−所変わってリリアの部屋−
「ん〜、よくねたぁ〜、あれ?ここどこ??」
う〜んと伸びをしたリリアの横から突然メルツが顔を出した。
「おはよーございます!」
「うわぁ!!び、びっくりしたぁ…脅かさないでよぉ…って、あなた誰?」
わけがわからず首を傾げたリリアに、メルツは事情を説明し始めた。
「ふぅ〜ん、そうだったんだぁ…あれ?そういや、みんなは??」
一通り説明を聞いて、きょとんとあたりを見渡すリリアを見てメルツは苦笑した。
「もう夜中ですよ。もう寝たんじゃありませんか?」
「あ、そっか。ねぇ、外散歩してきていいかな」
「ええ、どうぞ。」
「ありがと、メルツさん…寝ないの?」
うれしそうにピョコンとベッドから降りてから、リリアはふと気づいたようにメルツに目をやる。
それを見てメルツは微笑んで返す。
「私は明日の朝食の準備があるので。」
「そっか、じゃ、行ってくるねー」
「いってらっしゃいませ。」
丁度孤児院の屋敷の入り口の反対側…そこに、白いマントを身につけた肌の白い白髪の男が屋敷に持たれ掛けていた。
その右肩には、一羽の烏、そしてマントからは白いブレードの一部が微かに見えている。
「何してるんですか?」
散歩に出たリリアが偶然そこを通りかかり、興味を持ったのか声をかける。
「……どうも夜中は外にいないと落ちつか無くてな…」
男は無愛想に答えて、それきり黙っている。
「そうですか、私は今起きたとこなんです…お隣座ってもいいですか?」
「………かまわん」
リリアがそこに腰を下ろす。
「……」
「……」
「……何か…用か?」
隣に座ったものの何も話そうとしないリリアに絶えかねたらしく、男はあきれたように促した。
「へ?」
「オレに話し掛けてくる位だ、相当ヒマ人か、ただのアホか、それとも何か企んでるかのどれかだ」
「じゃぁ、ヒマ人…かな?」
言われてリリアはぼんやりと答えた。
起き抜けでまだ頭がはっきりしていないらしい。
「どうしてこんな時間まで寝てたんだ?」
「それは…」
口ごもったリリアを見て、男は不思議なひとみでリリアをまっすぐ見た。
「自分の運命でも…知ったのか?」
その言葉を聞いてリリアはバッと顔を上げる。
「!すごーい、どうしてわかったんですか??」
そこで男の顔が少し柔いだかに見えた。
「さあな、オレと似た匂いをしてるからか…?」
「同じ…匂い?」
「正確には、アイツと同じ匂い。まぁ、分かり易く言えば雰囲気と言ったところだがな。」
前触れのない「アイツ」という単語にリリアは聞き返さざるを得なかった。
「アイツ?アイツって?」
しかし男はまた始めと同じように表情を固め、ふと目をそらす。
「…お前にアイツの事を知る必要は無い。」
そう言われてしまうと更に問い詰めるわけにもいかず、また気まずい沈黙が広がる。
リリアは仕方なく話題を変えた。
「あの…。」
「ん?なんだ??」
「お名前、教えてくれますか?」
今度はかわされないぞ、と強く思ってリリアは語気を強調する。
「……高峰だ。」
「高峰…さん?高嶺さんは旅してるんですよね。なんで、旅してるんですか?」
自分が旅するようになったい経過を思い起こしながらリリアはたずねた。
返ってきたのはまたもや意味のすぐにはわからない答え。
「……ヒトであり続ける為だ。」
「え?」
リリアは思わず聞き返す。
「結局は同じって事だ、お前も、オレも。」
その言葉にリリアはあることが思い当たった。
すがりつくように身を乗り出し、口に出す。
「まさか。あなたも有翼人か、魔族に?」
そんなリリアの様子にも高峰は至って冷静だった。
「そうだ、ただお前とは、一つ違う事があるがな。」
「?」
「呪いかけられてんだ、そのせいで、オレはそこらの奴らより異様に成長速度が遅い。」
あまり身近でないその話題に、リリアは一生懸命ついていこうとする。
「え?じゃぁ、変化し始めて、もうどれくらいなんですか?」
「…7年だな。」
高峰は空を仰ぎ、少し考えてから答えた。
「7年……どんな気持ちだったんですか?」
想像もつかないその状況をそのまま尋ねてみる。
「………地獄だ、自分の理性が消えていくのが良くわかる。」
「………」
吐き捨てるような高峰の答えに、リリアは思わず押し黙った。
「なぁ、疑問に思った事は無いか?どうして、有翼人には子孫がいないか。」
高峰は唐突にリリアにたずねた。
「え?そんな事、考えた事ありません。」
急に話題を変えられて、リリアは慌てて顔を上げる。
「俺はそれがどうも気にかかってた、そして、色々と研究してわかった。」
「その理由がですか?」
「そうだ、有翼人ってのは、細胞中の染色体の数が、奇数になっているらしい。」
「???」
またもや突然出てきた(リリアにとっては)専門的な単語に、困惑する。
「つまり…ヒトの染色体は普通、46本あるんだ。
染色体数が偶数である限り、生き物は生殖能力を持つことができる。
ところが有翼人ってのは、45本しか染色体が無い。
だから生殖能力が欠落して、子孫が作れないようになっている。」
「あの…」
リリアはそれを聞いてもなお困惑した表情でおずおずと手を上げる。
「ん?」
「染色体って…何ですか?」
高峰は一瞬あきれたとようにため息をついて説明をはじめた。
「DNAとタンパク質からできているひも状のものだ。これが無いと人は生きていけない。」
「高峰さんは、この変化を止める方法を知っているんですか?」
説明を聞くとすぐに理解したらしい、リリアは直に核心を突いた。
「…それを今探してるところだ。」
「そうですか…あ、もう寝てきますね。あの…」
立ち上がったリリアはまだ少し遠慮がちなひとみで高峰を見た。
「ん?」
「明日またここで会えたら、もっとお話聞かせてくださいね。おやすみなさい。」
「…………ああ。また、な」
高峰は少しだけ笑顔を見せた。
それを見届けて微笑んでから、リリアは館に戻っていった。
「…ハスナ、オレらも、そろそろ寝るか?」
しばらくリリアの後姿を見送った後、高峰は方のカラスに声をかけた。
ハスナと呼ばれているカラスは小さく"カァー…"と一声鳴く。
高峰は歩き出そうときびすを返したが、ふと思い返して足を止めた。
「おっと、寝る前にディルのとこにいくんだっけか?」
高峰はもう一度方向を変えると、屋敷の中のディルの部屋をノックした。
するとすぐにディルの何とのしまりのないと言うか軽い声で返事が返ってくる。
「あ、高峰さぁーん、何か用ですかぁ?」
「あぁ、実は一つ頼みがあってな。
その変わらない笑顔に少々拍子抜けしつつ、高峰は切り出す。
「頼み?」
「オレの息子の『時』と『カイル』の事なんだが。」
「?」
そのまま十分ほど話し、ディルは納得したようにつぶやいた。
「そうですかぁ、、明後日には、もうここを出られるんですね。」
「あぁ、だからもうあの二人を連れてはいけん。」
目をそらして言葉を吐き出した高峰の表情は少し寂しそうに見える。
しかしディルはあえてそこには触れず高峰と目を合わせようとした。
「後は、実行あるのみなんですか?」
そらしていた目をまっすぐディルに向ける、吹っ切ったような顔だった。
「まぁな、これでようやく、あいつに戻れるかもしれん。」
「ヘンリ様にも言われてますから、できるだけお手伝いしますよ。」
「そうしてもらうと、助かるな。」
二人はお互い微小を交わした。
一方そのころディス・ア・ティグスでは…
一段高い王座に座っているのはまだ少年のシルエット。
しかしその外見とは裏腹に絶対的な威圧感を持って、アルクはそこにいた。
「……まだ、魔王は入ろうとしないのか?」
「申し訳ありません…今度こそは力ずくにでも連れてまいります。」
少し離れてひざまずいているのは配下の一人、アンデット系のモンスターを操るセビル。
そのセビルの強引な台詞を聞いてアルクは苦笑した。
「それは、薦められんな。」
「は?し、しかし、そのために既にもはや壱千体のキメラを用意したのですが。」
力でねじ伏せることなど日常茶飯事だったセビルにとってアルクの言葉は不本意だった。
しかしアルクはなおも微笑をたたえて静かにセビルを見ている。
「無駄だ、セビル、おまえはあの魔王の力、そしてその側近たちの実力も知らんのだろう?」
「は、はぁ…しかし、あの程度の魔力の者なら我々が本腰を入れれば容易く…」
食い下がろうとするセビルの様子にアルクは今度は強く言葉を放つ。
「思いあがるな、セビル、例えお前とマータとポージが手を組んだとしても、
魔王の側近の内の一人も倒せない。それに、今魔王の元には盗賊義団もいる。」
「盗賊…義団?」
アルクの威圧的な言葉に少々身じろぎし、遠慮気味にセビルは聞き返した。
「そう、盗賊義団のブレードは決して折れる事は無く、斬れないものは無い。
盗賊義団の身に着ける衣類は、どんな気候にでも対処する事ができ、あらゆる魔法を無効化する。
そして、何より恐ろしいのは…」
セビルが息を飲む。
アルクはどこを見ているのかも判断しがたい眼を形のみセビルに向け、先を続けた。
「何より恐ろしいのは、盗賊義団の『体表感覚』と『感情』。」
「………?」
続けられた言葉はセビルの意図していたものとは違い、意味は理解しがたかった。
「盗賊義団は恐ろしい人間だ、魔力を持たなくともその『体表感覚』は、人の性格や、細やかな感情まで読み取る。
その『感情』は、どんなに強大な魔力を持ってしてもできるはずの無い魔法を詠唱もなしに発動させる。」
思いもよらない者の存在に、セビルは今度こそ言葉を失った。
「なんと………そのような人間が、この世に存在しようとは。」
しばらくしてセビルの吐き出せた言葉は、もはやアルクに向けるともない呟きだった。
「セビル、魔王の方はとりあえず任せる。しかし、気を抜かないように、な。」
念を押すようなアルクの声の調子にはっと我に返り、セビルは頭をたれた。
「承知いたしました。」
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