| 1953 鹿児島に生まれる。本名(戸籍名) 松田瑞雲。 1970 仏教系大学在学中に出家する。 1970-1980 仏道修行の傍ら、江戸仏師に木彫仏像彫刻の手ほどきを、国宝修復日本画家に仏像極彩色の指導を受ける 彫塑を太平洋美術会研究所にて学ぶ。大仏師運慶、円空上人、木喰上人など彫刻の師と仰ぎ、人が癒され救われる仏像を彫刻したいと瑞雲流仏像彫刻を目指す。 1981 仏師として独立( 東洋仏所)創立。僧侶としても独立 1983 千葉県 法福寺 釈迦、多宝仏両坐像 1985 神奈川県 法隆院 宝珠大黒天 日蓮聖人坐像 鬼子母神像 1986 東京 真性寺 釈迦如来坐像 四菩薩像 1989 神奈川県 妙泉寺 毘沙門天像(極彩色) 秋山霊神坐像(極彩色) 1990 神奈川県 法船寺 八大龍王像 弁才天像 1992 青森県 長延寺 愛染明王坐像(極彩色) 不動明王坐像(極彩色) 1994 アート仏像始める 月天(着色) 不動明王(着色) 1996 東京 観音教会 懺悔救霊聖観世音菩薩像(極彩色) 1996 米国にて個展(松田瑞雲展)樹齢800年余の木曽檜を使い、マリリン・モンロ−をイメ−ジした現代風の「アート仏像、合衆国観音」は話題を呼んだ。ニューヨーク ニューヨーク個展作品 1997 ドイツ文化会館にて国際交流美術工芸展に招待出品。東京 1997 東京 妙見寺 三面大黒天 慈母観音像 1999 宮城県 宝照寺 菅原道真公坐像 2003 岩手県 法華寺 七面大明神像 大黒天 2005 千葉 妙勝寺 日蓮聖人坐像(淡彩色) 四菩薩像(淡彩色) 2006 岡山 三軌堂 天照大神坐像 妙見菩薩坐像 弁才天坐像 梵天、帝釈天立像 薬王、薬上菩薩立像 2007 静岡 瑞林寺毘沙門堂 毘沙門天像 吉祥天像 2007 山形 法音寺 上杉謙信ゆかりの毘沙門天像 2008 福岡 毘沙門堂 ,兜跋毘沙門天像 2009 熊本 暁成寺 能勢妙見菩薩像など現在に至るまで全国各宗派寺院及び在家の造仏に携わる 1979-2010 瑞雲流宗家として東京、千葉のカルチャースクールに仏像彫刻教室を開き門下を指導 東京池袋、目黒、町屋、金町、北千住各仏像彫刻教室 千葉京葉、蘇我各仏像彫刻教室 1991-2010 第1回〜第19回瑞雲流仏像彫刻展開催 千葉 2011 瑞雲の微笑仏を瑞雲仏と名付ける。 座右の銘は「仏の姿と魂と教えを彫る」で、仏像の姿は均整の取れた天平時代の作品を理想とし、彫りは鎌倉時代の運慶作品の写実を手本としている。仏師の心、生き方は江戸時代の円空上人を尊敬し造仏活動がそのまま布教にもなるような生き方をしたい。 また、寺院から依頼される仏像を制作する中、仏像彫刻家として「現代人に身近なアート作品で仏の心を感じ取って欲しい」と円空上人や木喰上人のように独自の創作仏像にも力を入れている 「アート仏像 瑞雲仏」と名付ける アート仏像 瑞雲の微笑仏 |
| (工房)千葉県八街市文違301−2074
東洋仏所 電話・FAX 043−444−6691 ご用の方 メール |
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| 観音像彫刻中の瑞雲 | 極彩色 胡粉下塗り中 |
| 瑞雲の製作風景 最新 | |
| 法話59 紹介 |
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今朝の新聞にアメリカの経済不況によるIT産業のリストラ促進の記事が出ていた。今年はより厳しいリストラクションを企業はおこなって生き延びようとしているらしい。日本でもなかなか不況から抜け出せず、いつリストラされるかわからないご時世、これが世相というものであります。仏教で言うところの欲界、俗世間、迷いの世界であります。 さて、「中道と愛嬌」だけが詰め込まれた仏像が真の仏の段階ではありません。これに一段階上の「慈悲」と「威厳」が加わらないと天部の高位、菩薩像、如来になりません。彫る人の心が慈悲と威厳に満ちていないと仏像にも、慈悲と威厳は出てこないのです。これは何体も彫ったから出てくるというものでなく、心の段階がその領域に達してより高位の守護霊にご守護してもらえるようにならないとむずかしいことです。 |
| 瑞雲の仏像作品画像をとりいれ手短に読める現代版短編今昔物語霊験記 |
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