すいーとぽてと!…日々のつぶやき

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10月のデザート?
ななみが作ったパンプキンプディング。
なめらかでおいしい!

もう一つ、栗きんとん。毎年この時期に1回だけ作る。
裏ごしがたいへんなので、昨夜(10/4)夫がやってくれた。あとは砂糖と水を少し加え、火にかけて練る。そして茶巾絞りにしたシンプルなもの。
   
 
2001年10月30日(火)  いきあたりばったり

 昨日は東京へ行ってきた。前からこの日しかないと思ってはいたのだが、なかなか夫に言い出すことができず、その前日に思い切って言ったので、結局突然に行く形になってしまったのだ。
 目的は、先月亡くなった伯母の位牌の前に花を供えることだった(こちら)
 夫が早めに帰ってきてくれるというので、安心して出かけることができた。

 行きの新幹線はひかり、空席を探すので精一杯。3人がけの真中の席になってしまった。
 朝、コーヒーを飲む時間もなかったので、とにかく車内販売がきたらコーヒーを買おうと決めていた。ふだんはブラックだが、ちょっと濃かったのでフレッシュを加える。その空き容器を袋に入れようとしたとき、ピッとフレッシュが飛んでしまった。…隣りの男性のブルゾンに。黒っぽい色なので、しっかりついてしまい、目立つ。見ると、男性は寝ている。知らん顔しちゃおうかと一瞬思ったが、ハンカチで拭いたら寝ていた男性、びっくりして起きてしまった。「申しわけありません、フレッシュが飛んでしまって…」と言ったら「あぁ…」とまた寝てしまった。ので、降りる時に「先ほどは起こしてしまって申しわけありません。」とあやまっておいた。

 帰り、東京駅へ向かうJRの中でケータイが鳴った。ななみからだ。
 「もしもしお母さん、圧力鍋のふたがしまらない。」――今朝出かける時に、帰ってきたらお米をといで、カレーを作っておいてと頼んであったのだ。圧力鍋の使い方、順序も紙に書いて。もういちどきちんと閉めて、やり直してみて、と言って切ったら、しばらくしてまたケータイが鳴る。
 「お母さん、圧力鍋のふたの持つところが取れちゃった。」
 「えっ?」思わず吹き出してしまった。
 「できないからサキに頼んだら、取れちゃった。」おいおい、いったいどういう閉め方をしたのだ?
 
 結局ふたを直すことはできず、にんじんやじゃがいもは柔らかくなったのでそのままカレーは無事にできたのだが…。
 帰ってきて見たら、ふたの取っ手が取れている。すぐ元に戻せたのだが、ふたをまわさずにふたのネジをまわしていたんだね。一生懸命。サキはそれを10分くらい回しつづけたというのだ。…ふつう、変だって思わない?と言ったら、その前にななみがもっと回していた、と。
 ななみの話。「サキってば帰りが遅いから私がカレーを作ったんだよ。サキがやったのはふたをこわしたのと、お米をおかまに入れてスイッチ入れただけ。」だって。
 ま、いいよ。なんとかふたりでやってくれることがわかったから。

 おみやげを買ってきてあげればよかった、とちょっぴり後悔。おいしいケーキでも買えばよかったなぁ。実は新宿タカシマヤの地下を歩いていた時、ちょうど木村屋の前で行列が始まったところだった。あの銀座のあんぱんの木村屋だ。
 「限定60個のプリンパン、もうすぐ本日最後の販売でーす。」見れば整理券を配っている。
 「お一人様5個までです。」デパ地下の行列、一個200円のプリンパン、きっとおいしいんだろうって誰もが思うよね。あと5分くらいだし、ま、ためしに並んでみるか。
 200円のプリンパンは一個づつ、つぶれないようにパックに入れて販売される。私はその他にピーナツコロネとクリームパン(どちらも一個150円なり)を買った。…どんなにおいしいか、と期待しちゃうよね。
 酒種が自慢のパン。あんぱんはいろんな種類があって、まあ話の種に買う価値もあるが、はっきり言って「なに?あのクリームパン。」サキは「なにこれ?ヤマザキの80円のクリームパンの方がおいしいんじゃないの?」とひとくち食べてやめてしまった。クリームパンといったらカスタードクリームでしょう。木村屋のはカスタードクリームとは言えません。一個150円?二度と買わない。(プリンパンも、近所のスーパーのパン屋さんの方が安いしおいしい)…だまされた。実はクリームパンをひとくち食べた時から、プリンパンも絶対期待できないと思ったのだ。5個も買わなくてよかった。

 あんなに高くておいしいとは思えないパンを何故みなさん買うのだろう?と不思議でたまらない。この高いパンを買ったので、ケーキはやめてしまったんだ。並んでまで買った自分を恨んだ。(サキは「お母さん、そういうのがわかったから、並んで買ったのも無駄じゃなかったよ。」と慰めて?くれた。あんまり私が「ひどい」を連発したので…)



2001年10月30日(火)  ほっと一息の一日です
 
美智子さまと天皇陛下
雨がかなり降っていたが、窓は全開で沿道の人たちに手を振ってくださる。
(写真を載せてよいものなのかと悩んだが…)

 28日の日曜日は「全国豊かな海づくり大会」が新焼津漁港(行ったことない)で開催され、天皇皇后両陛下が式典にご臨席。
 週間天気予報では確か月曜日から雨ということだったが、当日は朝からかなりの雨。しかも昼ごろ、両陛下のお車がバイパスをお通りになるというので沿道にはかなりの人が出ていた、その時間帯になって土砂降り。たいへんな一日になってしまった。(――この日のために数年前から準備を進めていたというのに、たった一日、この日だけなんであんなお天気だったのだろうね)

 わざわざ港まで行ってイベントを見たりする気はまったくなかったが、5月にうちのすぐ近くに開通したバイパスを「お通りになる」というのだから、行かないテはないではないか。雨が降ったとしたって。だって歩いて2、3分だもん。ものぐさな私だって、お出迎え(?)しなければバチが当たる…とは思わないが、こんなことはもう一生ないと思うので、こうへいとななみを連れて行ってきた。
 雨のせいか、思ったより人出は少なかった。長い距離だから延々と並んでいるわけで、全体ではかなりの人出だったんだろうけど。
 警備の人が12時20分と教えてくれたので、その10分まえまで仕事をして大急ぎで戻り、こうへいとななみを連れ、走ってバイパス沿道へ。


 「あと5分でお通りになります。」…そのころには通行止めになり、いよいよ…と、周りの緊張も高まってくる。そして青いランプを光らせたパトカーが。
 「このパトカーが通ったあと、3分後です。」――うわ〜…とどよめき。
 「白バイだ! あ、あの旗のついてる車!」と近くの人。
 両陛下を乗せたお車がゆっくり走ってくる。
 わっ! 美智子さまだ! とにかくシャッターを押し、「きれい〜。…スーツもすごくすてきな色〜…」とみとれているうちに、あっという間に通り過ぎていってしまった。雨が降ってるし窓閉めてるよね、なんて近所の人と話していたのだが、窓は全開で振り込んでくる雨もおかまいなしに、にこやかに手を振っていらした…ということになんだか感動した。

 その夜、ニュースで港の式典やイベントの様子を見た。両陛下は静岡市のホテルに宿泊されたということで、市民がちょうちん行列をして歓迎した。――と放映されていた。びっくり。ちょうちん行列??いったいいつの時代のもの?「はいからさんが通る」の時代か?…両陛下が高層のホテルの窓から手を振られているお姿も映しだされていた。  



2001年10月27日(土)  今日は元気!

 昨日はいったい何時間寝ただろう?…って思うくらい、よく寝てしまった。ふつう、昼寝をすれば夜は眠れないはずなのに、9時をまわったらもう起きていられなかった。気になっていたサキの塾の迎えを何度か夫に頼む。「10時20分だからね!」「忘れないでよ!」――サキが帰ってきたのを知らない。
 今朝は寝すぎて頭が重かったが、仕事に出たら自分でもびっくりするくらい気分が晴れ晴れとして、昨日とは別人!
 昨日はなかなか仕事がはかどらず、半分以上を今日に持ち越してしまったが、今日は予定の分を全部すませる。ナビスコ杯の決勝も見たかったし――3時半からTV中継だったのでそれまでに…と思ったのだけど、やはり間に合わなかった。(なんで負けるよ、ジュビロ)
 夜は塾の進路説明会があった。終わって帰るとき、先生に「本気で○○高って考えてるの?」と言われた。…私もいつも言ってる、同じこと。本気でそう考えてるなら、本気を見せてくれ!


2001年10月26日(金)  もくもくとこなす

 ああ…。忙しい日々が続いている。部屋の片付けもできない。
 今日はお昼に戻ってきてごはんをベ食べ、さあまた仕事に出かけようと思ったら突如睡魔が…。それも、我慢できないくらい眠い。それでも車に乗ろうとしたら頭痛がしてきた。
 ――30分くらい寝てから出かけよう。と思って横になったら、もういけません。途中で気がついても、自分がどこにいるのか、一瞬わからない。「ただいまー!」とななみが帰ってきて、はっと時計を見たら4時。……。予定が大幅に狂った。明日もあさっても仕事に出ないといけなくなった。
 ま、こんな日もあるさ。と考えることにしている。あせってもどうにもならないし、こなしていくしかない。

 仕事ばかりでなく、学校の用事や子どもを病院へ連れて行ったり、夕方はお稽古ごとの送り迎え、はたまた塾の送り迎え。…それらすべてを最近は私がしている。こんなに忙しくなってくると、夫はなにもしてくれない、最近家族を捨ててないか?と腹が立ってきたりするのだ。 


2001年10月21日(日)  発表会、演奏会・・・スゴイ子どもたち その2

 
中学の発表会はすべてのプログラムが終わったあと、閉会式は見ないで会場をあとにした。
 その後JRで浜松へ、私の従姉の娘・ひとみちゃんの高校生活最後の定期演奏会を聴きにいくため。ひとみちゃんは音楽科に通っている。そこの高校の音楽科は有名で、私が高校生の頃も、音楽大学へ進学する人たちが音楽をやるために通っていて、ちょっとほかとは違っていた。

 定期演奏会は音楽科の1年〜3年生までの生徒たちで楽器の演奏、オペラ、合唱と、プログラムも充実している。
 ひとみちゃんは今年がもう最後、オペラで主役をやるのでぜひ来てほしい、と先日ちらしや整理券を送ってくれたのだ。こうへいとななみを連れて行ってきた。

 予想以上のコンサートだった。レベルが違う。フルートの合奏、ピアノの独奏(すごかった!セミプロ?)、オペラも。上手ねなんて、ヘタにいえない。
 ひとみちゃんは「小さな煙突そうじやさん」というオペラの主役、煙突そうじやさんの少年の役だった。8歳という設定なので、こうへいに会ったときにこうへいの行動を観察していたそうだ。バレエも習っているがんばりやさんなので、表現力が豊かで見ていてひき込まれた。

 合唱もまたよかった。鳥肌が立ったぞ。合唱だけでも、あれだけのプログラムをこなすにはかなりの練習が必要ではないか?と思った。大中恩(めぐみ)の組曲が懐かしかった。『音楽会のあとは』…何も言いたくなくなる―ちょうど中学の発表会が終わって帰るとき、一緒に行った友人と駐車場まで歩きながら、いろいろ言いたいんだけどなんだか胸がいっぱいで、その余韻を楽しみたいみたいな感じで、お互い何も話さずにいたのだ。まさにその気分を歌ったような歌。
 そしてヴィヴァルディの「四季」を合唱で歌う。初めて聴いた。ポピュラーな曲も。陽水の「少年時代」は、「ご一緒に…」と指揮者の先生がおっしゃって、会場も一緒に手拍子や歌。
 そのたくさんの合唱の伴奏を一人の生徒が弾きこなした。あっぱれ!
 ひとみちゃんは最後の方にはもう感極まって歌いながら泣いている。「Climb Every Mountain」を歌い始めた時には私も涙がでてきた。
 
 ひとりひとりが実力のある子たちだから、それが集まったコンサートはやはり違う。個人的にもいろんなところで質の高い指導を受けているのだろう。しかもこういう演奏会に慣れている、といった雰囲気。堂々とした演奏家のたまごたちだ。(私はせめてあのコンサートピアノに触ってみたいものだとうらやましくなった)
 
 高校の定期演奏会とはいっても、ハイレベルなコンサートを聴けたような気分になり、こちらもまたスゴイ子どもたち…と感動したのだった。 


2001年10月21日(日)  発表会、演奏会・・・スゴイ子どもたち その1
お昼の休憩時間にホールの庭で最後の練習をするサキたち

 昨日はサキの中学の文化学習発表会。
 各クラスのコーラスに加えて、ブラスバンドや合唱部、そして個人の発表(英語のスピーチやホームステイなどの体験記、ダンス、バンド演奏…と盛りだくさん)。先生たちの演奏や、PTAも加わった合唱もある(私も参加)。
 となりの町のホールを借りて(音響効果がよく、わりといいコンサートの催しがある)まる一日。席が足りなくて立ち見の保護者もたくさん出る。

 9時半開始に間に合うよう9時には家を出て(車で15分くらい)、途中で友人宅に寄って一緒に会場へ。すでに客席はほとんど埋まっている状態。(ま、生徒が客席にすわるのでどうしたって保護者の席は少なくなる)

 実はこの発表会を撮るために、私はSONYのハンディカムを買ったのだ(3日前)。――サキの小学校の学校貯金がそのままになっていて、「このままだと使えなくなるから解約なり続けるなりの手続きをするように」という通知が来ていたので、「そうだ♪」と、ビデオを購入することに決めた。サキには事後報告だったので、言ったら予想に反して怒った。
 私「なんでよ!ビデオがあればみんな楽しめるじゃん!」
 サキ「そんなものに10万円も使ったの!?」(…ビデオが2、3万で買えるとでも思っているのか)
…とぷりぷりしているので、私も「じゃあいいよ、もう撮らないから!」

 昨日はいっぱい撮りました。サキのクラスの有志で踊った「ソーラン節」や空手、ダンス、etc.…。3年生の合唱もすべて。おかげで夜も楽しめたんじゃない。
 「ほらね、買ってよかったでしょ。」と言うと、「私に断りなく買ったのが気にくわないけど…」。

 発表会はどの子も精一杯、臆することなく力を発揮している・・・熱意、誠意のようなものが伝わってきて、私はサキも出ていた「ソーラン節」を見たときにもう涙が出てきてしまった。――こんなことでは合唱の時にはどうなるか。

 新体操部の子たちのダンスも、空手の演舞も「おぉ、かっこいい〜!」と感心する。「港群舞」もさまになってる。焼津の新しい踊りで、歌詞(「焼津ラプソディー」っていうんだって)は市民から公募、それにつのだひろが曲をつけて歌い、パパイヤ鈴木が振付けをした。歌詞は悪いけど共感できないが、踊りはハイカラ。リズム感が要求されるね。
 お昼にいったん家へ戻って、こうへいとななみにお昼を食べさせ、また会場へ。先生方のバンド演奏(ウケまくっている)の次は職員とPTAの合唱。『君をのせて』…以前幼稚園のママさんコーラスでも歌った曲。PTAは10人くらいだったろうか。練習は1回だけで、昨日はじめて、ぶっつけ本番の人も。なんだか楽しく歌えた。(指揮者の先生も楽しくて)


 3年生の合唱は最後、その中でもサキのクラスはなんと最後。全クラスビデオに撮ったが、やっぱみんなピアノうまいわ。難なく弾いているという感じ。中間発表の時よりもさらにうまくなっている。(音が全体的に下がるのはしかたない、か)
 これまでも毎年ピアノの伴奏をしてきたが、あまり心配はしてなかった。曲自体が難しいものではなくきれいにハモる曲ばかりだったので、間違ってもある程度ごまかしがきくというのもあったし。
 しかし今年は。『流浪の民』――この前も書いたけど伴奏が目立つし、難しい曲。決して伴奏をまちがえてはなるまじ!…って思う曲。それが、何度弾いても間違えずに弾き通すことができなかったのだ。練習不足がいちばんの原因。もっと早くから練習していれば、もう少しなんとかなっただろうにということはピアノの先生も何度もおっしゃっていて、もう間に合わないから本番ではとにかくミスがないように弾ければいい、と。(それがむずかしいのよね)
 最後の、音がころころ…と小さくころがるように流れていく終わり方も、前日の夜〜当日の朝になってやっと「うん、きれいに弾けるようになった!」というくらいだったのだ。直前になってようやく納得がいく弾き方ができるようになった。ピアノの先生が発表会前の1週間に3回も見てくれたのだ。それに、昨日は会場まで足を運んでくださった。

 さて、サキのクラスが始まる。最初に曲目の説明、クラスの思いをナレーターのふたりが語る。その間にサキの伴奏が小さく流れる。ナレーションが終わり、ライトが照らされる。指揮者と伴奏者が頭を下げ、指揮者が台の上にのぼって…。ピアノの伴奏がガ・ガーンと始まる。最初はテンポが速く、ピアノの音も抑え目で、中間発表の時より歌とピアノがしっくり合っている感じがし、なんとなく安心。
 ピアノに関しては大きなミスもなく、最後のところもきれいに終わることができて、本当にほっとした。中間発表の時は歌が伴奏に振り回されているという印象だったが、本番はちゃんと溶け合っていてよかった。(でも、あとでビデオをサキと一緒に見たときにはなにこれー…と笑ってしまった。「声を張りあげてるやつがいるー!!」って。ま、むずかしい曲だからね。あれがCDになるのね。)

 ブラスバンドの演奏の時には、会場の男の子たちが何人か走ってきてステージにあがり、盛り上がった。そのアンコールでは『学園天国』!…このときはもっと大勢の生徒たち(男子も女子も)が立ち上がり、ステージの上にあがって一緒に踊っていた。いい余韻の残った発表会だった。
 スゴイ子どもたち。――つくづくそう思った。こんなに一生懸命にやる子たちだもの、何も心配いらない。…って思うんだけどね。 


2001年10月16日(火)  パイナップル日和

 待ちに待ったパイナップル日和。
 夏休みの終わりごろ、パイナップルの鉢植えをいただいた。珍しい。パイナップルの鉢植えなんて、初めて見た。
  パイナップルの実は最初緑色だったが、ようやく黄色く色づいてきて、パイナップルの匂いもしてきた。直径(横のサイズ)10cmくらいだろうか。手のひらにころんとのるような大きさ。
 ここのところ、ずっと秋晴れのいい天気だったので、そろそろ…と思っていたのだ。明日は雨の予報も出ているので、今日が最後のパイナップル日和だと思い、切り取って収穫。
 
 夜、パイナップルを切って家族でいただく。
 完熟パイナップル。「おー。パイナップルの味だ!」甘くて、少しすっぱくて、おいしかった!
 サキは「ずっとそこ(テラス)にいたのに…。」こんな姿になっちゃって、とお皿の上のパイナップルをしばらく見つめている。(なんでそんなに感慨深い? 毎日見ていて、愛着がわいたのか?)
  
上の葉っぱを植えると、また花が咲いてうまくいけば収穫できるらしい。
 ちょっと自信はないが、やってみよう。

 



2001年10月15日(月)   体調をくずすサキ

 
「のどが痛い。」
 …頼むから休みの日だからといって、カンケイないところのお祭りにまで遊びに行って、風邪ひいてこないでくれよ。――と言いたくもなる。本番まであと1週間もない、しかもその翌日は英検の筆記試験がある。なのにサキは昨日、自転車でふらふらと遊びにでかけ、いつものごとく帰ってきたのは夕方遅く。ごはんの支度も手伝わない。それで「のどが痛い」だ??
 ピアノの先生が心配して、レッスンの日でもない今日、伴奏を見てくださるという。学校から帰ってきて「のどが痛い。」「頭が痛い。」「絶対風邪ひく。」(もうひいてるんじゃない!)…「ピアノどうしよう。せっかく先生が見てくれるって言うし…」とぐずぐずしてるので、私は「あのね、気力の問題だよ! 風邪は気力で直すの!」と強く言った。ふだんなら「じゃあ休めば?無理して行っても迷惑だし。」と言うところだが、あとわずか。寝ているヒマはない。かわいそうだけど、ほんとに気力でがんばるしかない。気持ちも左右しているのではないかと思ってしまったのだ。久々に精神論でいくぞ。


2001年10月14日(日)
   
 
 サッカーのグラウンド当番に、地域のお祭り。
 昨日は朝から外に出ていたのだけど、なんとなく足元がふわふわ…。あれ?ぐらぐら…。どうもめまいがする。
 お昼に家へ帰ってきたら、なんだか気持ちが悪く、すわっていてもめまいが。横になったら、そのまま起き上がれなくなってしまった。めまいがして気持ちが悪いだなんて、脳梗塞とか、そんなのの前兆だろうか?なんてさすがに心配になった。もしかして更年期?…とか、いろいろ考えた。

 昨日はエコパでジュビロvsアントラーズの試合があり、これは絶対見たいと思っていたゲームだったが、いろんな事情があって今回はあきらめた。そのがっかりした気持ちのせいでこんなになっちゃったのかしらん?と考えたほど。(行きたかった。勝ってよかった)
 ――どうも、風邪のようだ。頭痛がして、吐き気がするという風邪がこどもの間で流行っているという。…熱は出ないらしい。紛らわしい症状だわね。
 ああ、からだを鍛えなきゃ!とつくづく思ったのだった。

 ところで、12日(金)の午後、中学校へ3年生の合唱を聞きに行ってきた。20日に「文化学習発表会」があるのだが、その時にクラスごとにやる合唱の中間発表が体育館で行われたのだ。(学校公開をしていたが、授業は見にいけなかった)
 サキはピアノ伴奏。なにしろ夏休みの間はまったく弾かなかったので、伴奏は他の子に代わったのかと私は思っていた。運動会が終わり、やっと練習を始める。「えっ、間に合うのかい??」…必死で練習しているふうにも見えないし、「コーラスは大丈夫なの?」と心配して聞いたら「学校ではちゃんと練習してる」と言う。
 どう考えても練習不足で、いくら本番に強いとは言っても、家で間違えてばかりいるんだから…。
 そして12日。「休みたい。」と言ってる。…今さら何を言ってる。「ピアノがなきゃ、みんな困っちゃうでしょ。」――また、伴奏がけっこう目立つ曲なのだ。
 これまでも毎年伴奏をやってきたが、それほど心配はしてなかった。しかし今回は、順番が近づくにつれて私までドキドキ…。演奏が始まって、最初は調子よく、この分なら大丈夫かとホッとしたのもつかの間。問題の(いつもとちっている)箇所へきたらやっぱりもたついて、何度か間違えたあげく、ついに歌までストップしてしまった。おおぉ〜〜。…間違えてもなんとかごまかして次へ強引に進んでいく、それもできないくらい練習不足だったのだ。

 その日の夕方、帰ってくるなり「何も言わないで!」 …あと1週間。本気でがんばるだろう。 



2001年10月11日(木)  読み聞かせの日

 今日は月2回の読み聞かせの日。
 朝7時50分頃には小学校の図書室へ。子どもたちがお迎えに来てくれる。
 今日は5年生のクラスで3階なので、早めに上がっていかないと息切れがしてしまうと思い、お迎えがこないうちに3階まで上がっていった。
 教室の前まできたら、「あっ、来ちゃった!」と子どもたち。
 今日もグリムの『ルンペルシュティルツヘン』を素話で。ひとりひとりの表情を見ながら話ができるのって楽しくて、もっともっとたくさんお話を覚えたい、と思ってしまう。時間が欲しいなあ。


 終わったあと、今日は読み聞かせのメンバーでビーズのプレスレッドを作った。メンバーのOさんが来週、小学校の「ふれあい広場」でビーズの講座を開くのだ。私たちはそのお手伝い。作り始めたらけっこう楽しくて、自分がはまってしまいそう。
 近頃ビーズのアクセサリーがブームで、シックな色のビーズがたくさんあるもんね。スワロフスキーのビーズ、ネットでもいっぱい見たけど、う〜ん、買ってしまうかもしれない…。

 年に1回くらい胃の調子がおかしくなるのだけど、まず大好きなコーヒーが苦く感じるようになって飲めなくなる。
 これはまずいかも…と思うと、あっという間に胃が痛くなって起き上がれなくなったりするのだけど、今回はそれほどひどくなかった。
 しかしゆうべから何も食べられなかった。今朝は読み聞かせに行く前にのどをうるおさないといけない…コーヒーが飲めないので、はちみつをお湯で溶かし、カボスをしぼったものを飲んで行った。無事にすんでよかったー。(コーヒーは私の健康のバロメータなのである) 


2001年10月9日(火)  体育の日? & サキの誕生日その後

 ちょうどこの時期だなあ。体育の日の前後。
 朝起きた時の光の具合。洗面所へ行くと、全体的に青く感じる。顔を洗うときの水が、冷たくなったと感じる。…今年も。

 昨日は体育の日だったんだね?
 ほんと、意味ないじゃんって感じ。祭りだ、運動会だ、市民スポーツ祭だ、etc.…なにかと忙しく過ぎていった。このへんは2連休だったけど、祭日は動かさないでほしいって思う。週の途中で休みの日があるのがうれしいのよ。ほっとするんだから。たとえその日に行事がはいっていてつぶれようとね。仕事から、学校から1日でも解放されるのがいいんだと思う。
 成人の日もそうだったね。1月15日の成人の日生まれだから、「成」の字を名前に使ったっていう人がいたけど、それだって意味なくなるじゃん。どーしてくれるの?


 さて、サキの誕生日は誕生日らしいことを何もせずに終わってしまい、翌日に持ち越し。私が怒っていろいろ文句を言ってしまったので、サキも当然気分悪く、素直に接してくれない。

 せっかくの誕生日を台無しにしてしまった原因は私にもあるので、せめて手作りのケーキをと思い、ななみがパンプキンプディングを作るというのを、途中で私がパンプキン・パイに変更(昔よく作った)。それと、サキの好きなビーフシチュー。すね肉がとろとろになるように煮込んだもの。…これ、翌日はオムライスにかける(白いごはんに半熟のスクランブルエッグをのせ、シチューをかける。超簡単でおいしいごちそう)。

 手をかければそれだけ気持ちは伝わる、と私は思っているのだが…。サキは小さな声で「ありがとう。」とぽつり。シチューを食べ、パイを食べるたびに「ありがとう。」「おいしい。」と繰り返して言ってくれた。(素直じゃないのは私の方ね)



2001年10月5日(金)  サキ15歳の誕生日
 

 今日はサキの誕生日だというのに、ケーキも準備しておかなかったのが悪かったとは思うが・…夕方サキが帰ってきてからほしいものを聞いたほうがいいだろうと思ったから、――そしたら塾はあるし、ななみもお祭りのお囃子の練習があるので、みんなバラバラ。
 サキは帰ってきて部屋に閉じこもったきり、何度呼びに行っても降りてこない。ごはんも一緒に食べようとしない。頭痛がするから塾も休むという。
 なんだか…。降りてくれば誕生日おめでとうの一言だってみんなが言えるのに、そういうことすらもさせないというか、そういう自分勝手さというのは、中学生だったら当たり前なのか?家族に「おめでとう」も言わせないその態度はなんだ?
 思いやりがないのはこちらなのか?…わからなくなってしまった。


2001年10月3日(水)   好きな本=危険な本?

 昨日も静岡へ行ってきた。
 前日の嵐とは打って変わって、澄んだ青空が高く高く、見上げると吸い込まれていきそうだった。どこを歩いても金木犀の甘い香がふわ〜っと漂ってくる。運動会(もう終わっちゃったけど)、お祭りの季節。


 静岡へ行ったのは、去年から休んでいる「子どもの本を学ぶ会」の講座(月1回)に出席するため。今回欠席する人がいるので席があるから…と声をかけてくださった方がいて、喜んで行ってきたのだ。
 横浜市立図書館の司書さんのお話だった。先月、あのテロ事件があった頃にちょうどベトナム旅行をしていて、そのとき買ったというアオザイを着て登場。都会的な、司書のワクをちょっと抜け出たような感じの人だった。(タレントであんな感じの人がいなかっただろうか…熊谷真実を細長くしたような?)
――そういえば私、ベトナムコーヒーのドリップセットをもらったんだった。忘れていた!今度淹れてみよう。(まずはじめにカップにコンデンスミルクを入れて、その上からコーヒーを落とすんだって)

 耳がダンボになるような情報をあれこれしゃべってくれたといった印象の講座だった。
 たとえば『バトル・ロワイヤル』、これはR15指定の映画になって中学生は見られないものだったが、いちばん見たいのは中学生の年代…サキも原作を買って読んでいた。私はTVなんかで話題になっている残酷さ、そればかりがやはり頭にあったので、サキが原作を読むのすらこころよく思っていなかった。しかしそうではないらしい。それどころか、心あたたまる友情の…というような内容らしい。さっそくサキの本を借りて読んでみよう。

 それから、「危険な本」というのは、昔自分が読んで好きだった本、という話。
 「これ、お母さんがあなたくらいの時に読んですごくよかったから、読んでみなさい。」―というふうに勧めること。よくない本ということではないが、私もそれはわかるような気がする。「危険」とまでは思わなかったが。
 好きだった本が危険というより、それを勧めることが危険なことなのだろう。

 だいたい、自分が読んで感動した本を私はあまり人に勧めたくない。「これ、おもしろかったよ。」くらいは言うけど。ましてや、中学生の時に『ジェーン・エア』を何度も読んだほど好きだったからと言って、それをサキにすすめるつもりは毛頭ない。サキを見ていても、あの頃の私の精神状態とか状況とはまったく違うと思うし、母親に勧められて素直に読むなんて思えないから。私自身、人から勧められた本はあまり積極的に読む気がしない。自分で見つけて読んだ本、それがすごくおもしろかった、そのことがうれしいのだから。
 もちろん、情報としてはありがたく受け取る。「これ、おもしろかったよ。」と教えてあげるのと、「読んでみて!」と勧めるのは別の次元のことだと思うのだ。「読んでみて!」は押し付けになる。押し付けられると苦痛になるし、感想のひとつも言わなきゃという気もちになって、ますます気が重くなったりする。感想文というのは押し付けにほかならないから、子どもたちみんないやになっちゃうんでしょうね。

 私は高校時代、福永武彦の小説に出会って、次から次へと彼の小説を読んだ。大学の時には全集を買ってしまったほど。(学生には高いものだったから、生協で25%引きのときに思い切って注文して買ったのだ)
 なかでも『草の花』が好きで、何度も何度も読んではそのたびに泣いた。その『草の花』を、ある雑誌である女優(私と同世代)が「この本が大好き」と紹介していて、それはいいのだが、「好きな人にかたっぱしからこの本をプレゼントする」と言っていたのを読み、ものすごく反発を感じた。何考えてるんだ、許せないと思ったほど。自分の好みを押し付ける、それだけで福永武彦を毛嫌いする人も出てきてしまうではないか、と思ったのだ。――だから、福永武彦が好きという人に出会うと、なんだか同志に出会ったような気分になってすごくうれしかった。…ああ、こんなことも今だから書けるようになったことだ。今の時代に福永武彦がいいなんていう高校生はいないでしょうね。


2001年10月1日(月)

 あっという間に10月。
 暑さも一息、運動会も終わってなんとなく落ち着きを取り戻したような…。どうしてこんなにばたばたと落ち着かない日々が続いていたのかと思う。

 今日は月1回の静岡でのミーティング。
 スタバでコーヒーを飲んでいくんだ!と先月から決めていたので早めに家を出て、いつもの電車よりふたつ早いのに乗ったら、Aさんに遇えた。この頃スーパーで偶然遇ったりして、この電車に乗るというのは聞いていたけど、遇えてよかった。

 丸井のスタバで300円のモカなんとか(あれ?なんだっけ)を注文。スプーンを自分で取って、カウンターに座る。生クリームが浮かべてあって、おいしかった。紙カップなのでちょっと不満だったけど、マイカップを持参すればいいらしい。(洗うところもあるって) また行こ!