すいーとぽてと!…日々のつぶやき

2002年5月 
 
2000年  2001年  2002年 1月 2月 3月 4月 HOME


2002年5月28日(火)   いよいよ3日後…!

 3日後に迫ったW杯。わぉ〜、考えただけでドキドキしてきてしまう!
 結局ハイビジョンTVを買うことはできなかったけど…ま、しかたない。
 しかし1台しかないTVを独占することもできないだろうしなぁ…。
 でもこの1ヶ月はお母さんのお誕生日月間だから!と強引にTVの前にすわろうと思ってる。――誕生日のプレゼントはいらないから!と。

 実は…友人がW杯チケットの3次募集に当たって、私の分のチケットも申し込んでくれたのだ。
 なので、エコパの「ドイツvsカメルーン」戦を観に行けることになった!
 ハイビジョンをあきらめたのもこれがひとつの理由。W杯へ行けなかったら買う!ってひそかに決めてたのが、行けることになったから。
 もう、友人には感謝、感謝。この恩は一生忘れないからね〜…。

 当たったといえば、先週カウプレをふたつゲット(『夢をのせて』のpupuさんとこと、お菓子倶楽部さん)。自分のとこでも22222をChisatoさんが踏んでくれて、カウプレ週間だった。
 週末には久々に息子と買い物に行き、パン屋さんでたまたまフェアをやっていて、くじを引かせてくれた。息子が引いたら「2等」!
 なんとパンナイフだった。もう一本欲しいな〜と思っていたのでうれしかった!

 しかし、ついてる〜…というのは続くワケがない。
 昨日は仕事中に、まずいかも…と思った瞬間、クルマの助手席側のドアをガガガ…とこすってしまった(泣)…。
 ――そこの踏み切りは軽自動車がやっと通れるくらいの幅しかない。両側にコンクリートの低い門のようなものが建っている(なんでこんなものがあるんだ!)。いつも通るところなのだけど、昨日はちょっと左に寄り過ぎた。

 2年くらい前にも別の場所で、やはり軽がやっと通れるくらいの幅しかないところを通って右折しようとした時に右側のドアをこすってしまった。やはり仕事中で、そのあとやる気は失せてしまったけど、昨日も仕事中。
 ショックで仕事を続ける気持ちにはなれず、そのまま『フレッシュ・ビーンズ』(大好きなコーヒーと紅茶のお店)へ。
 そこで紅茶やコーヒーをいただいたり、事故の話をしているうちに、なんとなく「仕方ない」って気分になってきた。
 すぐに話したことで気持ちがかなり発散できたみたい。それに、自分の車が傷つくだけで済んだことだからね。
 それにしても先日、清水でのオフ会の時に事故の話になって、「気をつけようね〜」と言い合ったばかりなのに…。

 昨日は夜も広報部会だったので、あんまり忙しくてクルマの傷のことはだんだん忘れていってしまった。――というか、いやなことは忘れよう忘れようと努力しているうちに、その事実に関する記憶だけかなりうすいものにしてしまうという、不思議な現象が私の中に起こるのだ。
 クルマをこすったことは覚えている。だから運転には慎重になる。でも、なんでこんなに慎重に運転してるんだっけ?――という具合だ(極端に言えば)。クルマに傷がついているということを、クルマを見るまで忘れているのだ。
 そして1日たった今朝は、ショックもかなり消えてなくなっている。(見れば思い出すけど、もちろん)


2002年5月23日(木)   あれこれ

 セネガル騒動…なんて書いたけど、まさにその通りだったかもしれない。
 藤枝市でW杯担当課長が自殺…という不幸な事件が起こってしまった。
 あれこれ書くのは避けたいけど、ただ、私もサッカー教室のことがあって事務局に何度か電話を入れていたので、直接の関わりはなかったにしても、もちろん無関心ではいられなかった。サッカーの街でこういうことが起こるなんて…と誰もがびっくりしたのではと思う。
 連日、カメルーンのキャンプのことで報道がされているけど、カメルーンのキャンプを招致したことで一躍脚光を浴びている大分の中津江村。村長さんは何日も帰宅していないというし、直接担当している人たちはどんなたいへんな思いをしているのだろう。あれだけ騒がれて、結局カメルーンの選手たちが来るのは1日あるのかどうか?ほんとに来るのだろうか?という思いも今となっては抱かざるを得ないというか。
 今回のように自治体がすべてやらなければならないというのはどんなにたいへんなことか!

 それぞれのお国事情もさまざまで、どこの自治体も思いっきり振り回されたのでは。W杯そのものは楽しみなのに、事前のキャンプでいろいろなことが起こっては、よくないイメージばかりが残る人もなかにはいるのでは…。
 結局隣りの市にセネガルチームが来ていたのに、一度も見ることなく終わってしまって私自身も残念だったけど――こんなものなんでしょうね。期待しちゃいけないね。せっかく来るんだから、それくらいのことしてくれても…と望んでもいけないね。
 あ、来てるんだ。それだけでいいのかしら? 静かに見守る、というのが一番なのね。
 それにしてもキャンプ実行委員会の人たちは(どこの自治体も)報われたのだろうか?と心配してしまう。たくさんのボランティアの人たちも献身的に動いているのに、近くにいたって代表たちの姿を見ることすらなく…って感じで、それでも無償で働くのだから、頭が下がります。
 どうぞがんばってください!


2002年5月20日(月)   日本代表!

 セネガル騒動(?)でちょっと出遅れたけど、17日に発表となった日本代表についてひとこと。
 ほんとにひとこと、「やったぁ〜!」
 中山隊長が選ばれたこと!うれしい。秋田?なんで?中村がいない?どうして?…というのも中山の名前がFWで最初に読み上げられた瞬間にふっとんじゃった。
 ジュビロからは私の大好きなハット(服部)と、福西も選ばれていた。高原はあきらめていたけど、名波の名前がなかったのはやはり淋しかった。
 でもエスパルスからも森岡、戸田、市川、三都主と4人。やったね〜。

 4年前と違って3人が落とされるというのではなく、代表候補にあがっているすべての選手、そしてそれ以外の選手にも可能性があるというのがよかった。
 それに、選ばれた23人の代表には文句のつけようがなく、納得ができる。(中村…と誰もが思っただろうけど、ゴンちゃんがはいっていることでその不満も大きなものにはならなかったと思う。――中村は怪我の具合が思わしくなかったんだろう。精神的にもちょっとたくましさが足りなかったのかもしれない。――などと、なんとなくあきらめがついてしまう。私は中村が代表に選ばれることで彼自身がますます自信を深め、強い選手になることを願っていたのだけど)

 今日になっても、セネガルの人の気持ちを踏みにじる行為は許せない。
 昨日はこうへいのサッカーのリーグ戦初日だった。
 天気もよく、昨日がこんな日だったら…とつい考えてしまう。しかしたぶんこんな日だったとしてもサッカー教室はキャンセルされてたね。
 夜には、御殿場でウルグアイの選手たちがサッカー教室開いて地元で交流を深めたというニュースが。
 少年たちはサインをもらう列に並んで、大喜びだった。なんとも言えない気持ちで画面を眺めたのは言うまでもない。
 「アルゼンチンも公開練習をしてファンサービスを行った」…という映像を見るにつけ、ほんとに悔しく思う。
 初出場だし、フランス相手の開幕戦を戦わねばならないし、そんなゆとりはなかったというのかもしれないけど、プロがそんなんでどうする。
 

2002年5月18日(土)   まぼろしのサッカー教室

 隣りの藤枝市に、セネガルチームがキャンプを張っている。
 今日はそのセネガルチームによる小学生対象のサッカー教室が開催される予定だった。
 
 抽選で200名ということだったので、電話で申し込んで当選の通知と案内が届いた時は飛び上がって喜んだものだ(私が)。
 とにかく、W杯に出場する選手たちなんだからね!こんな機会はもう一生ないんだから!
 …とどんなにスゴイことなのか、こうへいにも毎日のように言っていたし、雨が降らないことだけを祈っていた。こんなに天気予報が気になった一週間はこれまでなかったくらいだ。

 昨日の段階で今日は曇りという予報だったので、事務局へ電話して「雨さえ降っていなければ実施されるんですね?」なんて確認したほど。
 そしたら、夜6時過ぎだったか事務局から連絡があった。
 「セネガルの選手たちが疲れているので(その前日の夜遅く到着したばかり)、予定が変更になってサッカー教室は中止。しかし練習はあるので、見学はできると思う。同じピッチの上でボールを蹴ったりということもできると思うので、サッカーができる支度で来てほしい。サイン会も行うよう交渉中。とにかく向こうの監督が決めることなので…」
ということだった。
 この時点でサッカー教室はあきらめたものの、練習の見学くらいはさせてもらえると思ったし、サインもしてくれるのではと期待していた。

 今朝は期待を裏切って雨。
 しかし、サッカー教室はもう中止とわかっていても、私はこうへいをつれて練習を見に行くつもりだった。
 8時になり、事務局へ電話してみると「市役所の代表電話へ聞いてください。」で、そちらへ電話したら「ああ、中止になりました。」と簡単にひとこと。
 「練習の見学は…?」と聞くと「事務局へ聞いてください。」
 なので再び事務局へ電話をかける。すると…
 「本日の練習は1日非公開ということなので…。」「サイン会は?」「それもできませんということです。」

 …そんなのあり??
 前日の事務局からの連絡がなくて「中止になりました」のひとことで片付けられていたら、私は怒り爆発!ってとこだった。
 しかし事務局は事務局なりに交渉したのだろうし、むこうがダメと言ってきたらもうそれ以上のことはできないだろう。
 言葉のモンダイもあって、十分に意志の疎通が図れなかったのかとも思うけど、今回のサッカー教室を楽しみにしていた子どもたちのことをもっと考えてほしいと切実に思った。
 たぶん二度とない機会だったし、こうへいにとってもサッカーに対する考え方、見方を変える願ってもないチャンスだと思っていた。
 セネガルの選手たちとほんの少しでも触れ合うことで、W杯に対する興味が俄然違ってきただろうし、初戦、フランスとの対戦もきっとTVで見て応援しただろう。あ、あの選手、この前会ったんだよ!なんてことになっていただろうに…。(私はセネガルなんてもう応援しないから!と夫に怒りをぶつけてしまった。この怒り、どこへぶつけたらいいの!)

 そう考えるとつくづく残念でならない。
 最初からサッカー教室などやるつもりはなかったのか。キャンプに対しては自治体はかなりの金額を使っているだろうし、せめてそれくらいの、子どもたちに対するサービス…夢を与えることくらい、無理してもやってほしかった。それがプロってものでしょ???
 ある意味、少年たちの夢を打ち砕いた行為…というふうに思える。
 市役所の対応も、せめて「申しわけありません」のひとことがほしかった。
 セネガルの都合だと言えばそれまでだけどさ。
 


2002年5月17日(金)   16年ぶり?「草里」

 「草里」(ぞおりー)というのは清水にある喫茶店。
 ケーキが売りもので、ひとつ500円、600円もする。その一切れが大きいというわけでもない。
 とにかく高い。でもおいしい。
 草薙から車で近い。結婚当初は職場が草薙だったために、友だちとたま〜〜に行ったものだ。
 でも、高いのでケーキだけ注文してあとは水でがまんした。
 夫とふたりで行った時にはそれぞれケーキと紅茶を注文し、あとで私はもうひとつケーキを注文してしまったので、ティータイムにしてはとんでもない金額になってしまい、晩ごはんは外で食べるのをやめて帰ってきたことを覚えている。
 

 昨日、近くに住む人たちとオフ会で清水へ行き、地元のHさんに案内してもらってまず「草里」へ行った。(去年の夏休みにななみを連れて美術館へ行ったとき、帰りに寄ろうとしたら場所を忘れてたどり着けなかった)

 住宅街の中にあるお店で、そのたたずまいもあの頃とはやはり変わっていた。
 お店もきれいになっていたし、広く感じた。
 テーブルの上や、窓際や、洗面所や…いたるところにバラの花やアレンジされた季節の花がたくさん飾ってあった。
 まずケーキを選ぶのに時間がかかった。そして紅茶。これまた高い。(2杯分と考えれば妥当なのかもしれないが…にしても)
 私はどうしてケーキ一切れの値段がこんなに高いのか、やっぱり納得できない。
 高そうなバラの花が店内のあちこちに飾られているのにはつい納得がいってしまった。これだけ高いお金をとっていたら、あれだけ高い花も買えるだろうし、お店だってきれいに直せるだろうし…と、そんなことばかり考えてしまったのだ。ティーカップもいいものが買えるだろうし…だったらティーポットにティーコゼーをかぶせてほしいし、葉っぱで淹れてティーストレーナーもつけてほしいし、ポットのお湯も添えてくれればいいのにと思った。
 
 日常と離れたぜいたくな時間をここで過ごしてほしいということなのだろうか。
 納得するにはイマイチ…。でも、あのぜいたくな雰囲気だから皆納得できる?

 清水は焼津と違って、なんとなく垢抜けた雰囲気が感じられる街。
 静岡とも違うし、何なのかな?
 ほんのちょっと東京に近い、ということだけでこんなに違うのかしら?
 港もヨットがたくさん並んでいて、それだけでおしゃれ。
 なんとなく遠いって感じてたけど、実際は遠くないし、気軽に行ける街でもあった…ってことを再発見。
 オフ会は楽しい。今日だって、会ったのは2回目、3回目なのに全然そんな感じがしなくて。
 気心の知れた昔からの友人とはまた違う、気をつかわない不思議なつながりですね。お互いの身に何が起こっているのか知っていたりしてね(笑)。



2002年5月15日(水)   おはなしの交流会in浜松

 今年も行ってきました、浜松で開かれた「おはなしの交流会」。昨日のこと。

 私が所属している子どもの本の勉強会の、5月の月例会としてこの交流会参加を決めていたのだけど、当日他のはずせない用事があったりして、結局浜松へ行ったのは私のほかにIさんひとり。(Iさんとはメグさんの講演会へも一緒に行った)
 今回、無謀?にも私自身が「語り手」のひとりとして参加を申し込んであったので、「楽しみ〜」な気持ちと、「やっぱもっと経験を積んでからのほうがよかったかな…?」という気持ちとが入り混じった複雑な心持で、浜松へ向かったのだった。

 練習は十分…というか、車に乗るといつも時計を見ながら口に出してやっていたので、すっかり頭に入ってはいる。
 しかし、なにしろ大人の前で(しかもいろんなところで語っている人たちを前にして)語るのは初めてだし、もし途中でとちって頭まっしろ――なんてことになったらどうしよ?とそれだけが不安。そうならないことを願うだけだった。

 今回、語り手は16人。3部に分かれていて、私は第2部の3番目。
 1部目は自分のことを考えずにお話を楽しむことができた。
 2部にはいってからだんだん落ち着かなくなってきて…ときどき話の内容のことをふっと考えると、今語られているお話がわからなくなって、あ、ダメダメ…と考えないようにしたのだが…

 さて、自分の番が来て前に出る。ろうそくの横に立って話し始める。
 私は声量がない上にあまり通らない声質なので、後ろまで届くかとそれも少し心配だった。
 会場は広めの会議室で、集まった人たちは30〜40人前後だったろうか?
 ちょうど語りやすい人数というところ。
 それまで語ってきた人たちもそれほど声をはりあげてるわけではなく、むしろ静かなトーンだったので、まぁ大丈夫かな?と無理をしないで声を出していった。

 何箇所か、ポイントになる言葉を抜いてしまった。
 半分くらい話したところで、だんだん口の中が乾いてきて、最後の方はカラカラ。
 でも、いつもうまく言えない「土の中」という言葉が、昨日はちゃんと言えた。
 それに、聴いてくれている人たちの反応が好意的で、「うん、これでいいみたい」と確認?しながら進んでいけたことが心強かった。
 しかし緊張していないつもりでもやっぱり緊張していたのか、自分のプログラムの前よりも終わったあとの方が混乱してしまって、あとの方たちのお話が半分くらいしか頭にはいらなかった。

 2部のプログラムがすべて終わって、昼休みになった時に「もしかして…」と声をかけてくださったのが、掲示板の方へときどき遊びに来てくれているMさんだった。Mさんに会えるのも楽しみにしていたのだ。前の方の席で、お友だちとふたりでうなづきながら聴いてくださってた。

 お昼は席をくじ引きで決めたので、Mさんとは離れてしまい、ちょっと残念だったが、自己紹介をしながらお弁当を食べるのも楽しかった。
 東京や大阪、そして湯河原、豊橋…とずいぶん遠くから来られた方たちも多くて、それだけこの会や主催されている方たちが魅力的なのだろうし、きっと楽しみにされている方も多いのでは…と思った。(昼休みもあっという間!)

 「やってみないとわからない」ことはたくさんあって、昨日もまさにその通り。
 「ぜひ今年は語って」と声をかけてくださった『おはなしを楽しむ会』浜松のSさんに感謝。メンバーのみなさんにもよくしていただいた。
 また来年もこの交流会をやってね!と帰り際にみなさん声をかけていたが、私も終わった直後から楽しみになった。
 また来年も会えるのかなと思うと、ほんとに今から楽しみなのである。


2002年5月10日(金)   最後の最後のミーティング

 
静岡でのミーティングのあと、焼津で開くミーティングも、私がやるのは今日が最後。
 毎回時間が足りなくて、最後の方は駆け足になってしまい、「あっ、これも言い忘れた!」てな感じでまた電話をかけたり…ってこともしょっちゅうだった。
 今日も忘れた!まぁ、これは来月でもいいか…。
 ランチの予定だったのだが、サキの高校の授業参観・父母の会総会・懇談会があったので延期。ちょっと残念だったけど、まぁ仕事をやめるわけではないので気が楽になった。

 初めてこのミーティングに参加した時は、すごい…とびっくりしたものだ。それくらい、軽い気持ちだった(簡単にできるアルバイト、と)。
 それが途中からリーダーを引き受けることになり、静岡のミーティングに初めて参加した時は、かなり落ち込んだ。みんなの意識がとっても高かったからだ。ついていけるだろうか…と不安になった。
 さらに、焼津で2時間のミーティングをひとりでやらなければならないことがすごく不安で、最初の時はしゃべることをノートに全部書いていったほどだった。前の晩には、子どもたちにも「お母さん大丈夫だよね。お願い、大丈夫って言って!」と半分泣きつくような気持ちで言ったものだ。
 どきどきと緊張の連続だったけど、マネージャーが来てくれて足りないところを補足してくれたり、「落ち着いていてよかったですよ。」とひとこと言ってくれたことがどんなに心強かったか。今でもその言葉が与えてくれた安心感を忘れられないほどである。
 (そのことで、どんな簡単なひとことでも、励ましになるようなプラスの声かけってすごく大事だと思った。なので「あれ、よかったよ。」とか「たいへんだったでしょ?」とか、できるだけ声をかけるようになったと思う)

 今では慣れてしまって、時間配分もなんとか…って感じになってきた。しかしまだまだ足りないものはあっただろうし、もっとリーダーとしてランクアップを目指したいという気持ちもあったけど、まぁそれは仕方ない。
 傍から見れば簡単な仕事だけど、実際はなかなかたいへんな部分もあって…。でも、たいへんだけど楽しい。だから続けていく人が多いのね。

 
2002年5月8日(水)   最後のミーティング

 毎月1回、静岡で行われる仕事のミーティング。
 それに参加するのも今日が最後だった。
 好きな仕事だから、ミーティングは充実していたし、毎月他の地域のリーダーさんたちに会うのも楽しみだった。
 このミーティングに出ることで私の中の仕事に対する意識もずいぶん変わったし、仕事以外のことも自信を持ってできるようになった。
 来月からはこの仕事(リーダーの仕事。それ以外の仕事は続ける)がなくなってしまうこと、そして毎月会えた人たちに会えなくなること――を考えると、淋しい。
 でも充分考えて出した結論だし、やり残したことがあるというような思いはない。これでよかったと思っている。(収入は減っちゃうけど、もう忙しさの限界だったし、これ以外選択の余地がなかった)
 
 来月はW杯もあるし、少しは集中できるかな。
 だからタイミング的にはよかったと思う。(6月がこの会社の年度切り替え時期なので)
 そして、また次へのステップアップを目標にがんばる!


2002年5月7日(火)  ゴールキーパー・デビュー&副審…デビュー?

 今朝も5時半に起きて『トムとジェリー』を録画する。こうへいもすぐに起きてきた。
 そしてチキンを揚げたり卵焼きを焼いたりして作ったお弁当を、夫はしっかり忘れていった。
 ゴミだけは絶対忘れずに持って出るのに、どうしてお弁当は毎朝「ほら、お弁当!」と持って追いかけなければ忘れていくのだろう。
 そういえば先日、珍しくゴミの日を忘れていった時はケータイから電話がかかってきた。「悪い。ゴミ出しといて。」と。
 私が作ったお弁当より、ゴミの方が大事なんだな。 
 …そう思ったらなんだか頭にきて、今朝は夫のお弁当を朝ごはんに食べてしまった!

 
 連休最後の昨日、お隣りの町の小学校で練習試合があった。
 先月審判の資格を取った人たちにも、格好の練習試合。
 他のチームの試合の時に審判をする。
 主審はそれぞれのチームの監督さんやコーチがやるので、私たちは副審。
 ラインの外で旗を振るのである。
 見ていると楽そうだよね。副審くらいならできそう…って実は、私も軽く考えていたのだ(ごめんなさ〜い)。
 これが実際にやってみると、思ったよりもずっとたいへんなのだった。

 私はWさんと一緒に(Wさんが旗を持って)ラインの外に立った。
 こちらのディフェンスの後ろからふたり目のところに立つ(つまり、普通はキーパーの前にいるディフェンダ―のライン)。
 だから、攻めてるときはあがるし、反対に攻められてるときは結構激しく動くのだ。

 ゴール前の混戦ともなれば、これがたいへんなんだ。
 オフサイドをちゃんととらなきゃって思うし、ボールがラインを割った時には、あれっ、どっちのボールだ??ゴールラインを割ったときには、今のはコーナーキックか、ゴールキックか。
 …そんなの、離れたところからギャ―ギャ―言いながら見てるときは問題もなくわかったはずなのに、ディフェンスの最終ラインを気にしながら見てたりすると、混乱してわからなくなってしまう。
 わかっても、旗を間違えて反対の方に上げちゃったり。あわわわ…。
 
 前半終了間際、ボールがゴールラインを割った。
 げっ、ゴールキック?コーナー?と考えてるうちにホイッスル。ハーフタイムにはいったのでホッとしたのだけど、Wさんと「今のはゴールキックだった?」なんて言っていたら、そばにいた男の子が「今のはゴールキックだよ。」……。
 うわ〜〜、なんて情けない。どこを見てるんだ、何を見てるんだ。
 しかも、試合が終わって主審を務めたコーチに「今の試合、何対何だった?」と聞かれ、Wさんは「えーと…」と、すぐに答えられなかったというのだ。
 私も。余計なことに神経使いすぎて、肝心なことは全然ダメじゃん!
 それに、後半こちらへ攻めてきたときには、ディフェンダ―について走れないじゃん!!はぁはぁぜぃぜぃ。
 と〜…っても不安になった副審デビュー?だった。


 この日はこうへいのゴールキーパー・デビューの日でもあった。
 ポジションは固定されているわけではなく、キーパーもその日によって違う。こうへいは初めてだった。
 私はもう、胸が痛くなるくらい不安に…。ほかのポジションだったら少しくらいの失敗も許されるけど、こうちゃんのせいでたくさん点を取られたってことになってしまったら…(その可能性は高い)。
 でも、よかった。相手がこちらより強くなかったので、ほとんどこうへいの活躍の場はなかったのだ。味方が4点も取ってくれたし、後半カウンターから1点取られちゃったけど、こうへいも1、2本はなんとか防いだし。ほっ…。
 何ごとも経験ね。



2002年5月5日(日)  GWは温泉へ…


 ここんとこ毎年出かけている浜名湖。
 浜名湖を見に行ってるだけ、という感じだが…
 昨日は朝からパルパルで1日過ごした。
 過激な乗り物が大好きなサキは、朝ごはんを無理して食べたら気持ち悪くなってもどしてしまった。(ふだん、朝はパンしか食べないのだ)
 なので、パルパル行きをパスしてホテルで寝ていた…という情けない1日に。

 駐車場に車をとめた瞬間からぽつ…と雨が落ちてきた。
 途中、かなり降ってぬれてしまったのだけど、お昼を食べるころから雨はあがって、結局夕方5時近くまで遊んでいた。晴れてるよりは、こんな天気のほうがいい。
 私はああいうところって乗れるものがない。子どもたちがいろんな乗り物に乗るのを見たり、待ったりしてるだけ。夫が「よくまあ見るだけでいられるねぇ。」とあきれる。
 高所恐怖症だしぐるぐる回るのはニガテだし、スピードにもついていけないし、ホントにダメなのだ。
 だからロープウエィにも乗れなくて、山の上にあるオルゴール博物館へ行きたかったのだけど、結局あきらめてしまった。
 唯一乗ったのは「観覧車」。
 思い切って乗ってみたら、大丈夫だった。以前富士急ハイランドで乗ったときにめまいがして冷や汗が出てきたので、これもダメだとあきらめていたのだ。(村上春樹の『スプートニクの恋人』を思い出すね、観覧車といえば)

 浜名湖の温泉に2泊なんて、私たちだけじゃ考えられないこと。
 両親に感謝です。(ホントだったら私たちの方が連れて行ってあげなきゃいけないのにね) 
 

2002年5月3日(金)   ゴールデンウイーク

 ひさしぶり、こんないいお天気!
 バーベキューやるには天気がよすぎるね。
 今日はサッカー少年団のバーベキュー。いつもこの時期で、油断して日に焼けてしまう。なので夫に行ってもらった。
 ところが夫は昨日、生徒たちとバーベキューをしてやけどをしてしまったのだ。…かなり痛そう。

 行くと張り切ってあれこれ動くので、「今日はやらなくていいからね!」(なんて自分が行くわけでもないのに)と言ったのだけど。
 友だちがケータイから電話をくれて、「来てすぐにあれこれやってるよ。」って言うので、「やけどが痛そうだったから、無理しないように言ってくれる?」とたのんでおいた。だってあとがたいへんだもん。

 みんなが帰ってきたら、浜名湖へ出かける予定。
 そういえば、去年も行った(っていうか、連れていってもらった…)。
 両親と、弟家族とのイベント。