに問いかける。
「妹の─ ティルさんが死んだのって・・・」
コミューンの目が、リミテのほうを向く。
ごくりと、リミテは生唾を飲み込んでコミューンのその目と向き合う覚悟を決める。
受け止めてみせる。
その目は、その覚悟をまるであざ笑うかのように、予期していたものとはまったく別のものに取って代わる。
寒気の正体─ それは、果てしない憎悪そのものであり─ 果てしない悲哀そのものだった。
涙を流すことを封じられた、それでも必死に泣こうとする宙吊りの瞳。
今触れれば、コミューンが─ 否、世界そのものさえ崩れ去ってしまいそうな暗い瞳。
静かにリミテを認識すると、その口からこぼれ出る言葉。
「カルナに─ 殺されたんだ。 言ってなかったな─ すまない。」
やはり。
コミューンがカルナの詳細な情報を知っていることも、コミューンがカルナを憎んでいることも、合点がいく。
だがしかし、ただあと1点だけ、合点がいかないことがあった。
コミューンがカルナを憎む気持ちはわかったとして、カルナからコミューンに対する気持ちは?
どこから生じたものだろうか?リミテには、カルナもまたコミューンを憎んでいるように見えた。
「リミテ君─ 君が考えていることは大体解る。 コミューンとカルナの関係だろう?
 コミューン、言っても構わないかな?」
コミューンはリューハを一瞥すると、一言。
「別に─ あんただって無関係じゃないだろう? 話したって良いさ。」
リューハも関係している─ つまり、リューハとカルナは・・・そういえば、ラドミール居住区で聞いた覚えがある。
「コミューンはカルナの・・・いや、私たちの姉を殺したんだ。 ラタリナ戦争でな。」
ラタリナ紛争─ ラタリナがほぼ壊滅状態に追いやられた戦争で、7年前に終結した。
その後、エイン帝郷区からの圧力により、6年前に完全にその名を消すこととなる。
その戦争でお互いに出た犠牲ということか─
「カルナがリューカ姉さんの敵としてコミューンを殺せばそれで済んだ問題だったろう。 だが、あろうことか
 あいつの剣はコミューンではなく、その妹─ ティルに向けられたんだ。」
狂おしいほどの愛は、行き場を失い狂おしい憎悪へと変わり、憎悪の対象が愛する対象を滅することで同様の感情を
覚えさせ、更にはその対象も嬲り殺しにすることで復讐とする。
心理学関係の文献で読んだことのある復讐劇だ。
よりにもよって、コミューンがその対象になっていようとは、思わなかった。
リミテには、更に疑問点が増える。
カルナとリューハは兄弟であるならば、リューハもカルナと同じ立場だろう。
リューハはコミューンのことをどう思っているのだろうか?
その疑問をすぐさま察したように、リューハは続ける。
「コミューンは謝罪したよ、素直にな。はっきり言って許したわけではないが、コミューンをどうこうしようという
 気はまるで無いよ。リューカ姉さんもコミューンに銃を向けた。私がその場に居合わせていなかったというのも大きい。」
戦争で失うものは、大きい。 財産・家族・願い─ 挙げればきりが無い。
生み出すものは、些細な利益と怒りと哀しみ。
それなのに、未だ戦争を続ける2大国家。そこにわざわざ足を突っ込む1つの国家。
吐き気がするほどだ。なんとなしに朝食を抜いてきたのが幸いしてか、リミテはそのまま戻すことは無かった。
「あなたたちは─ 私は、一体何のために戦うんですか?」
やっとのことで漏れ出た言葉。
リューハは冷静さを保っていた。だからこそ、言葉が出てこない。
答えの導き出せない質問は、冷静なリューハの頭を混乱させることも無く、ただぐるぐると循環する。
その循環の中の1つ、コミューンが言葉を注ぐ。
「誇りと平和のためだ─ 幾千の誇りを犠牲にしたとしても、幾千の平和を奪ったとしても─
 すべてはその先にある幾億の誇りと平和のために─」
リューハは、その言葉に救われたかのように続きを述べる。
「我らは罪負いし者、死せる華愛でること無く、悠久の時を生きて─ 戦う。」
リミテは、最初どういった意味の言葉なのか理解に苦しんだ。
─が、すぐに結論にぶつかる。
ライノラ帝郷区とエイン帝郷区が争っている一番の理由。主義主張だ。
ライノラ帝郷区が主張するのは、皆が共に生きるための環境完備。
いずれは皆が地上に降りて平等に暮らすことの出来る平和な世界。
一方のエイン帝郷区が主張するのは、皆が分け隔てなく手にする自由。
真に才ある者が生き延び、怠慢な者、無能な者は切り捨てられる生命の根源とも言える世界。
共産主義、資本主義という名前で、文献に記されている。ずいぶん古くから存在する対立主義だ。
要は、お互いがお互いの願い─ 思い描いた世界を作り出すためにその敵と戦う。
リミテには、どちらの主義が正解なのかわからない。
しかし、皆が平和な世界を生きるという考えには賛同できる。
「本来人間は各々が自由に競争する姿であるべきだ。しかし、今自由を手にして好き勝手に競争しだしたとしたら─
 一体どれだけの欲望が渦を巻いてどれだけの不幸が訪れる? 今はその競争のスタートを切るときじゃあない。
 上方区の人間は資源を求めて下に、下方区の人間は空を求めて上に─ 人間の欲は恐ろしいものだ。」
コミューンに調子づけられたリューハの言葉。確かにそうだ。
「─ わかりました。戦います。」
改めて、決意の証。
「人は自由に囚われ、他を踏みにじり強くなる─ そんなものは平和ではない。ましてや今の暗黒期に
 自由に競争させたらどうなるか─ そうさせないため─ それが我々の主張だ。」
リミテは静かに頷いた。

ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ!!
突如その場の空気を薙ぎ払い、鳴り響く警報。
「敵襲!!敵襲!!各員第2戦闘配備へ!!」
流れるアナウンスに、リューハは過敏に反応する。
「第2・・・空襲か!! コミューンは第1対空砲台へ!! リスクは第2対空砲台!セガイラ・リミテは
 イグザネル・キャットでドッグファイト戦形だ!! 他には─」
急いで指示を飛ばすリューハに、慌しく指示に従い奔走するCGWの群れ。
リミテはリューハの指示に従い、2番ドックへと向かう。
そのリミテの背中越しに、コミューン。
「死ぬんじゃないぞ! リミテ!!」
後ろ手にグーサインを出して応えるリミテ。
リミテの走り行く後ろ姿は、どこか儚くも映る。
コミューンもまた、リミテとは違う方向─ 対空砲台へと走る。


      ─  上空


 コミューンが見たのは、遥か上空─ 天を覆う鳥の群れのように、影。
イグザネル・キャットの大群が、天を埋め尽くすほど・・・数にして50機といったところか。
国籍を示すマークは、肉眼では確認できないほどだが─ おそらく数からしてエイン帝郷区のそれだ。
コミューンは展望窓を見上げた後、すぐに対空砲台の操縦席へと座る。
コミューンのタグを認識した対空砲台が稼動し、ぐわんと上方を向く。
瞬間、対空砲台の展望窓が開かれる。上空に見渡すことのできる数々の戦闘爆撃機。
リミテたちの発進にはまだだいぶ時間が掛かるだろう。
それまでの間、なるべく対空砲台で対処する他無い。
それなりに数を減らせば、リミテとセガイラの負担も減る─ リミテが戦死するような可能性も低くできる。
長距離射撃用に改修された第1・第2対空砲台が遥か上空の敵を捉える。
ジャカキッ─ ドウン!!!
火蓋を切ったのは、リスクの方の砲台だった。
射撃の反動が、操縦席に響き渡る。
弾丸は先頭の1機に向けられて放たれ、正確にその胴体に吸い込まれてゆく。
ズガァァァン!!!
爆炎が広がり、戦闘爆撃機は粉微塵になる。
その攻撃を切り口にしたように、エイン帝郷区のイグザネル・キャットは散開を始め、何機かがこちらの対空砲台へと
進路を変える。
複数の敵戦闘機がリスクのいる砲台をロックする。
リスクはその中で一番先頭の敵機に狙いを定め、第2射。
ジャカキッ ドウン!!!
ズガァァァン!!!
正確に敵機に弾丸を命中させていくリスク。
だがしかし、リスクの砲台だけでその全機を撃ち落とせるはずも無く。
後続の敵機から、数々の空対地ミサイルが発射される。
砲台の装填速度とミサイルの速度とを計算すると、リスク1人の砲台では無理がある。
コミューンを含め、周囲のCGWが一斉に各々撃ちやすいミサイルを狙って射撃する。
ジャカカキッ ドドウン!!!
ズガァァァン!!!
次々に撃ち砕かれるミサイルの数々。
リスクもそれらを迎撃し、とりあえず第1射は防ぐことができた。
仕切り直し─ 今度こそ、相手がロックしてくる前に。
敵機に照準を合わせ─
ジャカカカカカキッッ ドドドドウン!!!
ズガァァァン!!!
爆炎と共に散りゆく鉄屑の数々。
その中から、流れ出てくる1つの空対地ミサイル。
─ マズい。
直感したコミューンは対空砲台から急いで身を脱する。
ズガァァァン!!!
コミューンのいた対空砲台が爆炎に包まれる。
間一髪のところで転がり出るコミューン。
シュシュシュシュシュバァー
遅れて、地対空迎撃ミサイルが後方から発射される。
ミサイルを回避するために、更に散開を続けるイグザネル・キャットの大群。
本当に遅い。対空ミサイルは自動追尾システムだから、CGWをその場には配備していない。
だとしても、対空砲台の1つが破壊されるタイミングまで迎撃準備を整えられていなかったことになる。
ただ数名、指揮を執っているCGWはいるだろうが─ 
「くそっ─ 俺は戦線離脱か─ ・・・んっ?」
コミューンの懐から零れ落ちる拳銃。
[Cancer M-224 R'vin T000] キャンサーモデル224 レヴィニー。
357マグナム弾丸を撃ち出すことのできる代物だが─ 航空機を相手にするには豆鉄砲に過ぎない。
「待てよ─」
コミューンはポケットから弾倉を取り出す。
[Blight of Gerk-Land 9mm-10MAGNA] と刻印された弾倉。
中にはレヴィニーの専用弾丸、9mmマグナムが入っている。
薬莢長は100mm程もあり、人間の力で拳銃弾として扱うには過ぎた代物だが─
この弾丸を使えば、高射砲以上の射程距離で戦うことができる。
「ヘルスティン─ アテート。」
確信に近い直感を経て、コミューンは禁断の呪文を唱える。
人間の筋力では無理でも、あるいは強化されたアテート状態の身体ならば─
弾倉を取替え、弾丸の再装填開始─
カチャキキキキ・・・
遅い。アテート状態になった今だからこそ感じ取ることができる。
普通のオートマチック拳銃に比べ、弾丸装填が遅いのがレヴィニーの欠点だ。
元々の構造がリボルバーを基調にしているから贅沢は言っていられないのだが。
普通のリボルバーでの装填と比べれば、格段に早いのだろうが。
弾倉に込められた弾を1発1発、6箇所あるシリンダーに装填していく。
今まで込められていた357マグナムの弾丸が排出されていく。
リボルバーの欠点である装填の遅さをカバーした設計になっているのがレヴィニー最大の特徴だ。
1通り装填が終わったところで、コミューンは上空を見上げる。
回避のための急旋回を続け、砲台、そして司令塔へのロックオンを試みようとしている。
そんな戦闘機の群れの動きが、緩慢に感じられる。
問題ない。アテート状態の感覚を保ってさえいれば、狙いを定めることは容易だ。
試しの意味も兼ねて、比較的コミューンから離れたところで旋回を続けるイグザネル・キャットに狙いを定める。
コックピットが、こちらの視界にむき出しの状態になる。今だ─
キュァィン!!
拳銃のそれとは、とても思えない爆発音。
詰めに詰め込まれた液体火薬の爆発を9mmという小さな弾丸に込めて撃ち出した音。
ズシリと、コミューンの左手に鈍い衝撃が走る。
弾丸がイグザネル・キャットのコックピットに到達するのに要した時間はわからない。
それほどまでに、一瞬の出来事だった。
9mm撤甲弾は容易にイグザネル・キャットのコックピットを貫く。
制御を失ったイグザネル・キャットは、あらぬ方向に舵を取り、墜落してゆく。
墜落のときを待たず、コミューンは次の標的を見定める。
先の攻撃がどこから来たものなのか、相手はまだ認識できていない様子だ。
しめたものだ─ コミューンは次の獲物を静かに狩り取る。
キュァィン!! キュァィン!!
制御を失ったイグザネル・キャットの群れが次々と落下していく。
ふと、左腕を気にとめるが、アテート状態の筋力で問題無いようだ。
まったくもって、どれほどの強化がされているのか未だ底が知れない。
同様にクシュターゼの力を持ち、アテート状態となった者と戦わない限り、底が見えることは無いのだろう。
キュァィン!!
そんなことを考えながら、コミューンは着実にイグザネル・キャットのコックピットを撃ち抜いてゆく。
その様子を、他のCGW─ 特に、隣の砲台に座るリスクが、唖然とした様子でコミューンを見ていた。
拳銃で複数の戦闘機を相手にする人間─ もはや人間業ではないそれを見れば無理も無い。
先の迎撃ミサイルから更に遅れて、2機のイグザネル・キャット─ライノラ国籍のものが飛び立つ。
リミテとセガイラだ。
リミテとセガイラは、それぞれ剣と槍使い。
地上戦では近接戦闘を専門とするが、2人とも戦闘機のシミュレーションはトップクラス。
俗に言われたトップガンというやつだ。
カチャキキキキ・・・
コミューンはレヴィニーの再装填を済ませ、リミテたちの空中戦の邪魔になりそうな戦闘機に目星をつける。
リミテの戦闘機は、敵イグザネル・キャットの編隊の間に割り込むような形で飛行する。
当然、後方のイグザネル・キャットがリミテに照準を定める。
コミューンはその戦闘機のコックピットに狙いを定める。
キュァィン!!
ガガガガガガガッ─
レヴィニーの銃声と、イグザネル・キャットの20mm機関砲の銃声はほぼ同時だった。
リミテのイグザネル・キャットは急浮上し、敵の機関砲を回避─ 空を切るはずのその銃弾の先。
カカカンッ─
前方にいたイグザネル・キャットのジェットエンジンに被弾する。
ズガァァァン!!!
「ヒュウッ─ ♪」
コミューンとリスク、同時に声を上げる。
即興のコンビネーションショットで2機を撃墜した。
リミテは一体何が起こったのか─ 後方の戦闘機が制御を失って墜落していく様をわけもわからずにいた。
自分で仕留めるつもりだったものが、墜落していく。
対空砲台の攻撃ならば、粉微塵に消し飛ぶはずなのに。
ふと下方を見やると、装飾戦闘服姿のコミューンの姿。
その手には、装飾拳銃のレヴィニーが握られている。 リミテもまたリスクたちと同様、唖然とした。
唖然としたが、今はそれどころではない─
事態の緊急性が、コミューンへの気持ちを跳ね除ける。
リミテは着実に敵機をロック─ サイドワインダーミサイルで撃ち落としていく。
敵に後ろを取られるや否や、先の戦いで見せたコブラ機動に近い形で急浮上や急下降、ローリングを駆使して
同時に急減速─ 気づいたときにはその相手の更に後ろを取る。
明らかに次元の違うドッグファイトだ。
セガイラも負けじと様々な機動を駆使し、相手の後ろを取り、撃墜していく。

40機余り落としたところで、敵に動きがあった。
編隊を崩し、各々来た方角─ 東南に向けて急加速していく。
襲撃を諦めたか─ エイン帝郷区の方角だ。

しばらくして、砲台座席に座っていたリスクからコミューンに告げられる。
「警戒区域─ 出たってさ。」
コミューンは静かに息を吸い、アテートを解除する。
途端、激痛が体中を舞う。
天使の羽根が内側に咲いたかのように。
「・・・っぐあ!!」
思わず、声が漏れる。今までで一番長くアテート状態にいたから無理も無いのかもしれない。
「─ っ、大丈夫かよお前!!」
リスクがコミューンを気遣い、背中を撫でる。
そういえば、リューハはコミューンに話しかけてくるとき、無言でクシュターゼの紋様を頬に出して見せた。
ヘルスティンから聞いている話から察するに、リューハのアテート回数は100を越えている。
100回を越えた辺りから、呪文を唱えずとも呼び出せるようになる─
100を越えるこの痛みに耐えてきたということか。
あの男も相当寿命を縮めている─ といったところか。
つくづく、リューハという男の底が知れない。
同時に、リミテのこれからの可能性も底が知れない─ そう感じた一戦だった。
果たして、この戦いでいくつの命が散ったのだろう─ そう考えると、この戦いの意味を反芻する。
リューハの言葉を─ 幾千の犠牲が伴ったとしても、その先にある幾億の平和のために─
自身に、暗示をかけ、コミューンは静かに眠りについた。



R'vin pellets reloaded ...「火蓋」HUMAN of humans'' created by Wiz's
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