「なるほど……」
僕は顎を自分の手でさすりながら頷く。
「浩二君、何かわかった?」
陽子さんは僕に期待の眼差しを浴びせている。
「すべてではありませんが……」
「じゃあ、やっぱりなんらかのトリックはあるのね?」
「……あります。 しかし一部はわからない。 あまりにも偶然の要素が多すぎますが……」
僕はきっと煮え切らない表情をしていることだろう。
「それ、どんなトリックなの?」
陽子さんは、まるで母親に絵本の先を話すようせがむ子供のような表情をしている。
「……おそらく、『マジシャンズ・セレクト』というトリックを長男は使っています」
「マジシャンズ・セレクト? 名前からしてマジックの時にでも使うの?」
「はい、自分の選択で選んだはずの物が、実はマジシャンの意思によってその物を取らせる事ができる方法です」
「よくトランプマジックなんかで見かけるやつ?」
「そうです。 あまりうまくありませんが、試しにやってみましょう」
 僕はそう前置きしてから以前よく余興なんかで使っていたバイシクルのトランプを自分のバックから取り出す。
「じゃあ、まず陽子さんに一枚適当に取っていただいて、その札を憶えてもらいましょう」
そう言いながら片手でブリッジ・シャッフルしてから陽子さんの前に52枚のカードを手際よく一列に並べる。
「どれでもいいのね?」
陽子さんは中央付近のカードを一枚抜き出すと、まじまじとその札を確認した。
 その隙に僕は51枚のカードを一回ウェーブ(ドミノ倒しの要領)させてから手際よくひとつの山に戻す。
「残りの不要なカードをこのようにひとつにまとめて、その陽子さんが引いたカードを山の一番上に置きます」
陽子さんに手札を置いてもらってから僕は再びブリッジ・シャッフルする。
「さて、よくトランプを混ぜてから陽子さんの引いた札を当ててみましょう」
僕はよく混ぜたそのトランプを裏返しのまま無作為に二枚抜き出す。
 抜き出した二枚のカードを陽子さんの前に並べた。
「陽子さん、『右』か『左』どちらか選んでもらえますか?」
「え? …じゃあ左」
と陽子さんは即決した。
「……どうぞ、陽子さんから見て左側のカードをお開き下さい」
僕は手のひらを返してその指示したカードを示す。
 陽子さんはおそるおそるそのカードを返すとそこにハートの12が現れた。
「わっ、当たり! どうしてわかったの?」
本当に驚いた素振りで陽子さんが僕の方にがぶりを寄る。
「……本当はマジックの種は言わない方がいいんですが、これがマジシャンズ・セレクトの代表作です」
「つまり、どういうこと?」
「種は言ってしまえば簡単です。 あらかじめ陽子さんの引いたトランプが何か、なんらかの方法を用いて確認をしてしまいます」
「……ようはカンニングね」
「そうです。 そしてその札を」自分のマジックしやすいポジション、僕の場合一番下ですが、にシャッフルするふりをして移動させます。 後はその札を見失わないようにしてセレクトしていけばいいわけです」
「で、その後は?」
「僕の思惑通りにカードを引かせるように誘導します」
「誘導?」
「そうです。この場合二枚のカードは一方は当たりカードですから、それを引かせるようにすればいいわけです」
「どうやって?」
「陽子さんは今回『左』を選びました。そして当たりカードもたまたま左でした。だからそのままめくってもらいました」
「そうね」
「でも陽子さんが『右』を選んだりした場合は、今と同様の指示を出したら違うカードをめくることになります」
「当たり前ね。当たりカードが二枚あれば別だけど…」
「じゃあどうするか? 答えは僕が『では僕から見て左のカードをめくることにしましょう』と言えばいいのです」
「……あ、そうか。そうすればいいのか」
「結果的に実際陽子さんは右を選んだことと同じになります。 僕にしてみれば思惑通りことが進んだことになりますね?」
「うーん。 これがマジシャンズ・セレクトか……で、これが今回のトリックに使われたというわけね?」
「……だと思います。 三男の選ばせ方がいかにもな感じですね。 しかしそのためには、長男の孝一はそこまでに安全なカクテルを見切っておかなければいけない」
 僕の顔はきっと沈んでいることだろう。
「でも、怪しいところがみつからない」
「……今のところそうですね。 グラスに印を付けた形跡もカクテル自体に細工した素振りもありません」
「じゃあ、長男があらかじめ薬を飲んでいたっていうのは?」
「それも意味はありません。 『下剤』と『下痢止め薬』は必ず下剤が勝つようにできてます」
「え、そうなの?」
「そうらしいです。 まず10中8,9間違いないそうです」
「じゃあ、『実際は3つとも下剤が入っていた』というアイデアはボツか……」
 陽子さんが残念そうに言う。
「それじゃあさ、長男がグラスをシャッフルしている間に新しいカクテルを作り直すっていうのは……だめか……」
「そうですね。 時間的にも物理的にも無理です」
「そうだよね。 シェーカー振るとき氷がこすれて凄い音出るもんね」
「あと、先にあらかじめ作っておいたのもダメです。 一定時間を超えるとカクテルが分離してしまいます。 見た目に大きく違いが出ます」
「うーん。 八方塞がりね……やっぱり偶然なのかしら?」
陽子さんは首を傾げながら僕に尋ねる。
「……たったひとつ、可能性がある気がします」
「え? それは?」
「……でも言う前にひとつ確認しなければいけないことがあります」
 僕は神妙な顔つきで言う。
「なになに?」
「……陽子さん、星川さんという女性に会えますか?」
「なに、藪から棒に……」
「会って2,3確認したいことがあります」
「……明日の夜あたり、どこかで会えるか確認してみる?」
陽子さんはリュックから携帯をとりだした。
 早速ダイヤルを押しはじめる。
「………あ、私、陽子だけど、明日の夜時間あるかな? ああ、あの例の件で浩二君が聞きたいことがあるそうなんですって……え、電話じゃだめかって?」
陽子さんはこちらを見ながら確認してくる。
 僕はクビを横に振る。
「ダメじゃないかな? 忙しいならまた別の日でも……あ、大丈夫そう? じゃあ『かなん亭』っていう喫茶店で待ってるから。 そう、雑誌に載ってた……時間は夜の7:30頃でどう? OK? じゃあ待ってるから……バイバイ」
 陽子さんはそう電話をしめくくりながら僕にウィンクして見せた。
「ありがとうございます」
僕はにべもなくお礼を言った。
「いいの。 もともと私が持ち込んだ件なんだから……じゃあ、明日の夜浩二君のお店に行くから準備してて」
「はい。 じゃあ、もう夜も遅いですし……」
 僕はこの場をまとめるべくそう言った。
「………そうね。 明日もお稽古あるし……私……帰るね……」
少し寂しそうな陽子さんの声。
「じゃあ、送ります」
「ううん。 大丈夫。 ありがとう」
 陽子さんはそう言い残すとゆっくりと立ち上がり玄関の方に歩いていった。
僕もその後ろを付いていく。
 陽子さんは玄関で靴を履いた後、こちらを向いた。
「……じゃあ、また明日……」
「……はい、おやすみなさい」
陽子さんがドアから出ていく後ろ姿、寂しそうだ。
 僕は陽子さんがエレベーターホールに進むまで確認するとゆっくりドアを閉める。
ひとつ大きなため息を付く。
「……陽子さん、今晩……泊まっていきませんか?」
 ひとりごとの様に僕はそうつぶやく。
「なんだ、いえるんじゃないか……」
本人の前じゃなければ………。
 僕はひとつドアを握りこぶしで叩いた。

 その夜、僕はひとり夜空を見上げた。
普段と変わらないはずの三日月が、僕を笑っているように見えたのは、何故だろう……。


 船上の決闘 8 へ


第1章  第2章  第3章  第4章  第5章  第6章  第8章  ヒント  解答編