三度訪れた沈黙を最初に破ったのはウェルだった。
「…もう盗賊義団…高峰には関わらないほうがいい…と思う…」
「俺もそう思うな」
いつの間に目覚めたのだろうか、レイオウが小さく手を上げウェルの意見に賛成の意を示した。
「おまえ、寝てたんじゃないのか?」
「寝てたけど、話は聞いてたぜ」
どういうことだ、と突っ込もうとしたカーレテシーだが、
レイオウが再び話し始めたので、やめた。
「話を聞いた限り、今の俺たちでは高峰には勝てない。だけどな、考えてみれば俺たちやつと戦う理由はないんだ。
だったら、ウェルの言うとおり関わらないほうが得策だと思うな。勝算のない勝負はするもんじゃねぇだろ?」
「僕も二人の意見に賛成。」
レイオウの話が終わるのを待っていたかのようにケティアが話し始める。
「さっき…台所に行くときにディルさんが教えてくれたんだけどさ…『高峰は研究所を完全につぶそうとしてる』…って。
意味はよくわからないけど…きっとやつのやってることに関係してるんだと思う。
それなら僕たちにやつの邪魔をする権利はないよ。
あいつは自分の問題を自分で解決しようとしてるだけなんだから」
沈黙。
みんな、心の中で迷っていた。
盗賊義団を放っておくべきなのか…倒すべきなのか…果たして、勝てるのか…。
盗賊義団のやってることは許せないが、きちんとした理由がある。
高峰が解決しようとしていることを邪魔していいのか…。
この先を思いながら…迷っている…。
沈黙は相変わらず続いている…が。
「この孤児院を……出ないか?」
いきなりといえばいきなりすぎるカーレテシーの発言にその場にいた全員
(眠っているリアと気絶中のラルドは省く)が彼のほうへ目を向けた。
カーレテシーの目には決意の色が浮かんでいた………。
「出る…ってだって、そんな怪我で…?」
カーレテシーはもちろん、何よりラルドが目を覚まさなければ始まらない。
「もちろん今日の明日にというわけじゃない。だが一刻も早くここを出たい。
このままここにいても何かに巻き込まれるのを待つだけだ」
しんとしてカーレテシーの言葉を受け止める。
始めに口を開いたのはリリアだった。
「私もそれに賛成。高峰さんは…悪い人じゃないと思う。邪魔したくないわ」
珍しく神妙なリリアの声に、ウェルは驚いて顔を上げた。
「リリアは高峰を手伝う、とか言うかと思ってた…」
「私だってそんな馬鹿じゃないわ。役に立たないことくらいわかるわよ」
少し悔しそうに答える。
実は手伝う、という事も少し考えてはいたのだ。
だが先ほど言ったように役立たずどころか足手まといになる。
…それ以前にきっと高峰に止められるだろう。
そう思ってその考えは自らあっさり却下したのだ。
「リアはしきりに先に行ったドリィ達の事を気にしてたし…」
ケティアが指折り言葉を続ける。
「あとはラルドと…セイの了解が得られれば出発可能かな…」
ラルドはともかく、セイ。
「セイかー…ディルさんにやたらくっついて回ってるよなー」
レイオウがだるそうに伸びをしながら身を起こす。
「初めてマータが現れた時といい水優の時といい…何かあるみたいだし…」
ウェルも同調してため息をつく。
「…セイには、俺から話す」
黙って聞いていたカーレテシーが口を開いた。
「…だね。やっぱり」
ウェルも苦笑して受ける。
かくして皆の意向は決定した。
「セイ」
子供たちにおやつを配り終え、またふらりと森に出ようとしていたセイは、
後ろからカーレテシーに呼び止められた。
「カーレテシーさん?どうしました?」
「ちょっと、いいか?」
「?…はい…」
二人はゆったりと森の中を歩き始めた。
遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。
目を細めて風に吹かれているセイを横目で見やり、カーレテシーは率直に切り出した。
「セイ。いつまでこうしてるつもりだ?」
セイは唐突な言葉に驚き、目を見開いてカーレテシーを見つめた。
「大体こうやって話すのも久しぶりだってわかってるか?
お前はいつもこうして森の中をうろつくか、
ディルと二人で何か話しているかのどっちかだった。」
セイはカーレテシーから目をそらしまっすぐ前を見ている。
「今皆で話をしてきたところだ。俺たちは一刻も早くここを出たい」
さっきから一言も発しないセイを見て、カーレテシーはため息をついた。
少し語調を和らげる。
「…お前は…全てをディルから聞き出すつもりなのか…?」
今度は言葉を続けず、セイの言葉を待つことにした。
しばらくしてセイは前を見たまま話し始める。
「わかりません…自分がどこまで知りたいのか…ただ…」
そこでふっとカーレテシーを見る。
「ただ、私は自分の先が恐ろしい…だから、できる限りのことが知りたい…」
この先自分がどうなってしまうのかわからないという不安がセイを苦しめていた。
カーレテシーは苦しそうに自身の肩を抱くセイの姿を見ていたが、やがてセイの頭に手を置いた。
突然の衝撃でセイの細い体が少しよろめく。
「未来がわかんねぇなんて皆同じだろ。先に全部聞いちまってどうするんだよ。」
セイが顔をあげてカーレテシーを見ようとするのを、さらに力を強めてその顔をうつむかせる。
「知りたいなら自分で探せ。ダメなら俺達が手伝う」
「…カーレテシーさん…」
一生懸命に慣れない事を言い、赤くなっているカーレテシーの表情は、押さえられているセイからは見えなかった。
しかしその言葉の意味はじんわりと、無意味に焦っていたセイの心に染み込んでいく。
「ありがとうございます」
うれしそうなセイの謝礼は、カーレテシーを微笑ませた。
「…そうですか、わかりました。」
翌日の昼、近いうちにここを出ることにしたと、カーレテシーとセイはディルに告げた。
ディルは始め怪我の心配していたが、カーレテシーとラルドの状態を確かめてうなづいた。
ラルドはすでに目を覚ましており、カーレテシーも驚くほどの回復力と
ケティアの回復魔法により動ける状態にまでなっていたのだ。
「あの、高峰さんは…」
「今日の明け方前にもう出発しましたよ。彼のことは…どうか、放っておいてあげて下さい。
あの人には、やらなければいけない事がある。悪い人ではないんです。」
セイの言葉に答えて、ディルは言った。
「ええ。わかっている…つもりです。」
「俺たちからはもう一切あいつの件にはかかわらない。約束する」
二人の言葉を聞いて、ディルは安心したように微笑んだ。
それから1週間の後、ウェルたち一行は孤児院の出入り口に立っていた。
孤児院の子供たちがラルドに飛びついて別れを惜しんでいる。
「行っちゃやだーっ!」
「そう言われてもなぁ…あっ!痛たたたっ!そこ触んなやっ!」
子供に飛びつかれて悲鳴を上げながらも、ラルドは苦笑を浮かべる。
一同は、ソルやテール、そしてディルに別れを告げていた。
最後にディルはセイを呼び止めて言う。
「セイさん、重要なのは自分をしっかり保つことですよ。
先なんて自分でいくらでも変えることができます」
「セイ!行くぞ!」
セイがディルの言葉に返事を返す前に、カーレテシーの呼び声が投げられた。
セイは返事の代わりに笑顔を返し、深い感謝とともに一礼する。
そしてウェル一行は、ディルの孤児院を後にしたのだった。
一行が港に着いた時…港はまだ壊れたままだった。
その事を忘れていた一行、黙り込む。
「……」
その時、一行の後ろからライラックが飛んできた。
「なんだお前?どうして着いてきた??」
カーレテシーがいぶかしげな顔をする。
「すこし使いを頼まれましてね。」
「使い?」
「あなたのことですよ、カーレテシーさん。
あなたの剣を、貸して下さい。」
警戒しながらカーレテシーが剣を渡す。
「魔鉱石の剣はある武器の材料の一つです。だから、こうやって…出来ました。」
そう言ってライラックがカーレテシーに出来上がった柄だけの剣を渡した。
「おい、柄だけでどうやって戦えって言うんだよ!」
ウェル。
「説明を聞きなさい。これが魔鉱石の剣の本来の姿なんです。」
「どういうこっちゃ??」
ラルド。
「聞くよりも見る方が早い。その柄の下の部分にこの魔石のうち一つを着けて見なさい。」
カーレテシーが一つを着けると、柄より雷の鞭がでた。
もう一つを着けると、柄より炎に包まれた刃が出てきた。
「これは…すごいな。」
カーレテシーが素直に感嘆の声をあげる。
「それじゃ、行きましょうか。」
セイが転移魔法を唱える…が?
「あれ??」
「…送ってあげましょうか?」
「じゃあ、お願いします。」
なぜか転移魔法が使えないと悟ったセイは申し出を承諾した。
「急ぎますか?」
「ああ」
カーレテシー。
「それじゃあ、行き…」
「どうかした?」
言葉に詰まったライラックにウェルがたずねる。
「ウェルさんにも渡すものがありまして。これです。」
「え?これって盗賊義団の…ショートブレードじゃあ??」
驚きを隠せないウェル。
「高峰さんが"邪魔だ。"って置いていったんですよ。我々にも邪魔なだけですから、使って下さい。」
「…わかった。」
「それでは皆さん、私に捕まってください。」
そうライラックが言うと、ライラックの右の肩にカーレテシーは腕を乗せ、左の肩をセイがつかむ。
そして、ウェル、リリア、ラルド、レイオウ、ケティアが続くようにと手を繋いだり、肩をつかんだりする。
リアは、カーレテシーのマントにしがみつく。
ここがリアのお気に入りの場所なのだ。
カーレテシーは、魔剣レヴァンテインの柄をベルトにつける。
ウェルは新しい小剣を腰に結わえて、準備OKと言うところだ。
「あっ、そう言えばドリィちゃんは…まだ、見ていないわ。」
とリアが言うと、
「んあ、そう言や、チキ達 2人(2羽とは言わない。)はもう、次のフレイの島に向かったって言っていたぞ」
レイオウが返した。
「お前、鳥としゃべれるんか?」
ラルド。
「ああ、そうだ。そんなにびっくりすんなよ。うるせーな」
「そうか…それならもういいよな。このアクアンの島も色々あったけど、もう出発だね。」
感傷にふけるウェル。
その隣でセイは神妙な顔をする。
「それでは行きますよ。目的地は、フレイの島の首都、バーンです。」
全員が顔を見合わせ、了解を取ると、ライラックは低い声で転移魔法を唱える。
まばゆい光と共に一陣の風が小さい竜巻を発生させると、ウェル達の体は光の粒子と化し、その光が一つの固まりとなる。
…と、勢いよく地面を飛び立ち、島を後にした。
高台の上にて、その光を見守るディルは、その光が見えなくなるまでずっと眺めていた…。
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 01年1月15日UP