憲法改正の条件を記した日本国憲法96条の改正を目指す阿部政権。アチコチで賛成、反対の声を聞くが、僕自身は限定的な賛成の立場である。
限定的とはどういうことか? 国民、特にマスコミは「憲法改正」と聞くと即「9条はどうするのか?」ということになり、憲法全体的な議論に発展しない、というかできない。そこで立ち止まってしまって建設的な議論ができなくなってしまう。確かに9条は重要な問題ではあるが、一方で憲法全体から見ればホンの一部分に過ぎないものなのだ。制定から半世紀以上経ち、現状にそぐわない点も出てきている。実際に改憲するかどうかは別として、国民に憲法についての本格的で建設的な議論を巻き起こすための呼び水となるのであれば、96条改正も決して悪いことではないと考えている。
憲法とは国が勝手な行動をしないように足枷をはめるようなもの。言い換えれば「目指す国家像」を示すものなのだ。憲法について議論することは、日本の国家像を議論すること。全ての国民が目を逸らしてはいけないのだ。
国民が憲法について真剣に考えるきっかけになるだけでも、96条改正問題は意義があることだと思う。
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