命より大切なもの 第七話


 「七瀬」

ロバートから彼女の解体話を聞いた後、私は七瀬に話かけた。

 「なんでしょう?ルーツ副主任」

 「この後、私の部屋まで来てくれ。話がある」

七瀬には、訊かねばならない事があった。
お前は一体、何者なのだ、と。
そして、何をしているのかを。

 「ええ、分かりました」

 「では、待っている」

七瀬と初めて会ったのは、七瀬と2人で研究をする事になった時だ。

当初、七瀬は新米だというのもあって、足手まといになるだろうと思っていた。
しかし、七瀬は優秀で、研究も今までの比ではない程早く、うまく行った。
それも全て、七瀬という素晴らしいパートナーがいてくれたお陰だ。
仕事仲間が良い奴だと、仕事が今まで以上に楽しいものになった。
それまで外国にいたという七瀬が、どういう経緯で科学局に来たのかは訊いていないが、
私にとっては、そんな事は関係無かった。
七瀬の事は信頼、そして信用しているからだ。

・・だが、今回、私は七瀬の事を訊こうと思う。
今までの七瀬との関係が壊れてしまうかも知れないという恐怖はある。
しかし、私は七瀬に訊かねばならない。

七瀬の事を私は本当に息子の様に思っているからだ。

私には妻がいる。
だが子供はいない。
妻は、子供を生めない身体だったからだ。
そんな私達夫婦にとって、七瀬は実の息子の様に思えて仕方が無かった。
七瀬も、親を亡くしているらしく、私達夫婦を親のように思ってくれていると話してくれた。

考え事をしていたら、いつの間にか私の部屋の前まで来ていた。
私は部屋に入り、七瀬を待つことに・・・。

 「おかえりなさい♪」

 「・・・」

 「お風呂にします?ご飯にします?それとも・・」

 「・・いたのか。七瀬」

 「いたの〜♪」

 「冗談はこれくらいにして」

 「・・そうしてくれると助かる」

来てくれ、とは言ったが部屋で待っていてくれとは言っていないのだが・・。

 「相変わらずだな、七瀬」

 「まあ、そう簡単に人は変わりませんから」

 「だが人は、変わっていくものだ」

 「哲学ですねぇ」

 「本題に入ろう」

 「・・・」

 「七瀬、おまえは一体、何者だ?何をしている?」

 「・・それは、ルーツ副主任として訊いているのですか?
  それとも、ルーツさんとして訊いているのですか?」

 「親としてだよ。七瀬」

 「・・・」

 「親として、お前の事を心配しているんだ」

それが、私の本心だ。
それを聞いて、七瀬は驚いたような顔をしている。

 「何を驚いている?同然の事だろう」

 「・・ありがとう」

七瀬はそう言ってから、押し黙ってしまった。

・・・しばらく、沈黙が続いた。

 「・・ルーツさん。アルカを・・どう見ていますか?」

 「アルカ・・。あの娘の事か」

 「はい」

 「そうだな・・。彼女の持つXTORTは科学の歴史を変えるだろう。それだけ、素晴らしい技術だ。
  あれを実用化すれば、多くの命を救う事が出来る。
  不自由な生活を送っている人達が、自らの足で自分の道を、歩いていく事が出来る」

 「・・・」

 「だが、素晴らしいと共に危険だと、私は思っている」
 「危険・・?」

 「XTORTは確かに素晴らしい技術だ。
  だが、XTORTは一部の権力者の為だけに高額で取引される可能性がある。
  そうなれば多くの命ではなく、一部の命しか救えない。

  そして、今の段階のまま停滞する事になれば多くの悲劇を生むだろう。
  権力者が生き長らえる為だけに、今の段階のXTORTを使えば、
  罪の無い人間を犠牲にしてでも権力者を生き長らえさせる事が優先されてしまうかも知れん。
  そんな悲劇を生む為に、科学者は・・少なくとも私は研究をしていない。
  だから彼女には悪いが、早くXTORTを既存技術にしなければならない。
  それが多くの悲劇を生まない為の最善の策だと、私は考えている」

 「・・・」

 「ふ・・偽善者ぶった発言だな。
  彼女を犠牲にする事で、多くの命が救われると、自分のやっている事を正当化している・・・」

 「そんな事、無いですよ。
  ルーツさん。やっぱりあなたはルーツさんだ。
  俺は、そんなあなたが大好きです」

 「七瀬・・」

 「俺は、XTORTが停滞すれば多くの悲劇を生むと分かっているつもりです。
  実際、アルカもXTORTの被害者です。
  ・・・でも俺は、彼女を救いたいと思っています。

  彼女が望む未来を・・・実現する手伝いがしたい」

 「ではなぜ、実験を否定しなかった?」

 「ここから先は、詳しく説明すると迷惑になります」

 「・・諜報部か」

 「はい」

 「・・分かった。もう何も訊くまい。
  そろそろお前も親離れしなければならない年頃だ。私も子離れをしなければな。

  ・・だがな」

 「はい」

 「お前は、私の大切な息子だ。
  困った事があればいつでも来い。
  相談くらいならいつでも乗ってやるぞ」

七瀬は、私の方を・・もう見ていなかった。

 「・・・ありがとう・・・父さん・・・」

七瀬は私の方を向かずに、そのまま出て行った。

七瀬は、泣いていたのだろうな。

七瀬がこっちを向かなかったのは、私とっても都合が良かった。

なぜなら私の眼にも、涙が溜まっていたからだ。

 「父さん・・か。良い響きだ」

・・七瀬。いや息子よ。どうか生きてくれ。
そしてまた、家族水入らずで食事をしよう。

出来る事なら4人で・・・な。

続く



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