カランコロンカラン。
元気よく喫茶『かなん亭』の呼び鈴が店内に鳴り響く。
「おはようございます」
僕は、それに負けないように大きな声で挨拶した。
 あらら。
いつもの定位置であるカウンターにはマスターの姿はなかった。
「あ、浩二君。おはよう」
「わっ! なにやってんですか? マスターったら!」
マスターの声が足元のテーブル下から聞こえてきたので僕は心底驚いた。
「ああ、別に脅かそうとしてここにいたわけじゃないんだが……」
仰向けのまま肩でテーブルの下からにじり出てくるとマスターは僕に微笑んだ。
「ここのテーブルだけやたらとがたがたしているのでね、原因を探っていたんだ」
マスターは立ち上がり肩についた埃を軽く払う。
「……なるほど。で、原因はわかりましたか?」
僕はずり落ちていたメガネをなおしながら尋ねる。
「ああ、テーブルの根元のナットを締めたら直ったみたいだ……どうやらお客さんが悪戯で回してるうちにゆるんできたみたいだな……」
「そうですか、じゃあ昨日ここに座っていたアベックじゃないですか?」
 僕は昨日この席に座っていたお客さん達全員思い出しながら、該当しそうな人物を述べた。
「え? そうなの?」
マスターはその答えに驚いたようだ。
「ええ、ここに座っていたアベック、女性の方が退屈そうにあちこち触ってましたから……」
「へーえ、全然気がつかなかった……忙しすぎるのも問題かもね……」
マスターはため息にも似た息をひとつつくとカウンターの方へと歩き出した。
「じゃ、今日もよろしく頼むね」
「はい」
僕はひとつ返事をすると店の奥にあるロッカーからエプロンを取り出し身に着けた。


 そう、僕『吉田浩二』は、ここ『かなん亭』で今はウェイターのアルバイトをしているのです。
以前はよく閑古鳥が鳴いていた『かなん亭』でしたが、マスターの作るパフェが有名情報雑誌『KANAKO』に大々的に紹介され、いまや人気喫茶店のひとつと変貌を遂げたのです。
 その時たまたま僕はカウンター内で手伝いをしていたらしく、雑誌にはマスターと一緒の写真が掲載されました。
 そこにはなんと、
『アイドル顔青年と二枚目役者顔マスターが創り出す絶品・絶賛! オリジナルパフェ!』
と掲載され、僕達は顔から火が出るような想いでしたが、その翌日から女性客がひっきりなしに訪れるようになり嬉しい悲鳴と相成りました。
 当然今まではマスター一人で切り盛りしていましたが、とても間に合わない状態となっていきます。
そこで白羽の矢が立ったのが、当然のごとく僕でした。
 一旦は断ろうと思いましたが、
「お客さんの中には、僕の事を楽しみで来る方も多くて、その都度お客さんの残念そうな顔を見るのが辛いからなんとかうちでアルバイトしてくれないか?」
というマスターの口説き文句で了解することにしたのがことの発端です。
 それからというもの毎日が戦争のような忙しさでしたが、ひとつ喜ぶべきこともできました。
毎日のように陽子さんと会えるようになったことであります。
 あ、いけない。
そろそろお店が開店する時間です。
 では、後ほど……


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