2001年6月30日(土) 塾の力
サキが通う塾の三者面談があった。
塾へ通い始めて1年数ヶ月、言われることは最初の頃とほとんど変わらず、先生もさすがに甘いことはおっしゃらない。もちろん最初から甘いことなどなかったのだが、もうこの時期となっては「次にがんばれば」…なんてことはないので、サキの甘さをずばずば指摘してくれて、40分くらいだったが私はうなずきっぱなしだった。いつになったらがんばるのだろう、と思いながらこの時期まで来てしまったのだから。
ふだん私が言いたいこと、言ってること、言っても聞いてくれないこと―塾の先生がみんな言ってくれた。 ひとつひとつの言葉によぶんなものがなく、サキの心の中にもストレートに届いたのではないかと思う。あれで届かなかったらもう…。
私は先生の言葉を聞きながら、なんだか胸がつまってきてしまった。同じことを私が言ってもサキには届かない。この頃どうやって接したらいいのか、わからなくなってしまうことがしばしばある。口をきけば「勉強しなくていいの?」となってしまうのだが、私は「勉強しろ」なんてほんとは言いたくない。私自身、中学時代に親から「勉強しろ」なんてあまり言われたことがない。
それが仕事だとはいえ、そこまで真剣に言ってくださる先生に感謝したい気持ちだった。「ありがとうございます。」「またよろしくお願いします。」と何度も私は頭を下げていた。
2001年6月29日(金) またまた村上征生さんのギャラリーへ
月に1回、私たちのグループ(ままれーど・ぽっと)では図書館でこどもの本についての勉強会を開いている。(脱線することが多いが)
今月の例会は、村上征生さんのホーム・ギャラリーを訪ねることだった。
メンバーのうち7名が参加。
村上さんは奈良での個展を終えたばかり。ご自宅の近くのギャラリーには新しいガラス絵もたくさん展示されていた。
これがまたすてきなのだ。花の絵なのだが、村上さんがイメージする花で、ふわーっとした感じといい、色彩といい、私はどれも自分のものにしたくなってしまい(僭越だが)、1枚だけ選ぶとしたらどれがいいだろう?と真剣に考えた。(なんでもそうだ。雑誌や広告を見ていても、この中でひとつ選ぶとしたら…なんて、真剣に考えて時間をつぶしてしまう)
もちろん村上さんの絵はすばらしかった。しかし、メンバーは村上さんの奥様の存在に圧倒されたことだろう。
私は私以外の6名の名前をこの日のうちに覚えていただけるとは思っていなかったのだが(失礼か)、奥様はちゃーんと覚えてくださった。
お茶やお菓子をいただいたりしてすっかりくつろいで話しこんでいるうちに、あっという間に時間は流れ、時計を見たら4時をまわっている!
みんな子どものことなどすっかり忘れていたのだった。(私たちはいつものメンバーだから気をつかうこともなかったのだが―はじめのうちは緊張していたみたいだが――、奥様はさすがにお疲れになったのでは?と思います。ありがとうございました)
2001年6月27日(水) 初蝉! 2222! 星空観測!
それにしても暑いですね〜!
朝からバカ暑くて、たいへん。夜になっても暑い。暑いのはいやだ、きらいだ。集中力も途切れて、仕事もはかどらない。途中で帰りたくなっちゃう。
この暑さで蝉がまだ鳴いてないから変な気分だったけど、今日仕事の途中、川沿いの道を走っていたら「じ〜〜〜〜!」…思わず「やった!」
聞きましたよ、この夏いちばんの蝉の鳴き声!
2222!
「2222」って何かというと、おとといスーパーへ買い物に行った時レジで払った金額。消費税を合わせて、2222円だったの!
思わず「お〜、ななちゃん!見て見て!」
レジの人も「すごいですねー!」とにっこり。気分のいい買い物でした。
星空観測!
これもおとといの夜。小学校のグラウンドに夜8時15分集合。
ななみの学年で、星空観測を企画したのだった。
「天文友の会」の人たちのご協力で、望遠鏡やパソコンなどをグラウンドに設置し、観測会。
…が、曇り空。月はおぼろ、南の空に明るい星がひとつ。―火星である。その右側にかすかに見えるのがアンタレス。
50倍という望遠鏡をのぞくと、月がなんときれいなこと。クレーターのひとつひとつがくっきりすっきり見えた。
「きれ〜〜い!」…何気なく眺めている遠い月の姿が、まったく別人に見えた。
2001年6月24日(日) 夏
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誕生日にななみがプレゼントしてくれたものです。
プーさんのメープルキャンディーと、試験管にはいった紅茶。ハートの形に紅茶の葉っぱが圧縮されていて、熱湯を注ぐと紅茶になります。ストロベリーフレーバー。 |
夏がほんとにニガテになってしまった。
久々に梅雨の晴れ間が広がり、この炎天下、少年サッカーは体力の消耗も激しかっただろう。よくがんばったと思った。こうへいはもちろん試合には出られず、応援だけ(その応援もしたようなしないような)。
骨折の経過は順調なのか?
昨日診ていただいたのだが、もう当て木ははずし、湿布と包帯だけ。おふろもはいっていいそうだ。
「三角巾なんて、もうはずしていいわよ。」「やってる子なんていないよ。」と看護婦さん。
そりゃそうだけどね、やってないと、まわりがあぶないのよ。本人も注意が足りなくなるし。
こんな包帯だけでいいのかと心配になったけど、案の定。
じっとなんてしてないからね、このくらいの子は。包帯巻いてるってだけで、全然注意などしようとしない。また同じことを繰り返しそうで、気が気ではない。今、「手(折ったとこ)が痛い。」と言ってきた。
先生や看護婦さんは、この子がじっとしているとでも思っていらっしゃるのだろうか。―おとなしくしている子なら、包帯だけで大丈夫かもしれないが。
午後はななみの英会話教室の発表会。ななみの発表は最後の方なので、お父さんが車で送っていき、また戻ってきてあとで私を連れて行く…ということにしたはずなのに、戻ってこない。全然もどるつもりはないな、とあきらめて自転車で会場へ。着いた時には全員がステージの上に上っていて、先生が最後の挨拶をしているところだった。が〜…ん。
ななみは『マザー・テレサ』についての文章を暗記してスピーチしたのだけど。
2001年6月19日(火) 骨折!
とうとう骨が折れた。
――骨折という事態は、我が家では初めて。
いろ〜んな怪我はしょっちゅうだけど(爪をはがしたり、ななみは鼻の下やおでこを縫ったことあるし、そうそう、骨にひびがはいったこともあった。とにかく我が家は整形外科のお世話になることが多い)、骨折はねぇ。
こうへいである。4月にくるぶしの骨が欠けた。捻挫にしては痛がるので、レントゲンを撮ってもらったら、なんと米粒ほどの骨が欠けていたのである。―痛がるわけか。
そのあとサッカーの練習中に左眼の横を蹴られ、お岩さんのようになって帰ってきたことがあった。
そして今回。先生も「またどこか怪我?」と笑っている。
昨日の夕方、子ども会の球技大会の練習があった。その時、ころんで左手を地面についてしまったのだ。
6時すぎに帰ってきたとき、痛がり方がいつもと違う。手も動かせない。それでも捻挫のひどいのか?と思い、もう病院は終わっちゃってるから、あした行こう。ととにかく冷やす。
夜、たまたま私の弟と電話で話したので、そのときにこのことを話したら、「それ、たぶん折れてるよ。」と言う。子どもの骨は柔らかいから、すぐに折れてしまうと。ぽきん、ではなく、竹がぐにゃりと曲がるように折れるって。
ひぇ〜〜! とたんに私は深刻になり、早く病院へ行った方がよかったのか、とあわててしまった。でもあしたの朝でいいというので、とにかく朝いちで整形外科へ行ったのだ。(「痛くてなかなか眠れない。」とこうへいが言うので、氷やアイスノンで冷やしながら、これはもう骨折に違いない、と思い込んだのだった。
やっぱり骨折。先生が「竹が折れるときのように…」と説明してくださって、思わず深く納得。
湿布をし、あて木をして包帯を巻き、三角巾で腕をつって登校。「どうしたの〜!」「どうしたの〜!」と取り囲まれ、昨日一緒にドッジボールをしていた子たちが先生にそのいきさつを説明してくれた(笑)。
最低3週間は運動もダメということで、次の日曜日、サッカーの試合には出られない。がっかり。(右手でなかったのがせめてもの救いか)
誕生日のメッセージをみなさんありがとうございました
6月17日は父の日、そして私の○○回目の誕生日。ネットで知り合った方たちがたくさんメッセージをくださって、ほんとうにうれしかった。この場を借りて、みなさんに感謝したいと思います。ありがとうございました。誕生日がますます大切な日になったし、6月も雨の日もますます好きになりました。
誕生日は自分を産んでくれた親に感謝する日、子どもたちの誕生日は自分にとっても新しい命をこの世に産み落とした記念すべき日。
誰の誕生日にもそれぞれにドラマがあって、かけがえのない大切な日なのだとあらためて思います。
2001年6月15日(金) 換気扇の取り替え
昨日は台所の換気扇の取り替え&クリーニング。やっときれいになる!とこの日を楽しみにしていた。
先月のつぶやき(5/31)にも書いたが、去年の暮れに換気扇のそうじをしそびれて、すごいことになっていたのだ。
もう自分の手におえない…とエアコンのそうじをしてもらった時に相談したら、「取り替えた方が早い」と考えてもいなかったアドバイスをしてくれたので(目からウロコ!)、あ、じゃあそうしよう!と気が楽になったのだった。
取り外してもらった換気扇はすごかった。こんなのをよく動かしていた、とぞっとするくらい。(排気どころか、ハネについた油とほこりのかたまったものが中にはいってくるような状態)
新しい換気扇はもちろん音も静かで気持ちがいい。まわりもきれ〜になって、これからはこまめにそうじをするぞ!と決心したのだった。…「一ヶ月に一度くらいはきれいにした方がいいですよ。」と言われましたー。
換気扇は安いもので充分で、5年〜7年もたったらもう新しいのに交換した方がいいって。
たまたまその前日に、『ベストタイム』という番組の中でリフォームをやっていて(これが毎週楽しみで、水曜日はほとんど欠かさず見ている)、ちょうどうちみたいな汚い換気扇を新しいのに取り替えたんだよね。やっぱ同じこと言ってた。そうか、換気扇は消耗品なのね。毎日頻繁に使って安いものだから、5年も使えばもう十分。
おはなし会
昨日は久々に雨が降ったのでうれしかった。紫陽花が元気を取り戻したようだ。 それに、小学校の読み聞かせで『おじさんのかさ』(佐野洋子)を読むのにグッドタイミング。 子どもたちの反応が素直でうれしく、楽しい。
前の日に仕事から帰ってきたとき、ちょうど学校帰りの子どもたちに出会った。
「あっ、めりーぽぴんずだぁ!」(めりーぽぴんずは私たちのグループの名前)
「あしたよろしく〜!」
なんて、2年生の子たちがちゃんと声をかけてくれてびっくり。うれしかった。
2001年6月12日(火) 久々デート?
今日までの2日間、夫は代休だったので、お昼は久しぶりにふたりでランチを食べに出かけた。
パンが食べ放題のとこ・・・そういえば私の誕生日が近いので、ディナーのはがきが来ていたっけ!と思い出したのだが、やめた。(ちょっと高いのだ)
それよりやっぱ、ジャカッセへ行こう。ピザがおかわりできるので、850円でおなかいっぱいになる。
ランチタイムは主婦のグループが多いが、男性客もけっこう多い。
おなかいっぱいになって帰るとき、席が空くのを待っていた男性は、夫の同僚・・・だった。
年に一度、この時期にランチをふたりで食べるのがここ数年の行事(?)。平日が休みになることはほかの時期にはないのだ。(そういえば去年は夫の代休一日目に私は大阪へフェルメールを見にいき、二日目に一緒にランチだったのだ)
2001年6月11日(月) 新幹線の中の事件(?)
大阪の小学校で起きた悲惨な事件・・・翌日の新聞はかわいそうで涙なしでは読めなかった。
実はあの日、浜松から帰ってきたのが夕方。夜は広報部会があり、その席で初めてその事件のことを知ったのだ。
びっくりしてしばらく口がきけなかった。日本で起きたことなのか?って一瞬思いましたね。
地域に開かれた学校―いつでも見に来てください。なんて言ってたけど、これからはそうもいかなくなるだろうな。
子どもたちが心配になりますね。安全な場所がなくなっていく・・・。
今日は日帰りで東京へ行ってきた。土日に仕事だった夫が代休だったので、子どもたちのことをまかせて伯母の様子を見にいってきたのだ。―ちょっと重い病気で、体力も気力も落ちている。
行っただけで何もできなかったが、ただ「来てくれてうれしい」と喜んでくれた。帰るときは「寂しいから黙って帰ってほしい」と言う。私が行ったことで血圧が上がってたいへんだったかもしれない。
ところで、帰りの新幹線の中でとんでもないことが起こった。
私の前の席にすわっていた男性。東京駅を出てすぐに、いびきをかいて寝始めた。こういう人もめずらしいと思っていたが、小田原を過ぎた頃、急にけいれんを起こし、うめきだしたのである。
まわりの人たちはみんなギョッ!! 私もなにしろすぐ前の人なのだ、ど、どうしたらいいの、とおろおろ。
私の隣にすわってずーっとしゃべりつづけていた男性二人のうち、ひとりが「大丈夫ですか!?」と声をかけた。しかし、反応はなし。
通路を隔てて横の二人掛けの席に座っていた人たちが、席をたって乗務員に知らせにいった。その間も男性はうめきつづける。
しばらくして若い乗務員の男性が駆けつけた。「お客さま、大丈夫ですかー?」と声を掛けつづける。返事はなし。「お客さまの中にお医者さまがいらっしゃいましたら・・・」とアナウンスがはいったが、結局来てくれるお医者さまはなく、そのうちひとりの男性が来てのぞきこんでいる。「私は薬やですが・・・」
乗務員の男性が声をかけながら、身分のわかるものを調べたのだ。その中に、薬があった。もしかして、東京の病院へ行った帰りなのかもしれない。
そのうち男性は「痛い、痛い」と言いだした。「お客さま、どこが痛いんですかー?」とまた乗務員が声を掛ける。反応なし。意識がもうろうとしているようだ。
結局三島の駅に救急車が来て、その男性は救急車で運ばれていった。(静岡までの切符を持っていたらしい)
乗務員を呼びに行った男性と、薬やさんという男性が、最後まで手伝っていたようだ。(ご苦労さまでした)
それにしても乗務員の声掛けは冷静で、ちっともあわてるふうではなく、救急車の手配がすんだあとは「大丈夫ですよー」と声を掛けつづけていた。
そして、三島を出たあとは「お騒がせしました」「ご協力ありがとうございました」と一礼していった。乗務員もプロなんだなあ。なんだか安心できたもん。状況はすごかったんだけど。
2001年6月9日(土) カウプレ
初めてカウプレをいただいた。
いつも遊びに行っているサイト『花の渓工房』のSAKURAさんからである。
「抽選で5名」…お子さんが引いてくれたというあみだくじでめでたく当選!木で作られたやさしいお人形。かわいいでしょ?
SAKURAさん、ありがとう。大切にしますね。 |
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おはなし交流会in浜松
少し前に「けいじばん」に書き込んでくださったおはなしの交流会が昨日あったので、行ってきた。
ストーリーテリングばかりのプログラム。(ストーリーテリングというのは、おはなしを覚えて、テキストなどを見ないで語る方法。)
私も去年やっとおはなしをひとつ覚えて、子どもたちの前でなんとか語ることができるようになった。うちの子たちはもう飽きちゃって、私が「あるところに…」とはじめるとブーブー言うので、また別の話を覚えたいと思っていたのである。
それでもまだまだストーリーテリングの世界の外にいたのだ…ということを、昨日思い知らされた。
プログラムの中には知っているお話もあったのだが、語りを聞いていると、自分で読んだのよりすっと頭に入り込んでくるのだ。印象も違ってくるような。語りのよさをあらためて認識した一日だった。(この交流会の報告はこちらをどうぞ)
2001年6月5日(火) 梅雨入り!
久しぶりに昨日は浜松へ行ってきた。仕事のミーティングがあったのだ。
何を思っていたのかよくわからないが、始まる2時間も前に家を出てしまった。
なにしろ仕事で浜松へというのは初めてのことだったので、遅れてはいけないという意識がつよかったのだと思う。
10時からなのに、浜松には9時すぎに着いてしまった。アクトシティの楽器博物館の上にある会議室なので、それほど時間もかからずにいける。
いくらなんでも早すぎるので、駅の構内にある「ドトールコーヒー」に立ち寄った。
出勤前の男性や女性で店内はいっぱい。出勤前にこういうお店でコーヒーを飲んでくって、ちょっと憧れだったんだ〜。(スタバとかね)ふふふ。う〜ん、余裕の朝だった。
3時間みっちりのミ―ティングでおなかがすき、お昼は食べていくことにした。
アクトシティのホテル・オークラ30階にある「パガニーニ」(名前聞いただけであのバイオリンの音色が響いてくるでしょ?)というお店。ラウンジみたいにゆったりした店内。
ランチは1300円。イタリアンか。パンとコーヒーはおかわり自由。ケーキは別に350円で2種類。好きなのを選べる。
リッチな気分に浸れるお店だった。
ホテル・オークラは2年前に会社の催しがあって来たことがあるが、その時もすごく印象よくて、バイキングもほんとにおいしかった。(時間が足りなくて残念だった、と今でも思うくらいだ)
今回30階までエレベータで一気に上がり、降りてみると廊下がとてもリッチな雰囲気。長〜い廊下を歩いていった先に「パガニーニ」があったのだが、お店の前はさらに10数階上までの高ーい吹き抜けになっていて、思わず見上げて圧倒されてしまった。らせん階段もある。
いたるところに楽器の街というのを印象づけるものがおいてあったり、デザインされていたり。
「パガニーニ」はまた来たいな。と思えるお店。ちょっと高いけどね。
2001年6月2日(土) 歯の衛生週間ポスターコンクール表彰式
毎週通っている絵の教室で、先月「歯の衛生週間ポスターコンクール」に応募する!とななみが描いたものがなんと優秀賞をいただき、今日その表彰式があった。
先週、歯科医師会から連絡があって「優秀賞」と聞いたのだが、そのときはほかに「最優秀賞」とかあるのだろう、と思っていた。そしたら絵の教室の先生が「ディズニーランドだよ!」とおっしゃるではないか。
それでもまだ「え〜、優秀賞って、そんなに上の方ではないんじゃあ…?」と言ってたら、先生が応募要綱を見せてくださって、―ほんと!優秀賞2名にディズニーランド招待…と書いてある。
ひゃー、すごい! ディズニーランドご招待なんて、初めてだ! しかもペアで。
誰と行く? サキじゃいやだし、おとうさんも行きたくないだろうし、こうへいじゃあ心配だし、やっぱおかあさんか。――おとといの絵の教室以来、そんなことばかり言って過ごしていた。
そして今日、12時40分からの表彰式。(表彰式の様子はこちらをどうぞ)
軽い気持ちで出かけたら、会場には市長さんはじめ歯科医師会の会長さんとか市議会議長さんとか、ずらり。
歯医者さんたち、歯科衛生士のおねえさんたち、ずらずら…・
しかも1時からは歯の衛生週間のイベントがあり、小さな子どもをつれたお母さん、お父さんたちが開始を待って並んでいる。かなりごった返した感じだった。
以前おせわになっていたC.クリニックの先生も表彰式の間中、写真を撮り続けていた。なんと私たち親子のことを覚えていてくださって、私が写真を撮ろうとして前へ行った時、声をかけてくれた。(私はこの先生がちょっとニガテだったのでビックリ。いい先生なんだろうけど、顔がコワイのだ。こうへいも「コワイ顔して『こうへいくん、がんばったな。』って言う」とよく言ってた。)
ななみは終ったあと市長さんが声をかけて握手してくれた、と喜んでいた。
家に戻って封筒を開けてみると、なんと「ディズニーランドペアご招待券」が!夏休みに日帰りのツアーに行けるのである。私はパスポートをペアでプレゼントしてくれるのだろう(交通費は自分持ち)と思っていたから、そうではなくてほんとに「ご招待」とわかってびっくり! やったねぇ!
2001年6月1日(金) ハンギング(?)
パソコンに向かっていると、外のテラスにつけた目隠しのラティスが見える。
しかし、何もなくてさびしいので花を飾りたいなあと思っていたのだ。
いただいた黄色のベゴニアをハンギングしようと思い、ちょっとやってみた。
ひとつだけではなんとなく…で、ペチュニアも買った。
こんな感じなのですが、いかがでしょう?
パソコンに向かっているといつもこの花たちが見えるのでいい気分。 |
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