顕微鏡生物実験室19


*** シダ植物の観察-その生活史をたどって***

シダ植物は花が咲かない陸上植物です。胞子による無性生殖と、卵・精子による有性生殖を交互に行なって増えます。
そのような生活史の各段階をたどって観察しました。しかし、シダはそれ以外の方法でも繁殖します。最後の「追記」にそれについて記しました。


シダ植物の生活史

シダの生活史 私たちが普通シダとよんでいるのはシダの胞子体(胞子をつくる体)です。これは無性生殖をする世代で核相は2nです。つまり、同じ大きさ同じ形の相同染色体を各組2本ずつもちます。

(無性生殖)
胞子体の葉の裏側の胞子のう(胞子袋)で減数分裂が行なわれその結果、胞子ができます。つまり胞子は、相同染色体を各組1本ずつもつ、核相nの体です。
胞子が発芽すると、配偶体(卵や精子のような配偶子をつくる体)となります。シダの配偶体は前葉体とよばれ、数mmのハート型の小さな体です。

(有性生殖)
前葉体には、造卵器・造精器ができ、それぞれ卵・精子をつくります。精子は泳いでいって卵と受精し、受精卵となります。ともに核相がnである卵と精子が受精したものなので、受精卵の核相は2nです。受精卵は前葉体についたままで成長し、小さな胞子体となります。胞子体が成長するとともに、前葉体は朽ちてなくなります。



胞子のう・胞子・前葉体の観察(自然に育ったシダを材料として)
・胞子のう・胞子
 (肉眼とルーペでの観察)−材料はタマシダ(Nephrolepis cordifolia)

胞子体と胞子のう群 シダの胞子体には、その裏側に胞子のう群(胞子のうの集まり)ができます。胞子のう群ができる時期は、種類によってちがいます。タマシダの場合ほぼ7〜9月にできます。この写真の材料は8月下旬に採取しました。胞子のう群の形や配置も種類によってちがいます。

写真1は、タマシダの胞子体の裏側で、ぽつぽつついているものが胞子のう群です。

写真2はその拡大で、写真3は、それのルーペでの観察です。ひとつの胞子のう群は包膜に被われ、その隙間からたくさんの粒粒が見えますが、この粒ひとつが(ひとつの胞子ではなく)ひとつの胞子のう、つまり胞子が入っている袋です。包膜はやがてめくれあがって、中から胞子のうがでてきます。包膜がないシダの種類もあります。

スライドガラスの上で針又は先がとがったピンセットでかき出すと、胞子のうが、スライドガラスにとれます。これをまずルーペで見てみましょう。小さな粒が胞子のうです。気をつけてみるとそのすぐそばに、ごくごく小さな砂のようなものが見えますが、これが胞子のうから出てきた胞子です。

特別な葉である胞子葉を出し、その胞子葉だけが胞子をつけるシダもあります(例-ゼンマイ、スギナ)。この場合、胞子をつけない葉は栄養葉といいます。

(顕微鏡での観察)
スライドガラスの上で、胞子のう群に針又は先がとがったピンセットを入れて、胞子のう群をかき出します。これを顕微鏡で観察してみます。水で封じなくてかまいません。そのままか、カバーバラスは乗せるだけにして観察します。

胞子のうと胞子の顕微鏡写真

写真4−肉眼やルーペでは、小さな粒として見えていた胞子のうと、そこから出てきた胞子が見えます。胞子のうの外側の蛇腹のようなものは環帯といい、厚い細胞壁をもつ細胞が並んだものです。乾燥すると反り返り、中の胞子を飛ばします。


写真5−胞子を拡大しました。胞子の形や表面の模様は、シダの種類によって様々です。

・前葉体
胞子が吸水して発芽し育つと、数mmの大きさのハート形をした前葉体になります。これに卵と精子ができます。前葉体を観察するには、自然に育ったものを採取してくる方法と、胞子を培養して育てる方法とがあります。培養して育てる方法については、この後の〔胞子を培養して育てる〕に詳しく述べてあります。以下では、自然に育ったものを採取する方法について述べます。

前葉体は、自然に生えているコケの中や、ラン・オモトなどを栽培している水ゴケの中によく見つかります。前葉体だけのもの(写真6)より、そこから胞子体が育って前葉体と同じくらいの大きさになったもの(下の写真7)が探しやすいです。胞子体が育ってくるとやがて前葉体は朽ちてしまいますが、胞子体が前葉体と同じくらいの大きさならば、前葉体はまだ残っている場合が多いです。
 小さな胞子体が見える部分のコケのあたりをその下の土ごとシャベルですくい取り、持ち帰ります。そして、室内で前葉体をそこから取り出します。それには小さな若い胞子体の根元の下をさがし、胞子体の下に前葉体が見つかったら、その下にピンセットを入れてとりだします。そして、水をかけたり全体を水に入れたりして土を洗い落とします。また、胞子体ができていない前葉体(写真6)も探せば見つかることがあります。

 写真6と7の材料は、上に述べた方法により、コケの間に生えていたものを採取しました。写真中の方眼紙1目盛りは1mmです。

前葉体と若い胞子体
写真6はまだ胞子体がでていない前葉体です。ここの造精器につくられた精子は造卵器まで泳いでいって、そこにつくられた卵と受精します。その受精卵が育ったものが若い胞子体です(写真7)。この胞子体が育つと、私たちがシダとよんでいるものになります。写真7の右の個体のようにひとつの造卵器から2つまたはそれ以上の胞子体が出ていることも珍しくありません。

これは自然に生えているものを採取してきたので、シダの種類は分かりません。


胞子を培養して育てる
タマシダ(Nephrolepis cordifolia)の胞子を培養して育てた記録です。シダの胞子の培養方法はいくつかありますが、ここにご紹介するのは手間があまりかからない方法です。

・培養方法
園芸店で買ったミズゴケを素焼きの鉢につめて水をふくませます。シダ(ここではタマシダ)の胞子のうを針でかきとります。ルーペで見て、胞子のうから胞子がでていることを確かめたら、乾いた筆にその胞子をつけミズゴケの上に播きます。あまり多く播きすぎないよう注意します。水をはった浅い皿の上にこの鉢を置きます。鉢の下の穴からミズゴケに水を吸わせて、水がミズゴケの上にたまらない程度に湿った状態を保たせるためです。皿の水が減っていたら足します。播いたのは8月20日でした。透明なものでふたをして、直射日光の当らない窓際に置きます。

・1ヶ月、2ヶ月後 胞子が発芽していくつかの細胞ができました。

タマシダ胞子の発芽
写真8-胞子を播いてから1ヶ月後、ごくわずかに緑色になった部分がありました。そこを採取して顕微鏡で観察してみたら、胞子が発芽しているのが見られました。細胞中には少しの葉緑体が見えました。

写真9-胞子を播いてから2ヶ月後、緑色は少し増してきました。顕微鏡観察すると、細胞数が増え、その中に多くの葉緑体がありました。
ただ、写真8と写真9の胞子は同じものではありません。このくらいの大きさに育ったものが多かったですが、まだ写真8より少し進んだくらいの段階のものも見られました。

・3ヶ月後 前葉体が認められました

胞子培養3ヶ月後

写真10-3ヶ月後、ミズゴケ表面の緑色はさらに濃くなりました。
ただ、この色は、育った前葉体ばかりではなく、ミズゴケが緑色になったためでもあると思われます。

写真11-ルーペで見ると、多くのハート型の前葉体が見えました。この写真の上部にある青線のものは方眼紙で、その1目盛りは1mmです。

・7ヶ月後 前葉体はさらに成長していました

胞子培養7ヶ月後

写真12-7ヶ月後、ミズゴケ表面はますます緑色が多くなりました。。

写真13-前葉体は、写真10、11のときより成長して大きくなりました。これも、上部に置いた方眼紙の目盛りを目安に比較してください。

・12ヶ月後 若い胞子体が認められました

胞子培養12ヶ月後

写真14-12ヶ月後、ミズゴケ表面の緑色はもはや増えなくなりましたが、前葉体に若い胞子体が芽生えているのが認められました。

写真15-胞子体をルーペで見てみました。写真7と同じくらいのもの、それよりさらに成長した段階のものが認められます。

・15ヶ月後
若い胞子体はさらに成長しました。探すと、鉢の中にはいろいろな発育段階のものが見つかりました。それらのうちいくつかを写真17と18に示します。(方眼1目盛りは1mm)
写真17−前葉体が残っているものを発育段階順に並べました。左端の前葉体にはまだ胞子体がありません。左から2番目のにはごくごく小さな胞子体が芽生えているのが認められます。右から2番目の前葉体に芽生えている胞子体は1つだけですが、右端のには3つの胞子体が見られます。
写真18−さらに大きくなった若い胞子体です。前葉体はもはや見られません。

胞子培養15ヶ月後 小さな胞子体

追記

葉の芽生えと塊茎
以上は、このページのトップの生活史をたどって、その実物の観察を示してきました。しかし、シダの繁殖法はこれ以外にもあります。

写真19には、タマシダの根茎(こんけい)からの葉の芽生えが見えます。まだ、綿毛をかぶっています。右上の小画面にその拡大を示しました。こうした葉が次々に出てきて、この場所は一面のタマシダの繁みになっていました。一方、上記に述べたような、コケの間に芽生えた小さな胞子体や前葉体は見つかりませんでした。少なくともこの場所では、胞子による生殖や卵・精子の受精合体による生殖より、根茎から芽を生じての繁殖が主といえます。この方法で繁殖するシダはほかにも多くあります。
また、葉の先端にたくさんの無性芽をつけたり(コモチシダ)、葉の先が地面につくとそこから新芽が出たり(クモノスシダ)のような繁殖をするものもあります。

写真19には玉のような丸い塊茎(かいけい)も見えます。直径は1〜2cmほどです。これがタマシダという和名の由来で、貯水器官です。この塊茎から芽は出ません。

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[参考資料]
1)『植物の観察実験法』(P54〜57)(ニュー・サイエンス社)浜島繁隆・鈴木達夫-著
2)『植物の顕微鏡観察』(P128〜134)(地人書館)井上勤−著
3)『絵を見てできる生物実験 PartU』(P76〜77)(講談社サイエンティフィク)岩波洋造・森脇美武・渡辺克己-著
4)『牧野富太郎植物記 6』(P154〜194)(あかね書房)佐竹義輔−監修 中村浩-編
5)『週刊 朝日百科 植物の世界 134 シダ植物2』(朝日新聞社)
6)『原色日本羊歯植物図鑑』(P68〜71)(保育社) 


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