今日も喫茶『かなん亭』は大繁盛だった。
そのおかげで、あっという間に日は西に傾き、夜のとばりが降り終えた時、時刻は7:00になろうとしていた。
(陽子さんと星川さんが来る前にまとめておこう)
僕はお客さんのいなくなった店内を掃除しながら今回の一件を考えてみることにした。
まず、今回の事件は、カクテル・ロシアン・ルーレットの発起人である長男、孝一がに勝利したことによるイカサマ疑惑が発端だ。
確認できている事を箇条書きにしてみると……
1.真夏の海上、しかも自家用クルーザー内なので、第三者の介入は不可能と思われる。
2.問題のカクテルは、万全の手順を踏まれ作られた物であると思われる。
3.下剤混入後のすり替え、薬による予防、グラスに印を付ける等不正行為は一切確認できなかった。
4.長男、孝一は『マジシャンズ・セレクト』をもちいた可能性がある。
と言うことが書き上げられる。
1.3は紛れもない事実であり、その他のケースは認められないだろう。
問題は2.4だ。
2.は本当に万全だったのだろうか?
4.は残念ながら推測の域を出るのは難しいので、これ以上考えるのは無駄であろう。
では、2に着目していこう。
カクテル作りの手順は確か……
a.グラス、シェーカーなど流水で洗う。(すべて洗っており、洗っていない等不審点は全くない)
b.星川さんが布巾で丁寧に拭く。(布面は同一であった)
c.傷など目印がないか確認する。(次男と三男により確認)
d.氷を同じアイスボックスから無作為に次男と三男が取り出しシェーカーに入れる。
e.長男が酒、ジュースを毒味する。(これにより瓶内にある物には下剤は含まれない事を確認)
f.同じメジャーカップをもちい、それぞれのシェーカーに入れてシェークする。
g.シェークした物をグラスに3/4ほど注ぎ、水で溶いた下剤とガム・シロップをそこに入れる。
h.星川・次男(政孝)・長男(孝一)・三男(孝明)の順にランダムにシャッフル。
i.三男の提案で窓辺の直射日光の当たる場所に移動。(長男2つ、次男1つ移動)
j.三男が真ん中、長男が右端、次男が左端をチョイス。(マジシャンズ・セレクトの可能性有り)
となるはずである。
どこに不審な点があるだろう?
ガチャン!
考え事をしながら掃除していたせいで、僕のモップがカウンター上にあったステンレス水差しをこづいてひっくり返してしまったのだ。
「あっ、いけね」
床が水と氷の粒で見る間に水たまりを作っていく。
僕はとっさに床に転がる水滴の付いている水差しを拾い上げてはっとなった。
「そうだ! これだったんだ」
思わず声を上げてしまう。
「おいおい、浩二君どうしたんだい?」
マスターが心配そうに僕を見る。
「いえ、なんでもないんですが、気づいたことがありまして……」
僕はそう答えながら自分の中にあったもやもやが消し飛んでいることに気がついた。
「そうだよ、こうすれば誰にも気づかれずに目印を付けることができる」
ひとつのガラスでできていたヴァリッド(推理)が音を立てて頑丈な石の城を築いていくような錯覚を僕はおぼえずにいられなかった。
おそらくこの推論は間違っていない。
後は、本人の口から確認の答えを聞くだけだ。
僕は、早く陽子さん達が来ることを願った。