第七章 「すべての罪を」

 一

 夢を見た。
 父さんの夢だった。
 それが夢だということははっきりわかっていた。
 それは一度見た光景、過去の光景だった。ぼくは勉強室にいて、父さんが机の向こう側に座っていた。
 ぼくは体をこわばらせている。
「なあキリアス、何度いったらわかってくれるんだ」
「ごめんなさい父さんごめんなさい」
 何度も繰り返す。
 これは何年か前のことだ。よく覚えている。ぼくは家庭教師の先生から「やる気がない」「授業を適当に聴いてるだけですね」とよく言われていた。そのたびに先生に怒られて、「ごめんなさい」って言うんだけど、それでもやっぱり、しばらくするとまた言われて。で、ついに先生は父さんに言ったらしくて。父さんみずからがぼくを叱りに来た。そういうことがあったんだ。最近では、父さんも半分諦めていたけど。
 あの時のぼくは、ただ謝るばかりだった。
「ごめんなさいごめんなさい」
 ぼくはその言葉をまた繰り返した。ぼくにとってその言葉は呪文だった。これを言っている間は怒られないで済む気がした。実際この呪文はある程度の効果をあげてくれた。
 大体の場合は。
 この時は違った。
「……キリアス」
 溜息まじりに父さんが言う。
「お前は、自分がどうして怒られているのかわかっているか」
「え、ええと、ぼくが授業をまじめに受けないから」
「それはお前が思ったのか」
「え?」
「お前の考えなのか、それとも家庭教師にそう言われたからか、と訊いている」
 父さんの口調は硬いだけで、決して荒々しくはなかった。でもぼくは気圧されるものを感じて、途切れ途切れに答えた。
「え、ええと……その……あとの方。ほら、その、家庭教師の先生はえらい人で。先生の言うことをよくきいて立派な貴族にならなきゃいけなくて。それなのにぼくは授業の態度がいいかげんで。なんだか熱意がなくて。だから怒られるのは、その、当然だと、思う」
 最後の方は、上目遣いに父さんの顔を見て、その表情の変化を確認しながら言った。つまり顔色をうかがったわけだ。
 父さんの表情に変化は全くなかった。
 怒ってはいない。ただ、苦い表情だ。
「……キリアス。どうして謝る?」
「え、その、だって、悪いことしたから」
「何故悪い?」
「だって先生が」
「先生が悪いと言ったから悪いのか。他人に言われたから、それだけの理由か。なあキリアス、それが『熱意がない』と言われる理由だと判らないのか」
「ええ……そんなこと言われても。ごめんなさいごめんなさい」
「またそれか。お前はさっきから謝ってばかりだな」
「だって悪いことだから」
 本当は違った。とにかく謝ると気が楽だったから。これでもう叱られない、そう思ったから。謝ると許されるから。
「では、『悪いことなどではない。お前は別に悪いことはしていない』と私が言ったら、どうする?」
「え? 悪くないのぼく? 許してくれるのっ?」
「嬉しそうだな。自分のやったのは悪いことだ、というさっきの言葉はどこにいった」
「え、だって父さんが今、悪くないって」
「……じゃあ、今のは嘘だ。お前のやったことはすごく悪い。どうしようもなく悪い。とても謝ったくらいで許されることではない。そんなことで罪が消えると思っているのか。……さあ、こう言われたらどうする」
「……」
 ぼくの全身がこわばり、顔の筋肉がひきつった。
「どうして、どうしてそんな。ひどいよ父さん。どうして嘘を」
「どうするのか、と訊いてるんだ。謝っても許されないなら、お前はどうする」
「だ、だって……」
 声が満足に出せなかった。このまま泣いてしまいたかった。鼻水を垂れ流し、うずくまって泣きわめきたかった。そうしている間は何も考えずにすんだし、泣いたら、父さんはもう怒るのをやめてくれたし。
「……また泣くんだな?」
 だがまさにその瞬間、父さんにそう言われた。だからぼくはうめくような声を出して、涙をこらえた。泣いたら怒られる。怒られる。ごめんなさいごめんなさい。ぼくは今泣こうとしました。
「……で、キリアス。なぜ泣いたらいけないのか、それもわからないのか」
「ご……」
「謝ることになんの意味がある? それがわからないで、ただその場しのぎで、相手のご機嫌をとろうと謝るのなら、それはむしろとても失礼なことだな」
 ぼくはもう、わけがわからなかった。どうして父さんはぼくをいじめるんだろう。今日に限って。いつもはやさしい父さんなのに。ぼくが謝ったり泣いたりしたらすぐ許してくれるのに、どうして今日だけ。
 泣くことも出来ない。謝ることもできない。ぼくは出口の無いトンネルの中に追い込まれた気がした。なにをやっても「それは駄目だ」と言われる。ぼくが気づかない理由で、そう言われる。そんな気がした。
「じゃあ……」
 ぼくは尋ねようとした。「じゃあ、どうすれば罪をつぐなえるの」と。真剣に尋ねれば、きっと教えてくれる。そう思った。
 だが問いを最後まで口にすることはぼくには出来なかった。
 父さんが、いつになく鋭い眼でぼくを見下ろして、こう言ったからだ。
「私がこう言えば、おそらくお前は言うんだろうな、『じゃあ、どうすれば罪を償えるのか。教えて』と」
 なにも言えなかった。
 何も言えなくなった。
 ただその場から逃げ出したくなったことをよく覚えている。
 そうだ。あの時ぼくは……父さんの言葉を何も聞かなかった。ただ脅されているようにしか感じなかったんだ。
 そして次に父さんは言った。一言も喋ることのできないぼくを見て、こう言ったんだ。
「もういい。キリアス、もういい。わからないならいい。ただ、いつかそれのせいで、お前は大変な過ちをおかすことになるかも知れないな。そうならないことを祈ってるよ」

 二

 鳥のさえずりが耳にとびこんできた。
 眼を開けると灰色の天井。
 まだ少しぼやけている意識。それでも、いやそれだからこそ、さっきまで見ていた夢の内容はよく覚えていた。
 ……父さんの夢だった。
 ぼくが謝ったら許してくれた父さんが、許してくれなかった日のこと。
 どうしてこんな夢を見たのか……ああ、そうだ、今の状況とすごくつながってるじゃないか。あの時ぼくが父さんの言ってることを少しでもちゃんと考えていれば……
 どうして、今になって、そういう考えてもしょうがないことばかり考えるのかな。
 でも、やっぱり父さんは正しかった。
 ぼくが「騎士団」に命じて殺させた人々には、どうやったって謝りようもないんだから。
 また鳥の声がした。
 ぼくは寝台の上から起きあがる。
 部屋はかなり暑い。いまはたぶん朝だと思うけど、シャツ一枚でも汗をかくほどだ。お風呂にも毎日は入らせてくれないし、このままだとシーツが汗くさくなって、しまいには病気になっちゃうんじゃないだろうか。そんなことを考える。ぼくは考えながら、どこかふらふらとした足取りで窓に向かった。
 鉄格子のはまった小さな窓。
 窓の向こうには森。鳥の声はするけれど姿は見えない。
 そうだ。ここは刑務所だ。
 ウエストランド星系の首都惑星ゲトリクス。森林に覆われた星。そこの北大陸にある刑務所。
 ……ぼくが「殺せ」と言ってから。騎士団たちが実によく命令にしたがって暴徒達を皆殺しにしてから、およそ一月が過ぎた。
 すべての出来事は雪崩のように生じた。一つの破局が瞬く間に次の破局を呼び、その連鎖を止めることはぼくにはとても出来なかった。いや、誰にもできなかったかも知れない。
 ぼくはあの直後、まずデミさんを拘束すると、浮遊車で下に降りて、まだ息のある人達を治療するように命じた。
 矛盾しているとしか思えない命令に、それでも騎士団は従ってくれた。もっともそれで助けられたのは、撃たれた二千人のうちたった二十七人だったけれど。
 その人達を病院に送り届け、屋敷に戻ってみれば、『新たな暴動発生』という知らせが飛び込んできた。それも一カ所や二カ所ではなかった。たぶんこの虐殺事件のことが広まったんだと思う。「あんな領主はもうまっぴらだ」そんな叫びが惑星中に満ちたんだ。当たり前といえば当たり前のことかも知れない。ぼくは「平等で自由な世の中を創る」って言ったけど、実際にどうなったかっていうと会社が潰れて、事故が増えて、犯罪が増えて、それで最後はこの大虐殺……「吹くだけ吹いてこれかよ」って、みんなが思っても仕方ない。
 そんなわけで、ジリオースの各主要都市数十カ所でほとんど同時に起こった大暴動は、たちまち市民の大半を味方につけて膨れあがっていった。彼らの要求は簡単なものだった。ぼくが領主をやめること。それからぼくが追放した貴族たちを釈放して、再びもとの地位に戻すこと。そっちのほうが、よほどましな社会を築けるから……
 まだ「騎士団」はぼくに従っていた。だから力ずくでこの暴動を押さえつけることは不可能ではなかったと思う。でも、それをやるのか。今度は何十万人もの人間を殺すのか。そして二十億の領民すべてを監視して、ほんの少しでも反逆の意思を感じたら収容所にぶち込む、そんな社会を創るのか。それがぼくのやりたかったことなのか。
 ……そう思ったから、ぼくは抵抗しなかった。
 門をぶち破って入ってきた群衆、ぼくの館の周りを取り囲んだ五万とも十万とも知れない群衆を前にして、ぼくはバルコニーに出た。そして言った。刺すような視線を全身に浴びながら。もはや罵声を浴びせる気にもなれないほどの怒りを、はっきりと感じながら。
 ……要求を受けて入れるって。
 実は、そう言うまでもなくぼくの運命は決まっていた。ぼくがそう表明したのとほぼ同時に、ウェルキン公から強制査察の通達があった。ぼくより二つ上の爵位をもつウェルキン公。恒星系を百万集めた「星域」の支配者ウェルキン公。貴族を裁けるのはそれ以上の貴族だけ……そう、ウェルキン公はぼくを裁く気なのだ。
 ぼくの騎士団よりも遙かに重武装で大勢の、真っ青な装甲服に白い翼の紋章をつけたウェルキン公爵家騎士団が降り立った。ぼくが抵抗することも考えたのだろう。だがもちろん、そんなことをするつもりはもうなかった。ただ、すべてに疲れたような気分でぼくは投降した。電磁手錠をかけられた。騎士団の人達の視線がバイザー越しにもはっきり感じられた。「帝国の敵」に対する敵意はなく、ただ珍獣を面白がっているような印象を受けた。デミさんも同時に逮捕されたと思うけど、詳しいことは聞かされていない。
 そしてぼくはそのまま、ウェルキン公爵のお膝元・惑星ゲトリクスに護送されてきた。
 だからぼくはいまここにいる。
 今のぼくには爵位も何もない。「元伯爵にふさわしい豪華な部屋も用意してある」と言われたけど、興味なかったから普通の独房に入れてもらった。
 来る日も来る日も、ぼくは考え続けている。
 どうすればよかったんだろう。
 なにを間違えたんだろう。ぼくは。
 今も心の中にはっきり聞こえてくる。惑星ギルティで、蜂型ロボットに撃たれて、血まみれになって転がる人達の呻き声。そしてこっちの星の人達の訴え。貧しい、平民だからって待遇が差別されてる、どの声もぼくの胸に響いた。だから変えたいと思った。それは間違ってないと思う。間違って……
 その時、部屋の外から声をかけられた。
「キリアス・アルカゼル」
 ぼくはドアに近づいた。鉄格子のはまった窓から外をのぞく。
 鉄面皮の看守が、ぼくのことを魚みたいな眼で見つめ返して、こう言った。
「面会だ。出ろ」
 外に出された。看守は機械的な動作でぼくに手錠をかけた。こういう扱いは受けたことがなかった。敬意はもちろんないけど敵意もない。笑い者にするわけでもない。ただひたすら、そのへんに転がってる石と同じような扱い……無関心。ぼくのことなんて、ぼくがこのあいだまで伯爵だったことも、世界を変えようとしたことも、それに失敗したこともぜんぜん興味がないみたいな……
 ああ、そうだよな。ここに入ったら、ぼくはもう囚人一号とか二号にすぎない、そういうことか。
 コンクリートがむきだしの廊下を歩いていく。音のやかましいエレベーターに乗せられて1階まで降りて、面会室に連れていかれた。
 超硬質ガラスの向こうに、懐かしい顔があった。
「……やあ、キリアス。……久しぶりだな」
 その顔は声を発した。そう言ったとたん、何間抜けなことを言ってるんだ俺は、とでも言いたそうな、恥じるような表情になった。その表情もすぐに消えて、ただ沈痛な、痛みをこらえている表情に変わった。
 黒い髪。浅黒い肌。広い肩幅。ぼくよりも遙かにがっしりした、筋肉のついた体。そして鋭いまなざし。
「やあ、ペルーサ。久しぶり」
 ぼくも同じように言葉を返した。ぼくのほうは恥じなかった。久しぶりなのは確かだったし、他に何か言うことがあるとも思えなかったんだ。
「……いろいろあったよ」
「ああ、そうみたいだな」
 ぼくたち二人はそれっきり、なにも言葉を発することができずにいた。
 思い詰めたような表情のまま、ペルーサはぼくを見つめた。ともすれば逸れようとする視線を、ぼくの顔に無理矢理突き立てている……そんな感じだった。ほとんど、にらみつけているようですらある。
「なあ、キリアス。こうなる事は解っていた。それなのにどうして……」
「ああ。ペルーサ……君は最初っから判ってたんだね。だから忠告してくれたんだね。うん、済まなかったよ。でも、どんなに説得されたって、やっぱりぼくは改革を実行したと思うよ。ただそれしか考えられなかったから。たとえ時間を戻しても、やっぱりやったと思うよ。そして今度もまた死刑になるんじゃないかな」
 死刑。その言葉はなんの抵抗もなく出てきた。それどころか、その言葉を口にしたら胸がすっとした。
「死刑って、お前……!」
「決まってるじゃないか。これだけ帝国の秩序に背いて、しかも領民を無駄に殺したんだよ。ほら、なにしろウェルキン公は正義感が強いらしいから。死刑以外考えられないよ」
「まだ決まったわけじゃない。その話をしに来たんだ。おれは弁護士をそろえてきた。なかなか引き受ける奴がいなかったけど、どうにか集めた。で、そいつらを使って、あることをすればお前の罪は軽くなる。少なくとも死刑は免れるだろう。つまり……」
「デミさん、だね?」
「わかってるじゃないか。全てはあの女のさしがねだったことにすればいい。途中じゃない、最初っからあの女に操られていた。領民に同情したのも、身分制度を無くしたいと思ったのも、貴族達から特権を取り上げたのも、もちろん暴徒を大虐殺したのも……すべてデミ・ルーンがお前を操った結果だ。何もかもあの女が悪い、お前は何も悪くない、被害者だ。そういう方向で弁護する」
 そこでペルーサは言葉を切った。自分でも、自分の言葉に嫌悪感をおぼえているんだと思う。頬のあたりに、さっきとは違う種類の歪みが生まれた。それでもペルーサはまたしゃべり出した。
「……そうすれば、多少は減刑される。もちろん無罪ってことはあり得ないだろうけど」
「……君はそれをやるつもりなのかい?」
「当たり前だ。なあキリアス。この手の裁判、国家反逆者に対する裁判ってのは特別なんだよ。ほとんど刑は決まったようなもんなんだ。弁護のチャンスは一度きりなんだ、その場で納得させられなければもう駄目なんだよ。お前が、他の奴に罪をかぶせたくないって気持ちは分かる。俺はお前のそういう所が好きだ。でもな、他に方法はないんだ。他の方法を探していたら手遅れなんだよ」
「ねえペルーサ。デミさんはどうなったの?」
「そんなことはどうでもいい」
「よくないよ」
「あの女はもういない。捕まったその日のうちに処刑された。裁判もなしに、少しだけ事情聴取……いや尋問を受けて、銃殺だ。平民に対する扱いとしては、ごく自然なことさ」
「どんな顔だった?」
「はあ?」
「たぶん、凄く幸せな顔で死んでいったんだろうね」
 気がつくと、ぼくまで微笑んでいた。
「お前、何を……」
 ペルーサはうめいた。その目線はぼくの顔から離れない。たぶん彼は気づいているんだろう。ぼくの顔に、そして眼に浮かんでいる感情の種類、そして決意に。
 頭の中で、ついさっき見た夢の内容が、父さんの言葉が、何度も何度もこだました。
 そして、ぼくがなぜ失敗したのかも、少しだけど、ほんの少しだけど、わかってきた。
「そうか。そうだったんだね父さん」
「お前、なにを言ってるんだ」
「父さんが死んだのは、絶望したからじゃないんだね。ぼくが言うことをきかなくて、それで裏切られたと思って自殺したとか、そういうのじゃぜんぜんないんだね。だったらあんな事ぼくに言うわけないもんね」
「おい……どうしたんだよ? 何の話だよ」
 心配げな声。でも、ぼくの言葉は止まらない。
 わかってしまった。さっきの夢を思い返すうちに気づいてしまった。父さんがなぜ自殺したのか。
「逆だったんだ。生まれてはじめて、ぼくが誰のせいにもしなくて、誰の言いなりでもなくて、自分の意志で何かを決めたから。だから退場したんだ。自分がいたら邪魔になる、あいつが自分でものを考えるには、自由にさせてやるにはこれしかないって、きっとそう思ったんだ。それなのに、そうまでしてくれたのに、ぼくは……ぼくは……ぼくは……」
 今度もまた、別の人の言いなりになったんだ。自分で考えなかったんだ。
 涙は出なかった。ただ胸の中を、かわいた冷たさが満たしていった。
 ぼくは言葉を切った。そしてペルーサに目線を合わせ直した。
 父さん。
 ぼくは今度こそ自分で決めるよ。
 そしてそれを誰のせいにもしない。
「ペルーサ。ありがとう。……でも、いいよ」
「お……!」
「ありがと。ほんとにありがと。あれだけペルーサのこと悪くいったのに。それでもこんなにしてくれるなんて。ありがと。でもね……もう決めた。もう決めたんだ」
「死刑になるのか? 一切の弁護をするなってのかっ!?」
「うん。だってぼく自身には弁護の余地はないよ。いくら『いいことをするつもりだった』といっても、死んだ人でそれで納得するわけないし。それにね……ぼくがやった一番悪いこと、あの最後の虐殺は、デミさんのせいじゃないんだよ。あの命令は、誰にけしかけられたわけでもなくて、ただぼくが心の底から出したいと思って出したんだ。それだけは間違いないと思う。だから……ぼくは、死刑になって当然だ」
「どうしてだ? どうしてそんな事を言うんだ! おれはお前に死んで欲しくないんだ! おれにはお前にはないものがある。でも、お前にもいろいろ、おれにないものがある。だから死んで欲しくない。絶対に嫌だ。お前は友達だ! 友達が殺されるのは嫌だ! そんな当たり前のことに、なんでそんな訳の分からない理屈を持ち込む必要がある!」
「じゃあさ、ペルーサ。ぼくのことを友達だと思ってくれるなら、本当に、そう思ってくれるなら」
 ぼくもそこで言葉に詰まった。ペルーサの眼の中にある感情が直接、心から心へ、滝のように流れ込んできたからだ。
 わかってる。わかってる。ぼくに死んでほしくないんだよね。でも……
 ぼくはやっとの思いで言葉を絞り出した。
「ぼくは間違っていたと思う。でも、ぼくがやろうとした事が間違っていたとは思わない。だから、友達だと思ってくれるなら、ひとつ頼みをきいてほしいんだ」
 
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