すいーとぽてと!…日々のつぶやき

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2001年5月31日(木)  エアコンのクリーニング

 エアコンのクリーニングをやってもらった(2年―いや、3年ぶりか?)。
 自分でできるフィルターのそうじすらやってなかった。(「これ、いつ洗いました?」って言われた)
 今年はまだエアコンを使ってないから、これでこれからの季節、ドライが安心して使える。
 2階のエアコンと2台掃除してもらったのだが、3年前D社に頼んだ時には、キャンペーン中とか言っていたが2台でたしか1万円だったか1万5千円だったか(あれ?2万円だったか?)、まぁ数年に一度のことだからと頼んだのだが、今回は違う会社で、それよりずっと安かった。

 クリーニングが終わり、「あのー、台所の換気扇のことなんだけど…」と話を持ちかけると(――実は去年の暮れに換気扇のそうじをしそびれて、それ以来やってないのだ。…ってことは、1年半もやってないということになる――)業者の人は換気扇を見て、
 「…これは、新しいのに取り替えた方がいいんじゃないですかね。」
とおっしゃる。
 「10年間一度もそうじしたことないでしょ。」
 ちょっと! いくらなんでも! さすがにムッとして「1年に一度はそうじしてるんですけど!」と言うと、「ファンとカバーだけでしょう。」
 そりゃそうだ。煙が出て行くところのハネについたベトベトの油汚れはそうじできない(と思い込んでいたけど、みなさん、おそうじしてますか?)。
 「そうじしても1万円。新品に取り替えて、もちろんハネとか周囲の汚れをそうじしても1万円。」…じゃあ、新品にした方がいいに決まってる。
 ――というわけで、台所の換気扇も替えてもらうことにした。モノイリなのだ、10年以上もたつと。

2001年5月28日(月)  ついつい計算しちゃう回転ずし

 日曜日の昨日、仕事もあって夕方は久々にどこかへ食べに行きたい!と思い(ごはんの支度がめんどうで)、どこへいこうね?と子どもたちに聞くと、こうへいは即「かっぱずし!」

 すしが大好きなこうへいである。毎日だっていいくらい。それも、トンボマグロのすししか食べない。
 実はおととしの暮れに回転寿司を食べに行った時、店を出るころには気持ち悪くなって一晩吐き続け、たいへんな目に遭ったので、それ以来私はすしをあまり食べたくない。
 しかしまあ、久々にこうへいの行きたいところへ行くのもいいか。―とネタが全部100円のかっぱずしへ。
 (かっぱずし以外はお金の計算が面倒なので、行かない。だって計算しながらたべちゃうじゃない?)

 少し待って、カウンターの席にすわるとすぐにこうへいはトンボマグロの皿を取る。そして食べ終わった皿を積み重ねるのが楽しみなのだ。ほんとにトンボしか食べない。
 途中、私がよそ見をしているふりをしていたら、さっと私の前の皿を取って自分の皿の上に重ねた。
 しかし、なんとなく自分の力で(?)皿を積み重ねていきたいと思ったのだろう、またまた私が気がつかないふりをしている間に皿を1枚私の前に戻した。
 そして、なにがなんでも10枚は行きたい!と無理して食べている。
 あと1枚。…めずらしくツナの手巻ずしを取り、「うちへ持って帰って食べる。」と言う。
 「べつにそれでもいいよ。」と言ったのに、そのうちその手巻ずしを食べはじめてしまった。

 お店を出ると、こうへい「気持ちわるい。」
 「食べ過ぎだよ〜。」…と言ってる間にげ〜っと戻してしまった。それを見てななみも口をおさえてる。
 まーったく、お皿を10枚重ねたいばっかりに。
 …やっぱ回転ずしはいい印象がないわ。


2001年5月26日(土)  今シーズン初観戦!…少年サッカー


 今日は暑かった。
 朝から小学校の奉仕作業、それが終ってこうへいのサッカーのリーグ戦(観戦日記はこちら)、午後は仕事。
 疲れたけど興奮ぎみ。今日は1試合しかなかった。もっと見たかったなあ。…というと、こうへいはもうバテて動けない様子。むし暑いので、よけい体力消耗するみたい。しかも人数は11人。ぎりぎりなので交代などできないのだ。
 朝、ばたばたしていて喘息の薬を飲み忘れてしまった。そしたらやっぱり、夕方になると咳がでる。気がついて夜の分を飲ませたのだが、もう間に合わない。インタールを吸入しなければおさまらなかった。
 とっても元気なんだけど、薬だけはいまだに絶対欠かせないこうへいなのである。


2001年5月24日(木)  ザ・チーフタンズのコンサート

 昨夜は「ザ・チーフタンズ」のコンサートへ行ってきた。
 アイリッシュ・ミュージック。…その言葉さえ知らなかった私だったが、よその掲示板で『タイタニック』のあの酒場でローズとジャックが踊る場面、そこで流れていた音楽だと知った。
 さらに、アイリッシュ・ミュージックを演奏する「ザ・チーフタンズ」というグループのコンサートが焼津で開かれるということを知り、興味を持ったのだ。
 それだけの知識しか持たずにコンサートへ出かけた私は、ほんとに無知というか無謀というか、せめてCDで聴いておくとか、どんなグループなのか?とか少しくらい調べていくべきだった。

 今年結成40周年を迎える。メンバーは6人で、みんな60代。グラミー賞を6回も受賞している!
 なんでこんなすばらしい人たちが焼津へ?…と不思議になるくらいだが、そこがまた焼津の不思議なところだ。(去年も思ったが、なんで焼津へ来てくれるの?というアーティストたちが、たくさん来てくれているのだ。コンサート情報からは、目が離せない。)


 さてコンサートだが、初体験!というのが第一印象。まったく初めて、あんな雰囲気。
 アイリッシュ・ミュージックって生で聴くのはもちろん初めてだし、楽器も初めて見るものばかり。
 この頃よく聞く「ティン・ホィッスル」、「フィドル」「イーリアン・パイプ」「アイリッシュ・ハープ」…。
 ティン・ホィッスルの響きはとーってもきれい。
 アイルランドの人たちはこういう音楽を日常的に聴いていて、体に染み付いているような感じなのだろうか。
 ダンスのステップもすごかった。細かく、きびきびしたステップに目はくぎづけ。
 あの音楽を聴いていると自然にからだを動かしたくなる…が、あんなステップ踏めるものではない。
 そして、フィドル(ヴァイオリン)を演奏するリチャード・ウッドは、なんとステップを踏みながら演奏するのだ。「踊るフィドラー」!初めて見た!(今回、メンバーのひとりが来日できなかったので、リチャード・ウッドはゲスト出演)

同じくゲストのギタリスト、ジェシー・クックのギター演奏も息を飲むくらいすごかった。
この写真はコンサート終了後、サイン会でのジェシー・クック。(サイン会は焼津ならでは?)

 最後はひとりひとりがもう一度紹介されながら演奏。これがまた圧巻! ハープのデレク・ベル―太ったおじさんで、動きがおっとりでちょっとユーモラスだったのだが、最後に元気いっぱいにキーボードを演奏しまくる。それをメンバーたちがうんざり、まだ終らないのかっていう表情を見せるのもおもしろかった。モーツァルトの「トルコ行進曲」を手拍子で聴くなんてのも初めてだね。

 コンサートに来ていた人たちも、いつもとはちょっと違う客層というか、いかにもアイリッシュ・ミュージックが好きそうな、チーフタンズの追っかけかしらと思えるような人たちがけっこういた。ハンチング帽をかぶっている人が何人も目についたんだけど、それもアイリッシュ・ファッションの決まりなのだろうか?


2001年5月21日(月)  10年ぶりに結婚式
うちでとれたいちご。味は…

 昨日は従妹の結婚式だった。
 親戚一同、マイクロバスに乗って東名を走り、となりの愛知県・豊明市の結婚式場へ。(GWに館山寺へ行ったとき、ろくに話もできなかった母親と久しぶりに話をしながら行けたので、よかった。)
 この前結婚式に出たのはいつだったか―昨日、隣の席にすわった従弟の結婚式だったから、7年くらい前か?と聞いてみたら、「今年結婚10周年。」と言うではないか。なんと、10年ぶりだった!


 いまどきの結婚式場はおしゃれでセンスがいい。私たちの時代とは大違いだ。
 テーブル・セッティングも、お皿の上のナプキンのたたみ方がひとつのテーブルの中ですべて違っていた。そしてナプキンリングできれいに止めてあった。料理もおいしかったし、凝っていた。(茶碗蒸のパイ包みにはちょっとびっくり)

 演出も派手すぎず、シックだ。
 基本的なこと―ウエディングケーキ入刀とかキャンドル・サービスとか―は同じなんだけど、恥ずかしい感じがしなくてよかった。(私たちの頃って、どうもやらされる感じがして見てる方も恥ずかしかった)
 新郎新婦がニッコニッコの笑顔で、それも見ていてうれしかった。しかもときどきふたりで顔を見合わせ、微笑み合ってる。新婦が涙ぐむと新郎がハンカチでその涙をぬぐう。…それが実に自然で、このツーショットをカメラにおさめたいと何度思ったことか。(デジカメを私は家に忘れてしまったのである!バカー! なので、せめてと思い、披露宴会場に飾ってあった白い花をトップに飾りました)
 叔母のような気持ちで従妹を見守ってしまった。涙、涙。見てるだけで涙が出てくる。
 お決まりの『乾杯』を新郎の友だちが歌い始めたときには、涙が止まらなくなった。この歌を聴くと条件反射で泣ける。


 (実は自分の結婚式の日を思い出す。当日の朝、実家を出るときに弟が私を2階の部屋に呼び、「式場で歌えないかもしれないから」と、ギターを弾きながら『乾杯』を歌ってくれたのだ。泣かないで家を出ていこうと思っていたのに、これを聞いたとたんにぶわーっと涙が出てきた。…私はわぁわぁ泣きながら家を出ることになったのだ。それ以来、この歌を聴くと涙が条件反射のように出てくる。
 一緒のテーブルにすわっていた従姉も、父親(私の伯父)が亡くなる1ヶ月ほど前によくこの歌を歌っていた、と私とは別の意味で感慨深く、涙を浮かべていた)

 従妹は雅子さまと同じ、12月の始め頃に母親になる。披露宴の席で、仲人さんがふたりの紹介をしてくれた時にその発表があった。電撃ニュースだった!(みんな知らなかったって)
 

2001年5月17日(木)  読み聞かせスタート

 今年度の読み聞かせがスタートした。
 今日は低学年。1年〜3年まで、各クラスにひとりずつ出向き、お話や絵本の読み聞かせを行う。
 8時5分から10分間である。
 読み聞かせの本の紹介は「おはなし会日記」に書くこととして、終ったあと教頭先生が「今朝3年生がアルミ缶踏みをしていたんだけど、『今日はめりーぽぴんずがくるから早くやろう!』って言ってたんですよ。」とおっしゃった。
 けっこう楽しみにしてくれているのかな?とうれしかった。(『めりーぽぴんず』というのは私たちのグループの名前なのよ)

 今日は校舎の中にはいると何人かの中学生に会った。体験学習で、3日間あちこちの職場へ出向いて実際に仕事をするのだが、小学校へも来て、いろいろ先生に言われたことをやっていたのだ。ななみが今日は学活のときに中学生活についての質問をするんだーと言ってたけど、そういうことか。

美容院でヘアカラー

 お金がかかるのでつい自分で適当に染めちゃってたけど、むらはあるし後ろの方は染まってないみたいだし、すぐにまた白髪が目立つ。
 実は今度の日曜日に従妹の結婚式があるので、こういう時こそと、思い切って美容院へ行って染めてもらった。
 自分で染めたのよりきも〜ち明るめの茶色かな?



2001年5月16日(水)  母の日フルコース

 母の日のことを書き忘れていた。
 我が家では12日の土曜日が母の日だった。…っていうか、私が「今日、母の日にしてね。」と勝手に決めたのである。
 何もいらないから、休みをちょうだいね。―と言ったら、「サッカーを見にいくのか。」と夫。
 実はエコパへ行くことを言ってなかった。でも「行く」と言ったら必ず行ってしまうので、誰も文句は言わない。
 終ったらすぐ帰ってくるから。とはいっても、混んでいるだろうから7時ごろかな。

 母の日にはカレーを作るというのがここ数年の決まりのようになっていたので、エコパから帰ってきたらカレーを作っているところだった。ルウを入れすぎてどろどろ。
 何も手伝わなかったというサキがそれを真っ先に食べ、「しょっぱい!」と文句を言う。そして、塾へ行ってしまった。
 水を足したらいいんじゃない?―ところが今度は入れすぎてびちゃびちゃ。
 しかし見た目よりはずっとおいしかった。
 テーブルにはバラの花が飾ってあった。ななみが、サキが何もしないから「せめてバラを花びんに活けてよ!」と言ったのだそう。
 これをネットのおともだちの掲示板に書いたら、 「母の日フルコースだね」って。
 サッカー、カレー、バラの花。う〜ん、ぜいたくだなぁ。


2001年5月13日(日)  家庭訪問とサッカーと…いろいろ

 5日も過ぎてしまった。
 サキが修学旅行から帰ってきたのが9日。
 そこまでは平穏な日々だったが、その後はまー、バタバタと忙しい日々である。

 修学旅行は楽しかったようである。…詳しい話は聞いていない。聞こうと思うと寝ている。
 生八ツ橋がサキは好きなので、チョコ入りやらいちごやら、9箱も買ってきた。(もちろんおみやげも含めて)満足だろう。

―家庭訪問―


 サキが帰ってきた翌日はななみとこうへいの家庭訪問。前日、なかなか片付けが進まなくて夜中の3時頃までそうじ機などかけていた。散らかってたものは箱に入れたり袋に入れたりして、隣の和室へ放り込んだ。…その片付けをまたしなくてはならない。(まだそのままの状態なのである)

 こうへいの担任はこの春赴任された先生。一番下のお子さんが大学生という、ベテランの先生である。
 玄関先でいいからとおっしゃるのを、「せっかく片付けたから!」と無理矢理上がっていただいた。
 授業参観でちょっと迫力を感じ、ちょっぴりコワイかななんて思っていたのだが(ごめんなさい)、とってもいい先生だった。『まぼろしの子ども像』(りとる・えっせいをご覧ください)の話も出たりして、おもしろかった。
 今度こうへいのクラスにブラジルからの転校生が来るそうだ。
 「なにか聞いてみたいことはない?」という先生の質問に、こうへいが手を挙げて世界で一番大きな花はあるか?と聞いたというのだ。
 「…ラフレシアですか?」
 「そうそう、ラフレシア! おもしろいね、なんでそんなこと思いついたんだろうね?」と先生。
――ブラジルと聞いて、アマゾンを想像したのだろうか。

 ななみの担任は、ななみを受け持って3年目になるM先生。
 去年も2年目だからと特にななみのことについて話すことはなかったが、今年はさらに…。もう完璧に世間話というか、無駄話をして時間を過ごしてしまい、先生の大切な時間をつぶしちゃったりして…。(サッカーの話やら、先生がうちの夫の後輩にあたることなどがわかったりして、なんだか親しみがわいちゃったのである)

―エコパ―
 
 W杯の会場となる静岡スタジアム、「エコパ」。
 そのこけら落しが昨日のJリーグ第9節、ジュビロvsエスパルスのゲームだった。
 行ってきました!(観戦記はこちら)
 すごかったよー。興奮と感動! 
 JR「愛野」という駅が新しくできたのだが(田舎にぽつんとり〜っぱな駅がある)、そこから歩いて15分くらいかな。
 ものすごい人数がぞろぞろ歩いていくので、壮観だった。5万人ってすごい!
 JRに乗ったときから、サポーター同士でめらめらと対抗心を燃やしていたのだ。
 東からはエスパルスのサポーター。西からはジュビロのサポーター。愛野駅で一緒になってバチバチバチ・・・★
 な〜んてことはないけど、ひそかに「絶対負けないからな!」と心の中で言っていたのは確か。
  

 
2001年5月8日(火)  「八月のしっぽ」

 先月、画家の村上征生さんのホーム・ギャラリーにお邪魔したとき、『きつね』の絵本の版画を注文した。(4/5のつぶやきを見てね)
 それができあがったという連絡をいただいていたので、今日再び村上さんのお宅へ伺った。
 わくわく…!
 雨とトンネルの渋滞のことを考えていなかったので約束の時刻をずいぶん過ぎてしまい、迷惑をかけてしまった。
 しかも長居をしてしまって…。
 なんだか楽しくて居心地もよく、つい時間が過ぎていくのを忘れてしまったのだ。
 村上さんのご自宅そのものもギャラリーのようで、玄関、廊下、リビング…とすてきな絵がたくさん飾られている。シックな雰囲気だった。
 今日は途中から村上さんご本人にもお会いできて、アトリエや手がけていらっしゃる作品も見せてくださった。奥様と同じように、とても気さくな方なのである。

 『八月のしっぽ』という題がつけられたこの絵をどこに飾るかがモンダイだが、とにかくきれいに片付けをしなきゃとつくづく思った。余分なものは全部かたづけよう(捨てよう)。


2001年5月7日(月)  ナンパするナビ

 連休後半が終った。お疲れの人も多いのでは?
 実は4、5日に浜名湖の館山寺へ行ってきました。とんぼ帰り…かなー(こちらをどうぞ)。
 連休明けてすぐにサキが修学旅行。まだ足りない物があると言うので、5日は帰りに買い物をしながら帰ってきたのだ。
 ところが東名の浜松西インターにはいったら事故渋滞。ハンパじゃない。ちっとも先に進めない。
 次の浜松インターまで小一時間もかかってしまった。

 運転のおとうさん以外はみんなグーグー。
 サキの買い物は駐車場がたくさんあって、一箇所で済むところ…島田のアピタねと言っていたのに、はっと目が覚めたらなんと焼津のインターを出るところ。何も考えずに島田を通り過ぎてしまったのだ。
 しかたなくまた国道1号を引き返す。
 しばらく走っていると、「運転を始めて、2時間になります。休憩しませんか?」とナビがしゃべった!
 「どいつもこいつも寝ていて、誰もそんなこと言ってくれないのに!」とおとうさんは感激している。
 するとサキ、「なんか、ナンパしてるみたいな言い方だよねー!」
 …そういえば、この車に替えてから2時間も乗ったことなかった。大発見!

 ところで、島田アピタ1Fのたこやき(銀だこ)はおいしかったよ! いつも行列ができているんだってー。


2001年5月2日(水)  バイパスが開通して…

 うちの隣に小学校があるのだが(いってらっしゃ〜い、と見送ってる間に着いてしまう)、そのむこうにバイパスが開通した。
 昨日のことだ。
 長い間工事が続いていて、いったいいつ開通するのだろう?と思っていたが、――5月1日とつい最近になって知ったのだが、それでも信じられなかった。しかし本当に昨日開通してしまった。
 夕方、用事があって小学校へ行ったら、バイパスの車の音がうるさい。なにしろ正門の10mくらい先を走っているのだから。これまで田んぼや畑に囲まれたいなかの小学校だったのに、突然危険区域の小学校になってしまった。
 おまけに、バイパスに中央分離帯があるため、これまでまっすぐに行けた道が、まっすぐに行けなくなってしまった。
 この道路は私にとって、ライフラインと言っても過言ではないくらい、仕事でも普段の買い物でも、駅に行くのでも通らずには行けないという道路だったのだ。私だけではない、困る人はいっぱいいると思う。
 すぐむこうへ行くために、ずいぶん遠回りをしないといけない。しかも信号がいくつもあるため、えらく時間がかかる。
 バイパスの開通は、ふだんの生活にはとっても不便なものになってしまった。 


2001年5月1日(火)  風薫る5月

 GW中盤。子どもたちを送り出し、久々にのんびりと家で過ごす。そうじ、洗濯、片付け…やることはいっぱい。
 
 昨日はこうへいのサッカーの試合が雨で延期になってしまったので、サキの修学旅行用買い物に出かけた。
 行き先は静岡のI・ヨーカドー。
 駐車場がたくさんあって、一箇所で買い物も食事も済むところ。…じゃ、I・ヨーカドーね!(こうへいは「サトー・ココノカドー」だと思っている―クレヨンしんちゃんに登場するのだ)
 Tシャツやスポーツ・バッグ、etc.…珍しく早く決まってとんとん…と買い物が進んだ。しかし家族連れでひじょーに混んでいて、お昼は比較的空いている…と思ったお店でも30分以上待った。
 おとうさんとこうへい、私たち3人は別行動。こうへいはおとうさんに『遊戯王』の漫画を買ってもらって、おとなしく待っていた。買い物をすませ、「今どこ?」とケータイに電話したら、「駄菓子屋の前。」…目の前にいた。

 こうへいは「今何時?」「あとどれくらいで着く?」と、しきりに家へ帰りたがる。そして家に着いたらさっそく『チャレンジ3年生』の問題をやり始めた。
 ごはんを食べたあと、いつもならTVを見たりするのにまたチャレンジをやっている。お風呂へはいったあとも、またまたチャレンジに取りかかっているではないか。
 突然、どーしたの?!…そして、チャレンジをやりかけたまま、寝てしまった。
 お父さんと約束したらしいが、それにしてもがんばる。意外と負けず嫌いだし、なに、けっこう集中力もあるじゃん。
 …と私はえらく感心したのだが、おとうさんは何故か、にやにや。
 「あれ。」と指したピアノの上には、なにか袋にはいったものが乗っている。
 「なによ、あれ?」
 「ゲームのソフト。」
 「えーっ、買ってあげたの? こうへい、知ってるの?」
 「こっそり買ったけど、気づかれた。」
――そういうことだったのか。
 あのゲームをやりたいばっかりに、必死でチャレンジをやっていたわけね。
 きっと、今日も帰ってきたらすぐにチャレンジに取りかかるだろう。