すいーとぽてと!…日々のつぶやき

2001年7月 
 2000年[11月] [12月] 
 2001年[1月] [2月] [3月]
 
[4月] [5月]  [6月]
 [8月] [9月] [10月] HOME



2001年7月29日(日)  反省…

 夏休みが始まったばかりの頃は忙しくて夏休みという気分にもなれなかったが、ここ数日は涼しくて、それで夏休みっていう気がしない。(涼しいのはもちろん大歓迎だが)
 今朝は久々にゆっくり寝た。9時ごろ、電話が鳴る音で目が覚めた。こんなのは何ヶ月ぶりだろう。あの電話が鳴らなかったら何時まで寝ていたかと思うのだが、そうは問屋がおろさないというわけで、ピンポーンと玄関のチャイムの音。(着替えもしてなかったので夫に出てもらった)

 ところでおとといの夜、サキと大喧嘩をしてしまった。
 なんとも大人気ない話だが、あんなひどい喧嘩はサキが生まれて初めてじゃなかったかと思う。中3の娘相手にあんなに激怒してしまって、反省することしきり。
 母親にあんなこと言われたら一生忘れないかもしれないし(たぶん…。私だって母親から言われたこと、されたことは忘れるものではない)。ことあるごとに、あの時お母さんはこう言ったっけ。って思い出すだろう。…と考えたらめちゃくちゃ落ち込んで家出をしたくなったくらいだ。
 もちろん最初から私がガミガミ怒ったわけではないけど、サキの態度を真に受けてキレてしまったのはほんとに情けない。
 翌日(昨日だ)はバーゲンへ行って、それがきっかけでまた仲直りできたのだけど(お互いに素直に謝るのがなかなかできなくて)、こんな思いは2度としたくない。…って言いながら、また同じこと繰り返していくんだろうね。(やめようね)


2001年7月28日(土)  この1週間

 あ〜〜〜。
 忙しかったです。夏休みが始まって、あれあれという間に1週間も過ぎてしまったー。毎日、何かをやりながら子どもたちにあれをやりなさい、これもやりなさいと言って、それをきちんとやったのかどうかも確かめる時間がない…という感じだった。
 

 昨日からななみとこうへいはいとこの家へ泊りがけで遊びに行っているし、仕事も昨日でほぼ終わったので、これから少し余裕ができると思う。
 今朝は7時45分に家を出て某バーゲン会場へ。前から聞いてはいたのだけど、初めて案内のチラシをいただいたのだ。大好きなキャラクターの商品がたくさん(例えば○ングーとか、ポスペのモモとか。)サキを無理矢理起こして車で出かけた。

 私たちが着いた時(開場1時間前)はまだそれほどでもなかったのだけど、行列はあっという間に長くなって、開場する頃にはすごいことに。
 私は福袋の行列に並び、サキは会場の方へ。入り口は狭く、入ったとたんにおばさんたちがすごいダッシュで目当ての商品めがけて走っていったと言う。サキは最初わけがわからなかったのだけど(全然バーゲンのこと話してなくて、いきなり連れていかれたから)、とにかく欲しいと思ったものを早く手にしないと、と気づいて袋の中にどんどん入れていったので、あとから私が行った頃にはなにやらいっぱい!
 私はようやく福袋を買ったのだが、手頃な1000円の福袋は私の10人くらい前で売り切れ。並んでいる人が友だちの分までたくさん買っていくから。それじゃあきちんと並んでいたって買えないじゃない!と文句が出た。2000円のを買ったのだが、内容は15000円くらいだって(3000円のもあって、そちらは2万7000円分だって!)。少しくらいいらないのがはいっていたって、2000円ならもったいないとは思わない。…ていうか、全部使えるものばかり。絶対ソンはない。

 レジには1時間近く並んだでしょうかねー。疲れました。
 やっとお金を払ったあとおなかがすいたのでミスドへ行き、そこで来年の作戦を練った。
 今回は初めてだったので無我夢中だったが、来年は実用品(傘とか文房具、タオルetc.)を先に買う。ひとりはレジに並んでいる。早めに会計を済ませ、ミスドへ行って一休み。そのあともう一度会場へ戻り、その頃にはすいているだろうから、ゆっくり見る(けっこう残っている)。もちろん福袋も買うので、ひとりは福袋係。3人で行けばバッチリか?



2001年7月21日(土)  最後の試合

 海の日のきのうは、あちこちで中体連の試合が行われた。
 サキも朝6時すぎには家を出ていった。テニスの個人戦だ(ソフトテニスなのでダプルス)。――私は9時半と聞き違えて寝坊をし、お弁当を作ることができなかったのでサキはパンを持っていったのだった。
 「今日で最後。」と何度も言っている。個人戦で勝ちあがれば中部大会、さらに県大会へと進めるが、負けてしまえばもうおしまい。中学生活最後の試合となってしまう。
 いつもなら試合を見に行くと「なんで来た?!」と本気で怒るのだが、さすがに今日は最後だから見に来てもいいよってことなのかな?と思い、午前中に仕事を少しして、ななみとこうへいを連れて藤枝のテニスコ
ートへ。

 お昼をとっくに過ぎていたが、サキの試合はまだ始まっていなかった。私たちの姿を見て最初はいやな表情を見せたが、すぐに「まぁ、仕方ないか」という態度に変わった。ちょうどチームメイトの試合の真っ最中。
 テニスの応援て独特の声が出ているような気がする。「しゅうちゅ〜う!」「ドンマイだよ〜」…カン高い声で叫ぶのだ。

 コンビニで買ったおにぎりをゆっくり食べる時間もあった。木陰は風があって涼しい。
 1時をだいぶまわってからサキの試合が始まった。時々練習試合をするよその中学の子たちも並んで応援してくれている。
 それにしてもダブルスってむずかしいだろうなぁ。ふたりだから心強いっていう反面、どちらかが失敗したら、相手に対して悪いという気持ちでめげてしまうこともあるだろうし。
 私は経験がないからわからないのだ。高校の時、授業で1年間軟式テニスをやったにもかかわらず、試合などできなかった。ほんとにヘタだった。打ち合いにもならなかった。1年間の授業、いったい何をしてたんだろうと思う。
 
 今、サキたちにどうやって声をかけてあげたらいいのかわからない。勝ったら?…負けたら?――へたに声をかけることもできない。
 試合を見ていても、声をかけることはできない。ただ見るだけである。だったら応援など行かないほうがましかもしれないと思ってしまうほど。サッカーは完璧にサポーターになってるのに、中学生のテニスの試合を見ている私はほんとに無力である。

 結局初戦(2回戦)は勝つことができた。…よかった。
 そのあとの試合は翌日(今日)に持ち越し。
 「今日が最後にならなくてよかったじゃん!」帰ってきたサキに私は言ったのだけど、サキもほっとした表情。ともかく最後の大会で1勝できてよかったって。

 3回戦は仕事をあとまわしにすれば見にいけたのだけど、私はサキたちが負ける姿を想像するだけでつらくなったので、悪いけど行かなかった。どうやって接したらよいのか、全然わからない。慰めることもできないだろう。だったら行かないほうがいいだろう。
 …そう思ったのだけど、試合が終わって負けて帰ってきたサキの話を聞いたら、やっぱり行ってあげればよかった。――と後悔した。帰ってきて真っ先にサキが言った言葉が「お母さん、今日見に来たの?」だったからだ。
 「みんな負けちゃった。」って。みんなで大泣きしたって。
 中学の部活が終わった。寂しいような、ホッとしたような、フクザツな気持ち。 


2001年7月16日(月)  恵みの雨

 先月からろくに雨は降らない、かんかん照りが続いてすっかり真夏…というのに、梅雨明け宣言はやっと土曜日にされたのだった。
 そして今日。午後、用事があって藤枝へ行った帰り、車のフロントガラスにぽつぽつと・・・。あれ?雨?あっという間にざーっと降り出した。ひゃー、うれしい!待ち焦がれた雨である。しかし通り雨のようで、うちへ着く頃にはもうやんでしまった。アスファルトからは水蒸気が…。
 しかし夕方、再び降り始めた。今度は少し本格的(?)。なんだかわくわく。

 3年生の夏

 昨日はサキのテニスの試合があった。団体戦。勝てば県大会へいける。
 朝6時にはお弁当を持って家を出て行った。
 私は応援に行くつもりでいたのだけど、午前中は子ども会の球技大会があり、そちらの方を見にいってすっかり疲れてしまった。なにをしたわけでもないのに、炎天下に立っていただけで体力を消耗してしまったのだ。(なんてヤワな)
 サキには申し訳ないと思ったけど、結局行くことができなかった。

 夕方、帰ってきたサキに「どうだった?」と聞くと、「県大会へは行けない。」…。
 
 実はその前日、夜遅くまでサキは折り紙でツルを折っていた。「お母さんも手伝って。」という。
 「あした試合で早いんでしょ?こんなことしてるひまないじゃない。」というと、あしたの試合のためにみんなで千羽鶴を折る、というのだ。夕方もそのために友だちのところに集まって折っていたらしい。――もっと早く言えばいいのに、寝不足になっちゃうよー。
 早く寝てほしい私は、つい言わなくてもいいことを言ってしまった。「ツルなんか折ってるヒマがあったら、練習した方がよかったんじゃないの?」 
 「千羽鶴が役に立つとは思えないなぁ。」「もっとほかにやるべきことがあったんじゃないの?」
 ――ちょっと言い過ぎたかなとは思ったのだ。案の定、「もうお母さんは折ってくれなくていい!」

 今朝、片付けをしていたら1枚のカードが落ちていた。サキのテニス仲間が作ってくれたお守りのようなカードだ。「県大会へ絶対行く」というようなことが書かれていた。みんなおそろいのこのカードを持って、昨日の試合に臨んだのだろう。
 とんでもないことを言ってしまった…と思った。あんなこと言われたら傷つくよね。ただ応援してあげればよかったのに。
 ――個人戦、がんばれ!



2001年7月13日(金)  夏バテ

 夜中に雨がザーッと降る音で目が覚めた。窓は開けっ放し。「洗濯物がぬれちゃう!」と思ったけど、干してあるわけないじゃん、とすぐ気づき、時計を見たら3時15分だった。雨が恋しいよぉ〜〜。

 夏ばてってこんな感じだろうと昨日思った。ほんとにしんどかった。
 おはなし会が終わった午後は眠いのに眠れなくて頭痛がしてきた。しかし12日発売の『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』を買いに行かねば。藤枝のバズハウスに予約してあるのだ。
 ななみもここんとこ毎日、「もう売ってるんじゃないの?」とうるさい。昨日も帰ってくるなり「ハリーポッターは?」。一緒に買いに行こうと思って待っていたのだけど、考えてみたら絵の教室があるので、そちらへ送っていってそのまま私は藤枝へ。
 眠いわ、頭が痛いわ…信号で止まるたびにぼーっと意識が遠のいていく。必死でそれを食い止める。命からがら(?)バズハウスに到着。お店で奥さんと話をしているうちにやっと目が覚めて頭がはっきりしてきた。

 夜は頭痛でイライラしてしまい、子どもたちにも当たってしまった。ななみが「おかあさん、さっきから私が何言ってもなんにも言ってくれない!」と言う。クイズミリオネアをみんなで見ていたのだけど、私は画面だけぼーっと眺めていて、あいづちを打つ気持ちにもなれなかったのだ。ななみは私に話し掛けていたわけではなかったけど、それにしたってあいづちも打ってくれないので気分が悪くなったのだろう。しかしそんなこと言われて私も心外だったので、何でそんなこと言うのだ、と言い返してしまった。サキも、プリクラをお母さんが捨ててしまった、とゴミ箱をひっくり返している。(そんなもの知るか!大事なものならちゃんと自分の机にでもしまっておきなさい!とまた私は怒る)

 夜、来客もあった。その応対もできない。晩ごはんの片付けもしないで寝てしまった。でも睡眠をたくさんとったので今朝はすっきり。きのうはごめんねぇ、みんな。


2001年7月12日(木)  おはなし会
 
 夏休み前のおたのしみ会ということで、今日は図書室でパネルシアターを取り入れたプログラム。
 キーボードで簡単なのを弾きながら、「たまごのなかからなにかがなにかがうまれそぉ〜〜〜♪」…これが大得意なMさん。最初、キーボードはWさんが弾く予定だったが、Mさんと一緒に踊ること(!)になったので、急きょ私が弾くことに。楽しかったなぁ。ウケてましたねぇ。

 暑くて暑くて、頭がぼーっとしてしまい、図書の整理はパス。
 今からこんなに暑くて、この夏を乗り切れるだろうかと心配になってきた。トシだなぁ。こんなこと心配するなんて初めてだ。

 暑さでボーっとしていたわけではないが、おとーさん、クルマをぶつけられた。
 2月に買い換えたばかりだよ(泣)。
 左折しようとしたら車が停車していたので、ウインカーを出したまま止まっていたら、いきなりその車がバックしてきたというのだ。クラクションを鳴らしたけど間に合わなかったって。で、左の前の部分にぶつかってグシャ。ひどい!なんでいきなり、確認もせずにバックしてくるのだ?!
 こちらは停車していたから、100%相手の過失。それにしたって腹がたつ。


2001年7月9日(月)  クマゼミ

 今年もクマゼミが鳴き始めた。このうるさい蝉の鳴き声が聞こえると、夏休みも近い…となんとなく子どもの頃のわくわくするような気持ちが蘇ってきたりする。――子どもの頃クマゼミの鳴き声を聞いたわけではない。大人になってからクマゼミが鳴くと夏休み、というのがインプットされたのだ。

 焼津ではこのクマゼミとアブラゼミ、そして夏の中盤からツクツクホーシ。この鳴き声しか聞かれない。
 「ミィ〜〜ン、ミィ〜〜ン」という蝉らしい鳴き声を、サキは数年前東京で初めて聞いた。東京ではこの鳴き声しか聞こえないくらい、「ミィ〜〜ン、ミィ〜〜ン」の大合唱だった。「ミィ〜〜ン、ミィ〜〜ンなんて、作り物の鳴き声だと思ってた!」とサキは言った。
 それもびっくりだったが、考えてみれば私が子どもの頃 聞いたのは(山の中だったが)、「カナカナカナ…」のヒグラシがメインだった。昼間はツクツクホ―シ。

 夏、実家へ帰る山道を走っていくと、「カナカナカナ・・・」「カナカナカナ・・・」ヒグラシの大合唱。シャワーが降り注ぐように聞こえてくるのだ。
 「夏の初めから『カナカナカナ…』って、淋しいよね。」と夫は言ったものだが、私にはそれが当たり前の風物詩だった。ヒグラシは夏の終わりというイメージだが、焼津では夏の終わりになったってヒグラシの鳴き声など聞こえてこない。いつまでもツクツクホーシだけが鳴いている。

 「ツクツクホーシが鳴き始めると、夏休みも終わりに近いと淋しくなった」などと、今の子どもも思うのだろうか。クマゼミが鳴いている間は、まだ夏休みもたっぷりある、と安心するのだろうか。(私は高校野球が終わると夏休みも終盤だ、と急に淋しくなったものだ)


2001年7月5日(木)  懇談会
  
 昨日はこうへいの授業参観と懇談会があった。その前の昼休みに、図書委員の子たちとおはなし会の打ち合わせ。12日の昼休みにやるおはなし会、ポスターなどを描いてもらうことになった。
 授業参観は体育館で栄養士さんのお話を聴くもの。ハンバーガーセットを食べると油をこれだけ摂ることになるのよーと試験管1本半にはいった油を見せてくれたりして、ほほー、そんなに!とお勉強になった。
 そして教室へ戻って懇談会が始まる前に保護者は窓拭き。(2学期はトイレそうじだ)・・・うちの窓拭きもろくにしたことないのにね。

 懇談会の出席率はいつもより高かったと思う。なにしろ、あの大阪の事件があったあと初めての懇談会だから。
 誰もが震撼させられたあの事件、遠い世界のできごとではない。子どもを学校に通わせる親ならば、皆大きな不安を抱いたはず。学校はそれをもっと深刻に受け止めなきゃいけないのではないか?
 もちろん先生たちも真剣に考えてくださっていると思う。しかし、それが残念ながらストレートに伝わってこないのだ。
 昨日の懇談会ではその不安、不満が一気に吹き出たという感じだった。いなかの小学校だし、別に問題はないし、大丈夫とでもいうのだろうか?
 学校を取巻く環境・状況に、あまりに危険なことが多すぎるのに、それに対して具体的にどんな対策を立てているのか、保護者への説明はないのか、また保護者や地域と一緒に取り組むべきことがあるのではないか…?親たちの持つ危機感はこんなに大きくなっているのに、学校は?――というのが見えてこないので、ますます不安が大きくなるのである。


2001年7月2日(月)  「カブトムシ誕生」 「駅通過」                                                         
                          
 うちのカブトムシは今年何代目になるのだろう?
 毎年7月の上旬にはぶーーーん…と重たい羽音をたてて騒ぎ出すので、「あっ、出てきた!」とわかる。――10年前、ここに引っ越してきたときは庭先へぶ〜〜ん…と重たそうに飛んで来て、カブトムシをなんの苦労もなくつかまえることができた。うちの庭にむこうの家の桃の枝が伸びてきていて、たぶんその実のあま〜い匂いに誘われて来ていたのだろう。
 しかしここ数年はそれもなくなってしまった。(桃の木が実をつけないから―ケムシがいっぱい出るので、おばーちゃんが殺虫剤をまるまる1本シューッ! これでもか!と吹きかけたのだ。そのせいか?)

 さて今年もちゃんと成虫になって土の中からでてきた。今夜、仕事から帰ってきたおとうさんが発見!(玄関にカブトムシの水槽―もちろん腐葉土―が置いてある)
 このカブトムシの世話をするのがなんと、サキなんだなぁ。
 去年生まれた卵がかえって幼虫になり、土の中にもぐっている間、腐葉土をしめらせたり、栄養をあげたりしている。そして成虫になると毎日、えさをあげるのだ。(カブトムシゼリーを毎日取り替える)

 去年もたくさん成虫になって出てきたので、「こうちゃんのお友だちにあげれば?」と言ったら、「ダメ!小さい子はちゃんと面倒見なくてすぐに死なせちゃうから、だめ〜!」とサキ。…なんだかよくわからんが、カブトムシの世話だけはよくするのである(弟や妹の面倒は頼んだって見てくれない)。    
  
    
 
 
おととい、愛知県に住む伯母が亡くなった。
 2年くらいの闘病生活の末…。倒れてから意識が戻らないままだった。
 母より10歳年上だった伯母は、母とは異母きょうだいになるので、ちょっと距離を置いたお付き合いだった。が、12年前に亡くなった伯父の看病を親戚中交代でしているときに名古屋からずっと泊りがけで来てくれていたので、その時にいろいろ話をしてお互い印象がよくなった。それまで、あまり話もしたことがなかったのだ(ななみが私のおなかの中にいたときだ。それまで印象悪かったというわけではないが)。

 昨日お通夜に行ってきた。私は浜北まで行き、そのあと従兄の車に乗せてもらって名古屋まで。東名を走り、浜北からは2時間弱で行ける。
 このへんではお通夜というと自宅で行うのだが、あちらの方ではセレモニーホールでとり行うのが普通なのかな。
 ―残された伯父さんが肩を落として言葉も少なく、とても寂しそうに見えた。
 従兄が「おばさんも長い闘病でたいへんだったけど、ほっとしてるんじゃないかな。今頃はあの世で親父(12年前に亡くなった伯父)と再会して、喜んでくれてるような気がする」…と言っていた。私もそれを聞いてほっとする。

 帰りは久々に名古屋の街なかを走る。道路が広く、緑も多くて、名古屋は夜走るととてもきれいな街だ。(昼間は走ったことない)
 浜松駅まで送ってくれて、10:33発のJRに乗る。11時半頃には家に着く予定だったのだが…。
 その日の朝、サキのお弁当を作るためになんと4時半に起きてしまった私。JRが動き出したとたん、眠りに落ちてしまった。
 ときどき「かなや〜」とか「しまだ〜」と耳にはいったのだが、次の瞬間にはまた深〜い眠りに。そしてはっと気づいたら「次はもちむね〜」。
 ゲゲ! 私が降りるべき駅はとっくに通り過ぎている!

 もちむねが私の降りる駅、というふうに平然と降りる。でも、降りてすぐにあわててホームの時刻表を見たのだから、見てた人はなにこの人って思っただろうね。
 下りは約20分後。ほかにだ〜れもいなかったけど、夜中に真っ黒な服装の女がひとりホームにぽつんといるなんて、絶対ブキミじゃない??