すいーとぽてと!…日々のつぶやき

2001年8月 
 
2000年 [11月] [12月] 
 2001年[1月] [2月] [3月]
 
[4月] [5月]  [6月]
 [7月] [9月] [10月] 
HOME



2001年8月29日(水)   苦悩…

 あっという間に、ほんとにとぶように日々は過ぎ去ってゆく…。
 夏休みもいよいよあと2日を残すのみ。宿題は・・・?
 こうへいは漢字の書き取りを。毎日1ページずつ書かせようと思ったのに、たったの1ページも書かないまま今日に至っている。そして紙粘土で恐竜の小物入れを作った。出来栄えは…えのぐで色を塗り、ラッカーで仕上げたらなんとか工作らしくなったが、そのままの状態のをサキが見たときはブッと吹き出していた。
 ななみは読書感想文をやっと書き上げた。見せてくれない。「親に見せられないものを書くな!」

 この夏、このふたりは学校で注文して買った夏休みドリルに取り組んでいたのだが、これがむずかしいものだった。親でも、??と考え込んでしまうような設問のしかた。
 説明が足りない!というのもあったし、明らかにヘン、というのも。出版社は東京。…東京や大阪の小学生なら、できるのだろうか?静岡の小学生のレベルはやっぱり低いのだろうか?と夫とふたりで考えてしまった。お受験をするような小学生なら、この程度の問題は軽く解けるのかもしれない。たとえ説明が足りなくても。

 毎月後半は仕事で忙しくなるのだが、今月もやはり忙しく、家族みんなでどこかへ(近場でいいから)行くということも結局できなかった。
 私は「まかいの牧場」へ行ってのんびりしたかったのだが(ソフトクリームを食べたかった)、夫に言ったらコワイ顔をされた。「頼むからこの散らかった部屋をなんとかしてくれ。」といわれた。
 それで今日は大掃除。まー、確かに散らかっていること。
 
 なんとか掃除機をかけてすっきりしたところで、夫はこうへいとななみを連れて釣りに出かけた。先日も行ったばかり。(小さなアジが一匹連れただけ)帰りに魚屋へ寄ったら、もうめぼしい魚は売ってなかったそうだ(黙ってるつもりだったのに、こうへいがしゃべった)。 


2001年8月24日(金)  むくんだ足と筋肉痛


 台風で中止になったディズニーランドツアー、昨日に変更してもらって行ってきた。
 夜中の3時半に焼津駅前出発。静岡、清水で客を乗せてディズニーランドへ着いたのは8時頃。
 開園は8時半。チケットをもらってバスから出たのが8時20分頃。すでに長蛇の列はいくつもできて、入場できたのは9時をまわった頃だった。

 「今日も走る?」とななみ。いつも入場するとダッシュで目的の場所へ走っているのだ。
 しかし今日はふたりだけだし、こんなにいっぱい人がいるし、走っても意味ないからゆっくり行こう。…と、とりあえずこの前(去年のクリスマス)入れなかった「プーさんのハニーハント」へ行ってみた。やっぱもうすごい列。待たずにはいれるファストチケットはもっと長い列。
 やめた。この前ははいれなかったプーさんショップが空いていたので、まずここへはいった。かわいいプーさんグッズがいっぱい。さっそくキーホルダーなどを買う。
 そのあと白雪姫のアトラクションやシンデレラのなんとか(メリーゴーラウンドね)に乗る。すぐに乗れたけど、私たちが降りた頃にはもう行列がどんどん長くなっていた。どのアトラクションもどんどん人が集まって、もう50分待ちとかの札が立っていた。 
すっごくかわいい人気者プーさん(パレード)

 今回は私にとっては満足のTDLツアーだった。
 というのも、いつもゆっくりショップを見てまわれないのが、ゆっくり見ることができたから。
 子どもたちと一緒だと、次はあれ、その次はこれ、とせわしなくあちこち動き回って、おみやげもゆっくり見ることができないのだ。おみやげもそうだが、私はディズニーランドの中のいろ〜んなショップを一度ゆっくり見たかった。今回、それができてうれしかった。
 ななみには退屈な時間もあったかもしれないけど、午前中に買い物(ウインドーショッピング)をすませたので午後はパレードやショー、アトラクションなどけっこう楽しむことができた。

 エレクトリカルパレードのあと、ファストチケットをもらっていたスペース・マウンテンへ行ったのだが、私はこの手の乗り物系アトラクションが大嫌い。大のニガテ。途中で何度も引き返そうかと思ったのだが、ななみが「ふつうのジェットコースターよりゆっくりだよ。」と言うので、それを信じてしまったのだ。
 はじめのうちはよかった。ほんとだ、ゆっくり。これなら大丈夫…と思ったらとんでもない!だんだんスピードが上がって、振り落とされそう!ひえ〜!ぎゃ〜あぁぁ…目をつぶると気持ち悪くなる、と聞いたような気がして必死で前を見ようとしたのだが(なにしろ先頭)うわぁぁ、ダメ〜〜!やめて〜とめて〜おろして〜〜〜ぇぇぇ…長い時間だった。すっかり疲れ果て、降りたらまともに歩けない。ななみは「おもしろかったー!」とはしゃいでいる。
 「ふつうのジェットコースターより遅いなんて、うそばっか!」と言うと、「ほんとに遅いよ!」と言い張っている。もう2度と乗るもんか。
 最後に「ホーンテッド・マンション」へ。これにはいらないと、しめくくりができないような気がする。いつも閉園間際に行くので空いていてすぐにはいれるのだが、昨日は20分くらい待ったかな?これで気分がすっきり。最後には「楽しかったねー!」と帰りのバスへ向かうことができた。

 午前3時半の送り迎えは夫が車でしてくれた。行きは寝ないで起こしてくれ、帰りも寝ないで待っていてくれたわけ。ありがたかったね〜。
 バスツアーは寝不足でつらかったけど、TDLにはいってしまえばそんなの吹き飛んでしまうのだ。靴ずれができて痛かったのだけど、どんどん歩く。
 おかげで今日はぼーっとして、筋肉痛で歩くのも苦痛。TDLの魔力を今回もつくづく感じたのでした。

2001年8月22日(水)  『県民の日』 自転車に乗った台風の通過
 

 昨日は七海のポスターコンクールでいただいたディズニーランド行き…だったはずが、台風のためにツアー自体が中止になった。
 台風の中でも行く覚悟をしていたのに。でも、無理に行ったってパレードや花火やいろんなアトラクションも中止だろうから、やっぱ中止で当然だよね。

 ところで、昨日は『県民の日』だった。
 前日のニュースで知ったのだが、この日が静岡県が生まれた日なのだそうだ。それなら、私が子どもの頃からそういう日はあったはず。だけど聞いたことなかったよ。第一、今の今、ニュースで知ったんだからね。(知ってた?)
 ま、それはともかく、県立のいろんな施設が入場無料となるというのを知り、さっそく美術館へ行くことにした。(ディズニーランドへ行くから、美術館へはいけないねー、残念!と言っていたのだ)
 台風の雨が降り出した昼頃、七海とふたりで静岡市の県立美術館へ向かう。(車で30分くらいかな?)

美術館へ続く道(この道が大好き)
この写真をとった直後から大粒の雨が降り出した
美術館のラウンジから外を見る…雨が降っている
今開催されている特別展は『田中敦子展』。(〜9/9まで)
ちょっと変わった作品。前衛芸術というのか、ああいうのはよくわからない。19日には田中敦子さんご本人の講演があったそうだ。それを聴けば少しはわかったかも…。円と線。電気の配線。電気服―蛍光灯のような長い官をいくつもつなげ、それに色を塗ったものを着るのだ。やけどをしそうだ。
頭痛がしてきそうな作品たちだった。

県民ギャラリー(いつも無料)では、『能面』の展示会が行われていた。これは去年も見に行った。
というのも、この能面の教室に知り合いのフランス人の男性が通っていて、作品が展示されるからと教えてくれたのだ。 
もう20年以上も日本に住んでいて、奥さんも日本人。空手をやっていて背筋のすっとのびたとってもすてきなフランス人。去年お会いした時、息子さんがパリ大学に留学中ということだった。日本人よりも日本人的という言葉をよく聞くが、まさにそうなのである。

「雨の日は美術館に限るねぇ。」と言うと「なんで?」とななみ。
美術館の中から見た雨の風景が芸術なのよ。

帰りはかなりのひどい雨だったが、おなかがすいたので昔たま〜に行った喫茶店にはいって、ランチを食べた。子連れではいるような店ではない。でもこの天気だし、平日だし、客は少なくてゆったりしていた。(美術館の近くの『ソーサリート』)
久々においしいスパゲティを食べたぞ。(スパゲティがおいしい店って、意外と少ない。イタリアンが増えてもね。…って、あまりそういう店で食べたことはないが)
おいしいパン屋さんも見つけたよ。『まいむ』っていうの。食パンがしっとり。



2001年8月18日(土)   部活の打ち上げ

 サキの部活も夏休みにはいると同時に終わってしまったのだが、その打ち上げをやろうということになり、今夜親子で集まった。
 食事会はとんかつ屋さん。以前一度行ったことがある店だったが、相変わらずすごいボリュームで食べきれない。育ち盛りの運動部の男の子だったらいいかもしれないが、ちょっとカンベンしてよって感じ(なにしろ衣が厚い)。あのボリュームとお店のご主人たちのキャラクターで男性には人気があるのだろうか。…食べきれないフライやからあげ、全部持ち帰り。
 そのあと、ボウリング。サキは初めてだ。最初はガータばっかり。…私も久々。2ゲームやって私のスコアはトータル223。昔からこんなものだ。
 楽しかった〜。なんかすっごく精神的に解放されたような気分。気持ちが発散できたっていうか。
 サキの学年は人数も少なかったのでまとまりがあるし、お母さんたちも気が合って楽しい。「またぜったい集まろうね。」なんて、子どもばかりか私たちまで固く(?)約束をして名残惜しく別れたのだった。★.:*:・'゜☆.:*:゜★.:♪♪♪



2001年8月17日(金)   7777、ありがとう♪
  
 おかげさまで7777Hit、みなさま、いつも遊びにきてくださってほんとうにありがとうございます。感謝、感謝。
 抽選の方法は、くじを作って子どもにひかせようと思っています。18日まで受付け、19日に抽選をさせていただきます。発表は夜かな?お待ちくださいね。

 さて、あわただしいお盆休みだった。

8月13日(月)
 この日から16日まで、浜北の弟の家へ行き、のんびり過ごす予定だった。
 ところがサキが14日の海上花火大会(焼津港で花火をあげる。かなりの人出でにぎわう)へ、友だちと一緒に行く約束をしている、もう断れないというのだ。14、15日は夫も出張で留守になるのでまさかサキひとり残して浜北へ行くわけにはいかない。しかしこうへいたちはいとこたちに会うのを指折り数えて待っていたので、浜北行きをやめることもできない。
 結局13日はみ
んなで浜北へ行き、こうへいとななみをあずけて夫と私、サキは焼津へ戻ってきたのだった。

8月14日(火)
 夜までは予定もなく、ぽっかり穴があいたような一日になった。借りてあったビデオ『月とキャベツ』『愛を乞うひと』を鑑賞。
 『愛を乞うひと』は前から見たい映画のひとつだった。原田美枝子が母と娘の2役で話題になった映画。すごい迫力で、原田美枝子という女優の魅力をあらためて感じた。これは原作を読むとよい、と言われた。私は原作を読んでいないのだ。…原作を読んだらもう一度見たくなるかもしれない。今だって、もう一度みたい気がするのだから。
 夜、花火大会が終わったあとに浜北へ向かう。東名を走って浜北の弟の家へ到着したのは夜中12時半すぎだった。

8月15日(水)
 みんなで実家へ向かう。浜北へ来ていた父が、仕事があるから帰ると言い出したのだ。
 実家へは車で1時間もかからない。しかし夜にはエコパでサッカーの試合がある。いろいろ考えた末、バスで袋井駅まで行き、JRに乗り換えてエコパへ行くことにした。
 午後になって雷が鳴っていたのだが、そのうち雨が降り出した。いきなり大粒の雨で、あっという間にどしゃ降りに。バス停までは車で10分ほど。義妹に送ってもらい、バスが来るまで車の中で待つ。ところが!ケータイを忘れたことに気がついた。連絡を取り合うのに、ないと困る。
 結局ケータイをとりに実家へ戻り、バスはもう間に合わないから車で出かけた。弟の職場に車を置き、そこからバスに乗っていこうと思ったのだ。
 山道は5mくらい先も見えないほどのものすごい雨。登りの山道が海のようになっているのだ。エコパでこんなひどい雨が降っていたらどうしよう?
 しかしその心配も山頂のトンネルを越えるとうすらぐ。雨は少し小降りに。もう一つの新しいトンネルを越えたら、なんと道路はほとんど濡れていなかった。雨はぽつぽつ程度。

 弟の職場に着き、車を止めて近くのバス停の時刻表を確かめる。少し時間があったので職場の中へ入っていったら、偶然弟に会えた。
 何時になるかわからないと聞いていたので私は先に行くことにしていたのだが、もうすでに5時近く、仕事も今日は5時で終わることにして同僚の人の車に乗せてもらうことにしたという。しかしその車は二人のり。別の人に聞いてくれて、その人は大丈夫というので、私も一緒に乗せていってもらうことになった。
 そのTさんはエコパ近くの住人で、通行許可書を持っている。エコパ付近は、一般車両ははいれないのである。しかしTさんのおかげで私たちはエコパの近くまで車で送ってもらうことができた。なんてラッキーだったのだろう。ケータイを忘れ、バスに乗り遅れたことがかえっていい結果になった。Tさんもご家族でサッカー観戦。帰りも弟の職場まで送ってくれて、超ラッキー。あの混雑を考えると、Tさんに送ってもらわなかったら、帰りは何時になっていたかわからない。よかった。Tさんにはほんと、感謝感謝である。

 帰りの山道は霧がすごかった。ドライアイスのけむりが流れている中を走っているみたいだった。幽玄の世界って、こんなのを言うのかしらん…なーんて考えながら、けっこうスピードを出して走っていた。トンネルを越えると霧はもっと深く、2、3メートル先も見えない。さすがに今度はゆっくりゆっくり。しかしこんな深い霧の中でも、地元の人はすっとびーって感じで走っていくのね。弟もこの日は実家へ帰ったのだけど、私の先を走ってあっという間に見えなくなった。


2001年8月10日(金)  
新しいお店

待ちに待ったミスドがオープン。
 自転車でななみとふたり、行ってきた。知ってる人にたくさん会った。別の場所で会った人にも、「今朝行ってたでしょ。」といわれた。(駐車場へはいれなくて並んでいたのだそう)
 焼津にミスドがあればいいのにね。…とずっと思っていたので、それが実現してうれしいなぁ。しかも近い。なにしろこれまでは点数を集めてもらえるミスドのオリジナルグッズをもらうために、わざわざ藤枝まで車を走らせていたから。年末に出る福袋も楽しみ。



開店祝いにお店の前に飾ってあった花も、どんどん抜き取って持ち帰り。私がもらってきたのはもう残っていた花だけど、ミスドのお店らしい色。


2001年8月6日(月)  医者はしご

 
眼科と皮膚科。今朝はこのふたつの医院へこうへいを連れていった。
 アレルギー性結膜炎。ゆうべ、8時ごろだった。「目が痛い。」と言い出したこうへい。涙目で、よく見たら白目がゼリー状に盛り上がっている。目の下にはクマが。
 目の下にクマができている時って、喘息が出る前兆なのだ。う〜ん。
 去年もちょうど今頃だった。東京の伯母の家へ遊びに行った晩、目が腫れてきた。翌朝はめやにがいっぱいでまぶたが開かない。東京へ行って最初に行ったところが眼科だった。結膜炎だったのだが、東京の空気が合わなかったのかしらね。喘息はもちろん出るし。
 その時と似たような感じ。やはり「アレルギー性の結膜炎ですね。」と言われた。うつるものじゃないから、プールも今日一日はやめたほうがいいけど、明日は大丈夫でしょう、と。目薬を何度かさした今は、見た目にはもうすっかりよくなっている。

 皮膚科へ行ったのは「とびひ」。背中の、ちょうどパンツのゴムがあたるところ。なので痛そう。
 先生ったら、見た瞬間に「あ、これとびひね。」…「夏だからこうなるの。」薬を塗って、抗生物質を出してくれた。

 実は土曜日に私もこの皮膚科に行ったのだ。この私が病院へかかったなんて、何年ぶりのことか。その前がいつだったか思い出せない。風邪くらいだったら医者に診てもらったりはしない。
 湿疹ができたのだ。両の腕に。気がついたらぶつぶつがいっぱい、肘から下の皮膚が湿疹でデコボコしてるように見えたくらい。げっ、いつの間に?
 かゆくないので、気がつかなかった。考えられるとしたら日焼け止めをぬったこと。でも、いつもぬっている。
 皮膚科の先生は「だいたい、UVカットなんてウソだよ。そんなものは全然効果がないんだ。」とおっしゃる。「化粧品メーカーがそれを認めている。」って。 
 この先生は「ふん、そんなのはね、君…」って感じの物言いをする人で、私はけっこう好きなのだ。(今日その話をしたら、「あの先生が好きだなんて、変わってる」と言われた)
 もうずいぶん前だが、ハチに腕を刺されて痛くて痒くてしかたなく(1.5倍くらいにふくれた)、この先生に診ていただいた。「スズメバチに刺されたんです。」と言ったら、思いっきりあきれ顔で「あのね、スズメバチに刺されたなら、今頃生きてないよ。」と言われた。

 ところでピンクの外壁は完成し、最初はドキッとしたけどすぐに慣れて、あら、いい色じゃんと思えるようになった。
 これまでピンクの家というとすぐに目にはいったものだけど――それだけピンクは目立つということなのだろうが――どのピンクの家を見ても、こんなに地味な色だったか?と思えてしまうのだ。
 今、テラスのペンキも塗り替えてくれている。その色も、地味なあずき色のつもりだったが、どう見てもピンクだ。
 土曜日、昼頃雨がぽつぽつ降ってきたと思ったら、途中で塗るのをやめて帰ってしまった。ペンキも足りなくなったと言って、今日は休み。あしたには完成するんでしょうけど…。



2001年8月2日(木)  ピンクの家出現

 この家に住んでもうじき丸11年。
 建売のこの家の間取りが気に入らなくて、引っ越してきた時からリフォームのことを考えない日はないくらいだった。
 これまでに簡単なリフォーム3回、7年前にはテラスを作ってもらった。
 そして今回、外壁の塗り替え。
 汚かったもんねぇ。…自分の家のは気にならないんだけど、よその家を見ると、もう塗り替えた方がいいんじゃないのと思ったりする。だからよその人が見ると、うちの外壁も絶対塗り替えた方がいいよーって思うわけよね。
 何年もたつとメンテナンスが必要になってきますね。(ホントはキッチンや居間、子供部屋…あちこちリフォームしたいところだらけ!だからTBSの『ベストタイム』水曜日の必殺リフォームは必ず見ている)

 さて、何色にするかがポイントだった。
 今までの壁は白。なにしろ建売だし、なんの特徴も主張もない家。だから塗り替えるからには好きな色にしたかった。ジュビロのサックスブルーにしようかなーと最初考えたのだけど、あれこれ見たりして、やっぱあったかみのある色にしようと思った。
 実は私はピンクが好きなのだ。(このHPをご覧いただいてる方はたぶんお気づきかと思いますが…。サッカー以外はどうしてもピンクが基調になってしまいます。最初は自分でもそれに気づいてなかったの。しばらくして、ようやく私はピンクが好きだったんだと気づいた。でもピンクの服は着ないよ)

 サキは去年あたりからピンクが好きで、服や小物もピンクだらけだし問題はなかった。ななみは水色が好きなので、「ピンク〜〜??」と最初は嫌がっていたけど、ま、そんな派手なピンクじゃないから。と言いくるめる。
 モンダイの夫は「まかせるよ。」…と意外にあっさり。色見本もまともに見ようとしない。なので好都合。
 「ピンクに決めたからね。」と言ったときにはさすがにびっくりして、「ホントにピンクなのか?」…カンベンしてくれ〜という表情を一瞬見せたけど、「まかせる」って言った手前、もうそれ以上は言わない。

 あちこち車で走り回るたびに、「あのピンクはどう?」「あれもいいよね。」…とイメージを固めていったつもりだったのだが…。
 シックなピンクにしたいと思っていたのに、だんだん明るいピンクがいいと思うようになり、結局選んだピンクはけっこう派手なピンクになってしまった。
 「こ、こんな明るい色だっけ?」「こんなピンクピンクした色だっけ?」
 
 全体に塗られた昨日、子供たちは家を見上げて口をあんぐり開けている。私も一瞬ドキッとした。
 しかしピンクの色そのものはいやらしいピンクじゃないし、大丈夫、すぐ慣れるよ。こんなピンクの家、そんなにないしねー。目立っていいじゃん!
 なーんて、不安気な子供たちに言う。
 今まで真っ白のペンキに塗られていたテラスもついでに塗り替えてくれるというので、少し濃い目のピンク系にしてもらった。完成が楽しみだ。


2001年8月1日(水)

 昨日はサッカーの練習当番だった。火曜日は夕方4時から6時まで。その間、見ているだけなのだが、なんと休憩時間の終わりに怪我人が出てしまった。うんていで遊んでいた子が落ちてしまい、左肘を骨折してしまったのである。
 私はその場を見てなかったのだが、たまたまそこを通りかかった小学校のM先生が目撃。見るとその子は肘を抱えて「痛い〜」。涙をぽろぽろこぼして口もきけないような状態。こうへいが骨折したときの様子と似ていたし、痛がり方がふつうではないので、すぐに「折れてるかも…」と思った。
 とにかくお母さんに連絡しなくては。走って家へ戻り、電話をすると、お母さんはまだ仕事から帰っていない、と。留守番の子にお母さんの職場へとにかく連絡をとってもらった。学校へ戻ると、コーチが市立病院へ連れていってくれていた。

 夜、もう一度電話をして骨折していたというのを聞いたのだが、去年も骨折して、やっとよくなった矢先のことだという。…。コトバも出ない。
 大人がついていたってそういう事故を防ぐことはできないし、しかたないとも思うのだが、私が背を向けていたその真後ろで起こったことだったので、なんとなく…。う〜〜ん、避けられないよね。怪我はつきものだと思うが、なにしろあの人数にコーチひとりだからどうしても目が行き届かなくて、やっぱり何かあったときに困るよねーとか、私にできたことはあれで精一杯だったか?などと思ってしまうのである。