命より大切なもの 第四話 |
「なぁ・・逃げ出したいと、そう思った事は無いのか?」 唐突に、彼は訊いてきた。 「いつも苦しいだろ? もう何もかも投げ出したいとは、思った事は無いのか?」 「・・思わない」 「なぜ?」 「XTORTと、人の未来の為」 「へぇ・・・。どういう意味か、是非聞きたいな」 「XTORTは、科学を確実に進歩させるわ。 科学の進歩は人の進歩にも繋がる。 今の生活は、科学が作り出してきたものだから」 「それで?」 「XTORTを完成させるには多くの犠牲を必要としていた。 だから私は多くの人を犠牲にして生きてきた。 そして、今度は私が犠牲になる」 「科学・・、確かに科学は人にとって必要不可欠だ。 今の技術を得るために多くの犠牲を払ってきた。 科学だけじゃない。人は、いや生き物は、自分以外の命を犠牲にしなければ生きていけない」 「でもな、必要な犠牲以上のものを犠牲にしているのは、人間だけだ。 ライオンだって自分や家族が生きるため意外の狩りはしない」 「必要以上の犠牲を人間が払ってきているのは、感情のためだわ。 人にしかない感情・・それが必要無きものまで犠牲にしている。 ・・だから、人は変わらなければならない。 科学が進歩するように、人の意思も進歩しなければないらない。 そうしなければ、人という種は滅んでしまうわ」 「つまりアルカは、自分を含む今までの犠牲者は、人の未来のために犠牲になった、 そう思っているわけだな?」 「正確には、これは犠牲じゃない。これは通過点なのよ」 ・・・しばし、沈黙が辺りを支配した。 彼は、今まで見せた事の無い、真剣な顔をしている。 「・・俺は、アルカとこうやって喋るようになってから一週間くらいしか経っていないが、 俺は約半年、アルカを見続けてきた。 そして、俺はずっとアルカに対して思っていた事が、 今までのお喋り、そして今のアルカの考えを聞いて確信に変わった」 「アルカ、君は矛盾している」 「矛盾・・?」 「君は、知識だけなら他の人間で勝てる奴はそうはいない、いわば天才だ。 だが、バカだ」 「・・・」 「アルカの言う通り、人は変わらなければいけないだろう。 人という種は、数々の種を滅ぼし、そして今度はこの星をも滅ぼしかねない状態だ。 争いも、生きる為の動物の狩りじゃない。 ごく少数の権力者達のエゴが生んだ殺戮だ。 その争いが、多くの犠牲を・・・悲しみを作っている。 だが、お前1人が犠牲になったくらいで人が変われるのなら苦労しない」 「XTORTを作り出したのは、私1人じゃない。 多くの知識、そして多くの犠牲を払って、その結果私の中にあるもの。 大勢の人間と1つになり、今の私がいる」 「だが、君の知識は君の知識だ」 「自惚れるな。 お前1人が犠牲になった所で・・・お前1人の力で、人が変わるか」 彼の声は、今までと変わらなかった。 しかし、強い想い・・・意思みたいなものが感じられた。 怒り・・。私に対して今まで色々な感情を出してきた彼が、 今まで出した事の無い数少ない感情が、その言葉にはこもっていた。 「・・自惚れているのはそっちだわ。 あなたに何が分かるというの?」 「確かに、アルカの事を完全には理解は出来ない。 だが、アルカ自身、気付いていない事だってある」 「私はXTORTを完成させなければならない。 私は犠牲になり臓器を奪われ、母と身体を共にし、無理やり生かされてきた。 でも、それもXTORTの為ならと私は受け入れた。 そして、私は生きる事を選んだ。 生きて、XTORTを完成させる道を。 ・・私はアルカじゃ無い。XTORTそのものだから」 「だったら・・だったらなんで、そんな悲しそうな眼をしているんだ!!!」 「!?」 彼は・・・叫んでいた。 その言葉は私の意思が大きく揺らぐ程の・・・強さだった。 私が・・悲しそうな眼を・・している? 「・・XTORTのために犠牲になってもいいと思っているなら、そんな眼はしないはずだ。 お前の中にはXTORTしか無い。 だが、それはXTORTとしての意思だけだ。 お前の中の13歳のただの女の子でしかないアルカは、 苦しくて、悲しくて仕方が無いんじゃないのか!?」 「わ・・私は・・・」 「問うぞ。お前は誰だ? アルカか?お前の母か? それともかつてアルカ・ノバルティスと呼ばれていた人物の姿をした、 アルカの記憶を持つ、まったく別の存在か?」 「私は・・・」 「君には母親の記憶が、知識がある。 そのお陰で得たものは大きいだろう。 けどその所為で、母の知識と記憶がある所為で、君は自分を見失っている。 そして君は、怖いんだ。XTORT以外には何も無いから。 その何も無い自分を、認めるのが怖いんだ」 「・・・・」 「君はアルカだ。 君自身がそう思い、 君の事をアルカと呼んでくれる人が1人でもいるのなら、 君はアルカ・ノバルティスだ!!」 「・・・XTORTは君の犠牲を必要としているし、君もそれを認めている。 だが、ただの女の子のアルカは、本当にそれを認めているのか?」 「・・・」 「もし・・、もしも、 XTORTにアルカが犠牲にならなくてもよくなったら・・。 アルカの犠牲が必要の無いものになったら、アルカはどうする?」 「え・・?」 「XTORTに囚われず、アルカ自身として、このまま犠牲になって本当にそれで満足か? XTORTじゃない本当のアルカは、どう感じ、どう思っている? ・・それを良く考えてみるといい」 そう彼が言い放った後、また静寂が訪れる。 彼の明るさで、優しさで楽しかった空間と、 彼がいなくなった後の空間とのギャップを感じていた、今までの静寂とは違う。 彼は目の前にいる。 そして彼・・優影さんは、私の心を大きく揺さぶる。 ・・・何も言えなかった。 「俺は、アルカに助言する事しか出来ない。 もしかしたら、俺がアルカに話し掛けたりしなかったら・・、 アルカが迷うような事は無かったのかも知れないけどな・・」 「その為に・・・? その事を言う為に、私の所へ来ていたの?」 「ただ、見てられなかった・・それだけさ。 ・・俺の弱さだな。これは」 そう言って、彼は笑った。 でも、今までとは違う、悲しそうな笑顔だった・・。 「今日は帰る。 ゆっくり考えてみてく・・」 途中で言葉を止め、彼は表情を変えた。 「・・という訳にもいかなくなってしまったな。 少し騒がしくなる」 「どうして・・?」 「お客さんだ・・」 続く |