命より大切なもの 第三話


トントン

ドアをノックする音が響く。
叩かれたドアがある部屋の主、ルーツは読みかけの本を机に置く。

 「・・誰だ?」

 「ロバートだ。入ってもいいかね?」

 「ロバート?・・・開いている」

   * * * *

 「どうしたんだ?おまえが私を訪ねてくるなんて、珍しい事もあるものだな」

珍しい来客にコーヒーを差し出しながら、ルーツはロバートに尋ねる。

 「まあ、少し用があってな」

 「ほう、一体何の用だ?」

 「七瀬の事だ」

 「七瀬・・?奴がどうかしたのか?」

七瀬という名前を聞いて、ルーツは少し驚いた。

七瀬はルーツにとって、今のチームの中で1番付き合いが長い人物だ。
約2年、一緒に研究をしている。
ルーツは、七瀬を高く評価していた。
若くして優秀な研究員というのと同時に、プライベートでも仲が良かった。
家に招待し、家族と共に夕食を食べた事もある。
ルーツにとって、七瀬は息子のようにさえ感じる存在だ。

 「最近、奴が不審な行動を取っていてな」

 「不審・・・?どんな事だ」

不審と聞いて、ルーツは少し不安になった。
ロバートがわざわざ自分に言いに来たくらいだから、
ちょっとした事レベルの問題では無いと直感したからだ。

 「ここ数日、奴はモルモット・・、アルカ・ノバルティスの元へ行っている」

 「物好きな奴だな・・。それで?何か気に入らない事でもあるのか?」

 「ああ、七瀬の行動は少々気に入らなくてね。
  それで、あの部屋に監視を付けた。
  24時間体制で、七瀬は絶対に通すなと、そう言っておいた」

 「何もそこまでしなくてもいいだろう。
  ・・だが、それではもう七瀬も彼女には会いに行けないな」

ルーツは呆れ顔でそう言った。
ロバートが神経質なのは知っているが、なぜそこまでするのか。
ルーツには皆目見当がつかなかった。

ロバートはいつもこうだった。

一見神経質そうな男だが、どこか底が見えない。
一言で言えば、謎・・・そんな人物だ。

 「だが、七瀬はモルモットに会い続けている、監視を付けてもなお、な」

 「まさか。監視を付けたのだろう?
  あの部屋は扉以外、他に入る方法は無い、いわば牢獄みたいな物なのだぞ」

 「まあ、話は最後まで聞け。
  監視を付けてから数日経ったが、監視をしていた者全員が妙な事を言っているのだ」

 「妙な事?」

 「全員、夜に監視しているといつの間にか朝になっていると言うんだよ」

 「居眠りか?ロクな監視をしていないな」

 「全員・・そう言ったのだぞ?ルーツ」

 「まさか・・・?」

 「ああ、恐らく七瀬が眠らせているんだろう。
  監視している奴等全員を、気持ちよく落しているんだろうな」

 「七瀬はただの研究員だぞ。そんな男がそんな真似が出来るわけ・・・」

 「だが、事実だ。確認したのだからな」

 「・・ちょっと待て。
  仮にそれが事実だとして、どうやって七瀬が会いに行っていると確認した?
  監視は全員寝ていたのだろ?」

ルーツがそう言うと、ロバートは薄く笑みを浮かべ、こう答えた。

 「奴の事は、諜報部にも監視してもらっているからな」

 「諜報部だと!?一介の研究員の行動に、なぜ諜報部が出てくるんだ!?」

 「別に今回の事だけで諜報部が動いているわけでは無い。
  七瀬は色々と不審な点が多くてな・・。
  前々から調査されていた。それだけだ」

 「調査・・・だと?」

 「七瀬は、スパイの可能性が濃厚なんだ」

 「スパイ!?一体何処の!?何の目的で!?」

 「それは分からん。分からないから、調査している」

 「・・・・」

 「腑に落ちない・・。そう言った顔だな?」

 「・・なぜ、そんな事を私に話した?
  諜報部がもし本当に動いているのならば、私に話してもプラスになるような事は無い。
  いや、むしろマイナスに作用する危険性の方が高いのに?」

 「ふっ・・。なぁに、ただ報告しておいただけだ。
  優秀な研究員が1人、長期休暇に入るので、今後の研究に支障を来たさないように
  副主任殿と今後について相談しなくてはいけないからな」

 「長期・・休暇だと?」

 「そう・・永遠の、長期休暇だ・・・」

続く



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