すいーとぽてと!…日々のつぶやき

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2002年3月29日(金)   お別れの日
9年間ななみが通った「絵の教室」
卒業祝いに先生がななみの作品を
額装にしてくださった
絵のまわりのマットもななみの作品
 幼稚園の時から通っていた「子どものアトリエ」。
 サキが8年間、ななみは9年間。通算11年間。
 11年間も先生におつき合いしていただいたこの教室、 昨日が最後の日だった。
 ほとんど毎週。夏休みも冬休みも行ける限り通った。
 大きくなって自転車で通える距離ではあったが、教室が終わって迎えに行った時、先生と少しお話できるのが私自身の楽しみでもあったので、ずっと車で送り迎えをした。

 もうそれがなくなってしまう。毎週、先生にお会いするのが当たり前の習慣だったのに、それが4月からなくなるのだ。
 またいつでも遊びにきてね〜と先生はおっしゃるけど、実際にはなかなか・・・。
 サキも小学校卒業以来、先月高校入試が終わったあとに初めて先生にお会いしに行ったのだ。最初、先生はサキを見てびっくりしていた。ずいぶん変わったわねぇ!わからなかった!って。
 
 ななみはできれば中学にはいってもこの教室に通いたいと言っていたが、部活もあるし無理だろう。夏休みの間だけでも…と言っている。

 好評だったギャラリーでの作品展「子どもはみんなピカソ展」。
 去年は歯の衛生習慣ポスターコンクールで優秀賞、表彰式のあと市長さんがななみに声をかけて握手してくれた。副賞で、TDLへ私も行けた。ななみとふたりで1日目いっぱい楽しめて、貴重な思い出になった。
 絵の教室は、夢のある時間をプレゼントしてくれたような気がする。サキにとってもななみにとっても、ひとつの大切な思い出の世界となることだろう。
 先生、11年間、本当にありがとう!


2002年3月27日(水)   あれこれ考える

 この10日間くらい、仕事のことについてあれこれ考えていた。
 仕事そのものは月の後半だけだし、本当なら前半は比較的時間があってやりたいこともできるはず。
 なのにここ1、2年は前半も忙しくなってきてしまって、手帳のカレンダーは書き込みがいっぱい。大事なことをうっかり忘れてしまうというミスや、考えられないようなミスが続いたりして、もうこれは危険信号。やらなきゃいけないことが私の許容範囲を超えてしまったのだ。
 
 いちばん手抜きになるのは家事で、食事の支度も夜出かけるときには簡単にできるもの、少し手を加えればいいようなものを買ってしまったり、子どもたちも「また今日も出かけるの?」と毎日のように私に聞いてくるようになった。
 「お母さん、どうせ私の話なんて聞いてないんでしょ!」とななみに言われることもあったし、こうへいにいたっては私が忙しいのをいいことにゲームのやり放題、学校で注意されたことも私には何も言わない。

 それで、先月担任の先生からお手紙をいただいた。
 「授業が身に入っていない様子。注意しても心に届いていないようだし、落ち着きがない。忘れ物も多い。」――私の愛情が不足しているのではないかという内容だった。

 これにはさすがにショック。
 こうへいのことはあんなにかわいがっているはずなのに…しかしかわいがっているつもりで、大事なこと、目をかけてあげなきゃいけないことには目をつぶっていたということなのだろうか。忙しいから、と後回しにしていたつけがたまりすぎたということなのだろうか。

 ちょうどその手紙をもらった頃は、こうへいの同級生Kくんのお母さんが癌で亡くなられたあとで、私も日々の生活の中でちょっと考え込んでしまったり、「Kくんはもう、お母さんにこんなことしてもらうこともできないんだよ。」なんてつい、こうへいを不安にさせるようなことを口にしてしまっていたのだ。
 たぶんそれが大きな原因のひとつだったのだろうか。そう思って、それ以来そういうことを言うのはやめた。少しうるさいくらいに注意したり、怒ってみたりした。――そしたら「この頃は自分でも気をつけているし、よくなりましたよ。」とまた先生が予定帳に書いてくださったのだ。


 それはともかく、家のことや子どものことがおろそかになっていたのは事実。
 この際、きっぱりと仕事をやめて、しばらく家の中をきれいにしたり子どもの相手をしっかりやったりしようかな。と思い始めてしまった。
 しかしフルタイムで働いていたって家はきれいな人もいるだろうし、ま、要領が悪いんだな。
 ほかにも考えることがあって、とにかく仕事を少し減らすことにした。――実は、仕事を辞めようと思ったらなんだか悲しくなってしまったのだ。この仕事は好きだし、やりがいもある。辞めたくて辞めるというわけではない。
 仲間にも話を聞いてもらって、じゃぁ…と考えなおしたのが、仕事を減らすこと。それができればもう少し続けていけるかもしれない。
 そう考えたら、またうれしくなった。



2002年3月23日(土)   バラの花束…

 何度も思うけど、1年って過ぎてみればほんとに短い。
 中学での広報部の活動も一区切りがつき、昨夜は打ち上げ(一応反省会もかねている)食事会。
 全員が仕事を持っていて忙しい中、夜何度も集まって作り上げた広報紙には愛着がわくし、部員同士もずいぶん仲良くなれた。
 私自身は家に持ち帰ってやる部分も多かったのだけど、何しろそんなことが好きな性分なので、それがたいへんとは思わないし楽しかったのだ。

 この1年間、いろいろ教えていただいた顧問のCさんは、その前の2年間、部長だった。Cさんは小学校でも広報部長を何年か務めていたので、かなりのベテラン。校正や紙面の割り付け、写真の配置の仕方、タイトルについて…たくさんのことを教えてもらいながら、私たちは広報作りに取り組むことができたのだ。


 そのCさんも今年度で広報部に区切りをつけるので、中学での役員生活3年間、しかもたいへんな広報部お疲れさま…と、最後にバラの花束を贈ろうと話し合った。Cさんには内緒で、打ち上げの時にわたそうねと話していたのだ。バラの花束は部員のSさんが用意してくれた。

 さて、花束を渡す時になって私も席を立ち、部員さんたちに記念に用意した鉢植えの花(ベゴニア)を車へ取りに行く。Sさんは車からバラの花束を出してきた。「すごいねー!」…バラ農家から直接買ってきたので、おまけして豪華に作ってくれたという。
 ベゴニアを持って私が部屋へ戻ったら、Sさんが「ちょっと待ってて」ともうひとり、Hさんと一緒にもう一度部屋を出た。
 そして戻ってきた時には、SさんとHさん、それぞれにバラの花束を抱えているではないか!

 「え!?」
 私はびっくり。もしかして、私にも…?
 うわ〜〜…!私に内緒で用意してくれてたんだ。
 思いがけない演出に、卒業式以来、涙腺がゆるみやすくなっていた私の涙腺がまたまたゆるんできてしまった。う、うれしい。
 色とりどりのバラの花がなんと22本も。(結婚祝いに友人が白いバラの花束を送ってくれたけど、バラだけの花束ってその時以来)
 Cさんへの花束と私がいただいた花束、そして黄色やオレンジ色のベゴニア。広いテーブルの上が花でいっぱいになった。

 いろいろたいへんなこともあったし(広報、ボランティア、仕事がいっぺんに重なって胃をこわしたこともあった)、夫に「報われない仕事だ」と言われてもやもやした気持ちになったこともあったけど、そんなのいっぺんに吹っ飛んじゃった。


 いい仲間に恵まれてよかった…とうれしかった。Cさんもこんなの初めて、と喜んでくれた。
 バラの花束。――またもう一年、広報がんばるぞ!ってやる気をくれた。
 なんだか、とっても幸せな気分で家へ帰ってきたのだった。
 
 みなさん、ありがとう。顧問のCさん、部員のHさん、Sさん、Nさん、Oさん、Oさん。ほんとうにありがとう。
 また機会を作って集まりましょうね!


2002年3月21日(木)  ふたつの卒業式

 忙しい日々にちょっとだけ区切りがついて、やっと一息。あしたからはまた忙しい。
 (春休みはいつも忙しい。私の月後半の仕事がもろに重なっているから)

 昨日は中学校の卒業式、おとといは小学校の卒業式だった。
 (お祝いメッセージをくださったみなさま、ありがとうございます)
 2日とも天気に恵まれ、晴れやかな気分がいっそう高まったような気がする。

 小学校は3クラス。91名の卒業生たちがステージに作られたひな壇に、フロアーを向いてすわる。
 フロアーの中央に卒業生たちは進み出て、卒業証書を受け取るのだ。
 思ったよりも緊張感がいっぱいで、子どもたちは歩く時も固くなっていた。
 卒業生が入場してくる時がいちばんぐっとくる。この時点でもう涙。
 第1部はとんとん…と進み、第2部へ。
 卒業生が小学校での思い出〜あんなこと、こんなこと、個人的なこと、そして将来の夢…とたくさんのことを、ひとりひとりが立ち上がって大きな声で言う。たくさん練習したんだろうね。みんな間違えることもなく、堂々としていたよ。
 歌も上手だった。(この前聞いた中学生より声が出ていた)
 
 クラスごとに記念写真を撮った後、外に出て在校生(5年生)のアーチに見送られながら正門へ向かって歩いていく。
 これが私にとっても初めてのことで、とてもうれしかった。3年前のサキの卒業式の日は大雨で、これがなかったのだ。しかも、終わったらすぐにみんな帰ってしまって、あまり写真を撮ることもできなかった。
 しかしこの日は終わったあとみんなでたくさん写真を撮った。――もう最後。6年前の入学式と同じ道、つぼみが開き始めた桜並木の川沿いの道を歩いて、家へ帰ってきた。


 中学の卒業式はまたさらに感慨深い。
 7クラス、約250名。
 デンファレのコサージュを胸につけた卒業生。
 3年間の間に私もいろいろな子を覚えたので、ひとりひとり見守りたいような気持ちで卒業証書が授与されるのを見ていた。
 卒業証書を受け取り、ステージの端に立って一瞬会場をきりっと見つめる。そして降りてくる。この瞬間にひとりひとりの個性が現われて興味深い。
 卒業証書が授与される時には、文化学習発表会で歌った時のCDがそれぞれのクラスの時にBGMとして流される。
 サキのクラスの時には例の『流浪の民』。あのときのことも思い出しながら、時間は流れていった。
 
 校長先生、PTA会長の祝辞。自治会長さんの祝辞。
 保護者代表の謝辞。

 第2部は卒業生が企画したお別れの会。
 3年間の思い出がスライドで上映され、そのあと生徒が弾くピアノのBGMにのせて7、8人の生徒がそれぞれに心に残ったことを語っていく。
 みんな何度も練習したんでしょうね。全部覚えて、正面をきちんと見て、大きな声で言うもの。感極まって泣いてしまった女の子もいたけど、堂々としていて、ほんとに未来に向かって羽ばたこうとしている雰囲気だった。
 歌もよかった。
 この学年がテーマにしてきた『Making Treasure』、その宝物の歌。――歌いながら、ハンカチを目にあてる子たちが何人もいた。
 2年生の送辞を読み上げた女の子も上手だった。
 最後は全員で『大地礼賛』を合唱。
 すべてが終わって、3年の担任の先生たちが前に立ち、クラスごとに生徒が立ち上がって礼をして退場。
 
 3年間学年主任だった先生が最後に挨拶。先生も無事に終わって心からホッとした様子。
 ネジが何本もゆるんだような話し方をされて、ほんとにホッした〜と、こちらにも伝わってきた。

 子どもたちはクラスに戻って、担任の先生から最後の話を聞いたのだそう。グラウンドに集まった時には、サキは目をまっかにしていた。
 そしてクラスごとに親子で並び、担任の先生を先頭に在校生や先生たちのアーチの間を歩いていくのだ。これってほんとにうれしい。すべての人に「ありがとう」って言いたくなる。
 
 最後に担任の先生から挨拶。そして子どもたちはあちこちで写真を撮ったり大騒ぎ。
 名残惜しい時間は続き、なかなか帰ろうとしないのだった。

 家に帰ってきて、サキの卒業アルバムを見る。
 最後の方には友だちから書いてもらったたくさんの言葉、そして担任の先生からの送る言葉。
 それらのひとつひとつを読むと、この子はいい友だちに恵まれて、幸せな3年間を過ごしてきたのだなぁということがあらためて思われるのだった。


 やっと飾ったおひなさま(3月2日)

2002年3月16日(土)   ハトの恩返し…はないよねぇ

 昨日から小学校は給食なし。
 それで早く帰ってきたこうへいがゲームばかりやっているので、「天気がいいから外へ行って遊んできなさ〜い!!」と大きな声で言ったらあわてて外へ出て行った。
 小学校のグラウンドでしばらく遊んで、「お母さん!ハトが網にひっかかって動けなくなってた。」と言って戻ってきた。
 それはたいへん、と一緒に見にいくと、グラウンドのまわりに張られている野球部のネットのいちばん下に、ハトがからまっていた。

 ネットは地面に垂れている部分が多く、ハトはほんとにいちばん下の網の目に飛び込んだのか、そして出ようともがいたのか、ネットが何重にもねじられた状態で、身動きできなくなっていた。
 それを持ち上げてねじられたネットを元通りにすればいいかと思ったが、元に戻るものではない。ハトはネットを持ち上げた時にバタバタ動いたので、まだ大丈夫な状態。
 私はハトを手に持つなどということができないので、小学校の事務室へ行って様子を伝えた。するとFさんともうひとりの女性が一緒に来て、Fさんがハトを抱き上げてネットをはずそうとしたら…まるでネットが、誰かがハトのからだを上手にしばったみたいに、きっちりとからみついていたのだ。

 「これははさみで切らないと・・・」
 と、はさみを持ちに戻って、慎重にネットの1か所を切る。それでもダメ。首にくいこむようになっている。そしてもう1か所。それから、羽をそーっとはずしてみたら、ハトは突然バタバタバタ…と、白い羽をまき散らしながらFさんの手から飛び立っていった。
 いきなり力強く飛び立ったので、Fさんも一瞬「び、びっくりした〜〜」。Fさんが平気でハトを手に持てる人でよかった。
 
 よかったねー。こうちゃんが見つけなかったら、あのハト弱っちゃって死んでたかもしれないね。
 グラウンドを横切って家へ戻る途中、落ちていたハトの羽を拾って大事に持ってきたこうへいである。

 今日は午前中小学校の図書室へ本の整理に行ってきた。帰りに事務室のFさんに会った。
 Fさん「ゆうべ、うちにはハトが来ませんでしたよ。」
 私「うちも。テラスに虫でも置いてってくれるかな?って思ったけど…(笑)」


2002年3月15日(金)  チェロのコンサート

 念願のチェロのコンサートへ行ってきた。
 ホワイト・デーの昨夜(私には全然カンケーないけど)、古川展生さんのチェロのコンサートがあった。
 これは、焼津市クラシック愛好会のご招待コンサート。(つまり無料。昨年の近藤嘉宏さんのコンサートもすてきだった)
 古川展生さんのことは知らなかったけど、チェロの音色は大好き。
 去年、溝口肇さんのチェロコンサートが焼津であったのだけど、それも何かと重なって行けなかった。
 だからすっごく楽しみにしていた。

 いや〜〜…。期待以上にすてきだった。チェロも、古川さんも。
 2曲目からピアノの伴奏をしていた女性も笑顔のすてきな人だった。
 文字通り、視覚的にも目が離せないステージだった。
 最初の曲はバッハ「無伴奏チェロ組曲第1番ト長調」。これは聴けば誰でもわかる、という曲。大好き。
 サン・サーンスの「白鳥」など、前半はクラシックで、後半はポピュラーな曲の演奏だった。
 井上陽水。そしてジョン・レノン、ビリー・ジョエル、イーグルス…懐かしすぎて涙が出そう。
 
 学生時代、ビリー・ジョエルが来日した時に東京・武道館でのコンサートへ行った。ステージをぐるーっと扇形に囲むように客席があって、私の席はピアノを弾く彼を斜め後ろから見る席だった。で、ちょっと頭が薄くなってるのがわかったっけ。でも、コンサートは感動したから、大阪の体育館で行われたコンサートへまた行ってしまった。二階からの立ち見だったけど…。古川さんが演奏してくれたのは「Honesty」ね。この曲も大好き。

 ボズ・スキャッグスの「We are all alone」、これをリアルタイムでは知らない…というのを聞いて、若いんだ!30歳前後かな…と思ったらやっぱ今年29歳だって。俳優の小林薫を若く、かっこよくしたような感じ。曲の説明をしてくれるんだけど、声もよかったな。しゃべり方も。(デジカメで撮ったのだけど、ぶれちゃっていて残念!)
 たっぷり2時間のコンサート、あっという間に過ぎていった。

 バッハの無伴奏のCDを買ってサインしてもらい、握手もしてもらっちゃった。
 ふわ〜っと舞い上がるような気分で帰宅。すぐにCDを聴く。今朝も子どもたちが登校したあと、すぐにCDをかけた。いいなぁ、チェロ。


2002年3月14日(木)   悲喜こもごも
 

 悲喜こもごもの合格発表だった。
 昨夜、私のところにも電話があった。サキと一緒に受験した友だちのお母さんから。結局公立はダメで、サキと同じ高校へ通うことになったからよろしく、と。
 娘さんはきっと落ち込んでいるだろうに、そして自分だってつらい気持ちだろうに、よく電話してくれたなぁと思うのだ。
 サキと同じ高校に通うことになったのは私にとってもなんとなく心強いし、サキにとってもそうだと思うのだけど、素直には喜べないし。――でも最後には、Yちゃんを落とした高校なんて何よ! 3年後に見返してやるのよ! なんて笑い合って電話を切った。

 話はかわって。ホイップクリーマーが割れちゃった。
 毎朝愛用していたホイップクリーマー。ある日持ち手の部分が割れてなくなっていた…のをそのまま使っていたのだけど、そのうち底にひびがはいり、次の日には割れてしまった。なんて短命だったのだろう(去年の10月に買ったばかりなのに)。
 ガラス製品、私はほんとによく割る。グラスなんていくつ割っただろう。(デュラレックスの強化ガラスのしか、もう使えない) ティーサーバーもいくつ割ったことか。
 今日、新しいホイップクリーマーを買ってきた。
 しばらく体調悪くてコーヒーがおいしいって感じなかったから、このホイップクリーマーでおいしいカフェオレを作るんだ。

 

2002年3月13日(水)  やっと復活??

 
風邪がなかなか抜けなくて――ミーティングの日の朝、声が出なくてあせった!なんとか乗り切ったものの(ランチも行ったしね)、翌日は寝てしまった。
 その、声がよく出ない状態で日曜日には箱根へ行ったのだ。(バスの中のカラオケはパス。歌いたくても声が出ない)

 いい天気で、富士山がとってもきれいだった。久々に大きな富士山を見た。
 家族から離れて1日、自分だけ旅行へなんて初めてのことかな?(昔、友人の結婚式に出かけて以来? サッカーを観にいくのは別)
 役員仲間と毎月積み立てをしていてそれで行ってきたのだけど、人数的にもちょうどよかったし、楽しかった。
 箱根へ行ったのも10年ぶりくらいかな?それに、帰りには初めて御殿場のプレミアム・アウトレットへ。ブランドにはあまり興味がないので今まで行く気もなかったけど、あの安さには興奮! 春休みに子どもたち連れてまた行きたい!

 夜、帰ってきたら夫がサキを怒りながらカレーを作っている最中だった。
 隣組の慰労会に行かなければならない時刻はとっくに過ぎている。なのにサキが全然手伝わない。マンガを読んでいる!
 結局1時間遅れで夫は出かけていった。――楽しかった私の気分は一瞬のうちに吹き飛んでいった。

 箱根のことは夫に何も話していない。聞いても来ない。春休みに行こうよ。ということも言えないでいる。
 しかし、考えてみればその前の週に夫が職場の人たちと一泊旅行へ出かけたときも、私は「旅行、どうだった?」とすらも聞かなかった。――お互いさまということか。
 子どもたちにはアウトレットで買ってきたおみやげ(GAPのマフラー100円など)をあげて、春休みに行こうね!と言ってるのだけど。
 
 こんなふうに夫のこと愚痴るのはどうやら「うつ病」のきざし。なのだそうだ。掲示板にもいろいろ書いてしまって…。
 愚痴はいけませんね!心がビョーキってことか。

 ようやく風邪も治ってきたので(夜になると咳がでるけど)、元気を出したい。
 昨日は年に一度のピアノ調律の日だったので、必死で片付けた。
 ピアノの上がきれいになり、去年買ったまま使わずにいた新しいカバーをかけた。
 絵も飾った(村上征生さんの版画)。
 このすっきり状態を維持したい。捨てたい、いろんなモノ! 

 
2002年3月8日(金)   ぜいたくランチ

 あぁ。今日もおいしいランチが食べられてしあわせだった。
 仕事仲間とフランス料理のランチ。
 会社から支援金が支給される――しかもひとり2000円! こういう時にこそ!と初めて行きました、『ディマンシュ』。
 前から聞いていたお店だけど、もちろん行ったことはなかった。店内はそれほど広くなくて、家庭的な雰囲気。落ち着いていて静か。
 3500円のコースは、最初にレンコンのクレープ。(これはさっそくまねができそう)
 あさりのフラン。海の幸の温野菜添え。牛フィレ肉ステーキ。フランスパン。デザートは桜のムース、キャラメルシフォン、シブーストの3つがお皿にのったもの。いちごとミントの葉っぱが飾ってある。コーヒー。そして、スワンの形のシュークリームとアーモンドのマカロン。
(スワンのシュークリームがミニサイズで、6個ならんだその姿があまりにかわいいので、デジカメを持っていかなかったことを後悔した)
 あー、おいしかった!



2002年3月2日(土)   ことしも会えた、おひなさま

 ようやく部屋の片付けをしておひなさまを飾った。
 いや、正しくは部屋の片付けが間に合わないので、チェストの上だけ片付けてその上におひなさまを飾ったのだ。
 実は七段飾りで五人囃子もいるし、いろんなお道具もあるのだけど…

 ご覧の通り、低いチェストの上にこれだけ飾れるのだから七段全部出してもたたみ1畳分のスペースも取らない。しかしそれが今のわが家ではたいへん。骨組みを出すのも面倒くさいのだ、実は。(簡単に組み立てられるのにね)
 それでも1年に一度は外の空気を吸わせてあげないとかわいそうなので、ここ何年かはこのチェストの上に飾っている。

 私はこのおひなさまがだ〜い好きで、いつもしばらくすわって眺める。
 サキの初節句を前に実家の両親が来てくれて、ひな人形店を何軒も何軒も歩いたことを思い出す。
 このおひなさまに出会ったとたん、「これ!!」とくぎづけになってしまったのだけど、実は予算よりだいぶ高かった。で、いったんあきらめたのだ。

 でも、それからはどのおひなさまを見ても興味がわかない。あのおひなさまが買えないなら、もういいや。と本当に思い始めてしまったのだ。
 結局父が、「気にいらないのを買っても…」と、私のわがままを聞き入れてくれた。
 毎年、おひなさまを出すたびにそのことで胸がチクンと痛む。そして、これはわが家の宝物。って思うのだ。


2002年3月1日(金)   アップル・シュトゥルーデル?
作ってみました。
アップル・シュトゥルーデル(もどき?)
パイ生地をうす〜くのばして、りんごの甘煮と
カスタードクリームを入れて焼くのです。
超・おいしい〜。

 掲示板で話題になっていたアップル・シュトゥルーデル。
 「アップル・シュトゥルーデル!」…映画『シュレック』の中に出てくる合言葉なんだって。
 パリパリのパイ生地の中にりんごとカスタードクリームがはいっている!――りんごとカスタードクリームの組み合わせには目がない私。それ以来、このお菓子のことが頭から離れなかった。

 そのうち、ポプラ文庫のみどりさんのところで本場ドイツにお住いの方の書き込みが…。
 それによると、パイ生地は「ラブレターを透かして読むことができるほど薄くのばす」ということらしい。
 むこうではかなりポピュラーなデザートなのだそう。
 インターネットで検索してみると、いくつかのレシピが紹介されていた。ウィーンの薄焼きアップルパイということらしい。この季節、どこのカフェでも食べられるデザート…りんごだけでなくいろんなフルーツが使われ、カスタードクリームは入っていないらしい。
 
 「薄いパリパリのパイ生地」「りんごの甘煮」というのをたよりに、私なりに作ってみた。
 冷凍のパイ生地を使えば簡単にできると思い、りんごを煮て、カスタードクリームを作る。そしてパイ生地をできるだけうす〜〜くのばして、りんごとカスタードを重ね、パイ生地を折りたたんでかぶせて180度のオーブンで30分焼いてみた(卵黄はぬりません)。
 できた!
 本物はきっと、もっと薄くてパリパリしてるんだろうけど、これはこれでおいしかった。いつものアップルパイより皮が薄いし、カスタードクリームがはいっているので味わい深いというか。
 子どもたちもおいしい〜!と食べてくれた。(「お母さん!私をまた太らせる気??」とサキ)