「おーい、浩二君そろそろお店開けるよ」
「はーい!」
 僕は元気良く答えた。
喫茶『かなん亭』の看板を出そうと入り口のドアから表を覗く。
 すでにお店の前には5〜6人の女性が待っていた。
 これもひとえに雑誌でうちの店のオリジナルパフェ『かなんスペシャル』が紹介されたおかげである。
パフェが夕方前に無くなることも多くなり、それを心配するお客さんが朝から並ぶこともめずらしくなくなった。
 僕はいつものように看板を持って表に出ると先頭のかわいらしい女性が、
「あの、もう入ってもいいでしょうか?」
と僕に尋ねる。
「ええ、どうぞ。お席はお好きな場所へおかけ下さい」
僕は彼女の問いに精一杯の笑顔で答えた。
「はい!」
と答えるが早いか、いそいそと窓際の席に腰をおろした。
 実は喫茶『かなん亭』は小高い丘の頂上付近に建っており、天気のいい日にはここから海が見下ろせるのである。
当然その海に面した窓際は人気が高く空席を見つけるのが難しい。 
 そんな席を1番に押さえるとは、なかなかの人物。
その彼女につられるように開店を心待ちにしていた残りのお客さんも店内へとなだれ込んでいく……。
(今日も忙しい1日になりそうだ……)
僕はそう考えながらひとり気合いを入れてから店内へと戻った。

 店内は既にほぼ満席状態となっていた。
僕は手慣れた手つきでおしぼりとお冷やをテーブルへと運んでいく。
「いらっしゃいませ」
 僕は軽く一礼してから、テーブルにそれらを置いた。
「ご注文がおきまりになりましたらお呼び下さいませ」
そう言って再びお客さんに一礼してから席を離れる。
 同じパターンで一通りお客さんを回った頃に、
「すいませ〜ん!」
と最初のオーダーが入る。
「はい、おきまりですか?」
「ええ、『かなんスペシャル』とホットのコーヒーをお願いします」
伝票にメモを取る。
「はい、かしこまりました」
軽く会釈をしてから僕はカウンターまで戻ってからマスターにオーダーを出す。
「マスター。かなんをひとつとホットコーヒーです」
「はいよ」
マスターはひとつ返事をすると素早くパフェ作りに取りかかった。
 それが口火ように立て続けでオーダーがマスターの元に殺到する。
僕はコーヒーを淹れる程度しか出来ないので、デザートに関してはすべてマスター任せであった。
にも関わらずマスターは、一件のオーダーに対して5分とお客さんを待たせたことはなく、その手際の良さは本当に圧巻である。
 僕も負けじとオーダーの揃った所から順に運び込んでいく。
「はい、おまたせいたしました。かなんスペシャルとホットコーヒでございます」
 僕が置いたパフェグラスの上には、約20cm程度のパフェが山を作っている。
その横に置かれたコーヒーカップがミニチュアの様にも見えた。
「わっ、大きい!」
と大抵のお客さんは、その大きさにまず目を奪われてしまう。
「では、どうぞごゆっくり……」
僕はそう言ってからその席を離れた。
(本当に女の子って、甘いものを目の前にすると嬉しそうな顔をするなぁ……)
 僕は陽子さんの顔を思い出しながら思った。
「……あの……」
お客さんが僕に質問しようと声をかけてくる。
「はい? 何か?」
「このパフェ、本当に……」
その女性は恥ずかしそうにうつむきながらそういったが、語尾が聞き取れない。
「はい? 何かお気にさわることでも?」
「いえ、ただ本当にこのパフェ『普通のショートケーキ一個分よりカロリーが低い』のかなあって……」
「ああ、なるほど。そのことですね? 本当ですよ。全部綺麗に食べていただいても、約200kcal前後になるようにマスターが調整していますので……味の方も充分美味しいですよ」
僕は諭すように答えた。
「…………」
 その女性は何も言わずスプーンを手に取る。
おもむろにパフェを口に運ぶ。
「……おいしい!!」
 悲鳴にも似た賞賛に僕は驚いたが、それにもましてその女性は目にうっすらと涙すら浮かべていた。
瞬く間にそのパフェは、彼女の胃袋の中に姿を消していく……。
(よほど甘いものを控えてたんだな……)
 僕は見ているだけでお腹が一杯になってきたのだった……。

 ほどなくしてそういった甘味を味わいに来ていた第一陣が店を後にする頃には、時計の針は12:00をさそうとしていた。
 ランチタイムになるとOLを中心に再びかなん亭が満員になる。
今度は僕も料理なら手伝えるので、若干先ほどよりは楽になる。
 が、いまだに僕は不思議に思うのだが、さんざん昼食を食べた後にどうやったらあのオリジナルパフェが綺麗にたいらげられるのだろうか?
僕には到底理解できない。
 午後2時。 
 ランチタイムも終わり短い休憩の後、今度は女学生達の一団が『かなん亭』にやってくる。
黄色い声で店内を賑やかにしながらやはり大半がオリジナルパフェを注文し、綺麗に残さず食べていく。
 ふと店内の片隅に目をやると明らかに違う客層が来店していた。
(きっとマスターの淹れたコーヒーが、目当てなんだろうな……)
座席の奥の方で常連のサラリーマンらしき男性達がひっそりと油を売っているのが、なんとも懐かしい光景だった。
 午後6時。
 このころになると、そろそろパフェの材料がなくなってくる。
だいたい10食分を切るあたりでマスターが、
「じゃ、今日もそろそろ閉店準備をはじめようか……」
と僕に号令をかけるので、僕は表に出した看板の所に行く。
 そして、
『本日の『かなんスペシャル』は終了しました』
という張り紙をする。
 すると『かなん亭』の店内は、閑古鳥の鳴く昔の面影を徐々に取り戻していくのであった……。


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