命より大切なもの 第二話


 「不味い」

 「ヒドイ事言うな・・人が折角作ってきてるってのに・・・」

 「事実は事実」

 「むぅ・・・」

・・こんなやりとりが始まって一週間が経っていた。
苦痛な日々には変わりはない。
毎日、実験台にされている。
その場に、彼はいる。
そのときの彼は感情を表に出していないような顔をしている。
他の研究員と同じだ。
・・ただ、一度だけ
「スマンな」と、私にしか聞こえない小さな声でそう言った事があった。

彼はいつも夜に来る。晩御飯を持って。
しかし、彼の作った料理はお世辞でも美味しいとは言えない代物だった。

彼はいつも私に話しかけてくる。
話題は、他愛も無いものだ。
ある時は、

 「昔、炎天下の日に咽が渇いたのに飲みもの買うお金がわずかに足りなくてさー、
  いや、あれはまいったよ」

またある時は、

 「眠ってはいけない時は眠いのに、もう眠ってよくなったら眠くなくなるんだよ。
  なんでなんだろうな?」

・・こんな感じの他愛もないお喋りだ。

いや、ただ一方的に喋って来て私は適当に相槌を打つだけなので、
会話としては成立していないのかも知れない。

・・でもいつしか、彼が来るのを待っている私がそこにいた。
この一時以外は苦痛だけなので、比較的苦痛ではないこの時が待ち遠しいのは、
普通ならば当然の事なのだろう。
だが、私にとっては・・・。

・・彼は、私は久しく忘れていた感覚を思い出させてくれる。
『楽しい』・・という感覚を。

   * * * *

 「や、今日も来たぜ」

いつもの時間、いつものように、そして当然のように彼は現れた。

 「聞いて驚け!今回の料理は自信作だ!」

彼は自身満々であるものを出して来た。

 「・・カレー?」

 「その通り!さあ、食べてみな」

私はカレーを口にしてみる。

・・ん?

 「嘘・・美味しい」

 「そうだろう!ああそうだろうとも!」

彼は、心底嬉しそうだ。

 「どうしたの?」

 「ふ・・・その美味さには秘密がある!
  実は密かに、日本から『レトルトカレー』という物を取り寄せたのさ!」

 「レトルト?」

 「そう!レトルトだ!!」

 「・・言っていて虚しくない?」

 「・・・少し」

彼は、部屋の端に行き、私に背を向けて座り込んだ。

 「いいさ、いいさ・・どうせ俺にはまともな料理は作れないのさ・・・」

どうやら、落ち込んでいるらしい。

 「・・このご飯は?」

 「ん?ああ、それは自炊した」

 「ご飯、美味しいよ」

ピクッ。

その言葉に反応し、もの凄い勢いで私の元へ来る。

 「マジか!?」

 「ま・・まあね」

感情がころころ変わる彼に半分呆れながらそう答えた。

 「自分の料理で初めてアルカに誉められた・・。
  なんか宝くじの1等を当てたくらい、いやそれ以上の感動だ・・・」

・・感動している。

一体、この人はどこまでが本気で、どこまでが冗談なのだろう?

 「じ・・」

彼は、じっと私を見ている。

 「な・・何?」

 「だいぶ表情が豊かになったな。いつの間にかタメ口にもなっているし。
  いや〜、良かった、良かった」

 「変な人・・。
  ・・ねえ、一体何の目的でここに来るの?」

私の事をモルモットとしか見ていない人達。
彼もその一員なのだ。

彼の行動は私の予測を超えている。
一体何を言い出すか、皆目見当が付かない。

 「う〜んそうだな。可愛い女の子が毎日過酷な実験台にされている。
  そしてその娘がいつもつらそうな顔をしている。
  だから、少しは楽にしてやりたい、そう思ったから・・かな?」

 「え・・?」

 「何を驚いている?当然と言えば当然の行動だぞ、俺の行動って」

 「・・そうなの?」

 「そう。ただ、それだけさ」

彼の表情は、とても優しく、穏やかだった。

・・そして彼は、私の頭を軽く撫でて来た。

 「ちょ・・」

 「照れるな照れるな」

 「・・バカ」

   * * * *

 「・・でも」

 「ん?」

散々頭を撫でられて、髪の毛がくしゃくしゃになってしまったのを責め、
また落ち込んでいた彼に、私は話し掛けた。

 「七瀬・・さんの行動は、普通思う事だとしても、
  そうそうこんな事、実行出来る人はいないと思う」

 「いや、それは分からないぜ?
  第1、こんなシュチュエーションに出くわす事なんてそうそうあるもんじゃないからな」

 「まあ、そうだけど」

 「それと、俺の事は優影と呼んでくれ。七瀬と呼ばれるのはあまり好きじゃないんだ」

 「どうして?」

 「名前で呼び合う方が親しい証拠だと、なんか思うから」

 「・・相変わらずいい加減」

 「ほっとけ」

やっぱり、優影さん(流石に呼び捨ては抵抗がある)は変な人だ。

・・でも、嫌じゃない。

 「・・でもなアルカ。
  俺は嘘は付いていないが、重要な事は言っていない」

 「え・・?」

 「俺はアルカに全ては話してはいない、そういう意味さ」

全ては話していない?
重要な事を隠している?

一体何を・・と思うよりも先に、

 「・・どうして私に秘密にしている事があるのに、その事を私に話したの?」

そう、これが一番の謎。

隠し事をしている人が、隠し事をしていると言うバカな真似は、普通しない。
彼は、少し悩んでから、喋り出す。

 「う〜ん・・アルカに嘘は付きたくなかった・・からかな?」

 「・・・」

いつもの事でもう慣れつつあるが、まったく理解出来ない。

 「あ! だから「何を隠している?」と訊くなよ!
  俺は嘘はつきたくないんだから!」

 「ふぅん・・それは面白そうだね」

 「おい・・なんだ?怪しい笑みは!」

 「どうしよっかな・・?」

 「だーかーらー!」

こうして、私の楽しい夜は今日も過ぎて行く。
だが、これは永遠ではないだろう。
そもそも、永遠なんて存在しないのだから。
私は、ここに来た目的は忘れてはいない。
私は、犠牲になりに来たのだから・・・。

・・でも、今だけは・・
時間が止まればいい・・・そう思った。

続く



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