第7章へ第9章へ 憎悪の裏返しは、とめどない愛である─ 8章─激闘 ─ もう1つの始まり キィィィィィン─ 貨物航空機のエンジン音が響く中、コミューンはただその時を待つ。 作戦会議から同様に3日後のAM11:00─ CGW15名を含めると16名の戦闘兵が、そこにいた。 コミューンたちを含め、総勢466名となる大規模部隊が航空機で移動していた。 エイン帝郷区までは残り50km程─ もう5分もせずに到達することになる。 もっとも、対空砲台の射程圏内になる5km前後の辺りで航空機は引き返すため、降下までは間もない。 残りの距離は、各自自力で目的地へと到達することになる。 それまでの激戦の中、果たしてどれだけの人数が生き残れるのか─ 甚だ疑問だ。 パラシュートを背負い、コミューンは装備品類をチェックする。 レヴィニーとLM85の弾薬も充分にある。 確認し終えると、レヴィニーとLM85それぞれに初弾を装填する。 カチャキキキキキキッ─ ジャコッ─ レヴィニーのシリンダーが回転し、それぞれの場所へと装填が完了される。 オートマチックリボルバーは、完全なオートマチックより装填速度は劣るが、完全なリボルバーよりは格段に 装填速度は速い。リボルバー本来の強みである、弾道の安定という利点もある。 LM85も、オートマチックとしてはかなり銃身が長いので、安定しやすい。 装填も終わると、コミューンは静かに目を閉じる。 そこに映し出されるのは、会議から3日後─ 今日の朝のこと。 「んにゅ・・・コミューン、おはよう?」 戦闘服に着替え終え、2挺の拳銃をホルスターに納めたコミューンは、くすっと笑う。 「ああ、おはよう─ 昨日言ってた戦争に、ちょっと行って来る─ っ!?」 パシアはその言葉を耳にするや否や、コミューンに飛んで抱きつく。 「お、おいっ─ パシア─ 」 発育途上の柔らかな胸が、コミューンの背中に当たる。 ぎゅっ─ と、力強く締め付ける。 その温もりが、段々とコミューンの身体に伝わってくる。 どくん、どくん─ と、パシアの鼓動とコミューンの鼓動が重なる。 マズい─ あまりの愛しさに、抱き返してしまいそうな衝動に駆られながら、コミューンはそっとパシアの手を握る。 「パシア─ お前を連れて行くことは出来ない。今まで相手にしてきた連中とはレベルが違うんだ。」 頬を摺り寄せながら、パシアは呟く。 「だったら、コミューンだって帰って来れる保証は無いじゃない・・・」 確かにそうだ。生きて帰って来れる保証など何処にもない。 しかも、エイン帝郷区本拠地に乗り込むだけあって、カルナやその他同等レベルの敵と高確率で対峙することになる。 エイン帝郷区の土に還る覚悟は、していなかったわけではない。 コミューンはぐっと目を閉じると、パシアにリミテ、リスク、セガイラたちの笑顔を思い描く。 パシアの腕を力強く握り、ぱっとパシアの方に振り返る。 「パシア─ 大丈夫、俺もリミテも、きっと大丈夫─ 」 コミューンの言葉に、涙目になったパシアが呟く。 「ちゃんと帰って─ 来る?」 パシアの目をじっと食い入るように見つめる。 今度は俺が妹─ 否、パシアの許から離れていく─ けれど、必ずこの場所へ─ 誓った。 「俺もリミテも、必ず帰って来る。 だからパシアもいい子にして待ってろ。 必ずだ。」 我ながら何と定番な死亡フラグを立ててしまったのだろう。 駆り立てる自分の気が、どうにかなってしまいそうだ。 コミューンは右手に首飾りを手にする。 美しいフォルムの十字架を象った首飾り。 コミューンがパシアに買い贈ったものだ。 『それ、あたしのお気に入り─ だから、ちゃんと戻って返してよ。』 ぎゅっ─ と握り締めると、コミューンは首飾りを首につけ、懐にしまい込む。 死なない─ 死ねない─ 絶対に。 事はさらに1日遡る。 作戦会議から2日目の夜のことだ。 コミューンと一緒でも別に構わなかったリミテだが、別の個室を用意され、断るに断れず、 そちらの部屋へと移動した。 パシアはどういうわけかコミューンの部屋に固執したため、残ることとなったわけだが。 「コミューンっ!」 リミテは、去り際にコミューンに向かってものを投げてよこす。 相当な速度で飛来したそれを、危ういところでコミューンはキャッチする。 ─ 首飾り。美しいフォルムの十字架を象ったそれは、パシアに贈ったものと同じ。 リミテとパシアの2人に、お揃いで買い贈った。 リミテもまた、パシアと同じようなことを口走る。 「それ、私のお気に入り─ 貸しておいてあげる。また数日後に必ず返してね。」 コミューンはその意図を理解し頷くと、自室に戻るため、リミテに背を向ける。 突如、柔らかな感触が、コミューンの背中を包み込む。 コミューンの背中に感じられる、膨よかな胸の感触。 リミテが、気丈で冷静そうな普段の性格とうって変わって、カーディル南居住区で見せたような必死に 許しを請うような、そんなイメージ。 「コミューン─ ・・・ 死なないで。」 意図を理解したつもりだったが、リミテの願いは相当な強さを持ってコミューンの耳へと届く。 リミテの手の甲を見つめ、そっとそこに触れると、コミューンは答える。 「─ お前もな、リミテ。」 リミテが徐々に、静かに腕の力を解く。 コミューンは左手で首飾りを握り締めると、再び首へと巻き付ける。 2重の哀しみが宿る首飾り。 その哀しみを、解放させてはいけない。喜びに替えて、2人へ返さなければならない。 コミューンは、静かに目を開ける。 時計に目をやると、AM11:03。頃合か。 「諸君、定刻だ─ さあ、往こうか。」 航空機の貨物搬入口の扉が、ゴウンと音を立てて解き放たれる。 下に見えるのは、荒れ果てた大地の上に覆い被さる雲。 遥か遠方に、エイン帝郷区の居住区塔の形容が見て取れる。 2挺拳銃を握り締め、コミューンは静かに跳ぶ。 「迅─ っ!!」 「迅─ っ!!」 コミューンに続き、15名のCGWが貨物搬入口から飛び降りる。 他の貨物航空機からも、次々に戦闘兵が威勢よく飛び降りる。 ─ 狙気。 感じ取ったのは、飛び降りて30秒もしない程度の頃だった。 遥か下方から僅かに感じ取ることの出来るそれは、次第にその数を増してゆく。 自由落下の中、コミューンたちは早々に警戒をする。 「各自次の指示に従え─ 防護盾を展開できる者は展開しろ。出来ない者はその後ろに回れ。」 コミューンから発せられる無線機の信号。 高度1500mを切った辺りで、その狙気は禍々しさを急激に増す。 おびただしい数の蛇の狙気。100はあろうかという数だ。 「各人、感じているな? 回避行動を取れ─ !! 迅っ!!」 「迅っ!!」 中空を蹴り飛ばし、落下速度を加速させる。 かなりのレベルの練気量が必要となるが、CGWのレベルに達すれば問題なく行なえる動作。 加速と同時、複数の狙気が爆発する。 シュアッ、シュイン─ 風切り音が、コミューンたちの耳元を掠める。 「ぐあっ!!」 「うがっ!!」 一般戦闘兵たちの方から、いくつか悲鳴が零れる。 「各人警戒を怠るな!! 敵の射程圏内だ─ 着地と同時に防護盾部隊を展開させろ!!」 混乱を防ぐため、コミューンから一般戦闘兵たちへの無線は一方通行になっている。 状況報告は各担当のCGWが受け持つ形となり、コミューンへはそこを介して情報が伝えられる。 「死亡確定者1名に負傷者4名か─ まあ上出来だ─ 遺品の回収にあたれる者は速やかに回収しろ!!」 非情な中に、そっと気遣いを入れるコミューン。 高度300m─ パラシュートを開き、練気爆発をさせて左右に散る。 シュアァッ─ 風切り音が続く中、コミューンたちは回避行動を続ける。 この回避行動は、敵の計算外のことなのか─ 或いは、練気を使い果たさせて、地上に降り立ったときの機動を 鈍らせる願いが込められているのか─ 恐らく後者だが、コミューンたちは回避行動を続けた。 ─ 激戦区 タタタタタタタタタタタンッ!! ドルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル・・・!! 着地したコミューンたちは、敵の十字砲火に晒されていた。 予め待ち伏せしていたと思われる敵の機関砲部隊の攻撃が、疲弊したコミューンたちに襲い掛かる。 一般戦闘兵が防護盾を展開し、円陣を組むようにして敵からの砲火を防ぐ。 カカカカカカカカンッ!! カカンッ、チュチュィン─ !! 防護盾の隙間を、いくつかの弾丸が縫うように疾る。 「─っ、リスク!!」 コミューンが名を呼ぶと、待ってましたと言わんばかりにライフルを取り出し、構える。 「わかってるよ─ まあ見てろって。」 [Cancer M-220 Presta T000] キャンサーモデル220 プレスタ。 そう刻印された大型の狙撃ライフル。これもリスクだけが持つ試作モデルだ。 防護盾と防護盾の隙間から、リスクが伏せながらライフルを構える。 敵までの距離は800mといったところか─ ズカァァン!! 構えるとほぼ同時、ろくに風見もせずにリスクが第1射を放つ。 無数に響き渡る砲火音のうちの1つが、消えて失せる。 コミューンが双眼鏡で確認すると、大きく穿たれ貫かれた防護盾が見て取れる。 その防護盾の隙間から、骸が崩れ落ちる。 改めて、リスクの構えるライフルを確認する。 20mm口径の対物用撤甲弾仕様ライフルだ。 10mmの分厚い防護盾をぶち抜いて、敵に命中─ 死に至らしめたものと思われる。 末恐ろしい戦いに、末恐ろしい武器を持ち込んだものだ。 コミューンにも、特別仕様の拳銃があるにはあるが─ そのうちの1挺しか持ってきていない。 [Cancer M-224 R'vin T000] キャンサーモデル224 レヴィニー。 9mmと、小口径だが、半端ではない火薬量によって撃ち出される弾丸は脅威の貫通力を誇る。 リスクのプレスタと良い勝負になるだろう。 ズカァァン!! リスクは、コミューンが考えている途中で、第2射を放つ。 またも、銃声が1つ止む。 このまま行けば、順調に敵を掃討─ できるわけがない。 敵の数は、1000はあろうかという大軍だ。 リスク1人が気張ったところで、何も進展しはしない。 「前へ出るぞ─ リスク!!」 とんだ戯言を口にするコミューンに、半分呆れ返った様な表情を見せるリスク。 「俺が道を拓く─ 兵たちの誘導は任せる。」 無線機越しに、15人すべてのCGWが耳を疑う。 「敢えて2度目を言ってやる─ 今の俺なら道を拓ける。お前たちはゆっくりついてくるだけで良い。」 思い返すのは、コミューンを帝神に仕立て上げたあの対決演習。 コミューンの信じられない高速機動に、皆お手上げ状態となった。 そんなコミューンなら─ 或いは。 「り・・・了解。」 リスクを含む15人から、返答がもたらされる。 「ヘルステイン─ アテート。」 もたらされた返事とともに、コミューンは呪文を唱える。 黄金色から淡紅へ、淡紅から深紅へと、その色を変える瞳。 淡紅から黄金へ、黄金から深紅へと、その色を変える瞳。 こころなしか、瞳の変化が馴染んできたように感じる。 ある程度の回数行なえば、そうなるものなのか─ そう感じながら、静かに一歩、前へ出る。 目の前に、弾丸─ これもこころなしか、ゆっくり過ぎて、あたかも止まっているかのようだ。 コミューンはその弾丸に触れ、横へと押しやる。 傍目には─ 否、真実は、コミューンが素手で弾丸を横へ弾き飛ばした形となる。 「迅─ 迅─ 迅─ っ!!」 コミューンは、弾丸の雨の隙間を縫うように進む。 降下のときからあまりに連続した練気によってか、身体に違和感を覚えるが、特に意識するのは止め、 高速機動を続ける。すると、辺りにはすぐに敵の姿が捉えられるようになる。 コミューンにとっては果てしなく永い戦闘だったが、事は数秒間の間に済む。 ガガガガガガガガガガガガガッ!! ドルルルルルルルルルルルルルルルル・・・!! タタタタタタタタタタタンッ!! コミューンを追う弾丸が、四方八方から浴びせかけられる。 ガキ、キン、キキキンッ、ガキィン!! シュアッ、シュイン─ 弾丸を弾き飛ばす打撃音と、風切り音が入り混じる。 キュァキュァ、キュァィン!! ズガン!!ガン、ガン!! すんでのところで弾丸を回避し、身体を回転させるようにして拳銃を発砲するコミューン。 放たれた弾丸は、そのこと如くが相手の急所を貫き、敵の数が減る。 レヴィニーの弾丸に至っては、相手の急所を正確に貫いた後、後ろにいた相手の胸部さえ貫く。 それでもまだ、弾丸の雨は四方から飛んでくる。 空を蹴ったコミューンが、弾丸の1つ1つを丁寧に弾き飛ばし、敵の元へと飛来する。 ガキキキンッ、キキンッ、キンッ─ 悪夢を見ているかのようだった。 性格に狙いを定め、急所に吸い寄せられていくはずの弾丸のことごとくが弾いて返される。 まるで死神が鎌を振り上げるかのように、それは接近する。 コミューンはLM85を構え、敵に向ける。 その銃弾を解き放つためのギロチンをゆっくりと─ 否、これだけの数いる敵兵のために、数限りある 弾丸を使って良いものか─ ? コミューンの頭を、そんな考えが過ぎる。 考えを改め、レヴィニーを持った左手で、思い切り振りかぶる。 レヴィニーは、スマートなリボルバーに見せかけて、実は非常に殺戮的な銃だ。 先に見せた果てしない貫通力も然り、それに併せて、14kgという破壊的な重量を具えている。 コミューンは、振りかぶったその左手を、思い切り振り回す。 ドガァァン!! 敵の頭蓋を割って、その場にひれ伏させる。 転がった骸が、1つ、2つ、3つ、4つと、急速にその数を増していく。 ガガン、ガン、ガンッ!! 一方的に、死神による殺戮は行なわれた。 絶え間なく銃弾を浴びせ続けていた兵たちも、次第にその様子に息を呑まれ、ただ呆然と立ち尽くすだけの状態になる。 グシャッ、ドシャッ、ビシャッ─ 返り血さえも、回避する。 リスクたちから見て正面、エイン帝郷区の居住塔に向けての道が、次第に拓けて来る。 ズカァァン!! 呆気にとられたような表情の兵たちを、リスクがすかさず狙い撃つ。 コミューンの発言に惑わされていたが、確信に近いそれに変わる。 覚悟を、決めよう─ 「皆─ 前進するぞっ!!」 前進─ そう、遅かれ早かれ、エイン帝郷区の中核まで潜入せねばならない。 最終目的は、エイン帝郷区の陥落にある。 そのためには、例え絶望的な包囲網であったとしても、前進することが大前提となる。 「覚悟を決めろっ!!」 例え幾千の命が失われたとしても、その先にある幾億の幸せのために─ 命令であっても、最終的には自ら赴いた死地。 更なる死地に、行こう。 リスクの言葉に、皆がそう決めた。 防護盾の部隊と、通常戦闘の部隊が息を合わせ、ぞろぞろと前進する。 ガカカカカカカカカカンッ!! リスクたちの前進に正気を取り戻した兵、コミューンのいる側にいない兵たちが、一斉に狙い撃ってくる。 その殆どが防護盾に弾かれる中、いくつかの弾丸はやはり防護盾の隙間を縫って侵入してくる。 「ぐあっ!!」 「がはっ!!」 「うぎゃっ!!」 悲鳴とともに、戦闘兵の数が着実に減っていく。 数限りある防護盾に守られる大群─ 密集度もそれなりに高く、被弾率も当然上がる。 戦闘兵の数は敵の目論見通り、その数を減らしていく。 それでもリスクたちは、コミューンが激闘を繰り広げる方向へと、前進する。 コミューンの方は、正面に多く集まっていた敵兵たちを薙ぎ倒し、もう周囲半径50mくらいには、生存者は いないような状態となっていた。 コミューンは敵の防護盾を順番に蹴り倒して、リスクたちへの道を拓く。 そんなコミューンの行動を阻止するべく、容赦なくライフルの連射がコミューンの背中に浴びせられる。 そんな死角からの飛来弾に対し、コミューンは何度も後ろを振り返って確認─ タイミング良くその全てを弾き落とす。弾き落としたその身体で、効率的に防護盾を蹴り倒していく。 再度呆気に取られる敵兵たち。 次第に、あまりに事がうまく行き過ぎて笑いがこみ上げてくる─ が、リスクたちの方は順調に味方の数を減らしていく。 コミューンは自粛し、その笑いを表情だけに留める。 それでも、威圧感は充分に与えることが出来た。 カルナ大佐─ それに似た、圧倒的な威圧感。 幾百の、幸せを奪っただろう? いくつの幸せを、こいつらに奪われただろう? そんな感傷に浸りながら、コミューンは破壊を続けた。 ─ 対峙 コミューンの激闘と、リスクの的確とは言い難いまでも、正しい判断により、コミューンたちはエイン帝郷区の内部へと 潜入することに成功していた。内部は異様な気配に包まれた歯車と滑車、振り子等、駆動機関がむき出しの状態になっている。 奥に、上へと登るための螺旋階段が見えた。 ちらっと、螺旋階段を舐め上げるように上方を見渡す。敵の姿は、無し─ 「よし、登れ!!」 カンッ、カンカンカンカンッ─ 足音が、鉄製の螺旋階段に響き渡る。 コミューンを先頭に、総勢200余名のCGW、戦闘兵たちが一斉に階段を登り出す。 最後尾に、後方からの追撃対策として、リスクを配置する。 それが吉と出たのか或いは─ コミューンは、異質な空気を掴み、咄嗟の判断で唱える。 「ヘルスティンアテート!! 皆、止まれ─ っ!!」 あと少し、せめて1秒早ければ─ コミューンは半ば後悔の念を抱き、宙返りする形で自身の走る勢いを止める。 ズガァァァン!!! 接地地雷の爆発。 「ぐあっ!!」 「がはっ!!」 「うぎゃっ!!」 悲鳴が絶えなく響く。 少し高めに跳んだせいもあり、コミューンは1つ上の段の階段を掴む形で中空静止していた。 中空静止した状態で、自身に降りかかる鉄片を弾き飛ばす。 「各自、被害状況を報告せよ─ 繰り返す─ 今の爆発による被害状況を─」 コミューンが現状を分析する。 応答があったCGWは、リスクを含め、9名。 1人は先の激戦で失われているから、5名のCGWと多くの兵を失ったことになる。 各自統率担当のCGWが失われたときの対象CGWの入れ替えは既に組まれている。 状況報告で、生存を確認できた兵の数は、150名。 どうにも最悪な展開になってきた。 ”全滅”の2文字が頭を過ぎる、100名台の数字。 死線を、また1つ越えたことで、コミューンは深い後悔の念とともに、生存したことに安堵する。 「各自─ 足元を良く注意しながら前進しろ─ 赤外線の類も気をつけるように。」 ただ1人、総指揮官にあたるコミューンは冷静気丈としていなければならない。 「コミューン、過ぎたことは考えても仕方が無い─ 先へ進もう。」 コミューンの考えを見透かすように、まるでリューハのように、リスクの一声がコミューンの内心の戸惑いを払拭する。 「ああ─ 進もう。 慎重にな。」 カン、カン、カン─ と、先ほどまでの勢いが嘘のように、静かに螺旋階段の鉄の響きが辺りの空気を包む。 「地雷発見─ 撤去する。各自間隔を保って待機しろ。」 最初の爆発から、何分過ぎただろう─ その後、コミューンは地雷をいくつか撤去しながら階段を登った。 コミューンたちがたどり着いたのは、それはそれは大きな扉だった。 幾百の駆動機関に囲まれたそれは、圧倒的な威圧感を持ってコミューンたちの前に立ちはだかる。 異様な紋様を描いた扉の中央には、刻神─ クシュターゼの紋章が描かれている。 もう1つのキャンサー・・・ エインがこの奥にいるという戒めの意なのだろう。 エイン帝郷区でいうところのCGWに相当する、EL・・・エイン・ランサーも、数多くこの内部に存在している。 今の戦力では、相当厳しい戦いになるだろう─ そう、わかっていながらも、皆、覚悟を決めた様子だった。 「─ 開けるぞ。」 コミューンの言葉に、皆、息を呑む。 ゴウン─ 重々しい響きを立て、開け放たれる鉄扉。 戦闘兵たちが、ライフルを構えて次々に突入していく。 コミューンも、少し遅れて内部へと突入する。 覚悟を決めたコミューンたちを迎えたそれは、空中庭園だった。 カーディル地区で見せたような、公園規模のものではなく、ライノラ帝郷区の地上に近い規模の空中庭園。 木々が生い茂り、床板ブロックがまっすぐに敷かれている。 敵の気配や狙気の類は無し─ 「全員、警戒を怠らずに前進だ─」 「了解。」 皆、今までの戦闘で疲労を隠せない様子だが、それでも前へと進むしかない。 数分間前進を続けたところで、霞みがかった居住区塔が見えてくる。 その麓には、やはり大きな扉が1つ。 その内部に、多数のELとエイン、カルナもいるはずだ。 ─ と、その手前に小さな椅子のようなものが見えた。 アンティークを彩ったその椅子に座る者が、1人─ コミューンが、硬直する。 その様子を見て、戦闘兵たちも静止する。 「コミューン、どうした─ ?」 リスクの言葉に、コミューンはその硬直から少しだけ解放される。 「リスク─ 準備しろ。 リスクに代えてエルクス、俺に代えてヴェルザー、前方にいる敵は無視して前進─ 居住区塔内部に潜入しろ。」 霞みがかって、まだ良く見えないその敵の姿を捉えたコミューンは、レヴィニーとLM85の装填を済ませ、 予備弾倉も取り出しやすい場所へと移動する。 「おい、じゃあ、あの座ってるのは─」 当初の打ち合わせで、戦うのはリスクとコミューンの2人だと決めていた。 「─ カルナだ。」 その気配を極限まで抑えながらも、独特の空気を醸し出す椅子の主。 その空気を、コミューンは見逃しはしなかった。 コミューンたちを置いてぞろぞろと前進を再開する兵たち。 その兵たちが、ちょうどカルナの横を通り過ぎようとしたところだった。 カルナが、今まで抑えていたその気配を解放し、殺気を顕にする。 その威圧感に、誰もが圧倒され平伏しそうな状態だった。 カルナは剣を取り、振りかざす。 「斬鉄の─」 ズカァァン!! カルナは技を止め、咄嗟に剣を振り直す。 キィ─ ン・・・ リスクの放った弾丸が、2つに斬って弾き飛ばされる。 「コミューン・・・」 憎しみを込めて、その名を口にする。 「コミューン、接近は任せた─ 予定通り、俺が援護する!! 行け!!」 カルナの横を通り過ぎていく戦闘兵たち。 カルナに詰め寄っていくコミューン。 時は無情に流れ、その時は訪れる。 コミューンとカルナは、静かに、そして禍々しい雰囲気の中、対峙した。 ─ 死闘 次の下りから、始まった。 「カルナ─ お前と少し話がしたい。」 お互いに敵意を向け合う中、コミューンが静かに切り出す。 「良いだろう─ だがその前に・・・」 カルナも、冷静に受け止める。その奥にある激情は、今にも溢れ出しそうな勢いだ。 「─ 決着を、つけないとな。」 にたりと、カルナが笑う。 コミューンは気丈なままの表情で、ふいに首を傾げる。 ズカァァン!! リスクの絶妙の狙撃が、カルナを襲う。 カルナの頬に、掠り傷がつき、血が垂れ落ちる。 カルナはその剣、エルテ・サヴァーティで弾丸を斬って弾いていた。 「無粋な真似を─ するものだな。ではこちらからも行かせてもらおうか。」 コミューンとカルナは、同時に構える。 カルナは剣を顔の正面に、斜めに剣の腹を眺めるように。 コミューンは、拳銃を交差させ、斜め上と斜め下に向け、格闘をする構え。 そして静かに時は動き出す。 「斬鉄の─」 コミューンが身構える。相手の剣先を良く見据えて技を分析する。 「迅式烈覇!!」 剣が、横一列に並んで分身し、コミューンを襲う。 ガキキキキンッ─ レヴィニーとLM85の峰で受け止め、1つ1つを丁寧に、素早く弾き飛ばす。 技後に出来た僅かな隙に、すかさずレヴィニーとLM85を向ける。 キュァィン!!ズガン!! その弾道を、縫うようにすり抜けるカルナ。 長い緑の髪に、一瞬だけ丸く弾痕が残る。 カルナはすかさず剣を振り上げる。 「一閃!!」 抜き身の状態からの発動は、コミューンにとっては初めてとなる。 すぐさま身を伏せ、そのまま上へと斬撃を逃がす。 斬撃を見事かわされたカルナは、にたりと笑う。 コミューンも、その様子を見ていた。 その様子を見ながら、2挺の拳銃をぐっと握り締める。 「大破断!!」 「クレストオブ─ クルツ!!」 両者の技が、ほんの一刹那の間に衝突する。 ズカカカカカカンッ!! 振り下ろした剣圧は相殺され、その勢いを完全に失う。 弾丸の風切りによって、カルナの頬に傷がつく。 放った弾丸はそのこと如くが剣圧に圧されて弾き飛ばされる。 その剣圧の残りカスがコミューンの肩に当たり、軽傷を負う。 「─ ふん。 今ので本気じゃ─ 無いだろう? 見せろよ、この間のやつを!!」 カルナが剣を大きく振りかざす。 ヒュァッ、ヒュィン─ ビュアッ─ ギリギリのところで見切ってかわし続けるコミューン。 だが─ 無理な体勢でかわし続けるのには限界がある。 「迅っ!!」 コミューンは一旦後ろに跳んでカルナと距離をとる。 とりあえずこれで次にカルナが踏み込んでくるまでの間は時間を取ることが出来る─ はずだった。 「斬鉄の─」 カルナは踏みとどまったままの姿勢で、剣をぶらりと垂らしたような形にする。 にたりと、カルナが笑ったのが見えた。 「龍・撃・輪─ っ!!」 カルナの剣─ エルテ・サヴァーティが、静かにくるりと1周回転する。 カルナの足元から、コミューンの足元に向かって、地面が抉れていく。 その様子を、じっくりと見つめるコミューン。 咄嗟の直感で、レヴィニーを正面へと突き出す。 ブシュッ─ !! 左腕に沿うように、血が迸る。 咄嗟に右腕で左手を庇うように、傷の様子を探る。 そう深くは無さそうだが─ 満足に動かすのには、八分といったところか。 「斬撃を─」 飛ばした。連撃を放った後の無理な体勢から。 斬鉄流一閃も、居合いの技ながら、僅かに剣先が伸びる感があるが─ そちらは、目で見て受け止めることが可能だ。もちろん達人の域に達していないと、即座に斬り捨てられるが。 今の斬撃は、見ることが適わなかった。 地面が抉れる様子を見て取ったコミューンが、それを受け止める姿勢を取らなければ、もっと深い傷を負っていただろう。 傷を負ったコミューンは、ふっと笑いながら、静かに唱える。 「ヘルスティン─」 虫唾が走った。だが、仕方ない─ 「アテート。」 深紅に─ ただ深紅に─ 死神は舞い降りる。 カルナは咄嗟に剣を構え、連続的に回転させ始める。 「龍撃輪!!」 緩慢な声で、カルナの怒声がコミューンの耳元へと届く。 地面が抉り切れていく様を確認した後、適正方向へと回避─ レヴィニーとLM85を構える。 キュァ、キュァィン!! ズガガン!! 4発の弾丸が、カルナの身体に吸い込まれていくのがわかる。 カルナは剣を回転させたままの状態で、コミューンに向き直る。 ガキキキキンッ!! 回転させたその剣で、4発すべての弾丸を打ち弾く。 ズカァァン!! キンッ─ 回転を止め、リスクの弾丸を正面から弾き飛ばすカルナ。 絶妙のタイミングでの狙撃だったが、その効果はあげられず─ 否。 ポタッ、ポタタッ─ 血が、滴る。 カルナの手から零れ落ちるそれを、コミューンは極端なスロー再生で見ていた。 剣先では受け止められず、剣の根元辺りに被弾して破片が当たったといったところか。 損な分析をしながら、コミューンはカルナの後部に回り込む。 回り込んだその先で、レヴィニーとLM85をカルナの身体へと向ける。 「─ ちっ。」 カルナの舌打ちが、ゆっくりと聞こえる。 キュァ、キュァィン!! ズガガン!! ガキン!!ブシュッ!! 横向きになり、弾丸を弾きながら回避を試みるカルナ。 だが回避し切れず、背中から血が散る。 背中に傷を負ったその身体で、剣を地面に突き立ててただ立ち尽くすカルナ。 「やはりアテート1人と特級のCGW1人を同時に相手をするのは厳しいか─ 」 アテートの言葉が出たのに驚いたが、キャンサーと同列のエインもまた、その存在を知っているだろう。 カルナが知っていたところで何の不思議も無い─ が。 次に発せられる言葉に、コミューンは動揺した。 「クリムゾン─ アテート。」 クリムゾン・クシュターゼ。 紅の翼を持つ、血塗られた刻神。 カルナの瞳が、黄金から淡紅へ、淡紅から深紅へとその色を変える。 「俺もまた─ 帝神なんだよ、コミューン。」 今度はもう、緩慢に聞こえはしない。 はっきりとしたテンポで、コミューンの耳元へと届く。 背中の傷口からも、血が止まる。 「さあ、そろそろ始めようか─ 血塗られた舞踏劇を!!」 カルナがコミューンに向けて剣を振りかざす。 ズカァァン!! 興が削がれる、といった、そんな風なつまらない表情を見せるカルナ。 その銃声がこちらに響いてくる頃には、事は済んでいた。 剣先で弾丸を受け止め、緩やかに後ろに引いていく。 威力を完全に失った弾丸は、カルナの左手に握り締められる。 「マジかよ─」 研ぎ澄まされた聴覚で、リスクの呟きを聞き取るコミューン。 「リスク─ 俺の高速機動は見てるだろう? 焦るな─ 気を落ち着かせて援護しろ。」 リスクには、相当な早口で聞こえただろうが─ 無線連絡を終えると、目の前の敵に集中する。 カルナは剣を緩やかに回しながら、その回転を中央へと引き寄せていく。 にたりと、また不適に笑う。 「斬鉄の─」 コミューンもまた、レヴィニーとLM85を交差させ、カルナへと向ける。 キュァ、キュァィン!! ガガン!! 「散月衝─ 蓮火!!」 怒涛の突きが、放たれる。 ガキキキキン!! 4発すべての弾丸が弾かれ、突きは速く、その威力を殆ど削がれない。 カルナの突きは今までの緩やかな流れから、暴力的なまでの速さに様変わりする。 炎を帯びるように摩擦熱で輝くエルテ・サヴァーティ。 その切っ先を、ただじっと見ながら、自分の感じることの出来る限界値まで見極めて右にかわす。 瞬間、切っ先から炎が広がりコミューンを包む。 ─ マズい。 そう思った瞬間と炎が直撃する瞬間、そしてコミューンが地を蹴った瞬間はほぼ一致した。 「迅─ っ!!」 ズガァァン!! 炎が爆砕させようとした対象─ コミューンは、すんでのところで炎の渦から飛び出す。 回避した先より更に右に─ 転がり落ちるような姿勢になる。 転がりながら、コミューンは技を放ったカルナに銃口を向ける。 キュァ、キュァィン!! ズガガン!! ─ 遅い。 レヴィニーの弾丸は、あらゆるものが緩やかに見える中でもまだ速いと感じ取れる。 LM85から放たれたそれは、糸を手繰りながら進んでいく虫ケラのように。 それほどまでに緩慢に、進んでいく。 自分の放った弾丸とは思いたくないほどに、遅かった。 カルナもそれを悟っているのだろう─ 正確に、レヴィニーの弾丸だけを先に剣で捉え、弾き飛ばす。 後から来るLM85の弾丸は、事のついでに弾き飛ばすといった感じだ。 ズカァァン!! キンッ!! LM85の弾丸を弾いて、カルナが余裕を見せようとした矢先の狙撃。 弾き飛ばされた弾丸が、地面を穿つ。 リスクもまたチャンスを窺っている。隙を見せようものなら、即座に狙撃しようという腹だ。 「無粋な真似を・・・」 コミューンもまた、カルナとは1対1で戦いたいところだが、贅沢は言っていられない。 ジャコッ、カチャキキキキキキッ─ 再装填を済ませ、お互いに仕切り直す。 レヴィニーの再装填は遅い─ が、カルナは敢えてそれを待つ様子だった。 この戦いを、心底楽しんでいるかのようだ。 コミューンもまた、不思議と歩調が弾むような感覚を覚える。 リスクの狙撃を利用して、なんとか隙を作らせようとする狙いでこの2人が抜擢されたのだが、 カルナも、コミューンもその存在をあまり好ましく思えない。 かといって、まともに撃ってもカルナの身体に弾丸を命中させることが出来ていないのも事実。 コミューンは銃を構え直す。 カルナもまた、剣を正面斜めに向け、構えを取る。 「斬鉄の─」 「クレストオブ─」 コミューンが1歩、前へ出る。自らをカルナの剣の間合いに追いやるように。 「三閃!!」 3つに分身した剣圧が、高速でコミューンの身体に襲い掛かる。 「ベイオネット!!」 レヴィニーとLM85の峰で、斬撃を弾き飛ばす。 余った勢いで、カルナに殴り掛かる。 ただ闇雲に殴るのではなく、練気に乗せて、レヴィニーとLM85の峰─ フレームで、殴り掛かる。 ガキンッ、キキキキキンッ─ !! カルナは戦法を変えてきたコミューンに対し、柔軟な対応を取る。 1つ1つの打撃を確実に、受け流し、受け止め─ 近接格闘に合わせた動きへと、変えていく。 ガキッ、キキッ─ キキン、ガキィン!! 金属製の銃の峰と、金剛石のエルテ・サヴァーティのぶつかり合いで響く残響─ クレスト・オブ・ベイオネット─ 本来ならば、銃剣付きの拳銃で格闘する方式の技だが、更に接近した銃格闘として用いるコミューン。 ガキキキキキキンッ─ キンッ!! 衝突と衝突の間に、それぞれ技を練り出す。 「斬鉄の、牙式烈破!!」 連続して繰り出される突きの嵐。 キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキンッ─ !! 突きの1つ1つが懇切丁寧に、コミューンの急所を狙ってくる。 「うらあああああああああああああ!!!」 「づああああああああああああああ!!!」 練気が足りず、再練気と練気爆発の繰り返しで、双方ともに怒声が漏れる。 ガキンッ、キンッ─ !! 双方ともに息が上がり、一旦距離をとって再仕切り直しとなる。 ズカァァン!! キンッ─ 間髪入れず、リスクの狙撃がカルナを襲うが、難なく弾き飛ばすカルナ。 そこを皮切りに、再度カルナの懐に飛び込むコミューン。 にたりと、カルナがまた笑うのが見えた。 飛び込んだ矢先、カルナの技の発動─ コミューンも、身構えて受け止める姿勢を取る。 「斬鉄の─ 叉獅刃紅蓮!!」 コミューンから見て左から大きく振りかぶり、横薙ぎの一閃。 ガキィィィン!!! レヴィニーの峰が、エルテ・サヴァーティの刃を捉え、受け止める。 果てしなく重い、斬撃。 ─ かと思った瞬間、ふっと衝撃が軽くなる。 カルナはすっと剣を引く。 引いたと言うよりも、レヴィニーで押し返す力を利用したように素直に圧し戻された印象を受けた。 そして、今度は右から横薙ぎ一閃。 速い。 ガキィィィン!!! すかさず、今度はLM85の峰でエルテ・サヴァーティの刃を受け止める。 重い─ 先ほどレヴィニーで受け止めた斬撃よりも、数段重い。 その斬撃をぐっと押し戻そうと力を働かせた瞬間、衝撃が嘘のように引いて失せる。 それを確認するや否や、すぐに左からの横薙ぎ一閃がコミューンを襲う。 ガキィィィィン!!! すかさず既に構えていたレヴィニーで受け止める。 身体を右に左に回転させているのか─ 先ほどよりも、随分と、何段階も衝撃は重く強くなっている。 受け止めていると、また嘘のようにその衝撃が引く。 ─ 右。 ガキィィィィィン!!! ─ 左。 ガキィィィィィィン!!! 受け止めるごとに、その衝撃は重さを増していく。 まるで受け止め押し返す力を利用して力を増していくような─ ガキン、キンッ、キンッ、キンッ、ガギッ─ コミューンが気付いたときには、既に遅かった。 エルテ・サヴァーティの刃が、LM85のフレームにめり込む。 「─ っ!!」 キィィィィィィィン!!! 咄嗟に身を引いて距離を取るコミューン。 ポタッ、ポタタッ─ 右頬から、血が滴る。 滴り落ちるその様子を、コミューンは静かに見つめる。 ─ ガシャンッ 切り落とされたLM85のフレームとスライドが、カルナの足元に転がる。 「はあっ、はあっ─」 息を切らしたコミューンは、右手元を確かめる。 手はある─ 大丈夫だ。 だがその先─ LM85の残骸が、握り締められている。 残ったのは、左手のレヴィニーだけ。 「ふふふははははははっ、これで1挺拳銃だなあ─ ? どうする?」 2挺拳銃でもってその真価を発揮するコミューンの技は、その威力を半減どころではない、 もっと多く失ったことになる。 「くそっ─」 リスクからの援護も途絶える。 弾倉交換に移ったか、狙撃のタイミングを逸してしまったか─ 息を切らしながら、コミューンは考える。 今の装備状態でカルナに対抗する術は─ 無い。 その結論にたどり着くまでに、実時間で1秒と無かったはずだが、コミューンには果てしなく長く感じ取れた。 あらゆる戦法を計算式に当てはめ、それを否定するという無限螺旋。 受け手に回って逃げ回るしか、道は残されていなかった。 逃げ回ると言うのは言い過ぎかもしれない。 予備の小銃を使って今までどおりのテンポで攻撃を仕掛け、運が良ければ隙を見てカルナの身体に弾丸を命中させる ことが出来るかもしれない。 ─ といった程度だ。 予備の小銃は樹脂製なのでエルテ・サヴァーティの斬撃を受け止めることは出来ない。 今まで行なってきた近接格闘的な戦法は取ることが出来ない。 コミューンは小銃を取り出して再び構える。 カルナも、にたりと笑いながら構えを取る。 ─ 絶望的な戦いが、始まった。 ─ 空白 突入したヴェルザーたちは、厳しい状況下にあった。 退路は元より無し、居住区塔で現れたのはそのことごとくが、屈指のELだった。 8人のCGWで太刀打ちできるレベルを超えた連携。 ズカカカカカカカカンッ、カカンッ─ ズガッ─ カカカンッ─ ズグシュッ!! 防護盾の部隊が何とか防ぐには防ぐ中、確実にこちらの兵は数を減らしていく─ 「おぉぉおおおおおおおお!!!」 ヴェルザーが、雄叫びを揚げる。 「迅─ っ!!!」 ヒュァァァァァァァァァァァァッ!!! ザシュシュシュシュシュシュシュッ!!! 烈風を思わせる、ナイフの投擲。 嵐のように、激しく、狂おしく。 その数は、千にも登った。 コミューンのように速く、勢いを持って─ 投擲ナイフのクレスト・オブ・クルツといったところか─ 「エルクス!!」 「あいよっ!!」 再後方にいたエルクスが、ヴェルザーの許へと参じる。 正面の階段にいる敵兵たちにその多くを投擲したため、上への階段が─ 道が─ 拓く。 ヴェルザーの足の甲の上、身軽なエルクスが足を乗せる。 「迅─ っ!!!」 「迅─ っ!!!」 2人呼吸を合わせ、大きな跳躍。 それはそれは、自由に空舞う天使のように。 ふわりと、エルクスが上の階へと到達する。 「なだれ込め!!」 ガガガガガガガガガッ!!!! キュィン!! ズガガッ!!! ドルルルルルルルルルルルルル!!! 激しい銃撃の嵐の中、進む。 激しい嵐の中─ エルクスは、見た。 エルクスを蹴り上げた勢いで浮遊するヴェルザーの姿─ ともに戦った日常─ パートナーとして培った、幾多の連携術。 ぐっと、親指を立ててサインするヴェルザー。 行け─ 後は、任せたぞ─ ときに、儚く。 ガガガガガガガガガガガガガガガッ─ ビスビスビスグシュドシャッ、グシャッ─ 散る、肉片と血飛沫。 エルクスにとっては、ひどく静かな光景だった。 「ヴェ・・・・ヴェルザァァァァァァァァ!!!」 ヴェルザーの許へ参じようとしたエルクスを、仲間のCGWが懸命に制止する。 「ヴェルザー・・・ヴェルザー・・・」 エルクスの声が、虚しく響く。 「さあ立て、行くぞ─」 仲間のCGWに連れられ、エルクスたちは階段を登る。 上へ─ そう、リューハに命令された箇所まで、何としてもたどり着かなければならない。 リューハ、死線へと放り込んだ元凶─ 恨まずになど、いられなかった。 しかし、前へ、上へ─ 進むしかない。 カツ、カツ、カツ─ 靴音が、響く。 AM11:45、場所は離れ、ライノラ帝郷区─ ステンドグラスの眩しい大聖堂の中央に1人、リューハは祈りを捧げる。 『幾多の命散り往く戦火の中に我が友たちを投じた私を許すこと無かれ─ 私は罪負いし者─』 靴音が、大聖堂にも聞こえるように近づいてくる。 カツ、カツ、カツ、カツン─ それはリューハの真後ろに迫る。 「キャンサー、そろそろお時間です。」 ヒナが、静かに告げる。 ザシュァ─ リューハが屈んだその姿勢から立ち上がると、身の丈以上程もある羽織が、リューハの肩から落ちる。 背には十字架、その手に握るのは空白─ ─ ガッ。 空白の中から、突如現れる突撃槍、プラネット・ホルク。 リューハはくるりとヒナを振り返ると、その額に軽く唇を当てる。 「行って来る。」 リューハが一言発すると、ヒナは涙ぐむ。 そんなヒナに背を向け、大聖堂を後にする。 シュァッ─ リューハの残した羽織をその小さな体に羽織る。 白銀の装飾がなされた純白の羽織が、扉の閉まった風で少しだけ羽ばたく。 ヒナは、祈る。 祈り続ける。 「どうかご無事で─」 エルクスたちは上へ上へと、進路を取る。 後ろからの追撃が思いの他、激しい。 冷静な判断力を持つELとは思えないほどに、ときに無謀な突撃を仕掛けてくる。 ガガガガガガガッ!! キキキキキキキンッ!! 戦闘兵が放つ弾丸の殆どが弾かれる中、エルクスが再度後方配置に戻る。 なるほど、コミューンがエルクスを再後方にシフトするよう指示を出したのも納得が出来る。 無謀な突撃をしてくるには、当然リスクが伴う。 剣で弾丸を弾き飛ばす絶技を繰り出す中、ところどころに見え隠れする隙間。 その隙間が何を意味するのか、エルクスは充分に知っていた。 ガッ、ガガガッ、ガガッ─ !! ところどころに見え隠れする、振り回される武器と武器の隙間─ その先に見えたのは、相手の無防備な身体だった。 見えるその隙間に、正確に弾丸を撃ち込むエルクス。 エルクスの得意とする戦法が、短距離速射狙撃であることは、焦って追撃してくる相手にはうってつけというわけだ。 「ぐあっ─ !!」 ELの1人が、悲鳴を上げる。 続けて突撃をしてくるELにも、柔軟に攻撃をかわし、無理な突撃が見せる隙にくまなく弾丸を放っていく。 ガガガガガッ、ガガッ、ガガガッ!! 「あぐっ─ !!」 追撃を冷静に受け止めながら、エルクスたちは上へ上へと進む。 流れ弾で味方の兵も何人か倒れ伏す。 エルクスは彼らのドッグ・タグだけを素早く回収し、迎撃を続けた。 上へ上へ、階段を登る。 兵が倒れては遺品を速やかに回収し、追撃兵を迎撃しながら進む。 ただそれを、エルクスは繰り返した。 ─ ふと、エルクスが上を見上げると、最上階のテラスがその姿を現す。 35階層─ テラスホールで区切られた中間層。 巨大なテラス窓から漏れる日光が、50階層までのテラスを照らす。 ロープでも使えばすぐにでも50階層にたどり着ける─ 「おい、何とかここまで来たぞ、あとは─ ・・・?」 答える者は、誰もいない。 ドサッ─ エルクスにとって、最後の骸とドッグ・タグが、転がり落ちた。 空白の時間が、流れ始める。 ガキィィン!! キュァ、キュァィン!! パパパパパンッ!! 「─ ぐっ!!」 接近戦に持ち込まれたコミューンは、カルナの剣を捌くので手一杯だった。 剣撃の合間を縫って、なんとか発砲しはするが、そのことごとくが丁寧に弾き飛ばされる。 小型拳銃ではエルテ・サヴァーティを受け止めることは出来ない。 超合金、紫鎖銀製のレヴィニーで受け止めることが出来る。 鉄製のLM85のフレームを斬ることが出来ても、さすがにこの合金はそんなことはない。 パパンッ!! ズカァァン!! すぐに距離を取り、牽制のために発砲する。 リスクもその隙を狙って狙撃する。 小型拳銃の弾丸を難なく弾き落とすと、リスクの放った大口径の弾丸にエルテ・サヴァーティを向ける。 美しく輝きを放つその切っ先を静かに引き、弾丸の威力を無駄無くそぎ落としていく。 そっと左手を添え、舞い落ちる弾丸を掴み取る。 にたりと、またカルナが笑う。 「はぁぁっ─ 斬・鉄・の─ !!」 大きく剣を引き、突きの体勢。 来る─ 咄嗟の直感で身体を反らし、レヴィニーを盾にする。 「華式烈破っ!!」 圧し出された剣気が、渦のような軌跡になってコミューンの前を通過する。 ギギギギギギギギンッ─ !! 渦状となった剣気がところどころでレヴィニーの峰に当たる。 「つあっ!! 迅式烈破!!」 ─ 連続技。 ガキキキキキキキンッ!! 分身した剣気を弾きながら、コミューンは左手の感覚が麻痺していくのを感じた。 連続した振動により、その衝撃を受け止めるレヴィニーを持つ左手から力が抜けていく。 ドンッ─ !! レヴィニーが手元から零れ落ちたのを知ったときにはもう、カルナは構えていた。 『もらった─』 カルナが、そう言った気がした。 コミューンの右手には樹脂製の頼りない拳銃1つ─ リスクの狙撃は─ ダメだ、ギリギリ間に合わない。 「斬鉄の散月衝─ 蓮火っ!!」 「しまっ─」 カルナの怒涛の突きが、コミューンの胸に向かって繰り出される。 ガキィィィィィィィィィィィィィン!!! 空白。 何が起こったのか、目視してなお、理解に苦しんだ。 コミューンとカルナの間、地面に突き刺さったそれは、重々しく、絶望を思わせる、黒。 呆然のカルナ。 コミューンが先に、答えの一端を見つけた。 しばらくぶりにその姿を見たコミューンは、呟く。 「ハーヴェンタ・・・」 [Cancer M-225 Хv'nta T000] そう刻印されたフレームが、重々しく2人の間に立ちはだかる。 ガシャシャシャシャッ!! 続いて、天から舞い降りたのは、重々しい弾倉。 ふわっ─ さらに続いて舞い降りたものがあった。 それはそれは、自由に空舞う天使のように。 赤みがかったショートヘアと、淡紅の瞳、赤を基調としたコート型の装飾戦闘服。 「嘘だろ─ 」 にこりと、コミューンに向かって笑う。 そしてカルナを見やり、うってかわって哀しそうな瞳で見つめる。 「パシ─」 やがて少女は中空─ 空白に消え往く。 夢現に、幻が消え去る。 「・・・・・・・・・。」 エルクスは、ほぼ硬直した状態でその様子を見守っていた。 ぞろぞろと、沸いて出てくるEL─ その数30余。 それぞれの銃口、剣先はこちらを向いている。 必然と、瞬く間に包囲される。 嬲り殺しにされるのか─ そんなことを考えながら、エルクスは最後のドッグ・タグを拾い上げる。 拾い上げたその先で、テラス窓を見やる。 「・・・・・・・・・。」 ジャカカカカカカッ─ !! 処刑体勢─ か。 ザッ─ 足音も無く、突然にそれは現れた。 「ごきげんよう。 リューハ・キャンサーは元気にしているか?」 紫がかった長髪に、黄金色の瞳。 エルクスはその名を静かに口にする。 「アーク・・・エイン─ 」 エイン帝郷区の指導者、自由を唱える軍勢の主。 「質問に答えてもらおうか、CGW君。」 鋭く尖り、そして落ち着いた矛盾を発する瞳。 面と向かっているだけで、悪寒が走る。 「あ、ああ─ 元気にしているはずさ、今でもあんたの首を狙ってるよ。」 にこりと、アーク・エインが笑う。 「そうか、それは良かった─ では早速であれなんだが、死んでもらえるかな?」 ふふっ─ と、エルクスの口から笑みがこぼれる。 気分は、さほど悪くない。 リューハに捧げる命、そう、決めてきたことだ─ 「了解したよ、アーク・エイン。その前に頼みがある─ 」 ジャラッ─ と、音を立てて煌めくドッグ・タグの束。 戦死した仲間の遺品─ 他の者が回収したものまでは含まれないが、それでもそれは100はあろうかという数だ。 「これをリューハに─ 渡してくれ。」 一瞬。 隙とは言えないほどの小さな小さな隙間。 ガガガガンッ!! エルクスは瞬時にマシンガンを真上へ向け、発砲する。 ズガラララララララララララララッ!! パタタタタタタタタタンッ!! ガガガガガガガガガッ!!! 周囲のELがエルクスに向け発砲、エルクスの身体は瞬く間に蜂の巣になり、原形を失う。 上へと放り投げられたドッグ・タグは、上へ上へと、上昇を続ける。 その代わりに、テラス窓が外れ、崩れ落ちる。 『あぁ─ うまい具合に止め具を壊せたか─ これで良かったんだ、これで─』 それを最期に、エルクスの意識は断絶した。 落ちるテラス窓と上へ投げられたドッグ・タグの軌跡が交差する。 そのドッグ・タグを受け取る者はいない─ 否。 「─ 確かに、受け取った。」 その背中に彩られるのは十字の装飾、髪は青、瞳の色は─ 黄金。 テラス窓の外れた箇所から降下するその姿は悠然と、気高く、誇り高く。 その名は罪負いし者─ ガシャァァァァァン!!! PM2:30、リューハ・キャンサーが、エイン帝郷区の床に足を降ろした。 Ryu'ha lance reloaded ...「激闘」HUMAN of humans'' created by Wiz's 第7章へ第9章へ