命より大切なもの 第九話 後編 |
トントン 「!?」 ドアをノックする音がした。 ここを訪ねてくる人なんか・・・。 でも・・彼は・・・。 「入っても、いいかね?」 その声は、私が期待した声では無かった。 ・・当たり前だ。当たり前の事なのに・・・。 バカだな・・・私は。 「・・・誰?」 「私はルーツと言う。 君に、実験をしていたチームの副主任だ」 「何の用?」 「七瀬の事で・・、君に用事があってね」 七瀬・・? 彼の事で用事?あの研究員の一人が? 「・・開いている」 私は、ルーツという男を中へ入れる事にした。 彼の事で用事がある・・・。それに興味を持ったからだ。 「失礼」 ドアを開けて入って来た男は・・ああ、確かに見た事がある。 「優影さんの事で、何の用事?」 「優影・・?ああ、七瀬の事だな。 いやぁ、あいつとは付き合いは長いのに、苗字で呼ぶ事にすっかり慣れてしまってね」 「付き合いが長い・・」 「まあ、2年ほどだがね。七瀬が科学局に来てから、ずっとだ」 彼は懐かしむように、そう言った。 「・・・」 「あいつは、優しい性格だっただろう。本人は甘い性格だと言っていたがね。 悲しい人は見ていたくない・・・と。 私にはもったいないくらい良い息子だよ、七瀬は」 「え!?だって、彼の親は・・」 「もういない。私は、いや私達夫婦は子供がいなくてね。 それで七瀬の事を、ついつい実の息子の様に感じてしまってね。 ・・七瀬も、私達を本当の両親のように思ってくれた。 ・・・嬉しかったよ。本当にな」 そう言った彼の顔は、どこか疲れているように見える。 体の疲れではない。精神・・心の疲れがひどいように見えた。 「七瀬は・・・死んだのだろうな。 だが、七瀬は私の予想を越えた、無茶苦茶な事を常にやってきた。 だから、どうしても・・・ひょっこり現れるんじゃないかと、思ってしまってね」 「私も、そう思ってしまう・・・」 でも、同時にそんな事は無いと理解している。 心臓を撃たれて、生きている人間はいない・・・はずだ。 私はどうしても、彼の死を受け入れたくは無いらしい。 優影さんなら、私の予想を超えて、今も元気に生きている。・・そんな風に思えて仕方が無い。 でも、彼から流れていた紅い液体は・・・血のりや、トマトケチャップ等では無く、 間違いなく、血だった。 「七瀬は・・君を救いたいと、そう言っていた。 君が望む未来の手助けをしたいと」 「・・・」 「人は、他人の事を全ては理解してやれない。自分だってそうだ。 七瀬に出来たのは、手助けだ。最終的には自分で決めなくてはいけない。 ・・・人は、変わっていく。それは他人の所為でも、影響でも、 変えていくのは自分自身だ。変わるのは、自分なんだ。 この場に七瀬がいても、もう君の手助けは出来ない。 後は・・、君が決めるんだ」 「・・・」 「私も歳だな・・。説教をしてしまった。すまないな」 「・・あなたは」 「ん?」 「あなたは、優影さんの父親ですよ。・・・間違いなく。そっくりですから」 「そう・・か。 ・・・ふっ・・・君の笑顔、初めて見たよ」 「あなたの笑顔も・・・」 「そうか?そういえばそうだな」 私は・・・笑っていた。 さっきまで、悲しかったのに。つらかったのに。 悲しい私に、笑顔をくれる。・・ホント、そっくりだ。 「そうそう、忘れる所だった。・・・ちょっと待っていてくれ」 そう言って彼は、部屋から出て行った。 そして・・・。 「これを、君に」 彼が持ってきたのは、一辺30センチくらいの四角い箱だった。 綺麗にラッピングまでしてある。 それを私に差し出してきた。 「これは・・・?」 「七瀬から、渡してくれと頼まれた物だ」 「えっ・・!?」 『預かっておいて下さい。俺が渡せるようなら、俺が渡すけど、 もし・・・渡せなかったら・・・代わりに渡して下さい』 「そう言われて、私が預かっていた物だ。 中身は知らないが今日、君に・・だそうだ」 私は・・・箱を受け取った。 見た目より、軽かった。 「さて、用事も済んだし。私はそろそろ帰るよ」 そう言って彼は、部屋の出口へと向かった。 「・・・本当は・・・私達夫婦と七瀬・・・そして君と、 4人で食事をしたかった・・・。 かつて、私達3人が家族となった・・・あの日のように・・・」 そう言い残し、彼は去っていった。 昔を懐かしむように・・・。 叶う事が、永遠に無い願いが叶えばいいと・・・そう思っているように・・・。 私は、箱を開けてみる事にした。 優影さんが、私に残してくれた物・・・。 今日、本当なら優影さんが渡してくれるはずだった物を・・・。 ラッピングを綺麗に剥がし、箱を開けてみる。 そこには・・・・。 「・・・箱?」 中には、箱が入っていた。 その箱を開けてみる。 その中にも箱。 箱、箱、箱、箱・・・。 そして箱の大きさが一辺3センチくらいになってようやく、何かが出てきた。 「・・・紙?」 折りたたまれた、紙が出てきた。 紙を広げて見る。そこには・・・ 『これは、今度アルカになんでも好きなもの1つだけ買ってあげる券、です。 ・・・お金無いの・・・これで許して・・・。 お誕生日おめでとう 優影より』 誕生日・・? そういえば・・確かに、今日は私の誕生日だ。 私でさえ・・・私でさえ忘れていたのに・・・。 何で知っているの?言った事無いのに。 いや、優影さんの事だ。どこかで調べてきたんだろう。 紙切れ一枚なら、もっと小さな箱、いや箱じゃなくてもいいのに・・・。 でも、優影さんらしいな。 ・・・嬉しいよ。本当に。 あなたは、いつも私を驚かしてくれる。 色々な事をして、笑わせてくれる。楽しませてくれる。呆れさせてくれる。 自分だって悲しいはずなのに、つらいはずなのに。 それでもいつも、いつも・・・。 「ホント・・・バカ・・・」 彼がくれた紙切れの文字が、滲んでいた。 それは・・・多分、私が泣いているからだろう。 悲しくて、泣いた事はある。 でも今は・・・嬉しくて、悲しくて・・・不思議だ。 涙が・・・止まらない。 七瀬優影・・・。 彼は、無茶苦茶で、人の言う事を聞かず、人を驚かす事を趣味にしていそうな人だ。 まだまだある。未熟で、弱くて、バカで・・・。 それから、それから・・・。 そして、誰よりも不思議で、優しい人で・・・、 そして・・・そして誰よりも、 ・・・私のそばに、いてくれた人だ・・・。 続く |