命より大切なもの 第一話


ただ一つの生命が生まれる為に。
私は犠牲になる。
今まで私が多くの命を犠牲にしたように。
それは当然。
私が犠牲になる事が多くの命を救う事になる。
これは通過点に過ぎないのだ・・・。

・・・本当に?

え・・・?

             命より大切なもの

研究室。
そこは、そう呼ぶのが相応しい場所だ。
多くの機材が並び、数人の研究員がいる。
どこにでもあるような場所だ。
だが、ここはただ1つ、他の場所とは違う所がある。
それは・・・。

 「う・・!うああ・・・っ!!」

いつも、少女の苦しそうな声が聞こえるという事だ。

 「続けろ」

白衣を着た男は当たり前のようにそう言った。

 「し・・しかし!これ以上は・・・」

 「構わん。続けろ」

 「止めないかロバート!彼女が死ねば終わりなのだぞ!」

 「彼女・・・?ルーツ、こいつはただのモルモットだ。気にする事はない」

 「・・・だが、代用品は無いんだぞ!」

ルーツと呼ばれた男はそう言った。見るに耐えないといった表情だ。
だが、少女を物のように思っているという事は
ロバートと呼ばれた男と変わらないように見える。

 「そう急かす事もあるまい。死ねば終わりなんだぞ」

 「・・・いいだろう。今日はこれで終わりにしよう」

ロバートと呼ばれた男は仕方無いといった表情で、そう答えた。

 「う・・うぅ・・」

モルモット。そう呼ばれた少女は、苦しそうだった。
普通なら、誰かが「大丈夫?」と手を差し伸べてくれるだろう。
だが・・そこにいる誰1人として少女に手を差し伸べはしなかった。

   * * * *

時刻は夜。
薄暗い部屋に少女は1人でベットに腰掛けていた。
部屋にはベット以外、殆ど何も無かった。

・・・私がいた場所と、あまり変わらないな。
何も無い、淋しい場所・・・。
少女・・・アルカはそう思った。

あれから、約半年が経っていた。
アルカが、自らの身体で外へ出れるようになり、
自らの身体に宿ったXTORTを必要とする、エルディアに渡ったあの日から。

アルカを待っていたのは、過酷な人体実験の毎日だった。
研究員達は、アルカの事を人として見てはいなかった。
モルモット・・・そう見られていた。
だが、それはアルカ自身が望んだ事だ。
多くの人を犠牲にしてきた自分が、人の未来の為に、犠牲になる事を。

そう、ただ一つの生命が生まれる為に。
私は犠牲になる。
今まで私が多くの命を犠牲にしたように。
それは当然。
私が犠牲になる事が多くの命を救う事になる。
これは通過点に過ぎないのだ。

 「本当に?」

 「え・・・?」

後ろからいきなり声がした。
振り返る。
そこには、1人の男が立っていた。
この男は・・・見た事がある。
確か、研究員の1人だったはずだ。
他の研究員とは明らかに歳が違って見えたので、よく覚えている。
二十代前半、いや十代後半にさえ見える。

 「本当に君の死は通過点なのか?」
 「!?・・・・なぜ?」

 「ん?」

 「なぜ・・その事を知っているの?」

確かに私はそう言った。
だがそれは『心の中』で言ったのだ。

 「通過点、とかの事か?それは君がさっきから呟いていたから、知っているだけさ」

・・・呟いていた?
いつの間にか声を出していた?
そんなはずは・・。

 「それより、身体の方は大丈夫か?どこか、痛い所は?」

 「え・・?」

 「どこか、痛むのか?」

その人は心配そうに私の顔を覗き込んだ。

 「・・・いえ」

 「そうか、それは良かった」

その人はそう言って笑った。

 「どうして・・・そんな事を訊くんですか?」

 「どうしてって、心配だったからに決まっているじゃないか」

 「・・・」

 「どうした?そんな面食らったような顔をして」

 「・・面食らったんです」

変な人・・。そう思った。
ここの人達は、私の事をただのモルモットとしか見ていない。
それを心配していると、この人は言った。

 「おっと、自己紹介がまだだったな。
  俺は七瀬 優影。ここの研究員をして・・って、知っているか」
 「ナナセ・・?日本人?」

 「そ、・・・君は?」

 「・・・」

 「君の名前は?」

 「・・・」

 「お〜い。聞いてるか?」

 「・・・知っているでしょう」

 「自己紹介は、直接言って、訊くから意味があるのさ」

・・・無茶苦茶な事を言う人だ。

 「で、君の名は?」

 「・・・アルカ。アルカ・ノバルティス」

 「そうか。よろしく、アルカ」

七瀬という男は手を差し伸べてきた。
・・・どうやら握手をしたいらしい。

 「・・・」

 「ん?別に汚れちゃいないぜ」

 「そういう意味じゃ・・」

 「じゃあ、握手握手」

・・人の意見をまったく聞かない人だ。
・・・仕方無い。
私は、仕方なく握手をした。

 「じゃ、自己紹介も終わった所で、本題に入ろうか」

 「本題?」

 「実はな、ここに来たのは重大な訳があるのさ」

・・訳?

 「知りたいか?そうだろう、そうだろう」

七瀬という男は嬉しそうにそう言った。

 「実はな・・」

 「後ろにある鍋と何か関係が?」

ガクッ。

 「・・知っていたのかよ」

 「あなたの後ろに湯気の出た鍋があるのだから、普通気付きます」

 「ちっ・・・今度からからはバレないように気をつけよう」

・・今度?

 「ちょっと待っててくれ、持ってくるから」

そう言って後ろにある鍋を取りに行った。

鍋の蓋を開ける。
そこには・・。

 「シチュー・・?」

 「そ、晩御飯さ。まともなものが出ないだろ?ここ。
  お口に合えばいいんだけど」

 「あなたが・・・作ったの?」

 「ん?ああ」

 「どうして」

 「実験は大変だろ?明日もあるし、これで元気を付けてもらわないと・・と思ってな」

そう言って、鍋の隣に置いてあった器にシチューを入れ、スプーンと一緒に私に差し出して来た。

 「ほら、食べた食べた・・って、どうした?そんなに驚いた顔をして?」

 「・・驚いているんです」

 「?・・変な奴だな」

 「あなたの方がよっぽど変です」

 「よく言われるよ。だが気にしちゃいない。人はみんな違う部分があるんだから」

彼は笑っていた。・・だが少し悲しそうに見えたのは、気のせいだろうか?

 「・・さて、もっとお話したい所だが、そろそろ帰るよ。
  それじゃ、また。
  ・・シチュー、ちゃんと食べろよ」

私にシチューを持たせて、彼は部屋から出て行った。

・・・夢を見ていたのだろうか。
そう思えるほど、
彼がいなくなっただけで、まったく違う部屋に感じる。
静かだ・・。

・・なんだったんだろう?彼は。
他の研究員とは明らかに違う。
私の事を実験台と見ていないのだろうか?
・・そんなはずはない。
実際、彼も私で人体実験を行っている1人なのだから。
だが・・・。

 「・・・変な人」

他に形容が思いつかなかった。
そして、本人はそれを否定せず、気にはしていないと言った。
本当に、夢かも知れない。
そう思うほど、あの人は今までの人とは明らかに違った。
いつまでも続く苦痛から逃避するために、自分で作った
ただの幻だった気さえする。
・・そんなわけないか。
私は、こうなる事を望んだんだから。

私の手には、確かに温かいシチューがあった。
その事が、さっきの出来事が現実に起こった事だと証明している。
温かい料理なんて・・久しぶりだな。

・・・私は、シチューを口にした。

 「・・・不味い」

本当に久しぶりの温かい料理は、不味かった。
・・でも・・温かかった・・・。

続く



[第一話] [第二話] [第三話] [第四話] [第五話] [第六話] [第七話] [第八話前編] [第八話後編]
[第九話前編] [第九話後編] [第十話] [第十一話] [最終話] [エピローグ] [登場人物紹介]