僕は自分の住んでいるマンションの前に立ってひとつ気づいたことがある。
それは、『自分の部屋にはじめて女性を案内する』ということだ。
(結構恥ずかしいものなのかも……)
 そう思いながらも陽子さんを誘導しながらマンションのエレベーターに乗り込む。
10秒足らずのその時間がやけに長く感じる。
 自室のあるフロアに到着すると僕は、
「あまりきれいじゃないかもしれないけど驚かないでね」
と言っておくことにした。
 自分では片づけているつもりだが、まだまだだったときのためだ。
「ううん、別にそういうのは気にしないから……」
陽子さんはそう答える。
 自然と部屋までの廊下を歩く速度がいつもより早足になる。
 僕が部屋の前に着いたとき、陽子さんは2〜3メートル後ろを歩いていた。
(どきどきしていることを悟られないようにしないと……)
「はい、ここが僕の部屋でーす」
 僕はわざと明るく言った。
玄関の鍵を開け、素早く扉を開ける。
 空いたすき間から体を滑り込ませて中廊下のスイッチを付けてから陽子さんを案内するべくドアを大きく開いた。
玄関から中をおそるおそる覗いた陽子さんだったが、
「わ、思ってたよりきれいだし、広い部屋ねぇ」
と言って驚いた表情を見せた。
「ええ、一人で暮らすには広すぎてしまって掃除が大変です」
「そうよねぇ、家賃とかも高いでしょう?」
 ここで僕は解答に困った。
 まだここだけの話だが、現時点でここの所有者はとある事情で住むことがしばらく出来なくなってしまった。
その間僕がここの部屋の管理を任されているだけなので、家賃は払ってはいないのだ。
(所有者個人の持ち物で、すでに購入済みだから)
「あ、ええ、普通に借りればベラボーな金額だそうですけど、知人の紹介なので格安ですよ」
とっさにそんな言葉でこの場を取り繕ったが、陽子さんに嘘をついたことは胸が締め付けられる気持だった。
「ふうん。そうなんだ……で、テレビはどこにあるの?」
「それならリビングにありますよ」
 そう答えてから二人でリビングに向かう。
「うわぁぁぁっ」
陽子さんはリビングに入ってすぐ驚きの声を上げた。
「ねえねえ、これ全部バイト稼ぎの浩二君のじゃないわよねぇ。 これどうしたの?」
「ええ、これは部屋に備え付けの物で、僕の持ち物は食器と服ぐらいです」
「ねえ、ここの部屋なんかわけ有りじゃないの?」
 陽子さんは急に不審気な顔をした。
「わけ有り?」
「そう、これが出るとか……」
そういって陽子さんは自分の胸の前で両手をぶらぶらさせた。
 どうやらお化けが出ると勘違いしたらしい。
「いやいや、いままで一度もそんなの出たことありませんて……」
「ほんと〜ぉ?」
 どうやらまだ疑っているみたいだ。
「本当ですってば、それよりビデオ見ましょうよ」
「……そうね。 じゃ浩二君このビデオなんだけども……」
僕は陽子さんから8mmのビデオテープを受けとる。
 僕は早速備え付けのビデオデッキにテープをセットして
再生ボタンを押そうとしたが、ふと飲み物のひとつも出していないことに気がついた。
「陽子さん、なんか飲みますか?」
「あ、そうね。 冷たい物でもいただこうかしら」
「はぁい」
僕は台所に飛んでいって冷蔵庫を開けた。
 中に入っていた麦茶を取り出し、氷を入れたグラスに注ぐ。
普段なら両手で二つのコップを持っていくのだが、今日はお盆を使うことにする。
「はい、お待たせしました」
僕はテーブルにグラスを置く。
「わ、麦茶ね〜。 夏はやっぱりこれに限るわよね〜」
陽子さんは嬉しそうに麦茶を飲む。
「は〜。 幸せ〜」
僕も一口グラスに口を付ける。
香ばしい麦の香りがたまらない。
 一息ついたところで早速ビデオを見ることにした。
(は〜これが事件に関係するビデオじゃなくて、もっとロマンチックなビデオならな〜)
 ひとつ軽いため息をついてから僕は、ビデオの再生スイッチを押した。


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