(宮城教育大学大学院教育学研究科・修士論文)
スポーツを媒介にした 「地域リアリティー」形成についての一考察

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第7章   「サッカーのまち」を支える市民活動の一形態


おことわり   本章で参照している図には、ホームページ上でみやすいように加工中のものがあります。準備でき次第、追加しますのでご了承ください。


   総理府が行なっている「体力・スポーツに関する世論調査(資料Z―1)」によると、1965年以来スポーツクラブへの加入率は漸増し、1994年には成人の16.2%がスポーツクラブに加入している。一方で、スポーツクラブへの加入を希望する割合は、1994年に24.3%あり、実際に加入した割合を大きく上回る。また、小学生を対象にした調査(文部省実施)(Z―2)では、何らかのクラブに所属してスポーツを行なっている割合が55.4%である。学校教育によってある程度のスポーツ環境が整備されている学齢期の青少年に対し、2割を超える潜在的スポーツ人口が発生していることからも、成人にとってのスポーツ環境が十分に整備されていないことが推察される。

   日本スポーツクラブ協会が「地域スポーツクラブにおける運営上の問題点」を調査した(1995)ところ(Z―3)、「指導者がいない」「低予算のため活動に支障」「事務処理が不慣れ」が主な問題点として挙げられた。現在活動中のスポーツクラブは組織や財政の面で脆弱であり、その点に起因するさまざまな問題を抱えている。これらの問題点を解消し、潜在的スポーツ人口を加えた約4割の成人すべてのスポーツ活動が可能になるためには、施設面の整備より、むしろ競技者を受け入れるソフトウェアが大きく改善されなければならない。具体的には安定したクラブ組織の確立によって、公信力の向上を図るとともに、経営の安定化と資金力の拡大によって指導者の確保や活動の質的向上を図る必要がある。

   このようなスポーツクラブの実現化の一方策として、「総合型地域スポーツクラブ」への取り組みが全国各地で始まっている。「総合型地域スポーツクラブ」は、中学校区程度の範囲を対象に、地元住民による非営利法人を運営体として設立し、学校施設や公共体育施設の開放によって、複数種目を行ない多様な活動プログラムを用意するものである。地元住民を会員として募り、その会費収入を主財源として経営を行なう。文部省は、「総合型地域スポーツクラブ育成モデル事業」を平成7年からスタートさせ、平成10年までに全国19市町村が事業を実施している(Z―4)。

   また、スポーツへの参画において、「スポーツボランティア」という新たな道が出現している。従来は競技もしくは観戦が専らスポーツへの参画方法であった。第三の道である「スポーツ・ボランティア」は、「スポーツをしたい」という意識を、「スポーツ活動に参画したい」と読み替え、指導者バンクやスポーツクラブ法人の運営、プロチームの試合運営補助などの新たな参画方法によって、スポーツに対する住民の新たな自発意思を喚起し、成就させるものである。「第三の道」の出現は、競技環境の充実や観戦型スポーツイベントのサービス向上にも波及することが期待される。

   また、これらの新しいスポーツ活動は、医療・福祉などの領域と並んで「市民活動」の在り方のひとつとして期待されている。

   「国家」と「市場」に属さない民間非営利セクターは第三の組織(Third Sector)(註1)と考えられ、個別の社会状況を受けて「国家(公的セクター)」や「市場(民間セクター)」が積極的に介入しない領域においてさまざまな活動を担う。今日、非営利セクターが担う活動の範囲と重要性はますます増大し、単に社会の隙間となっている領域を埋めるだけの意義を乗り越えている。ジョンズ・ホプキンズ大学非営利セクター国際比較プロジェクトの調査(2)によると、全サービス業の雇用に占める非営利セクターの割合は、アメリカの15%を筆頭に、7カ国(アメリカ、フランス、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、ハンガリー)平均で8.9%、日本でも8.6%である。

   日本では、非営利セクターの大半が教育と医療・福祉で占められる一方、文化・レクリエーション分野は全体のわずか1.2%に留まっている。日本の非営利組織が「公益法人」として認可される必要があったためである。それは日本の非営利活動が住民の権利ではなく、制度上の特権として扱われてきたことを示している。

   だが、非営利セクターは、人々が抱く社会参加への意思を多様な方法で実現させる可能性を有している。特定非営利活動を行う団体に法人格を付与する目的で1998年3月に制定された「特定非営利活動法人法(通称NPO法)」では、特定非営利活動と認証する12分野の中にスポーツ活動が含まれている。非営利セクターが多様性に向かう今日的状況下で、スポーツが余暇や娯楽としてだけでなく、市民の社会参加の一形態として認められる土壌が出来つつある。

   清水では、1998年に清水エスパルスの試合運営を補助するスポーツ・ボランティア「パルちゃんクラブ」が結成され、現在活動を行っている。また、これまでのスポーツ少年団活動と、その加入学童の親による「育成会」をネットワーク化し、その中心団体として新たに「総合型地域スポーツクラブ」を設立しようとする動きが始まっている。

   ○「パルちゃんクラブ」について

   「パルちゃんクラブ」は清水エスパルスの試合運営の支援を行う市民ボランティアグループである。事務局は潟Gスパルス内に置かれ、潟Gスパルスと、フォッサ・サッカーのまち清水市民協議会、清水サッカー協会、エスパルス後援会、サポーター代表によって組織化された。

   清水エスパルスの旧運営会社であったエスラップ・コミュニケーションズは、1997年までに約20億円の累積損失を出し、翌1998年2月に現在の運営会社潟Gスパルスに営業権を譲渡した。エスラップ・コミュニケーションズの時代には市民株主制度があり、市民が金銭的にエスパルスを支える形となっていた。2,000人あまりの市民株主から成る市民持株会は当時エスラップ・コミュニケーションズが発行していた株式64,000株のうち23.6%を保有し、エスラップ・コミュニケーションズの発起人であり実質的な経営主体であったテレビ静岡の保有株数を上回って筆頭株主となっていた。だが、営業権譲渡により現在の運営会社潟Gスパルスになってからは市民株主制度は消滅した。地元住民が「市民球団エスパルス」と考えるその拠り所の一つであった、市民株主制度による市民の金銭的支援体制がなくなったため、経営譲渡以来、市民株主制度に替わる、具体的な市民によるクラブ支援の在り方が模索された。「パルちゃんクラブ」はその方法の一つとして、市民がエスパルスの試合運営に無償で参加することでチームを支えていこうという活動である。ボランティアによる運営会社の経費節減も期待はできるが、それは「パルちゃんクラブ」の第一義ではなく、あくまでも直接的な試合運営の支援とそれによる真の市民球団づくりの意識醸成が主目的である。

   「パルちゃんクラブ」は1998年3月より、エスパルス、市、サッカー協会によってその組織体制や活動内容が検討され始め、その年のJリーグ第二ステージから活動をはじめた。 清水の実態に合う形でのスポーツボランティアにするという考え方から、当初から先行事例を参考にせず独自に組織化が図られ、企業や学校などをメンバーの募集単位とする独特の形態が取られることとなった。

   「パルちゃんクラブ」のボランティアスタッフ(「パルスタッフ」)は、現在は市役所や市内企業、市内の高校などに人員の取りまとめを依頼し、グループ単位で登録をする(チーム:ここではパルちゃんクラブへの登録単位の呼称)方法をとっている。清水においてはこのようなプロスポーツへのボランティア活動の体制づくりがはじめてであったため、人員の確保やその取りまとめをスムースに行い、活動当初から効果的に業務を行うことができるように、職場や各団体単位での人員確保を行った。活動2年目の1999年7月の時点で、「パルスタッフ」の登録数は一部の個人登録会員も含め、38グループで352人となっている。各チームにはリーダー、サブリーダーが置かれ、試合当日の業務指示をしたり、試合日外の研修(リーダー研修会)に参加する。

   1試合にはおよそ60人の「パルスタッフ」が動員される。試合運営の業務活動は以下の通りである。

ゲート業務
(チケットもぎり(入口でチケットから半券を切り離す)、カウンター(入場者数のカウント)、紙コップ隊(安全確保のため、観客が球技場の中にビン・カン・ペットボトルを持ちこまないように、入口で飲み物を紙コップに移し変えさせる))
障害者の受付、スタンド内誘導
(市役所のグループが担当、受付を行った後、障害者席に誘導)
チェッカー業務
(チケットの券種チェック、券面の席種以外のゾーンに立ち入らせないようにする)
担架業務
(試合中負傷した選手を担架でピッチの外に運び出す)
記録業務
(試合のさまざまな記録を作成する、特殊な仕事なのでサッカー協会が担当)

   内訳は、場内スタッフが40〜50人程度、記録スタッフが10人程度。Jリーグの開始前に年間のシフト表を作成し、各チームの活動日、仕事内容を決定する。場合によっては、シフト表を変更し不規則的に活動する場合もある。このほかの試合運営業務(球技場内警備、駐車場内誘導、清掃など)はエスパルス委託のイベント会社スタッフが行う。

   試合当日は、イベント会社から全体的な指示が与えられた後は、「パルちゃんクラブ」はリーダーを中心にほぼ独自に業務をこなしていく。「パルちゃんクラブ」が請け負う業務は基本的にいつでもだれでもどこでもすぐにできる仕事である。

   また、「パルちゃんクラブ」には試合運営業務を行う「パルスタッフ」とは別に「観客ボランティア」がある。「観客ボランティア」はふつうの観客同様にチケットを買って試合に入場し、それぞれ試合の観戦や応援をしながら、試合中に他の観客に応援マナーの呼びかけを行ったり、試合後に場内のごみ集めを手伝う。

   「パルちゃんクラブ」はボランティアグループということで、無償での活動を基本としているが、ボランティア業務を通じて支援を受けるエスパルスが、「パルスタッフ」に対する謝礼の意味で、各メンバーが運営業務に参加した試合の次の試合以降、いつでも使うことができる特殊なチケットを渡している。また、メンバーには弁当が支給されるほか、グループ単位で業務を分担していることから、各チームに日本平球技場の駐車券が車1台分支給される。また、チケット支給のほかにエスパルス側の感謝の表現として年に1度、「パルちゃんクラブ」のメンバーの交流会が、エスパルスの選手が多数参加して行なわれる。そこでは、選手自らがメンバーひとりひとりにお礼をしたり、交流をおこなう。

   上述のように「パルちゃんクラブ」は市内の企業、学校に協力を要請し、そのような組織に依存するかたちで人材確保を行ってきたが、今後は個人単位の市民ボランティア募集を拡大して行く意向である。だが、年間シフトの作成や、ボランティアに対して割り当てる競技場の駐車場の制約から、4〜8名のグループ単位での応募を募ることになる。

   「パルちゃんクラブ」のような試合運営の支援や地域のスポーツ活動に携わる指導者の登録・派遣を行う「スポーツボランティア」が各地に誕生しており、「パルちゃんクラブ」でも、そのようなスポーツボランティア団体との交換視察や交流を行っている。だが、各団体の人材募集や活動の形態は地域の実態や活動の趣旨によってそれぞれに異なっており、他団体を参考にすることはあまりないようである。

   「パルちゃんクラブ」の活動は、クラブ運営の支援とともに、クラブに対する市民の意識に影響を与えている。

   ボランティアメンバーの活動意識は、同様の業務を営利企業に雇用されたアルバイターが行なう際の職業意識と決定的に異なり、仕事相手である観客への応対に反映される。

   試合運営業務において基本的にイベント会社のアルバイターに要求される職責は、観客に対する注意と警戒である。アルバイターは上司の指示に従って、観客の行ないに不正がないかを監視し、サポーターの僅かな感情の発露にも警戒を払い、無事に試合が遂行されるよう観客をコントロールしようとする。アルバイターの職責は、観客は本質的に「何かをしでかすかもしれない」疑いと危険をはらんだ存在である、との認識に立脚する。必然的にアルバイターと観客は対峙する関係となり、アルバイターと観客の間には壁が出来上がる。

   一方運営ボランティアは、基本的に観客を、チームを支援する仲間と考える。運営ボランティアにとって観客は疑いの対象ではない。もともと、彼らボランティアメンバーは一市民の立場でチームを応援する気持ちを有していた存在である。したがって運営ボランティアは、観客とのコミュニケーションによって「安全で楽しいスタジアム空間」を協力して形成することが基本的な活動精神となる。観客に近づき心的距離を無くす事で、スタジアムにトラブルを持ちこまないことの合意形成を成そうとするのである。

   エスパルスにおいても、活動以前にイベント会社が運営をしていたときは、その性格上「警備する」ことが中心となり、観客とスタッフが別個の立場であるという雰囲気であったが、「パルちゃんクラブ」が業務に携わってからは、観客とスタッフとの距離感が小さくなったようである。スタッフの親族や友人・知人が訪れた際は業務を損なわない程度に気軽に声をかけたり会話をして応対する。実際に観客への「案内」や「声掛け」が業務の一つとして重視されている。そのうえで、イベント会社は「本当の」警備業務を中心とした分担を請負い、「パルちゃんクラブ」共同で試合運営を行っている。

   観客からは以前にも増して「次回も応援をしに訪れたい」という声が多く聞かれるとのことだ。スタッフは、自分たちが支えているという意識がより高まり、観客とスタッフの間に新たな親和が形成されている。「パルちゃんクラブ」のねらいの一つであるエスパルスに対する市民の愛着や支援意識の醸成は着実に進んでいるようである。そして、その意識が観戦行動に反映され、繰り返しチケットを買って来場する観客(リピーター)が増加すれば、クラブの経営にも好影響をもたらすのである。


   「市民球団」は、市民がクラブを「支えている」意識をもち、その関係性が具体化される状態を指している。「パルちゃんクラブ」は関係性の具体化の一形態である。元来サッカーでは応援する観客を「サポーター」と称し、彼らに、自分たちも包括的な意味でクラブの一員であるという誇りを与える。「パルちゃんクラブ」のメンバーは、観客として競技場に通う「サポーター」であった時以上に、地元のクラブを支える意識を強く感じることができる。実際に運営業務に参与することで、彼らとクラブの関係における直接性が高まるうえ、彼らの働きはクラブに対して明らかに作用するためである。

                           

   メンバーは「エスパルスを支えたい」という自発意思が具体的に成就される喜びや誇りを、活動の対価として享受する。多様な価値が貨幣に換算されない対価となるのはボランティア活動の特色である。ボランティアについて金子郁容は次のように述べている。

   「ボランティアというと、「困っている人を助けてあげること」だと思っている人が多いのではないだろうか。ところが、実際にボランティアに楽しさを見いだした人は、ほとんど「助けられているのはむしろ私の方だ」という感想を持つ。」(金子郁容『ボランティア もうひとつの情報社会』 岩波新書、1992、2ページ)

   献身と自己犠牲が日本のボランティア活動では美徳とされてきたが、今日的傾向として、ボランティア活動は、その参与者にとって貨幣に換算できない価値を得ることのできる活動である、という意味付与がなされている。

   「パルスタッフ」には、弁当や試合チケットが支給されるが仕事に見合う対価が貨幣として支払われるわけではない。だが、彼らは貨幣に換算されない価値(例えば、自分たちがクラブを支えているという誇り)の方をむしろ積極的に受け取ろうとする。しかも、「パルちゃんクラブ」が貨幣として受け取らない対価は、エスパルスの経営に還元される。「パルちゃんクラブ」はエスパルスの経営に対し、軽減される人件費と、リピーターの増加という二重の効果をもたらす。メンバーは、活動がもたらした多様な価値の重層によって、クラブを「支えている」意識を保持しつづけるのである。

   「パルちゃんクラブ」は地元企業に依存した人材確保を行っているのが現状である。そのことから、特に平日(水曜日)の夜に行なわれるエスパルスのホームゲームの際のメンバー確保に苦労することになる。夜間試合の時は、スタッフは16:00に集合して業務を開始するため、各協力企業の通常業務との関係上、企業で登録するスタッフが参加しにくい状況になっている。そのことが「パルちゃんクラブ」にとっての大きな問題点となっている。そのためスタッフの年間シフト表は平日の試合は空欄となっていて、試合の直前まで参加可能な企業を求めて交渉を行うことにしている。市役所は「サッカーのまち」づくりを推進する立場から、当日ボランティア業務を行う職員を2〜3時間程度職免扱いとし、参加を促している。そのほかに高校生が参加するが、最終的には、イベント会社がボランティアの不足分を補うかたちでアルバイトを増員して対応をしているのが現状である。

   人材不足の要因は、ひとつはスタッフを「有業者」に依存し、個人参加のボランティアが少ない「パルちゃんクラブ」の在り方だと考えられる。自由時間を多く持った学生や参加意欲を持った市民の個人登録者をより多く活用していくことで人材確保の問題は幾分解決されていくであろう。

   だが、より大きな要因は平日に試合を行うJリーグの試合方式と平日の生活時間の状況にある。

Z―5
1998年Jリーグエスパルス主催試合観客動員数1試合当たり平均

曜日別

観客数平均

平日(4試合)

11,024人

土曜日・休日(13試合)

12,733人

全体(17試合)

12,331人

S-PULSEOFFICIALHOMEPAGE参照
http://www.s-pulse.co.jp/s-pulse/rec98.html

   Jリーグは1993年の開幕当時から水曜日と土曜日の週2試合開催を行ってきた。流行を生み出し絶大な人気を博した1995年頃までは、平日の試合にも各競技場を満員にするほどの観客数があったが、流行が下火となり観客動員が低下し始めた1996年以降は、特に水曜日の試合の動員低下が顕著であった。現在は、原則的に土曜日にリーグ戦を行う日程になっているが、日本代表の試合による日程調整の関係上、現在も平日のリーグ戦が何度かある。エスパルスは平日の公式戦主催試合を1998年で4試合行っている。その1試合当たりの観客動員数平均は、土曜・休日の公式戦主催試合の観客動員数平均を約1700人下回る(Z―5)。

Z−6
総務庁統計局ホームページ 平成8年度社会生活基本調査参照
http://www.stat.go.jp/05e2.htm

   労働時間の短縮が進む現在でも、日本社会は平日の余暇時間が少ないという状況を抱えている。総務庁が1996年に実施した「社会生活基本調査」によれば、1日の生活時間の中で「二次活動(3)」が占める割合は低下しているが、その時間短縮の大半は土曜日に集中しており、平日の「二次活動」時間は男子で8時間を上回る(Z―6)。そのことが平日のスポーツ観戦やボランティア参加の障壁になっていることが想定され、実際に「三次活動」に当たる積極的余暇活動は平均で1時間程度となっている(Z―7)。




Z−7
総務庁統計局ホームページ 平成8年度社会生活基本調査参照
http://www.stat.go.jp/05e2.htm

   「パルちゃんクラブ」の平日の人員不足は、そのような、平日に積極的余暇活動を行ないにくい社会構造が最大要因であろう。したがって、ボランティアの企業依存を脱却し、個人ボランティアを増員させただけでは問題は解決されない。積極的余暇活動が難しい今日的状況を鑑みるとき、Jリーグは、クラブを支援する市民ボランティアが各地で活動を行っていることや観客動員の動向に配慮し、非営利の市民活動への参加が促進されるよう働きかけを行なうとともに、その環境が整備されるまでの当面の間、平日の公式試合を極力行なわないようにするべきである。その上で、スポーツボランティアに限らず、平日にも積極的余暇活動として非営利の社会活動への参加が可能になるような社会条件の整備を進めることが必要である。




   ○総合型地域スポーツクラブ

   スポーツクラブは「スポーツを愛好する人の自発的・自治的団体で,規約など一定の規範の下にスポーツ活動を行うとともに,会員相互の親睦(しんぼく)を深める社交的な団体」(平成10年度 文教白書)と定義される。

   現在、わが国のスポーツクラブは以下の4種類に大別されると考えられる。

  1. 学校スポーツクラブ(中・高等学校や大学の運動部など)
  2. 企業スポーツクラブ(実業団、企業のサークルなど)
  3. 民間スポーツクラブ(スイミング,フィットネスクラブなど)
  4. 地域スポーツクラブ(スポーツ少年団,市民サークルなど)

   「総合型地域スポーツクラブ」は、年代や性別を問わず、スポーツを愛好するさまざまな人々が参加することができるものである。クラブは中学校区程度の範囲を想定し、その地域住民に対してサービスは提供される。クラブは地元住民を会員として募り、その会費収入を主財源として経営を行なう。地元住民による非営利法人をクラブの運営体として設立し、学校施設や公共体育施設の開放によって競技環境を確保する。会員は複数種目を行なうことができ、またクラブ側は会員の体力や競技力などを考慮した多様な活動プログラムを用意することで、会員は自分の目的や好みに合った活動をすることができる。

   このような総合型のスポーツクラブは、ヨーロッパ諸国に多く見られる。

   ドイツには「フェライン法(クラブ法)」があり、非営利などの条件を満たし、7人の会員が集まったクラブは「登録クラブ(Eingetragner Verein)」として認められる。クラブは登録により収入が非課税になるなどのメリットを得ることができる。1996年現在、登録クラブは86,000団体に上るとされ、その多くが300人以上の会員を抱える。

   また、イギリスでは市区町村がスポーツセンターを、地域のスポーツクラブや個人のスポツ活動の拠点施設として設置し、そのセンターを低料金で提供し、低収益で効率よく運営できるよう、センターの運営を民間に委託するケースが多く見られる。PFI(Private Finance Initiative)と呼ばれる、公共施設等の建設、維持、運営に民間の資金とノウハウを活用する方式が広く導入されていることにより、センターは、地域住民のスポーツに対するニーズやそれぞれのマーケティングのノウハウを獲得することができる。経営について成熟したセンターは、経営体を民間企業からチャリティ(公益信託)と呼ばれる非営利団体に移行する。PFI方式の利点を得たセンターは、チャリティに移行することで、さらに免税の特権を得ることができる(民間経営の場合は、収益の17.5%を税負担)。

   Jリーグが、活動指針として地域スポーツの普及を掲げたこともあり、Jリーグ発足当時から、ドイツを中心にヨーロッパの地域スポーツクラブの事例が日本にも紹介され、各地で地域スポーツの環境づくりの試みがなされ始めた。文部省は、ヨーロッパ型のクラブを「総合型地域スポーツクラブ」と称し、中学校区程度の区域を活動範囲とする地域スポーツクラブづくりを進めている。総合型とは、これまでのスポーツクラブにおいて一般的であった、種目、年代層、競技レベル、活動内容の単一性、限定性を解消し、幅広い年代や競技レベルに応じた多様な活動を行い、複数の種目を行うことができる新しいスポーツクラブの姿を指す。

   文部省は「総合型地域スポーツクラブ」の普及、育成を図るため、平成7年度より「総合型地域スポーツクラブ育成モデル事業」をスタートさせ、平成10年度までに、全国で19の自治体がモデル事業の指定を受けている。その中で、愛知県半田市の成岩スポーツクラブは、子供たちのスポーツ活動(とりわけ中学校部活動)を抜本的に改革しながら、総合型スポーツクラブを設立した事例として、注目を集めている。ここでは、成岩スポーツクラブの事例を紹介する。

   ○成岩スポーツクラブ

   成岩スポーツクラブは、愛知県半田市の成岩地区(成岩中学校区)に設立された総合型地域スポーツクラブである。半田市の南東部に位置する成岩地区は、従来から少年スポーツで盛んな活動が行なわれてきた。だが近年、スポーツ少年団の団員不足や指導者不足の傾向が悩みとなっていた。また学校週五日制の完全実施や指導の一貫性をめぐって、中学校部活動の在り方もまた変革を迫られる状況を迎えていた。

   平成6年、青少年の健全育成を目的とし、30年来活動を行ってきた「成岩地区少年をまもる会」が「成岩スポーツタウン構想」を打ち出した。「スポーツタウン構想」は、既存のスポーツ少年団の統合と中学校部活動の社会体育への移管により、小中一貫の総合型地域スポーツクラブを設立しようとする試みであった。

   1995(平成7)年よりクラブの設立が本格的に始まり、同年9月、半田市の支援によって成岩スポーツクラブは「文部省総合型地域スポーツクラブモデル事業」の対象となり、平成9年度まで3ヵ年の補助金を受けることとなった。平成9年度からは大人も会員対象とした第2期事業が始まり、現在は、成岩地区の人口約18,000人に対し、会員数2432名、指導者登録120名、団体登録42団体・915名を抱えるまでになった(平成11年9月16日現在)。


   半田市教育委員会スポーツ課に勤める榊原孝彦は、成岩スポーツクラブ設立当時、成岩中学校の教員に勤務し生徒指導主事を務めていた。彼はそこで「まもる会」とともにスポーツクラブ作りを進めてきた。成岩の取り組みは、地域のスポーツ活動を充実させた先例として注目を集めている。また、今日的にその軋みが表面化しつつある学校部活動の改革を先行し、学校の過重負担の解消と生徒の活動の多様性を支える学校づくりに効果を挙げた点も注目に値する。以下では、成岩スポーツクラブ設立までの経緯と現在の活動状況を取り上げ、事例紹介を行う。

   中学校部活動の改革について

   榊原は平成9年度まで10年間成岩中学校に勤務し、そのうち後半の5年間は生徒指導主事として、生徒たちと関わってきた。そのなかで、平成6年度から「成岩地区少年をまもる会」とともに、「成岩スポーツタウン構想」を提唱してスポーツクラブ作りを進め、そこで、学校部活動を社会体育に整合させる取り組みを行なってきた。

   当初もっとも大きな懸案となったのが中学校の部活動を切り離し社会体育に移管することであった。学校週五日制の実施や、学校教育における「ゆとり」の創出に対応し、なおかつ開かれた学校を作るために、榊原は中学校と地域のパイプ役を務めながら、同僚教員に学校部活動から社会体育への移管の必要性について説いてまわった。だが、教師の側からは、学校部活動の枠組みを変えることについて強い抵抗があった。それは学校部活動が教師や学校にとって非常に便利に出来ているためだと榊原は指摘する。

   学校部活動は、教師と生徒という関係をそのまま部活動のなかに持ち込むことができる。また教師と生徒との間には、すでに評価する側される側という立場が出来上がっている。すなわち学校以外のスポーツクラブでは一から形成しなければならないはずの、選手と指導者との立場上の関係性のレディネスが、学校生活を通してすでに形成されている。そのために、教員は生徒に対し、スポーツへの興味を持たせ練習に引きつけることや、モチベーションを高めるための工夫や努力をせずに済んできた。

   例えば、成岩中学校は部活動が全員加入制であったが、土曜日曜でも生徒は部活動に「来なければならず」、休むことは「悪」という考え方が出来あがっていた。それは、部活動を休むことが平日に学校を欠席することと同様に考えられたためで、もし部活動を休んだ場合、生徒は次の月曜日に学校に来づらくなってしまうという。

   また、学校の施設は公費で用意されており、教員はそれを自分たちのもののように使ってきた。一方で地域では、各スポーツ団体が練習場の確保に苦労し、学校のグラウンドが使われず開いているのにそこを使うことができない状況がある。道具についても同じように、公費で用意されており、教員はその状況に頼ることで、部活動のマネージメントについて苦労をせずに済んできた。

   また、指導上の事故や生徒の怪我などに対し、教員はほぼ自ら責任を負う必要がないという点で、リスクを負うことなく指導に携わってきた。

   以上の3点を榊原は指摘したが、全国的に多くの部活動が同様の状況にあるようだ。これらの要素に基づいて、限りなく無償に近い形での教師の部活動指導や、適切な資格や指導力を有さない素人同然の教員による指導が蔓延ってきたと思われる。


   平成8年3月、正式に成岩スポーツクラブが設立され、小・中学生を対象にし、小・中学生のクラブ一元化を図る第1次事業がスタートした。それに伴い、同年4月には、成岩中学校部活動を強制加入制から希望者加入制に変更し、部活動を平日の3日間のみとした。これは学校長の決断でドラスティックに改革をしたという。学校長名の文章で保護者に一斉に案内を配布し、改革についての考え方とシステム変更について理解を求めた。その結果、同年5月には500名を超える子どもが「スクール会員」として入会した。


   部活動改革に伴い、学校に「地域に開かれた学校づくり」が求められる状況を受け、当時成岩中学校では、地域に対し何を開くのかということが問題になった。そこで、地域の子供たちを預かっている教員は、地域のことを知っていなければならないのではないかという認識が確認され、施設の開放のみをもって「開かれた学校」とならないよう、教員が地域に出て地域の人たちと一緒に活動をしながら、その地域性を知ることに取り組んだ。それによって、子供たちのことをより理解するとともに、先生たちも地域に教員としてのノウハウを開こうとしてきた。

   社会体育への移行や学校開放の動きに伴って、教員は学校の外に出ていって指導をしなければならなくなった、榊原は「(教員にとって)言ってみれば「暖かいところから、冷たい風の吹くところ」に出ていくときの痛みというのはあったと思います。」と当時を振り返る。

   また、中学生が地域と隔絶した形で生活している現実があった。特に土曜日曜に学校が部活動で子供たちを抱え込むと、子供たちにとってもはや地域は生活の場ではなく、地域の教育力が有効に機能することが実は難しい状況にあった。そういった子供たちの生活を地域に開いていこうという考えも含まれてきた。

   現在成岩中学校は火、水、木曜日の授業後に学校部活動を行っている。月曜、金曜の授業後は「ふれあいタイム」として、学校の先生は子供たちの相談活動をしたり、子供たち同士で自由に学校に残っていろいろなおしゃべりをしたり、という自由時間に設定し、学級活動や教師と生徒のふれあいを優先しようとしている。

   土曜日と日曜日も原則として学校の部活動は行わない。スポーツを行いたい生徒は成岩スポーツクラブに加入し活動する。スポーツ以外の活動を小さいころから続けてきた(ピアノ、ボーイスカウトなど)子供にとっては、全員加入制の部活動では自分が望むことを継続することができなかった。そこで、土曜、日曜の学校部活動を廃止し、そのような子供たちも自分のやりたいことを堂々とできるようにした。スポーツクラブへの移行は、スポーツ以外の活動を希望する生徒の多様性も保証する可能性を有しているのである。


   全年代対象クラブへの展開

   小・中学生のクラブ一元化が軌道に乗りつつあった翌平成9年度には、成岩スポーツクラブ第2期事業として、高齢者にまで活動対象を広げることとなった。すでに前年度より、スクール会員の保護者は「サポーター会員」としての入会がほぼ義務付けられていた。まずはそのサポーター会員に対し、新たにスポーツ活動にも参加できる形での継続入会を募り、また、20歳以上の新規会員として「サークル会員」を募集した。この時点で、小・中学生の家族を持たない住民に対し、スポーツクラブへの門戸が開かれた。

   第2期事業においては、既存のスポーツ団体との調整が大きな懸案事項となった。同年4月には、それまで学校解放を利用してきた一般スポーツ団体を成岩スポーツクラブに団体登録させる制度を決定し、既存の各団体の代表者を対象を行った。そこで、成岩スポーツクラブの活動テリトリーとなる成岩中学校と二つの小学校(成岩小学校、宮池小学校)の合わせて三つの体育館の利用調整を、新たに成岩スポーツクラブに一任することを提案した。具体的には、これまで各団体がそれぞれ利用していたスペース(活動時間枠)は成岩スポーツクラブが保証することを提示し、その代わりに成岩スポーツクラブの会員が各団体のチームの活動に加わりたい場合、各団体はそれを受け入れることを交換条件とした。だが、そのことが既存団体の猛反発を受けた。既存団体側は、「成岩スポーツクラブに入らなければ施設を利用させないということなのか」と、従来各団体が半ば既得権的に保持していた学校開放の利用枠を奪われることに対する嫌悪感を示し、「それは閉鎖的ではないか」との批判を行った。

   だが、榊原はむしろ当時の状況が排他的なのだと指摘する。当時成岩地区の3学校施設は、既存団体による利用で飽和状態にあった。そのため、新規団体が活動する余地は無く、また、それぞれに凝集力を持った既存団体は排他的傾向をもち、新たにスポーツをしたい人々が受け入れられない状況が出来あがっていたという。

   そこで、住民全体にとって、スポーツ活動が公平に開かれたものとなるよう取り組もうとしたが、地域全体のスポーツ振興のために作った成岩スポーツクラブが、既存団体を排除したのでは理念に反することから、既存団体の活動を維持しながら新たなスポーツ人口を生み出すために、団体登録制度を設けたのである。

   各団体は成岩スポーツクラブに団体登録することによって、優先的に施設を利用することができる。その際、成岩スポーツクラブが施設利用のプログラムを作って管理することで、いままでの各団体の活動機会は保証する代わりに、それまで別々に活動時間枠を確保していた同種目の団体は、同じ時間にスペースを分け合って活動することで協力してもらい、整理されて空いた時間を新規団体に提供していく。それによってよりオープンなスポーツ環境を構築しようとしたのである。

   現時点では、すべての団体が成岩スポーツクラブに加入し、現在、団体登録は42団体・915名を数える(平成11年9月16日現在)。成岩スポーツクラブは登録団体から団体登録料として1万円を徴収している。だが、それは各団体が施設利用料として半田市教育委員会に支払って来た金額の半分に抑えられている。従来学校施設の利用には一回420円の電気代を支払ってきた。各団体は週1回の活動をするために、年に約21,000円(420円×50回)を必要としてきたので、各団体は、団体登録によって、半分の負担でほぼ従来の枠組みのままの活動を継続することができる。

   このように、成岩スポーツクラブは既存の活動、新規の活動双方にメリットを与える方策を模索しながら、全年代、全地域を対象とした総合型地域スポーツクラブづくりを進めてきたのである。

   だが、成岩スポーツクラブは、団体登録の制度について暫定的なものと考え、将来的には団体の枠を解消し、全員に成岩スポーツクラブの会員になってもらうよう考えている。現時点で各団体はそれぞれに求心力を持っており、一気に団体の壁を壊してしまうと烏合の衆のような状態になるのではないかと榊原氏は見ている。そこで彼らが持っている求心力をうまく利用しながら、いずれそれを成岩スポーツクラブの求心力として一つにまとめていこうとしている。


   成岩スポーツクラブが目指すものは、住民各自のライフスタイルに応じてスポーツに親しむことが出来るような、クラブライフの創造である。その実現のために行われている成岩スポーツクラブの活動をいくつか紹介しよう。


「みんなのスポーツ 11月号」日本体育社、1999、16頁より引用

   ・メディカルケア部門

   会員のメディカルチェックを、機械による測定と、コンピューターによる測定結果の分析によって行う。またスポーツドクターによるカウンセリングを実施する。スポーツカウンセリングのドクターはボランティアである。

   現在クラブの会長が医師であるため、クラブにとってメディカルの部分が重要であるとの意識が形成されている。だが、専門に常駐するドクターは居らず、通常活動の際のけがや傷害の手当ては、手持ちの薬品や用具による応急措置となり、大きなけがの場合は救急車を呼んで地元の病院に委ねるしかない。だが、以前に外部から招待していたチームのこどもが日曜日のゲーム中にけがをしたとき、日曜日にもかかわらず地区内の病院で診察をしてもらうことができたことはあるそうだ。クラブライフの充実による住民の健康増進という目的のもとメディカルケアが行われているが、会員の意識がそこまで付いて行かず、とりあえずスポーツをすることに意義があるという考え方がまだ圧倒的であるという。したがってメディカルケアの利用はあまりされていないのが実情である。

   ・サポーターズアソシエーション

   小中学生の活動を支える家族や、クラブの理念に賛同して協賛するスポンサーを組織化したものである。

   発足当初、クラブは「オフィシャルスポンサー」という呼び方で、地元企業から1件50,000円の協賛金を集め、その見返りとしてクラブが発行する広報誌「成岩スポーツクラブインフォメーション」に広告を掲載した。現在は不況下という状況と、クラブ側に営業活動をする時間がないため、積極的なスポンサー募集は行っていない。そのためスポンサーは1件も無くなってしまった。

   クラブ側は、スポンサー集めは将来的にぜひやっていかなければならないことであり、今からでも営業活動をすれば集まると考えているが、実際に行うには難しい状況がある。それは、地域のしがらみである。榊原が言うには「商店などを回っていると、「どうしてあそこには行ってうちには来ないのか」とか、逆に「どうしてうちに来てあそこには行かないのか」どういうことを言われ、網羅的にすべての店を回らなければならないようになってしまう」のだそうだ。そのため、取り組み自体は面白い試みであるにもかかわらず、時間や人員の余裕がなく、そこまで手が回らないのが現状である。

   むしろ、金銭的な協賛はないが物やサービスで実質的な援助を受けているケースがあり、その方がクラブにとっては助けになるという。例えば、地元の印刷業者はほとんど儲けなしで成岩スポーツクラブの印刷物を作成してくれる。そのような技能・技術や知恵を使った協力もまた成岩スポーツクラブの活動を支えている。

   ・コーチャーズアソシエーション

   地域の大人と教員で組織するボランティアの指導者バンク。22種目で約120人の指導者が登録している。クラブの指導はすべて登録指導者によって行われ、登録指導者はスポーツ医・科学についての研修を行う

   成岩では有償ボランティアという考え方のもと、指導者には指導謝金が支払われる。謝金は90〜120分の指導を1単位とし、単位時間当たり1,000円である。登録指導者は指導を行ったあと、謝金請求を申告する。

   だが、地域のボランティア指導者の間では謝金をもらうことに対して抵抗感があるようだ。謝金を払うことを決めるまでの話し合いの中で、地域のボランティアの人たちからは、「そんなものはいらない」という声が多くあがった。

   クラブは、当初300万円の謝金費用を予算化していたが、いざ始まってみると平成9年度には、予算額を上回る3250回分の謝金請求があった。だが、それもコーチ活動をしたすべての人が謝礼の請求をしているわけではない。謝礼の請求があるのは8割弱程度であり、自己申告をしない2割強の指導者は、こんな金はもらえない、もらいたくないという気持ちを持っていることが想定される。

   ところで、1996年に全国で行われたスポーツの実施状況に関する調査(4)では、実施状況における性差が改めて浮き彫りとなったが、女性のスポーツ離れをもたらしている一因として、日本の体育施設の貧弱さが考えられる。例えば更衣室のない体育館では快適に安心して活動をすることはできず、女性用トイレが少ない競技場では、観戦に不便を強いられることになる。だがこのような設備不充分の施設が数多くあるのが現実である。これまでの行政によるスポーツ振興に対する「箱もの行政」との批判は、競技者や観客にとって本当に必要な施設整備が欠落した状態で、体育施設の数ばかりが増えていったことへの批判でもある。

   「総合型地域スポーツクラブ」にとって、クラブハウスの整備は不可欠である。シャワーや更衣室を備えたクラブハウスが快適な競技環境をもたらす。それは女性のためだけに限ったことではないはずだ。また、スポーツをきっかけとした交流やコミュニティづくりを期待するならば、交流施設としてのクラブハウスは不可欠で、住民が気軽に出入りできる場所として、例えばテナントを募集して飲食施設や酒場を設置することや、あらゆる地域情報を集積し情報提供の場とするなどの仕掛けも必要である。

   成岩スポーツクラブでは、中学校の空き教室に電話回線を引きこみ、事務所兼クラブハウスとしてきたが、今後新築予定の学校体育館を「スポーツセンター(仮称)」という学校と地域の共同利用施設として建設し、クラブハウスをその中心施設にする案が、半田市の3カ年総合計画の中に盛り込まれ、平成13年度着工の予定で準備が進められている。

   クラブハウスは、会員のクラブライフをより快適にするための施設にするとともに、コミュニティスペースとして広く地域の住民に開放し、例えば平日の日中にお年寄りが気軽に集まって来られるような場所にする計画だ。もし、クラブハウスが有効に活用されれば、地域スポーツの環境整備の先例として、また、近年懸案となっている「開かれた学校づくり」の事例として大きな意味を持つであろう。

「みんなのスポーツ 11月号」日本体育社、1999、16頁より引用

  1. 日本語の「第三セクター」は官民共同出資企業を指すため、非営利・非政府部門の意味として third sector と表記した。
    サラモン.L.M/アンハイアー.H.K『台頭する非営利セクター』今田忠監訳、ダイヤモンド社、1996、197頁参照。
  2. サラモン.L.M/アンハイアー.H.K『台頭する非営利セクター』今田忠監訳、ダイヤモンド社、1996、45頁
  3. 仕事,家事など社会生活を営む上で義務的な性格の強い活動を指す。なお、「1次活動」は睡眠,食事など生理的に必要な活動、「3次活動」は余暇活動など、を指している。
  4. 『スポーツライフデータ 1996』SSF笹川スポーツ財団、1997、32頁参照

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