COOL流女の口説き方 1999/3/23
この話はフィクションです。
ショットバーにて。
COOL:「今日はいっしょにいてくれないか。」
女:「・・・いっしょにいたいけど、今日はだめよ。お家にもなにも言っていないし、明日も仕事なの。だから今日は帰らなくっちゃ。本当にごめんね。」
COOL:「・・・財政構造改革って知ってるかい?」
女:「え?」
COOL:「日本の国が、今600兆円の借金をしていることは?」
女:「突然、いったいなにがいいたいの?」
COOL:「橋本龍太郎が総理大臣になった時、公約は財政構造改革だった。つまりもう国債を乱発したり財政投融資による無駄使いをやめて、600兆円の借金を少しづつ減らしていきましょう、とみんなにいってのけたのだ。僕はさすが橋龍、よく言ってくれたと思った。そして彼は財政構造改革法なんて法律も作った。この法律の本質はね、もう税金の無駄遣いはしません、だから公共事業は当然減少しますから、国民の皆さんはこれから少し我慢してくださいね、ということなんだよ。」
女:「・・・・・・。」
COOL:「当然、景気は悪くなった。無駄遣いしなくなったのだから当然のことだよね。橋本龍太郎はここでこう言わなければいけなかったんだよ。『子々孫々まで莫大な借金を残しておくわけにはいかないから、みなさんここはちょっと苦しいけど辛抱して、大切な日本の国が背負ってしまった借金をすこしづつ返していきましょう。』と。ようするに国民全員が覚悟を決めて、借金を減らすために我慢をするしか方法はないのさ。ところが彼は実際に景気が悪くなったとみるや、真っ先に財政構造改革法は凍結させ先送りして、赤字国債を再度乱発、国家予算は増大、景気対策が第一とばかりにありとあらゆる無駄遣いをはじめた。その額は過去にない最大のもので、小渕に引き継いでなお日本は借金大国への道をばく進中だ。覚悟もへったくれもあったもんじゃない。金融ビックバンなんてはじめてさらに国民の投機心をあおると、今度はまたプチバブルがおこるぞ。」
女:「・・・いったい、なんなの・・・。」
COOL:「わからないかい。」
女:「わからない・・・。」
COOL:「君ももし本当に僕といっしょにいたいなら、困難を乗り越えて僕のもとへ飛び込んできて欲しいということだよ。理想を現実にするためには様々な困難を乗り越えるための勇気と覚悟が必要さ。人生そう都合よくいくもんじゃない。君が今日帰らなくちゃいけないことはよく知っている。しかしそれを乗り越えて、今日は僕といっしょにいてくれるか、そこに僕はかけているんだ。そういう覚悟ができる女かどうか・・・もう一度言うよ。今日はいっしょにいてくれるかい。」
女:「・・・・・・わかったわ。」
料理は安くて豊富だが・・・
ガストは安い。
おまけに「ドリンクバー」という350円で飲み放題のシステムもあり、これが貧乏な若者達が長時間だべくる温床となっている原因である。
ところで深夜のガストを訪れたことがあるだろうか。お客はジャージ姿は当たり前、ソファーに寝転がっていねむりをきめる奴、いびきの音、キスしてはなれないカップル、風紀はみだれ放題だ。よくこの蛍光燈の強い明かりのもとで、堂々と破廉恥な行為ができるな。ガストはサントリーリザーブによるウイスキーの水割りやソーダ割りのサービスをはじめた。そのうち若い連中に、飲みに行こうぜ、とガストに連れ込まれることもありそうだ。
ある日の仕事帰り、私がガストによると、3人組みの若者が入ってきた。
女の子がそのうち一人、しかし私が気になったのはスーツ姿の男の方だった。
日曜の夜中にスーツ姿で現れた彼は、楽しげだったが、スーツの胸ポケットに赤のボールペンを2本刺していた。普通、スーツのポケットに100円ボールペンは刺さない。しかも赤で、2本だ。この男、いったい今までなにをやっていたんだ。私の頭は混乱した。細かいことだが、私はこういうことが気になるのだ。ボールペンは刺しても1本だろう。なぜ2本刺す必要があるのだ。2本刺すなら黒と赤のはずだ。しかし赤を2本?深夜のガストには不可解な奴が多い。350円でまずいコーヒーを飲みながら、私はこの奇妙なファミレスは現代のスラムかも知れないな、と考えた。
本当にチャラになった。
ゼネコン大手、青木建設の、銀行への借金2000億円はみごとにチャラ。
長谷コーポレーションの3,500億円、フジタの3,500億円、佐藤工業の2,000億円にのぼる大借金のいずれもチャラとなる公算が強いという。
おい、あさひ銀行、それから興銀、ずいぶんふとっぱらじゃねえか。10万20万の金は絶対に見逃さねえくせに、2000億円はあっさりチャラとはどういう魂胆だ。まあ、簡単な理屈だったってわけだ。ゼネコンに直接金はばらまけないから、政府自由民主党は銀行救済の名目で7兆5000億もの税金を銀行にばらまいた。銀行はその金でもって、つぶれかけたゼネコンの借金をチャラにするよ、ということだ。違うか?
簡単なことだ。ほんとに。猿でもわかる巨悪だ。
世の中には10万20万の借金で悩み、100万200万の金で自殺を考え、1000万2000万の借金に人生を捧げる人が果てしなくいるのだ。私だってそのうちの一人で、4月には今期の確定申告分の引き落としがありどうやって乗り切ろうか考えている最中よ。そのだいじなだいじな税金を使って政府は友達の会社の借金をチャラだ。「うーん仲良しだからね、そのかわりぼくに一票いれてね。」というところか。この悪代官、悪徳業者とつるんでのこの不祥事、いいかげんにしねえと叩き切るぞ。それからみなさん、もういいかげん自由民主党に好き勝手やらせるのはやめにしませんか。統一地方選挙には必ず投票にいきましょう。私は私の一票をもって、こいつらを叩き切ってやるつもりです。
PM3:00 私はピアノの練習をやめた。うまく弾けなかったからだ。理由があった。昨晩のボーカルの女性との会話が原因だった。私は悩んでいた。
「来ているお客さんみんなのために、演奏できないの?」
彼女はお客さんすべてのために歌が唄えるという。しかし私には不可能だ。私のピアノはもっと個人的でエゴイスティックなものだ。私は、私の演奏を聞いてくれる人のためにしか演奏できない。早い話、どんな絶世の美女が私の隣にいたとしても、ちょっとでもしらけた面持ちを私に見せようものなら、私は彼女のために演奏することはできない。音は確かに鳴っているだろうが、それは本当の音ではない。
すべての人のために・・・理想論だ。正しい。しかし空々しく聞こえる。
疲れた。外へ出よう。
民青同盟が街頭演説をしている。「アメリカにいいなりのガイドライン法断固反対!」 憲法9条をほめちぎり、疑わない民青には9条自体の問題点には一生気付かないだろう。私は、戦力を持たない日本は民間を含めた国防のインフラを早急に整備し、アメリカを動き易い形にしてかつ動かす方法を具体的に定めないと、有事の際には大混乱を来たすと考える。戦争反対=ガイドライン反対なんて主張する民青のおつむは赤ん坊そのものだ。うるさいからキャンデーでも買って早くお家に帰れ。
すみやでCDを購入して、マクドナルドへ。またしても女子高生が叉をおっぴろげてポテト食いながらケイタイだ。「もしもしい〜。」隣では髪を金に染めたバカ男をいれて6人、若者が大声でだべくる。ケイタイはなりまくって、みんなにまわして遊んでいる。私のいらいらはどんどん上り詰める。
再び街頭にでると、今度は公明党が演説だ。
「地域振興券、4兆円、国民一人当たり一律3万円を公約します!!」 アホ。もういい加減にしてくれ。財源はどうするつもりだ。公明党、おまえんところが全部だしてくれるのか。税金つりあげるつもりだろう。あるいは財投か、これとも赤字国債か。商店街でのみえみえパフォーマンスももういい加減にしろ。本当にくだらん。ああ・・・だれかまともな話をしてくれ。
店に帰るとダスキンから連絡があった。「本日の約束ですが、急にお通夜が入ってしまっていけないのですが・・・。」 「おい、もう待っちゃいられないんだよ。」 「わかりました、今すぐお伺いします。」 おい、大事なお通夜はどうなったんだ。日本人が勤勉だなんて、真っ赤なうそだ。どいつもこいつも手を抜くことしか考えちゃしない。私を含めて。
仕事はいそがしかった。お客さんと話をしながら、ピアノを弾きながら、シェーカーを振りながら・・・私はボクサーみたいなものだ。こう右をもらうと、ガードして、こう左をだす。こう話を振られると、効果的にカクテルをだし、ピアノをひいてみんなで楽しむ。すべて無意識だった。その証拠になにを話したのか何も覚えていない。神経痛の左足が痛む。
いらいらしていた。酒が飲みたい。一人になりたい。
第九条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】
上記が、日本国憲法第九条だ。
よく読んで欲しい。日本は戦力を一切保持しないと明記されている。
これは、「僕たちは戦争やだもんね、死ぬの恐いし。でも日本には憲法第9条があるし、軍隊なんかにいかなくてもいいし、ラッキー。平和憲法のある平和な日本に生まれてよかったなあ。それにしても自衛隊が大きくなって軍隊になったらやだなあ。反対、反対!」
なんていう意味ではないのだ。九条には、国のために命を捧げる、特攻にもにた精神が含まれている。私は九条をこう考える。
「日本に生まれた私は、たとえ北朝鮮が核ミサイルを撃って、私や私の友人や親兄弟を皆殺しにしようとも、北朝鮮に報復手段は一切いたしません。私は私の命はもちろんのこと、私の家族や友人達の大切な命をこの日本国に捧げ、憲法を遵守することにより、武力による国際紛争を永久に抗議するするものであります。」
これが九条の本質だ。死ぬのがいやだから平和憲法支持、という考え方は誤りだ。身内が殺されても報復せず、日本の国のためには自らの命を捧げ報復手段はとらない、というのが本質だ。九条を支持するためには、「私は報復しない。その私を殺せるか。」という覚悟が必要だ。要するに九条は、日本人はすべてが国を愛し、国際平和を希求し、そのためにはみんな死ぬ覚悟がありますよ、と世界に発言しているようなものなのだ。武力放棄による抑止力、その哲学はあまりに崇高で、犠牲を伴うものだ。
大人が高校生を買うという援助交際が蔓延し、小学生が先生を刃物で刺し、ノーパンしゃぶしゃぶで官僚が民間と癒着するこの日本に、いったい何人の人間がこの憲法第九条を支持する資格があるのだろうか。
携帯電話が鳴った。
「もしもし、あ、今から遊びにいってもいい?会いたいんだけど。」
前置きを全部ぶっとばして用件を言う。そしてこちらの都合は無視して今からと言う。3年前に知り合った23歳のある女からだった。私の部屋は無残なまでに汚かったため、大急ぎでかたづけていると3分後にはもう呼び鈴が鳴った。
「ねえ中にいれてよ。私とあなたの仲じゃん。トイレ貸してよ。」
そんな仲ではなかった。
「だめだよ、喫茶店にでも行こう。」
強引に車に乗せ、近くの喫茶店へ。トイレを済ませた彼女は3年前よりは幾分顔色が良くなったように見えた。
「彼氏と別れたのよ、ようやく。その節はどうもありがと。」
この女の幸せそうな顔は見たことがなかった。いつも寂しげで、計算高く、彼氏のことを忘れた時だけほっとした表情を見せる、そんな女だ。しかし昼間っからいったい俺になんの用だ。
「私、東京に行きたいのよ。」
「なぜ?」
「なぜって、そりゃ、ようやく一人になれたし、楽しいことしたいじゃない。こんな田舎にいたって面白くないし、東京へ行って楽しいこといっぱいしたいわ。いろんなレストランに興味があるし、あなただって行きたいと思わないの?こんな田舎じゃなにもできないわ。」
カチンときた。
「静岡は田舎じゃないぜ。東京は確かに大都会だけど、俺が認める大都会は世界中に東京とイスタンブールくらいのものだ。ニューヨークだってその規模は渋谷と新宿を合わせたくらいしかないんだぜ。静岡くらいの規模がある街はヨーロッパに行ったってそんなに簡単にゃ見つからない。それにな・・・。」
「それに、なによ。」
「お前自信がいっそうすさんでいくぜ。お前は、男とはうまくいかないし、一人暮らしも長いしいったい家族とはうまくいっているのかい。言いたかないけど友達だっているのか?あのな、お前みたいな奴が東京へ行きたがるんだよ。人と深いつながりを持ちたくない。ケイタイ掛け合うくらいの仲がいい。そんなお前の寂しいライフスタイルが東京いくといっそう深まって、どんどん侘びしくなる一方だぞ。どうせ数多い誘惑に負けて、その日暮らしのすさんだ生活に落ちていくのがおちだな。そういう馬鹿げた生活もいい加減にしとけよ、もう23だろ。」
「・・・・・・。」
「なんか言ってみろよ。」
「・・・そのわけわかんない話が聞きたかったのよ、うん。・・・ここは私がおごるわ、ね、帰ろ。」
Stephen M Brownは私の好きな写真家だ。
彼は私を個展に招待してくれ、そしてこう聞いた。
「前回ノ個展ノ作品ニ比ベテ、今回ノ作品ヲドウ思イマスカ?」
「・・・いいんじゃない。」
「アル人ハコウ言ッタネ。」
”What?”
”Like Japanese.”
Stephen M Brown次回の展示は、県立美術館にてフォト・セッション展。 April 27th to May 5th GOODだよきっと。
プレイの合間に交わされるプレーヤーどおしの会話を聞いてみよう。
COOL:「よし、たまには ”ALL THE THINGS YOU ARE ”でもやるか。よし、ワン、ツウ、スリー、・・・え?」
ベース:「ちょっと待ってよ、譜面がないよう、待って・・・。」
COOL:「いいんだよ、適当にやっとけば、適当にやれよいくぞ、ワン、ツウ、スリー、フォー。」
ベース:「・・・・・・」
COOL:「頭4つ(4小節のこと)イントロね。リフでサックスはいって下さい。えーと、間奏は、まあ海の曲だからさあ、こう、漂う感じでおねがーい。よろしく。」
SAX:「漂う感じって?まあ、適当にやっとくよ。えと・・・イントロ4つだって、8つだって?」
COOL:「あ、いいよ。イントロ簡単に出すから。適当に入って。よろしく。」
かみつかれることもある。
COOL:「ええっと、同じ感じじゃつまんないから、ボーカルさあ、頭ルバート(自由な感じで)でいくか。じゃ、適当にコード弾くから、まあ入れるところで入って。OK?」
ボーカル:「ちょっと、いきなり言われてもできないわよ。それに適当、適当って、あなたやる気あるの?私は真剣にやっているんだからね。適当にやってもらっちゃ困るわよ。ちゃんと練習通りにやって欲しいわよ。いい。」
COOL:「(るっせーばばあだなあ。)でもそれじゃつまんねーからさあ。ちょっと自由にやってみようよ。こう、流れる感じでさあ、ふよーんふよーんと唄ってくんないかなあ。俺、後から伴奏適当につけてくから。ボーカルさあルバート苦手だったら適当に流してくれればいいよ。OKね。ルバート終わったところで4つ出すから、みんな適当に入ってきて下さい。よろしく・・・。」
そう、ジャズミュージシャンは「適当」にすべてをかけているのだ。
「ねえ、COOL、ぞうさんの話、知ってる?」
「いや・・・。」
「暗闇にぞうがいたのね。5人の人がそのぞうに触ってみることになったの。耳に触った人は、ぞうってなんて薄っぺらい生き物なんだろうって思った。しっぽに触った人は、なんて小さな動物何だろうと思ったわけ。そしてつのに触った人は、危険な動物だなあ、鼻に触った人は、気持ち悪い動物だなあ、って思ったわけ。ぞうが大きい動物だって思ったのは、足に触った人だけだったのよ。つまりね・・・。」
「うん。」
「つまりね・・・わからないわ。」
「つまり、こういうことが言いたいのかな。世の中のすべてを知ることなんて愚かな人間にはできやしない。人間は勇気をもって、自分を取り巻く世界に手を差し伸べるのさ。ちょうど暗闇の象に手を差し出した人たちみたいにね。耳をつかんだ人にとって人生は薄っぺらいもので、恐いものなしで生きていけばいいのさ。つのに触ってしまった人にとって人生は恐れるべきもので、用意周到に生きた方がいいだろうね。つまり、この同じ地球に生きていても、人間にはそれぞれの価値観がある。だから勇気を持って手を差し伸べた、自分だけの真実を信じて、堂々と自分の人生を生きることが重要。他人様の人生をうらやんだり、嫉妬したりすることはおろかなことだよ・・・と言いたいのかい。」
「・・・それ、わたしの言いたかったこととは違うと思うわ。でもねえ、COOL・・・。」
「何。」
「どうしてそういう妙な解釈するのよ、いつもいつも。」
「それは・・・僕がぞうの金玉でも触ってしまったからだね、きっと。」
前回の話の落ちで、「金玉」を使って、ふと思い出したことがある。
SAXのO氏は静岡で最高のプレーヤーと思っているが、彼は酔いが進むといつも金玉の話をする。猥談ではない。金玉の話をする、そういうことだ。
「Nちゃんのトランペットはいいね。金玉がある、最高だよ。俺は金玉のあるプレーヤーが好きなんだ。金玉の無い音はだめだ。そんな音は聞きたくねえ、そう思うだろ。」
「そうですねえ。」
「男は金玉が無くちゃだめだ。金玉の無い奴とは俺は付き合わないよ。金玉があるかないか、それが大事だな。」
「俺には金玉ありますかねえ。」
「あるだろうよ。」
そりゃ、私は男だ。
「女だって、金玉持ってなきゃいけねえ。金玉持ってねえとさ、なんかこう、ぐっとくるものがねえんだよ。俺の女は金玉もってたね、みんな。金玉もってねえ女は女じゃねえ。わかるだろ、おい。」
黙ってうなづくしかない。
・・・・・・しかし、彼の言う金玉とはいったいなんのことだ?「ソウル」 とか、「魂」 とかに置き換えればいいのか。でもそれなら始めからそう言えばいいはずだ。彼は「金玉」と言う。金玉の無い女は女じゃないと言う。冷静に考えれば、誰もが混乱する台詞だ。しかし・・・深いぞこれは。
私が中学2年の時、インベーダーゲームが大ブレークした。
私の住んでいた田舎街、愛知県N郡H町には、インベーダーゲームがある喫茶店が一個所あったが、そこは大日本H会というやくざが出入りする喫茶店として有名で、そこにいた同じ中学生が刺青をいれさせられたとかいううわさまでたっていたので、我々はこの魅惑のゲームをやるために隣町のT市のデパートのファーストフードまで出かけて行き、その片隅にあった三台のスペースインベーダーが私達にとってのインベーダーゲームだった。
中学の時、私は校則で丸坊主だった。おまけに校区外への外出には制服着用が義務づけられていた。親友のYは中間期末テストでは常に学年トップの秀才だったが、この校則のおかげでつめいりの制服を着て大好きな河合奈保子のコンサートに出かけていき、それがばれた暁には先生から友人からみんなに馬鹿にされYは中2にして10円はげを作った。ばらしたのは私だったが要するに校則はちょっぴり厳しかったのだ。
近所の公園で待ち合わせをして友人と3人でT市へと向かう。むろん自転車だ。私はYほど真面目ではなかったので、制服は着用していなかった。T市までは30分ほどかかる。その途中で、友人達と合流し、インベーダーに到着した時には6人になっていた。
校則で、インベーダーは当然禁止だった。
一人が見張りに立つ。なぜなら生活指導のH本が巡回に来る可能性があったからだ。5人でインベーダーを取り囲み、私を除いた3人はたばこを吸いはじめる。勇気のあるT井が咥えたばこをふかして最初に100円玉をゲーム機に入れた。なぜ勇気がいるかといえば、経験上、誰が最初にゲームを始めたかということが、後々先生達にばれた時に問題となるからである。「誰が最初にゲームをはじめたんだ。」「T井です。」ということでT井が最初にぶん殴られることとなる。後は口をそろえてT井君が、T井君が・・・と言っていればことはおさまり、後でT井の家へ遊びに行ってみんなで騒げば友情が壊れることはなかったのだ。
T井は、プレーの方はなかなかだった。2面をクリアーしたところで撃墜され、次のS本にかわった。
S本は電子ブロックやらアマチュア無線やら、その手のやつにやたら興味があるやつで、小6の時電池がいらないゲルマニウムラジオというものを作成し、修学旅行の時にそれを持参して夜中私をつっついておこし、「おい、ラジオだ。京都の深夜放送聞けるぞ。」なんてイヤホンを回し聞きして二人でもりあがった仲だった。そしてこの日のちょっと前には、名古屋は大須の電気街でパーツを購入し、ブロック崩しのゲームを一人で作り上げたくらいの男だった。しかし性格はやたらと神経質で、プールサイドでうづくまっていたS本を不意にプールへ突き飛ばしただけで、一週間口も利いてくれなくなるようなやつでもあった。しかし奴は私を嫌うことはなかった。なぜなら、このスペースインベーダーはその時彼のすべてを支配してしまっていて、私だけが彼をインベーダーの前まで連れて行ってやれる人間だったからだ。彼はこう言っていた。「縦に落ちるブロックと攻撃するブロック・・・」彼の目にはこのインベーダーの群れがブロック崩しのブロックに見えていた。そしてそれが攻撃しながら下りてくるのだ。たったそれだけのことでどうしてここまで興奮するのだろう?彼はそこで悩んでいたかのようだった。予想どおりS本は一面もクリアできずに終わった。玉やUFOの出方まで気にしていたら高得点がとれるはずがない。
3人目のKがプレーを始めた時、見張りが窓越しに合図を送ってきた。なに・・・意味が分からん。無視してそのままプレーを続けていると、見張りが青い顔をして飛び込んできた。
「やべえ、H本だ、まずいよ・・・。」
インベーダーに熱中していた私達が一斉に顔をあげると、入り口には既に生徒指導のH本が穏やかな顔をして立っていた。あわててたばこを消す我々の様子をじっくり瞼の奥におさめながら、H本は我々に近づいてこう言った。
「何をしているのかな。」
H本の声は不気味なまでに穏やかだった。(中編につづく)
インベーダーゲーム(中編) 1999/4/23 前編はこちら
下をクリックするとインベーダー
「何をしているのかな。」
H本の声は不気味なまでに穏やかだった。何をしているって、見りゃわかるだろう。こんなところで6人もたまってただだべっているわけがないじゃないか。Kはプレーの途中でゲームを放棄していたため、インベーダーは無抵抗の地球に団体で攻め入って来ていた。ああ、もったいねえなあ。今日はこれで終わりかよ、俺はまだプレーしちゃいないぜ、まいったな。と思ったが、H本の質問に答えなきゃ。
「ハンバーガー、食べてます。」
H本はなにも言わなかった。殴られるかな?と思ったが、さすがに公衆の面前だった。しかしH本も何かそわそわした様子で、驚いたのは次にとったH本の行為だった。なんとKを椅子からどかせてインベーダーを打ち始めたのだ。H本と言えば泣く子も黙る生徒指導教官で、前髪の長い女の子の前髪を皆の前でざっくり切り落としたり、ブルマの上に体操服をだらっと出しているのはみっともないとブルマの中に体操服をいれさせて女子にみっともない格好を強制させたりする鬼教官で、私生活も予定通り行動することで有名でここ10年分の彼のスケジュール帳をみせられたが見事に計画ばかりでなく実績まで書き込まれておりこいつは先生たちの生活指導もしてるんじゃないかと思うほどで、うわさでも人格者として通っていて奥さんはめくらで、それを介護しているというし、また日常では独特の呼吸法を取り入れており、いつも姿勢がよく、スーハーに一定のリズムがあるのが私はいつも気になっていた。その鬼のH本が地球に攻め入るインベーダーに耐え切れず自らチュンチュン打ち出したことに一同おおいに面くらったのだった。
しかし本当に驚いたのはそれからだった。H本の打ち方は変わっていた。まず真ん中の2列を全部撃墜し、その後は一切打たない。インベーダーが最前列にくるまで引き寄せておいて、そこで一気に打ち始める。あざやかだった。スペースインベーダーには盲点があった。最前列にくると、玉は絶対にこちらに当たらないのだ。その時我々は初めてそれを目にした。これが伝説の「名古屋撃ち」だった。インベーダーはたちどころに消滅していった。高速で動き回るインベーダーにとどめの一発をあたえ、一面をクリアしたところでH本は再び我々に振り返った。我々はH本の対する驚きと尊敬の二つの念がいりまじって、返す言葉が見つからなかった。H本は言った。
「今日はもう遅いから、気を付けて帰りなさい。」
やけに優しかった。妙だ。しかしH本とこれ以上関わりを持つのはやっかいだし、ここはなにも言わずここを退散するのが得策だとだれもが心得ていた。しかしT井もS本も私も、あのH本の名古屋撃ちに完全に魅せられていた。それは我々のインベーダーの技量を遥かに超えるもので、我々がいかに小さな世界で満足していたかを教えられたのがH本であったことに大きな憤りを感じていたのだ。あのやろーいったいいくらつぎ込んであんな技マスターしたんだ。生活指導が聞いてあきれるぜ・・・と負け惜しみを言い続けて我々は帰宅の途についた。しかし今日のH本はいったい何しに来たんだ・・・。
何しに来たんだ・・・その謎は次の日の学校ですぐに解けた。 (後編につづく)
インベーダーゲーム(後編) 1999/4/26 前編、中編はこちら
何しに来たんだ・・・その謎は次の日の学校ですぐに解けた。
一時間めの理科の授業中、私とS本は突然生徒指導室に呼び出しをくらった。そこにはT井を始め昨日のインベーダーのメンバー全員と、先生達がいた。先生側のメンバー選定にも気合がはいっていた。礼の角度が10度足りないからという理由で私を殴った数学のT下、「君たち生徒を信じた私が馬鹿だった。」といいながら私を張り倒した体育のM、そしてビンタで有名な国語のHとH本がいた。これからやばいことになることは火を見るよりあきらかだったが、一番ヤバいのは最初にインベーダーに手を出し、たばこも現行犯で見つかったT井に間違いないと私はふんでいた。T井にすべてなすりつければ切り抜けられるだろう、と思っていたところ、数学のT下が最初に切り出した台詞は全く私の予想に反したものであった。
「・・・それで、誰に誘われてインベーダーをやりに行ったんだ・・・。」
それはまぎれもなくこの私だった。この数学のT下とは本当に折り合いが悪い。前述したが授業前の起立、礼!の礼の角度がちょっと足りないという理由で私は先日このT下に授業中ビンタをさんざんくらい、「俺はもうこの教室で授業をしたくない、帰る!授業をして欲しかったらあやまりにこい。」と台詞を残し職員室に戻ってしまい、私はこんなつまらないことで絶対にあやまりたくなかったので殴られた後の涙目のままじっとしていたら、たしか副級長のやたらかわいい女の子が、「私がいっしょにあやまってあげる。」と言ってくれてので私は突如興奮していっしょにあやまりにいったら、T下は眉毛をへの字にしてあっけなく私を許し、授業を再開したのだった。そういういきさつがあったばかりだった。T下だってもう俺を殴りたくはないはずだ。しかしなんでまた・・・いつものように「誰が最初にインベーダーやったんだ。」と聞いていればよかったのだ。
誘ったのはこの私だ。S本の喜ぶ顔が見たくて、いくか!と叫んだら6人集まっただけの話だった。私はこのT下の機転のきかなさにいらいらして、思わず自ら名乗り出た。
「私です。」
「いい加減にし・・・ばかやろう!!」 一発めが頬に飛んだ。
さんざんだった。一体何発殴られたろう。涙が頬からはじけ飛んだ。痛かったからだ。しかし私が一体何をしたっていうんだ。たばこを吸ったわけでもなく、現場にはいたがなんせインベーダーだってしていなかったのだ。これだけは言っておかなきゃ。
「でも僕はインベーダーはやりませんでした。」
「誘った本人がやらなかったなんていう言い訳が通用するわけがないでしょう。」体育のMの言い方はいつも陰険だった。こいつは人を殴るにいつも高尚な理屈を作る。「生徒を信じた私が馬鹿だった。」とかいう分けのわからない理由で思い切りビンタを張るやつで、私は嫌いだった。もうわかった。所詮こうなってしまった以上、黙秘して成り行きに任せるしかないのだ。私はあきらめて棒立ちを決め込むことにした。追求はさらに続き、次第に誰がたばこを吸って、誰がインベーダーに手を出したか明らかになっていったが、私が主犯であるという認識はT下の思い込みのもと変わらず、私は殴られ、吸ってもいないのにたばこがいかに危険なものであるか、というビデオを見せられ、インベーダーがいかに無駄なことであるかさんざん話を聞かされた。H本だけは静かに成り行きを見守っていた。私も静かにしているH本の、昨日の行為を暴露する気にはならなかった。
H本に再会したのは、私が高校を卒業して、浪人中、名古屋の繁華街でばったりあった時のことだった。周りに適当な居酒屋が見つからず、2人で飛び込んだのはカフェバーだった。ライトが乱れ飛びフロアで踊りまくるおねえちゃん達をながめながら、あの時のことを少しだけ話した。
「あの時の名古屋撃ち、すごかったですね。」
「・・・インベーダーか。補導中、暇でこそこそやってたらはまってしまった。今はゼビウスなんだろ・・・・・・言うなよ。」
たまにはパブに行きたくなることもある。
「いくつ?」
「18歳。おにいさんは?」
太腿もあらわに、デニムの短いパンツをはいたかわいらしい女の子だった。
「33歳。」
「お兄さんは、休みの日とかは何をしているんですか。」
「寝てるかな。パソコンをしていることもあるよ。君は何をしているの?」
「友達と遊びにいったり、買い物をしたり、お食事をしたりしているかな。今しかできないことをいっぱいしたいの。」
「友達と遊んだり、お買い物をしたりすることが、今しかできないことなの?」
「・・・・・・・。お兄さん、お酒好き?」
「好きだよ。君はどんなお酒が好き?」
「カルアミルク。お兄さんは?」
グレンファークラスの12年とは言いずらかった。
「何でも好きだよ。君はどんな音楽が好き?」
「GLOBEとか安室とか、小室さん系のものはみんな好き。シャズナもシャムシェードも好きー。でもやっぱ今は宇多田ヒカルかなあ。もうカラオケも唄えるしー、私、結構うまいと思う。ねえ、お兄さんはどんな音楽が好き?」
いらいらしてきた。よし、一度本当のことを言ってみようか。
「コルトレーンやチェンバースや、マイルス系のミュージシャンはみんな好きだよ。パーカーやパウエルみたいなバッパーも大好き。でもやっぱ、今でもガーランドが好きだな。ガーランドのピアノを聞くといつでも幸せな気分になるよ。」
「・・・それって、何の話なの。」
「音楽だよ。」
・・・いやいや、これでいいのだ。世代が違うのだから話など合うわけがないのだ。所詮、男と女、体が合うか、合わないか・・・だ。
ジャズの基本はスイングすることだという。私もそう思う。「It don’t mean A thing.」という歌だってある。そう、ジャズはスイングしなけりゃ意味が無いのだ。
でも、スイングって一体何だ?ベースのF氏は言う。
「船がよう、波に揺れてな、ダーン、ダーンっていう感じだ、わかるか?ダーン、ダーンだ。大きな揺れなんだよ。大きな時間の流れの中でとらえる気持ちの良いタイム感のことだ。トウキョウトッキョキョカキョクみたいなジャズをやってるとスイングは永遠にわからねえ、わかるか?」
とあるジャズバーのマスターM氏はこう説明する。
「例えばSEXするだろ、こう女をいじるとこうよがるとか、そういうのってお互いの関係の仲でだんだんわかってきたりするわな。そうすると今度はこうせめてやろうか、気持ち良いだろ、おい。ああ、やめて、そんなことされると私ってこんなんなっちゃうのよ、でももっともっと狂ってしまいたいわ・・・って具合にお互いどんどん気持ち良くなっていくだろ。それなんだよ。こうベースが行くと、おうピアノはそう来たか。じゃあドラムはこうからんでやろうか・・・ってな具合にお互いがどんどんうねって気持ち良くなるのがスイングだな。」
私はこう考える。
「4ビートで言えば2拍目と4拍目、その四分音符を3連に分割する。その3連の3番目の音、いわゆる裏拍をどのタイミングで入れるか、それがスイング、ビートだ。」
おい、おれの話が一番つまんねえじゃないか。それに達人たちの意見にくらべて私のが一番陳腐だ。もっと豊かに表現できないのかよ。そう、スイングは説明することは難しい。しかし、確かに存在する。スイングって、一体何なのだ?
静岡市のとある風景。
正面が産婦人科で、右側の茶色い建物はラブ・ホテルだ。
凄い取り合わせだなと思った。また、この産婦人科の面構えがすごい。いかにも・・・と言う感じが強い。
私の田舎の隣町のB市立病院の隣は、墓石屋だった。これも凄いと思っていたが、うーん、今日はこれまで。