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「福ハ内」
節分のお菓子ですよね
何年か前に京都のお茶の先生にいただいたのです
静岡のデパートで見つけました |
2002年2月27日(水) みごとベスト4!!
あっっ…という間の1週間だった。
ていうか、気がついたら1週間過ぎていたという感じ。
月末に忙しい私の仕事、今回がこれまででいちばん仕事量としては多かったかも。(まだ終わっていない。あしたで2月は終わるというのに)
こうへいが土曜日から具合が悪くなり、同時に私も微熱…で、土曜日の午後はふたりで寝てしまった。
日曜日は朝からサッカー少年団の奉仕作業。小学校のまわりのどぶそうじ。夫は仕事でいないので、私が出る。ふだん家のそうじもろくにしないのに、大きなスコップでどぶさらいをする。
それから少し仕事をして、午後からはサッカーの試合を見に行った。
こうへいは熱があってもちろん出られなかったけど、この日はうちの小学校が会場になっていたし、なにしろ準決勝!ベスト4!!
準決勝に勝てば富士市で行われる県の大会に出場できる。武者震いしちゃいましたねー。
ところが…インフルエンザが流行っていて、メンバーがぎりぎりの数。
大丈夫か?と心配な状況。たよりのW君も病み上がり。来ている子たちも微熱だったり咳が出ていたり。……。
相手はH小。2強?と言われるうちのひとつ。
さすがにこれまでのようにはいかなかったけど、攻められっぱなしというわけでもなく、前半はよくチャンスを作っていた。ま、あの時に得点できなかったのがね。そのあと徐々に相手ペースになって、前半に2点取られちゃった。
後半はがんばって食い止めて0点に抑えたものの、こちらのチャンスはほとんどなく、結局2―0で敗退。
しかし、がんばったよ〜。キーパーのYくん、何本も止めたもん。1−1のシーンも何度かあったのよ。その真正面からのシュートを必死で止めたからね。
お母さんたちから「かっこいい〜〜」なんて声援が飛んだほど。
――お母さんたちの声援には力がはいって、もう叫びっぱなしだったかも。本部テントのとなりで叫んでたから、「いーかげんにしろ」って思われたかもね。でも、おかげで楽しいサッカー観戦だった。
決勝も見た。
同じ3年生でも、実力チーム同士の対決はさすがに見ごたえがあった。
ひとりひとりの技術が上っていうか、キック力も強いし、パスがよく通る。ゴールへ!っていう意思が伝わってくるね。
1−0でM小が優勝したけど、1点取られたあとのH小の攻撃、惜しかった。絶対1点返してやる!!っていう気持ちが見ている私たちにもすごく伝わってきて、ちょっと感動しちゃった。
試合が終わって挨拶をしに来たときには、泣いてたもん。全力を出して戦ったから、あんな涙も出るんだろうと思った。
こうへいのチームも来年はもっともっと鍛えてがんばってほしい。
地区予選を勝ち抜いて県大会へ!っていう明確な目標を持ってね。
2002年2月21日(木) カウプレ♪
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この袋の中は |
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おいしいパンでした。
monoのところでカウプレをゲット!昨日「焼けたよ」と連絡をもらい、すぐにmonoの家へ…。
届けてくれるということだったのだけど、ちょうど出かけるところだったので車でまわっていったのです。
手作りのパン(ピーナツバターを練りこんだものと、キャラメルチョコチップのパン)、そしてフレッシュビーンズのコーヒー、紅茶セット。
もうもう、しあわせの味〜でした。
ちょうどサキの合格祝いにいただいたような感じになりました。ありがとう!
昨日は合格祝い!と外で食事。
前日にチラシがはいっていたかに料理の店。ランチは手頃だけど夜はけっこう高い。でも10%割引のサービス券がついていたので、こういう時でもないと行けないから、と何年ぶり?かで行ったのだ。
こうへいは車の中でいつにも増してハイテンション。
「今は3度目の人生だ」と言い出した。「は?3度目?」
一度目はなんとかって名前。2度目は「ムラカワシュンスケ」という名前で昭和42年生まれ。――ともっともらしく言うではないか。なんなんだ、こいつは?とつい、真剣に聞いてしまった。
お父さんとはお店で待ち合わせ。
こうへいはメニューを見て「オラはこれとこれ。」と、それぞれ違う定食(○○御膳って名前がついていて、2500円とか2800円とかする)の中の刺身と寿司を指差す。
「…あのね。これはセットだから、これが食べたかったらこのセットを注文するの。」
「え〜〜〜!!」と落ち込むこうへい。
「…じゃあ、違う店へ行く。」――またはじまった(なにしろ回転ずしが好きなのだ)。
メニューには単品が載っていなかったので、お店の人に聞く。
「まぐろの刺身だけっていうのはできますか?」
「あ…はぁ、少しお待ちください。」と若いお姉さん。すぐに戻ってきて、「できます。おいくらでおつくりしましょうか?」
とたんにぱっと表情が明るくなったこうへい。メニューを決めるのにどれだけ時間がかかったことか。
出てきたまぐろの刺身は両手でひとかかえもありそうなくらい大きなお皿にのっていて(3人前くらいか)、こうへいは興奮状態。ひとりで抱え込むようにして食べ始めた。
「そんなにあわてて食べなくても、誰も取らないから大丈夫だよ。」
…まったくもう。かにやさんに来てまぐろだけ、なんて。
サキとななみもちょっと豪華な御膳。で、私はなんと「わらべ」…お子様御膳なのだった。これ、けっこうおいしくて量的にもよかった。子どもたちも全部食べるわけではないので、茶碗蒸をもらったりから揚げをもらったり。(たらばのから揚げはおいしかった!)
それぞれに満足はしたようで、めでたしめでたし。
2002年2月20日(水) 春…
「じいじのまゆ毛、伸びてない?」と先日入試の後で、サキが実家の父に聞いたそうだ。
これまで、いいことがあると必ず父のまゆ毛が伸びていたのだ。不思議なことにいつも1本だけ、びょ〜んと。
「そう言われて触ってみたら、右のまゆ毛が一本長く伸びていた。」――と電話の向こうで父の声が嬉しそうにはずんで聞こえた。サキもサキなりにあれでは…と心配になって、神頼み的な気持ちになっていたのだろうか。
合格発表。…大丈夫だろうとは思っても、試験のできがあまりに悪かったみたいだし、やはり番号を確かめるまでは万が一ってこともあるし…とちょっぴり心配だった。
昼過ぎ、高校まで行って番号を確かめてきた。――うん。あった。
ケータイで実家へ電話する。母が出て、「受かってたよ。」と言うと「よ、よかったねぇ〜〜」とすぐに涙声。その時はすぐに切ったのだけど、家へ帰ってきたらまた母から電話があった。父にも代わる。
ふたりで泣いたと聞いて、こんなに喜んでくれる祖父母がいて、サキは幸せだと思った。(その時にまゆ毛の話が出たのだ)
なにはともあれ、大事なのはこれから。
2002年2月18日(月) 風邪なんて引いていられない!
う〜ん、のどがすこしいがいがする。風邪の前兆か?
しかしこの忙しい時期に、風邪など引いていられない。根性でひかないんだ!
昨日はこうへいのサッカーの試合があった。
サークルK杯。1月から日曜日のたびに雨が降って、延期になっていた。
昨日も予報では「昼前から雨」。午前中はほかの試合があるために午後から予定が組まれていて、これではまた延期か…?と思っていた。
案の定、1時からの試合を見に行こうと外を見たら、ぽつぽつ雨が降り出していた。
会場のK小学校まで行くと、予定通り試合が行われる雰囲気。前日にお母さんのお葬式があったKくんも、お父さんと一緒に来ていた。がんばれ!と心の中でエールを送る。(行われた2試合に勝つことができて、お母さんにいい報告ができたね、きっと。よかった)
試合が始まってしばらくすると、雨は本降りになってきた。…傘をさす。午前中はあたたかだったのに、だんだん気温が下がってきた。ベンチにすわっている控えの選手もパーカーを着てはいるものの、冷たい雨に体が冷えてしまう。
結局予定されていた試合すべてが行われた。雨でびしょびしょになる。おまけにどろんこ。
第一試合に3−1で勝ったので、次の試合が行われている間、校舎の屋根のある場所で待つ。
子どもたちはシートの上で騒ぎまくっていたけど、親たちはずっと立って待っていた。(冷えて腰がちょっとつらくなってきた)
小1時間も過ぎただろうか、子どもたちはウォーミングアップを始める。そこでころんでまたまた泥だらけ!(見ている方はうゎ〜…)
2試合目はジャージもそろえた「強そう」って思えるチームだったが(なにしろうちのチームは5年生になるまでジャージもそろえないのだ)、なんと試合は終始こちらのペースで、3−0の完封勝ち!
すごいすごい!!
来週また試合だよ〜!自信持っていこうね!
2002年2月16日(土) 天国のお母さんと約束した
こうへいの同級生、Kくんのお母さん(Hさん)が亡くなられた。
お姉ちゃんのMちゃんはななみの同級生。
今日の葬儀のときには、Kくん、Mちゃん、そしてまだ1年生のCちゃん、3人のきょうだいが前に進み出て、Mちゃんがお母さんへお別れの言葉を読み上げた。しっかりと。
子どもたちが幼稚園の時からのお付き合いで、サッカー少年団にも一緒にはいった。サッカーの試合はいつも一緒に応援したし、学年の理事としてだんなさんとふたり、本当によく子どもたちの面倒を見てくれた。
胃癌だったのだそうだ。手術から1年たっていなかった。
まだまだこれから…育ち盛りの3人のお子さんを残して逝かなければならないのはどんなにせつないことだったろう。
その知らせを聞いたのは13日、サキの入試の日だった。
サキを高校まで送って行った帰り、ケータイが鳴った。
「あまりいい知らせじゃないんだけど…」と友人のMさん。
突然のことで――土曜日にはお花を届けよう、と話していた矢先だった――サキの緊張感のことを考えて涙が出ていた私だったが、今度はほんとに泣けてきてしまった。
いつもニコニコしていて、前向きな人だった。サッカーのルールって、あんまり知らない。教えて〜なんて、よく私に言ってきた。
ジュビロの試合に行く時には誘ってよ!とも言っていた。じゃあ、夏休みにジュビロの練習を子どもたち連れて見に行こうよ!なんて話していたのだ。
サッカーの試合の時など、会えばとても元気に振舞っていたので、やせてしまったけどすこしずつ健康を取り戻しているのかな?と思っていた。私たちはそんなに悪い状態とは思っていなかったのだ。
けれど、お悔やみに行っていろいろお話を伺うとやはり、あと何ヶ月かの命と宣告されていたそうで、だんなさんはもう覚悟を決めていたのだろう、しっかりと応対してくれた。
今になって思えば、サッカーの理事の仕事だってたいへんだったろうに、きっとそれもHさんの支えになっていたのだろう。だんなさんもそれを思ってきっと一生懸命に打ち込んでいらしたのだろう。副理事のMさん夫婦とともに労を惜しまずにいろいろと動いてくれて、それを見てうちの夫もだんだん協力的な気持ちになってくれた。
そしてそのおかげで私たちの学年は仲がよく、まとまりのある学年になったのだと思う。私たちにはかけがえのないつながりが生まれたと思う。
「Kは6年生までサッカーを続けることにしたから、これからもよろしくお願いします。…なっ、K! お母さんと約束したもんな!」
――お悔やみに行った私たちに、帰りがけHさんのだんなさんがKくんの肩を抱きながら声をかけてくれた。
お母さんと約束した。
…明日、ずっと延期になっていた試合が予定されている。Kくんはその試合に出場する。
Hさん! 試合の応援の時はこれからも一緒だよ!
2002年2月12日(火) お茶の郷
静岡はお茶の里。
私もお茶は大好き。静岡に生まれて何がよかったかって、サッカーがさかんで、おいしいお茶が飲めるってこと。
実家があるところもまわりはお茶畑がたくさん。小学生の頃は5月の連休の頃ってちょうどお茶つみで忙しく、そのために小学校まで休みになっていたほどだった。
(うちはお茶農家じゃないから関係ないけど、近所の茶畑へちょこっと手伝いに行った記憶がある。母も毎年、どこかへ手伝いに行っていた。新茶などたくさんもらうので、お茶を買ったことはない。そして、どこの家庭もお茶を小学校に寄付するのだった)
同じ静岡でも、その地域によってお茶の味は違う。
やはり有名なのは牧の原のお茶か。
昨日はその牧の原にある『お茶の郷』というお茶の博物館へ行ってきた。
車で40分ほどかな。牧の原台地の広大な茶畑のど真ん中にその施設はある。
お茶のルーツ、そしてアジア、ヨーロッパ、アフリカなどのティータイムの様子が展示されていて、入り口では紅茶を出してくれた。
紅茶といっても色がうっすらクリーム色で、シルバーティップという稀少な葉っぱなのだそう。
出口では煎茶を出してくれた。
お茶室もあった。
庭は小堀遠州だそうだ。池の上に廊下があって、下を泳ぐ鯉を見ることができる。夏は優雅にここで夕涼みをするのだと。
お茶券を買って抹茶とお菓子をいただく。
ちゃんと点ててくれるのかと思ったら、先生らしき人が「ここへすわって!」とえらそうに言って、奥で点てたお茶を無造作に出してくれただけだった。
最初、お茶室は別にあるのかと思い、「ここへ」と言われたふすまの前に私はすわったのだ。そこからお茶室へはいるのだと思って。
しかしそこがお茶席だった。
「おしりむけて座ってどうするんですか!床の間はこっちよ!」
と言われてびっくり。…どこに炉が切ってあるのだ。
もう終わりの方の客だったから、粗末に扱われたような気がして、私はなんとなくおもしろくなかった。
そして1階にある売店。
ななみがお抹茶を欲しいというので買おうとしたら展示品だけだった。で、レジの人に聞いたら「シンビジュームの下の冷蔵庫にはいってます。」とアゴで指すではないか。
は?シンビジュ―ムってどこにあるんだ、としばらく探した。私がうろうろしてたので、レジの人がやっと来て「ここです。」。
――そんな離れたところじゃないんだから、最初から案内してよ!と言いたくなった。
これでますます気分が悪くなった。
『お茶の郷』そのものはいい。博物館も一見の価値あり。
紅茶教室も開かれるそうで、興味はある。
しかし私はたぶんもう行かない。
2002年2月10日(日) 冬季オリンピック in ソルトレイク開幕!
好きなんだなぁ、オリンピック。
ゆうべも遅くまで見てました。モーグル女子の予選、そして決勝!(…は寝てしまって、早朝のニュースで結果を知った)
やったね〜、里谷多英選手銅メダル!
上村愛子選手もすごかったのに、本人もガッツポーズが出ていたのに、何故?…だった。
午後はフィギュアスケート・ペアのショートプログラムも見てしまった。
昨日NHKのドキュメントでロシアのペアが取り上げられていた。ついつい最後まで見ちゃったんだけど、彼らは今日6位につけていた。頑張ってほしいな〜。これからしばらく、また寝不足の日々。
あぁしかし…。
6月のW杯もこんな感じで毎日TVにかじりついているんだわ。日本で開催されるというのに!
2002年2月9日(土) オフ会第2弾!
今度は焼津で…と約束していたオフ会はおととい7日に実現。
今回は人数も増えて6人!
焼津が3人、浜松から、清水から、そして遠くは横浜からも来てくださって!
今回初めてお会いした3人の方にとっては、ご自分以外はほとんどみんな初対面。でも、初めてなのに初めてじゃないっていうのがほんとに不思議。ネットの魔力ですね。
monoが車を出してくれて、焼津駅までみなさんをお迎え。どきどき。
私が改札口まで行ったのだけど、まずSさんが。お互いすぐにわかった。(なんでわかったのでしょうね?) Hさん、Uさんを待つわずかな時間にかなりいろんなことをしゃべった気がします。
約5分後に到着したHさん、「おぉ〜、やせた??」と私。
うわさ?のUさんもイメージどおり!
途中でKさん(やっぱり話に聞いていたとおりの人!)と合流し、一路ケーキ屋さん「MOMO」へ。この日の予定はわからずに来ている方もたぶん何人か。
すでに先客が待っていたMOMO。やっぱ人気だなぁ。ケーキのメニューもその日によって少しずつ違うみたい。
ホントはもう一軒、行きたいケーキ屋さんがあったんだけど、時間の都合でカット。大崩海岸のグランドホテルへ(その名の通り崖の上にホテルが建っていて、海がとってもきれいに見えるのよ)。
ここでのランチはかなりお得。――ということを再認識。以前行った時よりもさらに安くなっていたような気がする。パン、サラダ、飲み物がお代わりできるし、デザートも小さなケーキを4種類選べるのが楽しい。
最後に行った「フレッシュ・ビーンズ」で私とKさんが話をしていたら、お店の奥さんに「○○さんと○○さんはお友だちだったんですか?」と声をかけられた。(Kさんもmonoに勧められて、このお店の常連さんになってたのだ)
「??」…そこで初めて気づいた。私たちはお互いの名前(名字)も知らなかったのだ!
「今日、初対面なんですよ。」と言うと、びっくりされた。(名前も知らなかったなんて、私自身もびっくり)
それにしても楽しかった。
ずっと前からのお友だちみたいな、お互いのことけっこう知ってるみたいな、…HPのイメージとやっぱり変わらないのだ。
背伸びしたり、別人みたいなふりしても、ムダかもね。
…というより、みなさんほんとにそんまんまということは、正直で真摯で、人ともしっかりまじめに向き合っている人たちだからに違いない。
だから、「あれ、この人イメージと違う…」ってことがないんでしょうね。
風邪が流行っている時期だけど無事に集合できてよかった。(Sさんはインフルエンザで休んでいるだんなさまを置いてきた…ということだったが)
さあ、次回はいつ?どこで?
2002年2月5日(火) シュークリーム(まぼろしの?)
昨日静岡でのミーティングがあり、行列のできるシュークリームの店がある、という情報を耳にした。
行列! しかもシュークリーム!
シュークリームには目がない私。
食べたくなるとわざわざ車を走らせて買いにいく。
お店のシュークリームに飽きると自分で作る。(手作りがいちばんよ)
昼頃焼きあがったシューを買いそびれると、次は3時頃まで買えないのだそう。…そのシュークリームがどうしても気になって頭から離れないので、今日またまた静岡へ行ってきた。
昼すこし前に到着。駅ビルの駐車場にとめ、走ってマツザカヤへ。すぐに行列は目にはいった。
同じ一角にそのシュークリームのお店と、ドンクのミニクロワッサンのお店が。どちらも行列。
実演販売のような感じで、ガラス張りのその向こうで、焼きあがったシューにクリームをつめている。詰めたそばからどんどん売れていくのだ。
大きなオーブンでシューをたくさん焼いていたが、並んで10分ほどすると「ただいま自慢のシューが焼きあがりました。オーブンから出します〜!」とスタッフの女性が。
するとほかのスタッフたちは声をそろえて「ハ〜〜イ!!」…笑っちゃった。
今日の目的はシュークリーム。しかし駐車場代を払うのがしゃくなので、駅ビルで少し買い物をし、1時間分の駐車場チケットをもらってすぐに帰ってきた。(バカだわ、私)
これでたいしたことなかったらどうしようと思ったけど、まぁまぁおいしかった。
一緒に食べたサキ、ななみは「どうしてこんなにたくさん買ってきたの?」
つい10個買ってしまったのだ。(1個120円)
「MOMOのシュークリームの方がおいしい。」とサキ。
「MOMOのはカロリーが高そうだ!」とななみ。
ま、それぞれ好みがある。
「まぼろしのシュークリーム」…学生時代、私が知ってるだけでもそう呼ばれていたシュークリームのおいしいお店(ケーキ屋さん)がふたつあった。
ひとつは京都。夕方行くともう売り切れ。デパ地下に入っていたので、2、3回買ったことがある。
それよりもおいしかったのが神戸の『リヨン』というお店で、当時でも1個200円くらいしたと思う。小さなお店だったが、友だちの寮の近くだったのだ。
時たまそこで買ったけど、これはおいしかった。心して食べるシュークリームだった。
でも、いちばんの思い出のシュークリームは、子どもの頃伯母が作ってくれたものかな。
当時はシュークリームを手作りなんて、まさに魔法!だったからねー。
おいしかった〜、ほんとに。
リクエストしたくてもこわくてリクエストできない…という怖い伯母だったけど、今はもうこの世にいない。リクエストすればきっと喜んで作ってくれただろうに。
ほんとうに「まぼろしのシュークリーム」になってしまった。あのシュークリームが私のめざす味。
2002年2月3日(日) 宮西達也さんのおはなし
昨日は絵本作家の宮西達也さんの講演会を聞きにいってきました。
宮西さんは同じ静岡県のご出身。
もう何年前でしょうねぇ、『おとうさんはウルトラマン』を子どもが通っていた幼稚園の絵本の会通信で紹介したのが、宮西さんの絵本との出会いでした。
2年前、静岡県の図書館大会でのパネルディスカッションに、宮西さんがパネリストとして招かれていました。
このときのお話が、息子さんが通っている小学校で読み聞かせをしていらっしゃるなど、短い時間ではあったけどとても印象深いお話だったので、また機会があったらぜひ講演会を聞いてみたいと思っていたのです。そしたら絵本の会で講演会が実現するということになったというのです。楽しみにしていました。
予想に違わぬ、楽しくて肩のこらない講演会でした。
お父さんたちの姿もけっこうあって、びっくり。お父さんたちに宮西さんのお話が聞いてもらえて、とてもうれしいです。
なにしろ宮西さんは高2、中3、小6、小3の4人のお子さんのお父さんでもいらっしゃるので、その子育てに対する姿勢や考え方をぜひお父さん方に…と私は常々思っていたから。
宮西さんのHPにお邪魔するようになって、ますますその思いを強くしました。
中学での講演会が大成功に終わっているというお話(宮西さんの日記)を読んで、うちの中学にもぜひ来てもらいたいものだと思ったりしました。
宮西さんの子どもの頃の思い出、絵本作りの姿勢、4人のお子さんたちとの関わり、ご夫婦の関係、…さまざまなエピソードが次々と出てきて、また冗談もぽんぽん飛び出してテンポがよく、それは楽しいお話でした。
いちばん上のお嬢さんに持病があって、小さい頃からそれは苦労されたこと…。でも、中学の時にはソフトボール部で真っ黒に日焼けし、今ではこのお嬢さんが4人の中ではいちばん丈夫なのではないかと思える――というお話。
健康がいちばん。いい高校へ行って、いい大学へ行って、いいところへ就職して…なんてことは全然考えていない。そのために育てているのではない。健康で、自分の好きなことを精一杯やってくれることがいちばんうれしい。
――そんな話を聞いていると、私自身も気持ちが楽になってきました。
そうだよね。いい高校へ行ったり、いい大学へ行くことってあとになって考えてみれば、それほど重要なことじゃない。今の生活にほとんど関係ない。
お父さんたち、ひとりずつ前へ出て「おっぱい」のぬいぐるみ?を胸に、「それは何ですか?」と宮西さんに聞かれると大きな声で「おっぱい」と叫んでました。
お父さんたちにとっても忘れられない講演会になったことでしょう。
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