蒼の島〜盗賊義団〜

 

パタパタパタパタ…
真夜中に、リリアのスリッパの音だけが響く。
「えっと…私の部屋ってどこだっけ?」
リリアは迷子になっていた。
(真っ暗で月明かりだけだし…怖いよ。オバケとか出たらどうしよう)
勝気な性格とは裏腹に実はリリアは怖がりなのだ。
「ヲイ?」
そう言ってリリアの肩を叩く聞きなれた声は…。

「カーレテシーさん!脅かさないでくださいよぉ。」
リリアに声をかけたのはカーレテシーだった。
リリアの訴えにあきれたように返事を返す。
「それはこっちのセリフだ、それよりセイ見なかったか?」
「セイさん…?いないんですか?」
カーレテシーが知らないなら誰も知らないだろう、と思いながらリリアは答える。
「あぁ、メルツには探してもらっているが、それ以外はほとんどが寝ていてな。」
そこにタイミングよくメルツが手を振りながら走ってきた。
「あ、カーレテシーさ〜ん、セイさんいましたよぉ。」
「本当か?」
メルツの言葉を聞いて即座にカーレテシーは体をそちらの方に向けた。
「はい、大広間でライラックさん達と寝ていました。」
「はぁ?アイツが??」
意外な居場所に思わず間の抜けた声をあげるカーレテシーに、メルツは笑みをこぼしながら答える。
「えぇ、ちゃんと布団もかぶせましたし、もう寝ても良いんじゃないんですか?」

カーレテシーはしばらく憮然とした顔をしていたが、すぐにため息をつきながら答えた。
「そうだな、じゃぁ、休ませてもらうとしよう。あ、それと、ひとつ聞きたいんだが…」
「なんですか?」
そこでカーレテシーは唐突にまったく違う話題を持ち出す。
「お前は、遥か北の『マース家』の人間だと聞いたが、どうしてこんな所にいるんだ?」
「あら、違いますよ、私は『ヨーク家』の出身ですよ、この辺の町の人たちはどうも勘違いしてるみたいなんです。」「……そうか。」
「ええ、おやすみなさい。」
理解しがたい、といった表情のカーレテシーを笑顔で交わし、メルツは暗喩に就寝を進める。
「あぁ、ゆっくり休ませてもらうよ。」
マークとかヨークとか似たような言葉が飛び交い終わったのを見計らってリリアはおずおずと口をはさんだ。
「あのぉ〜…」
「なんですか?」
「私の部屋って…どこでしたっけ?」
メルツは瞬時にきょとんとしてそれからクスクス笑い出した。
それでもリリアを部屋まで送ってくれ、リリアは無事就寝することができた。

 

翌日の早朝、入り口付近の広間ではベローナがディルにぺこんとおじぎをしていた。
「ディル様、昨晩はお世話になりました。冥界に帰らせてもらいます。」
それを受けてディルもにこやかに対応する。
「いえいえ、こちらこそ大した歓迎ができなくて、残念です。」
「あら、ベローナちゃん、帰っちゃうのぉ?朝ご飯食べていけばいいのに…」
そこへ通りかかったメルツが残念そうにベローナに声をかけた。
「いえ、ヘンリ様が待ってますから、それにカロンにさよならを言うのも、気が引けますので。」
少し寂しそうに苦笑したベローナの横を、高峰が横切ろうとした。
それを見つけたベローナは慌てて高峰を呼び止める。
「あ、高峰さん待って。これを受け取ってください。」
声をかけられて高峰は足を止める。
ベローナが差し出していたのは書類のようだった。
「これは?」
「あなたが追っている組織の構成図です。ヘンリ様にいわれましたので。」
高峰は少し目を見開き、丁重にそれを受け取った。
「わかった…礼を言う。」
「どういたしまして。」
「おでかけですか?気をつけてくださいね。」
「ああ、行って来る。」
にこりと笑ったベローナの隣からディルが言うと、高峰はドアを開け外へ出て行った。
それを見送ってからベローナは自分もドアを開けた。
「それでは、私も失礼します。」
「ヘンリ様によろしく言っといてくださいね、さようなら」
「また今度遊びに来てね、バイバイ」
「ええ、さようなら。」

 

その後ディルはウェルの元に向かった。
目でウェルを探すと、ソファに座って紅茶を飲んでいる。
その背後からディルはそっと声をかけた。
「あ、ウェルさん、実はお話が…」
ディルの様子からすると、あまりいい話ではないようだ。
ウェルは少し体をこわばらせて、話の続きを待った。
「非常に言い難いんですが…港町が、襲われたそうなんです。」
突然発せられたその事実に、それでも事の次第を確かめようとしてウェルは聞き返した。
「!!…な、何に襲われたんですかっ!?」
「それが、シーサーペントらしいんです。」
「しーさーぺんとぉ??」
聞きなれない言葉だったのだと判断し、ディルは詳しく説明を続ける。
「はい、海の地霊の、それで港が完全に大破したそうなんです。」
「…じゃ、じゃぁ…」
慌てて言葉を詰まらせるウェルにディルは落ち着き払って告げた。
「しばらく、ここに滞在してくれませんか?手伝ってほしい事も沢山在りますし。」
「はい…」

 

朝も9時を回ったころ、朝食を取り終えたラルドは周りにたむろっている子供たちを見回した。
「んー、飯も食ったし。さって、今日は何して遊ぼかー!?」
孤児院の子供達に大声で声をかける。
「んー、おにごっこ!」
子供の一人が提案するとラルドは思わず苦笑する。
「こんなだだっ広い屋敷で鬼ごっこかぁ、最後の一人とかなったらごっつきつそうやなぁ」
楽しそうなラルドに微笑みながら、テールが背後から声をかけた。
「あの、ラルドさん、買い物にお付き合いお願いできますか?」
「ん?なんでや?」
ふっと振り返ってラルドが問う。
「今週分の買出しに行かなくちゃ行けないんですよ、お願いできますか?もちろん皆様ご一緒ですし。」
「んー…じゃぁ、この子らの世話は誰がみるんや??」
始めはぶつくさ言っていた割に、ラルドはここの子供たちが気に入ってしまったようだ。
「それは、ライラックとカロンとリクラにまかせるのでご安心ください。」
「そか、じゃぁ、いくわ。」
ラルドはそれでも少し名残惜しそうに了解した。

 

もうほとんど人のいない食堂に、セイとディルが向き合って座っている。
「さてセイさん?私に聞きたい事がまだまだあるんでしょう?」
やわらかい微笑をそのままにディルがいうと、セイは困ったように笑う。
「まいったな…私が何を考えてるか、まるで全て見透かされたような感じだ。」
その言葉にさらに笑みを強くして、ディルは指摘した。
「大体どんな質問するかもわかりますよ、昨日の事でしょう?」
「ええ、昨日なぜベローナさんが来た時に私がいる前で話を始めたんですか?」
「簡単な事です。あなたが魔神の器候補だと知っているからですよ。」
変わらない傷に、やはり少し顔をゆがめてセイはたずねる。
「…なぜ、知ってたんですか?」
「あなたの目を見ればわかる事です。」
「じゃあ、リリアさんの事も?」
「えぇ、まさか、ああいう人が二人も来るとは思いませんでしたよ。」
二人?
思い当たらず、セイは目で疑問を投げかける。
しかしそれは笑顔でかわされてしまった。
「あ、すみません。今のは、気にしないでください。」

 

「お、重い…何やこの重さは」
近場の港町、ラルドは買い物の荷物を抱えてうなっていた。
「確かに、尋常じゃない重さだ」
レイオウの持っている荷物はラルドの半分にも満たないが、それでもかなりの量である。
「え?これでもまだ少ない方なんですけど?」
涼しい顔で言うテールにレイオウは顔色を変えた。
「おいおい、これ70kgはあるぞ。おまえの体は何でできてるんだ!」
「僕は布巾があるから楽だけどねェ〜。」
相変わらずふわふわと気楽に浮きながら、ケティアが頭上から憎らしい声を投げかける。
「…重いよぉ。でもホントに港がつぶれてたねー。」
重い荷物の話から急に話題を切り替えたウェルをリリアがぎっとにらむ。
「あんた、ずいぶん余裕ねェ〜、一つ持ってよ」
(…女の人は荷物持たなくていいって言われたのに…なんでリッシュは荷物持ってるんだろう?)
リアの疑問に答えられる人はもちろんいなかった。

その時、買出し組の約200mほど後ろから、複数の人数の悲鳴が聞こえてきた。
「!」
「なんだ?」
真っ先に反応したのはカーレテシーだ。
「盗賊義団でしょうか?」
ソルは思い当たったように口にする。
「とうぞくぎだん??」
リリアの問いかけにテールが説明をはじめた。
「悪徳業者を主に襲っている盗賊です。全身真っ白で一匹の烏を連れているそうです。」
「盗賊か…悲鳴からすると、こっちに向かっているようだな。」
そう言って、カーレテシーは荷物を置いて身構える。
そして現れた盗賊義団…その先頭にたっているのはまさしく高峰だった。

盗賊義団がこちらの方へまっすぐ走ってくる。
ちょうど逃走の道のりだったらしい。
盗賊義団まで後30mと言うところで、カーレテシーが動いた。
カーレテシーが剣を振り下ろし、盗賊義団を狙う。
しかし、カーレテシーの剣は盗賊義団のマントによって弾かれてしまった。
奇妙な金属音とともにカーレテシーの剣が時間を止められたかのように止まる。
そして、盗賊義団はカーレテシーの口を覆うように左手でその顔を、
右手で左肩をつかみ、丁度鎖骨のあたりに膝蹴りを浴びせた。
カーレテシーの鎖骨は鈍い音を立てて崩れていった。
「お兄ちゃん!!」
リアが悲鳴をあげると、ラルドがその声に反応して動いた。
しかしラルドの攻撃も難なく避けられ、そして盗賊義団はラルドの左腕と後頭部をつかんだ。
ラルドの顔面を地面に叩き付けるように投げ飛ばし、そのまま左腕の関節を外す。
そこでラルドの意識は途切れてしまった。
「くっそぉぉぉ!!」
ケティアが魔法を放ち、レイオウもそれを援護する。
しかし、それもやはりマントによってかき消されてしまう。
「何々だよ、あのマント!?」
「どう考えてもおかしい…」
この二人にも盗賊義団の足を止めることはできなかった。

そして再び盗賊義団が駆け出した。
それをウェルが追いかけていく。
「ウェ、ウェル!!」
猪突猛進型の幼馴染にリリアは慌てて声をかけるがウェルの足はもう止まらなかった。
「リッシュ!ここは何とかするから、ウェルさんを追って!」
リアのとっさの判断で、リリアはそれを追って駆け出す。
そして二人の影はすぐに見えなくなった。

「誰かっ!医者を呼んでくださいっ!!早くっ!!!」
後に残されたソルは慌てて周囲に声をかける。
「ラ、ラルドォ〜!しっかりぃ、白目むいて遊んでる場合じゃないって…」
いまいち緊張感には欠けるがケティアもラルドの意識を戻そうと必死に声をかけた。
医者が到着するまでの10分間の間丸々、ラルドは意識を取り戻さなかった。

 

そのころ、盗賊義団とウェルは孤児院のある森に入っていた。
「はぁはぁ…」
盗賊義団は、森の中でウェルを待っていた。
「……しつこい奴だ。」
高峰はそれでも感心したような声をウェルに向ける。
ウェルの足の速さは並みではないのだ。
ウェルは一つ息を飲んで呼吸を整えると、すぐに武器を持って盗賊義団に襲いかかった。
しかし、それもよけられ高峰はウェルの腹にボディーブローを一発。
「!!…っ…う…」
それが相当効いたらしく、ウェルはその場で朝食を吐いた。
ウェルの様子を少しの間高峰は見ていたが、すぐに森に消えていった。

 

その日の夕方、ディルの孤児院にまた一人、旅人が迷い込んだ。
その旅人は女一人で旅をしてきた様子で、よほどの理由があると一目でわかった。
「すみません…人を探してるんです。」
そう言って、ディルに一枚の写真を見せる。
「この人?高峰さんですか?高峰さんなら、知ってますよ。」
そう、女の差し出した写真に写っていたのは高峰だった。
それを聞くと女は満面に喜色をたたててディルに詰め寄る。
「ホントですか!?今、どこにいるんですか!?教えてください!!」
それを穏やかに制し、ディルは微笑んだ。
「ここにいますよ、でも、人を入れるなといわれてるんです。」
「かまいませんっ!会わせてくださいっ!!」
かまうのはこっちなのだが…と苦笑しつつ、ディルは初歩的なことからはじめることにした。
「あの、失礼ですがお名前は?」
「あ、私は
宮城君(ミヤジョウ キミ)っていいます。この人…高峰尹(たかみね すすむ)の婚約者です。」

 

盗賊義団との衝突より30分後、ディルの館に全員が運び出された。
傷を負ったものは回復魔法を受けている。
「…よくもラルドを…!!」
ケティアは悔しそうににつぶやいた。
「…」
回復魔法をかけ終わったケティアは、浮巾をつかみラルドのベッドのいすから走り出た。
このまま引き下がるわけにはいかない。
ケティアがドアを開けようとした時
「わっ私も、行きます !」
リアが叫んだ。
「待て…っ、俺も連れて行け…」
続いて言ったのは、肩に痛々しい包帯を巻きつけたカーレテシーだ。
それを聞いたリアはびっくりして、起き上がろうとするカーレテシーを支える。
「お兄ちゃん、だめよ。お医者様は一ヶ月はだめって!」
「全回復は…だろ。片手でも剣は振れる。負けて寝ていられないんだ。」
黙って聞いていたケティアと、カーレテシーの目が合う。
ケティアはあきれたようにつぶやいた。
「止めても無駄のようだね。」
「ぁぁ」
「僕について走れるね?」
「ぁぁ」
それで事は決定した。
カーレテシーはにっと笑うとリアを見る。
「リア、お前はラルドとウェルを看ていてやれ。」
止めるリアを振り切って、二人は駆け出した。

 

「…でも、どこへ行けばいいんだろう?」
ケティアがハッと気がついて痛いところをついてくる。
カーレテシーも、すっかりそのことを忘れていた。
すこしして、カーレテシーが口を開いた。
「あいつは…相当急いでいた様子だったな。
それなら、まず目的地まではできるだけ最短コースをとるだろう。
だから、ウェルが倒れていた所と俺達が盗賊義団に接触した所とを一直線に結んで…
その直線上にあいつの目的地があるはずだ。」
ケティアは言われた通りに頭の中に地図を描く。
「と、言う事は………」
二人は同時に奇妙な事実に突き当たる。
ゆっくりとディルの孤児院を振り返り、同時に言葉にした。
「…ここ?」
しばらく不可解な顔をしていたカーレテシーは、とにかくもっとも無難な方法に落ち着いた。
「ディルに聞けば…何か分かるかもな…」

「カーレテシーさん、怪我してるんだから動いちゃだめですよぉー!!」
険しい顔で近づいてくるカーレテシーを見つけてディルは驚いたように声をあげる。
「そんな事はどうでもいい、それよりも、聞きたいことが…」
しかしカーレテシーが言い終わる前にディルは叫んだ。
「どうでもいい事ありません!!注意一瞬怪我一生!油断してると治るものも治りませんよ!!
部屋で安静にしててください!」
一瞬その勢いに押されそうになるがなんとか気を取り直してカーレテシーが怒鳴る。
「いいからこっちの話を聞け!!」
「…わかりました。どうもあなたは
サイと同じ性格のようですね。」
しばらく黙りこんだ後、ディルは独り言のようにつぶやいた。
「さ、用件は何ですか?」
それにケティアが真っ先に尋ねる。
「ここにカラスと大金とでっかいブレード持った全身白ずくめの男来ませんでしたか?」
「来ましたよ?それが何か?」
あっさり言われて少し拍子抜けしつつ、カーレテシーが重ねる。
「それで、そいつは、どうした?」
「所持金全て寄付してまた外に行かれましたよ?」
「……はぁ??」
二人が同じように目を見開き、同時に気の抜けた声を出す。
そりゃそうだろう、せっかく奪った金をわざわざ寄付する盗人なんか聞いたこともなかった。
「と、とにかく…そいつは外に行ったんだな?」
「ええ」
「そうか、わかった。ケティア、行くぞ。」
今にも飛び出しそうなカーレテシーを、ケティアが慌ててとめる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「何だよ」
落ち着きのないカーレテシーをなだめながら、ケティアは思いついたことを口にした。
「今のディルさんの言ってる事聞いてると、アイツも、ここに滞在してるんじゃぁ?」
「してますよ?それがどうかしましたか??」
そのディルの言葉に一瞬、周りの時間が完全に止まった。
「いいから、行くぞッ!」
そういってカーレテシーが無理やりケティアを外に連れ出す。
一度火がついたらとまらないようだ。

 

 

       8  10 11                      01年1月1日UP

 

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